君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第4話

 私は学生にしては朝起きるのが早い。

 というのも先日までは、その日の前日分のカウンセリングの報告書を、早朝に作成する必要があった。それらを終えるのがだいたい朝の9時で、そこから夜の9時頃まで、昼に1時間程度の休憩を挟みはするもののカウンセリングの予定が詰まっている。

 24時前には就寝し、また朝に起き、前日分のカウンセリングの報告書を先方に送る。その繰り返し。

 

 そんなんだから朝の6時前には起きる習慣が板について、高校生になって、学生生活がスタートしたと言ってもそれはしばらく変わることはなさそうだった。

 とは言え、生活サイクルは確実に変わっている。

 

 時刻は朝の5時半。

 起きた時間はいつもと大差ないけど、変わったことと言えば、朝の業務が本当に楽になった。昨日なんか寮に着くのが遅くなった関係で、カウンセリングしたのは雪だけ。そのため報告書の作成は1人分で済み、朝の6時過ぎには仕事が終わってしまっていた。

 

(……どうしよう、さすがに暇すぎるなあ)

 

 こういう時、昔の私はどうしてたんだっけ。

 思い出してみようとしたけど、この仕事を始める前のことは、正直あんまり覚えていない。私の記憶にしっかり残っていることと言えば、私がこの仕事を始めるに至った経緯とかそのくらいで、仕事を始めてから8年間もの間は暇になることがなかった。

 

 だから分からない。どうやって時間を潰そう?

 

 ―――と、そんなことを考えていたときだった。

 仕事用の携帯に電話が入り、私は現実に引き戻される。画面にはお父さんの名前が表示されていた。

 

『おはよう、ひまり。朝早くに電話してしまって悪いね。今は少し時間大丈夫だろうか』

「大丈夫だよ。急ぎの要件でもあるの?」

『急ぎではないんだけどね。綾小路くんとは接触できたかい? どんな様子か気になって連絡したんだ』

 

 綾小路くんは私と同じく1年Dクラスに配属された生徒であり、私が今回カウンセリングを担当することになっている生徒その人のことだ。そんな彼が3年間この学校に通うことになったから、私はこの学校に入学する必要があったというわけだ。

 

「まだ今日で2日目だからね。直接には喋ってないかな。クラスで自己紹介をしたからそのときに初めて声を聞いた程度で、あまり人付き合いが得意じゃないのか、私以外の誰ともあまり喋ってなかったよ」

『なるほど。それもホワイトルームの影響かな?』

 

 ―――ホワイトルーム。

 

 それはここ、高度育成高等学校とは別に、政府が直接運営に携わっている教育機関の名称だった。だけどこの学校とは違って、存在自体が秘匿されている。

 秘匿されているには相応の理由がある。

 

 それは……有り体に言えば、やっていることが非人道的な内容だからだ。あまりに苛烈な教育方針に脱落した者が大多数。脱落した子どもたちは、何かしら精神に後天的な支障をきたしており、残れた子も人としてどこか欠けている様子が全員に見られる。

 私がいつもカウンセリングを担当しているのは、もれなく、その被害にあった子どもたちだった。

 

「……そうだろうと思う。お姉ちゃんとか雪は例外だけど、あの場所の子どもたちはみんなコミュニケーションに難があるから。まあでも、生来から人見知りな場合もあるから、その辺りは追々見極めるかな」

 

 ホワイトルームの影響であれば取り除かなければいけない。そうでなければ無理に直す必要はない。

 

『なるほど分かった。ひまりなら人との距離感を間違えないだろうから、いつ接触するかは任せたよ』

「うん、在学中には仕事を完遂するから安心して」

『ああ、期待しているよひまり。……ところで、話は全く変わるんだが、学校生活は順調かい?』

「うん。友達もできたし人間関係は問題ないよ。ただ友達付き合いは、今後考えていかないといけないかなって思ってる。仕事に支障が出ちゃうからね」

 

 昨日は、寮に着くのが遅くなるのを見越してカウンセリングの予定を雪だけしか入れなかったけど、今後もそうするわけにはいかない。

 新しく仕事を任されてこの学校に来たとは言っても、従来任されていた仕事は継続中で、疎かにしてはいけないためだ。もちろん学校生活との兼ね合いでこれまでと同様のペースで仕事をこなすのは物理的に無理だけど、それは仕事をサボる理由にはならない。

 

『……そうだったね。僕としては、他人のことよりも、ひまり自身の人生を大切にして欲しいけど』

 

 私はお父さんの気遣いをいつも通り聞き流した。

 電話越しに、気まずい沈黙が降りる。

 

『すまない、今の言葉は忘れて欲しい。仕事が順調に行くことを祈っているよひまり』

「ありがとう。お父さんもお仕事頑張ってね」

『ああ、頑張るとも。……じゃあ、切るからな』

 

 名残惜しそうな声とともに、通話が切られた。

 私は画面をすぐにブラックアウトさせ、そのまま、……なんとなくベッドに身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 ―――気づけば、時刻は8時を回っていた。

 

(……あれ、なんかおかしくない?)

 

 奇妙な違和感をおぼえて私は記憶を辿る。

 どうしてここにいるのか、私は何をしているのか、私はさっきまで何をしてたんだっけ―――。そこまで考えて、実に、2時間もの記憶が抜け落ちていることに私は気がついた。反射的にベッドから跳ね起きる。

 

「やば。もうすぐ学校始まるんだけど……?!」

 

 "なんとなくベッドに身を任せる"とかいう、経験者なら絶対に伝わるだろう二度寝確信犯の動きをしてた過去の私を、私は心の中で罵倒する。

 

「あーもうっ! 何してんの私……!」

 

 急いで鏡の前に立ってみればあら不思議。着替えてもいなければ、二度寝のせいで髪の毛もちょこっとハネている。お化粧は……まあ良い(よくない)。髪を巻いている時間もない。私は一瞬のうちに取捨選択を済ませ、制服にだけ着替えてから寮を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 息切れを起こしながら、私は始業のベルが鳴る前に教室についた。走ってきた勢いのままドアを勢いよく開けると、クラス中から視線が殺到する。

 教壇にはもう茶柱先生が立っていて、どうやら、出席確認をしていた最中だったみたいだ。

 

「っ、せ、先生っ……! 遅れてごめんなさい!」

 

 私が謝った矢先、始業のベルが鳴る。

 

「おはよう嬉野。謝る必要はない。遅刻の判定については、あくまで始業のベルが基準だからな」

「ありがとうございます。次からは二度寝しません」

「まあそうだな、二度寝はしない方がいい」

 

 そんなやり取りの裏で、教室後方のドアが、今度はそーっと開いた音がした。どう考えたって隠しきれない2人分の気配が、あたかも最初からそこにいましたよとでも言うように、それぞれ、自分の席に着く。

 

「……何をしているんだ、池と山内は。お前らは遅刻だぞ。そんなのでバレないとでも思ったか?」

「な、なに言ってるんすかせんせー。俺たちとっくに教室にいましたよ? だよな、山内?」

「お、おう! せ、せんせー冗談きついって〜」

 

 あまりに無茶な言い訳に、誰かが吹き出した。

 

「……まったく。次から気をつけるようにしろよ」

「え? ってことはセーフってことですか?」

「遅刻してないんじゃなかったのか? どうしてセーフかどうかをそんなに気にする必要がある」

「…………あ」

「2人は遅刻だ。分かったなら反省するように」

 

 私のときとは打って変わって、茶柱先生は呆れた様子でため息を吐いた。

 クラスは軽快な笑い声で満たされた。

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