君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第19話

「伊吹はもう帰ったようだぞ」

 

 電話越しに、私は綾小路くんの報告を受ける。

 私がここちゃんの部屋に入って動く様子がなかったからか、彼女は早々にこれ以上の尾行を諦めたらしい。私は安堵して、ここちゃんを前に息を吐いた。

 

「ありがと。家でゆっくりしてただろうに、いきなり呼び出しちゃってごめんね。今度なにか奢るね」

「気にするな。オレも暇を持て余していたところだったからな。ちなみにさっきの状況だが、伊吹は誰かと通話をしていた。察するにCクラスのリーダーだろう」

「龍園くんだね。了解。伊吹さんが部屋の前を張っていたらここから出れなかったから、凄く助かったよ」

 

 あまり綾小路くんには頼らずにいきたかったけど、今回は仕方ない。ドアについた小窓の視界は狭いから、誰か、頼りになる人を呼び出す必要があった。

 

「お前も厄介なやつに目をつけられたものだな」

「……だね、本当は平和に生きたいんだけど、どうやらこの学校の仕組みがそうはさせてくれないみたい」

「一部の生徒を除いては、Aクラスで卒業するメリットは破格のものだからな。躍起になるものなのだろう」

「ほんと、大変な学校に入っちゃったよね。なんて愚痴を言っても仕方ないけどさ。まあでも、やることはやるつもり。これから佐倉さんのところに向かうよ」

 

 そう言い、私は立ち上がる。

 目の前のここちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 

「じゃあ切るね。また明日、綾小路くん」

「ああ。また明日」

 

 通話が切れる。

 私は気合を入れ直して、ここちゃんを見る。

 まだ彼女には、この後、佐倉さんと話に行くことを伝えていない。予定があるとだけ伝えているけど、利用するだけ利用して何も教えないのは、不義理だ。

 

「ごめんここちゃん。さっき予定があるって言ったと思うけど、須藤くんの件で、これから目撃者に会いにいくんだ。申し訳ないんだけどそろそろ行くね」

「え? あ、目撃者! やっと見つかったの?」

「うん。だから今から話してくる。……いい?」

「もちろんだよ! 私のことは全然気にしないで! こんな時間から大変だね。私、応援してるから!」

 

 目を輝かせて、ここちゃんは私を見る。

 私のことを信じて疑わない目。

 それを直視するのに、私は精神をすり減らす。

 きっと彼女の中の私は、入学当初、さりげなく彼女を助けたかっこいい女の子のままで。だけど私の中の私は、ここちゃんに釣り合うようには思えないから。

 

「……うん、ありがと。じゃあ行ってくるね」

「うんっ、行ってらっしゃい! 事件が解決したら一緒に遊ぼうね! 私、それまで待ってるから!」

「そうだね。分かった。楽しみにしてるよ」

 

 そう言って、私はここちゃんの部屋を出る。

 私は酷いことをしているだろうか。余計な期待を抱かせてしまっていないだろうか。自己嫌悪に陥る一方で、じゃあどうすればいいのだろうと私は考える。

 距離を置いてみるのはだめだった。

 ならいっそのこと、私の気持ちを伝えるのがいいだろうか。そうすればここちゃんは、私に配慮して、少しずつ距離を置いてくれるようになるかもしれない。

 

(……ダメだな、私。これから佐倉さんの相談に乗るのに、暗い表情のままだと不安にさせちゃうよ)

 

 私は気持ちを切り替えるつもりで頬を叩く。

 その痛みで、幾ばくか、胸の疼きは和らいだ。

 

 

 

 

 

 

 ここちゃんの部屋を出て、今から向かう旨を佐倉さんに伝えてから数分。佐倉さんの部屋の前についた私は、ひとつ深呼吸をしてからインターホンを押した。

 それから少し間を置いて、おずおずと開かれる扉。

 佐倉さんが寮に帰ってからはしばらく時間が経っているはずだけど、彼女は制服姿のまま私を出迎える。

 

「こんばんは、佐倉さん。予定が少し後ろ倒しになっちゃってごめんね」

「こ、こんばんは……。う、ううん、大丈夫」

 

 ぎこちない様子で、室内に招かれた私。

 そのままさりげなく部屋を見回すと、彼女の大人しい性格に反して、可愛らしい家具に溢れている。

 

「あ、あの……お、お茶で良かったですか?」

「うん、ありがとう。せっかくだしいただこうかな」

 

 そう言うと、佐倉さんは慌ただしく冷蔵庫を開ける。一瞬だけ遠慮しようとも思ったけど、彼女にとっての今の言葉は、とても勇気を振り絞ったもの。それを断るのは彼女の気持ちを無碍にすることになる。

 やがて正面のテーブルに緑茶が用意され、やっぱり落ち着かない様子で、佐倉さんは私の前に座り込む。

 

「……それで、相談っていうのは?」

 

 先に話を切り出したのは私だった。

 彼女が目撃者であることは知らない体で、返答を促す。

 だけど彼女は、すぐには口を開かない。

 私にメッセージを送るところまでは何とかできたものの、実際に会うと話す勇気が足りないのだろう。

 

 そんな彼女を前に、私は話を急かすことなくカップを手に取る。時間はまだまだ潤沢にある。こういう子を相手するときは、とにかく焦らせないのが大切だ。

 とは言え私から急かさずとも、佐倉さんが焦り出すまでは時間の問題。このまま沈黙が続けば、その空気に耐えかねて更に口を閉ざすことに繋がりかねない。

 

 だから私は、彼女の表情をつぶさに観察する。

 見られていることは彼女に悟らせることなく、その葛藤と、感情の移り変わりを見逃さないようにする。

 そうすれば口を挟むタイミングが自ずと掴める。

 

「そうだ、全然関係ない話なんだけどさ、佐倉さんって甘いもの好き?」

「え、っと……? は、はい……好き、です」

「そっか、まあほとんどの女の子がそうだよね。私も好きだな。それでさ、広告で見たんだけど今度ケヤキモールに新しいカフェができるんだって。良かったら一緒に行きたいなって思うんだけど、どうかな?」

 

 突然の提案に、戸惑いを見せる佐倉さん。

 それと同時に、彼女は居心地の悪い沈黙から解放される。少しの間であっても相談内容から意識が逸れたことで、心なしか顔色も良くなったように見える。

 

「……あ、その、……行きたいかも、です。で、でもその、どうして……私なんかを誘うんですか?」

「どうしてって、一緒に行きたいから? やっぱり1人は寂しいし。それにいつものメンバーだけじゃなくて、他の子とも喋れたら二度美味しいと思わない?」

 

 だから佐倉さんと行きたいのだと私は言う。

 それを受けとった佐倉さんは、虚をつかれたように口をぽかんと開けた。その可愛らしい様子にくすっと笑みをこぼすと、たちまち彼女の頬が紅く染まる。

 

「それで、どうかな? 一緒に行かない?」

「……は、はいっ。その、私でよければ……!」

「ありがとっ! じゃあ楽しみにしてるね。来週の月曜日にオープンだから、忘れないようにしてね?」

 

 こくこくと、小動物のように頷く佐倉さん。

 だけどすぐに我に帰る。まだ私に相談内容を話せていないことを、佐倉さんは思い出したようだった。

 

(―――でも、もう大丈夫なんじゃないかな)

 

 足りていなかった勇気が、補充される。佐倉さんは自身を奮い立たせるように、深呼吸をして私を見た。

 

「そ、その……話を変えても、いいかな……?」

「ん? うん、全然いいよ」

 

 私は姿勢を正し、佐倉さんを見つめる。

 これでまた言葉に詰まるなら別のアプローチを考えないといけないけど、その心配は無用そうだ。

 

 ひと呼吸置いて、彼女は語り始める。

 彼女が目撃した須藤くんの喧嘩、その一部始終を。

 

 

 

 

 

 

「……怒らない、んですね」

 

 自らが目撃者だと明かした佐倉さん。

 彼女は聞き手に徹していた私を見て、ぽつりと呟く。

 

「どうして? 怒る要素なんて全然ないよ。むしろ、勇気を振り絞って私に教えてくれてありがとう」

 

 私は微笑みながらそう伝える。

 佐倉さんはこれまで、ずっと悩んでいたのだろう。

 その肩の荷が、今日でようやく降りた。その達成感に似た解放感に、彼女は大きく息をついた。

 

「それにしても、佐倉さんはどうして特別棟にいたの? あそこ何もないし、それに暑いでしょ?」

「……その、わ、笑わないでくれますか?」

「うん。笑わないよ」

「…………その、私、カメラで写真を撮るのが好きなんです。それで、あの場所は夕方になると、夕焼け雲がすごく綺麗に映るので、それで居たんです」

 

 ようやく、点と点が線で繋がった。

 昼休みも放課後も、佐倉さんがすぐにいなくなってしまうのは、趣味に没頭するためだと私は知る。

 

「そうだったんだ。あそこには足を運んだことがあるけど、気付かなかったな。写真って残ってるの?」

「ええっと……それが、その、……前にカメラが壊れてしまったので……。いまは修理に出してて」

「……そういえばそうだったね。カメラ直ったら、写真見てもいいかな? きっと素敵な写真だもん。他にも、綺麗な景色が見れる場所があるなら知りたいし」

 

 私がそう言うと、佐倉さんは少し目を泳がせる。

 趣味を人に見せるのはまだ躊躇が大きそうかな?

 

「あ、ううん。急かしてるわけじゃないよ佐倉さん。私はもう友達だと思ってるけど、もっともっと仲良くなってからでも、私は全然待つから無理しないで」

「……はい。ありがとうございます」

 

 また少し、沈黙が降りる。

 だけどそれはもう、佐倉さんにとって居心地の悪いものではないはずだ。私は緑茶を美味しくいただきながら、佐倉さんを見守るつもりで口を閉ざす。

 

「……その、今日は来てくれてありがとう。勇気を出して良かったって、思います。目撃者なのにずっと黙ってたこと、……ずっと罪悪感があって」

「優しいね」

「え?」

「罪悪感があったのは、佐倉さんが優しい証拠だよ。こちらこそ今日はありがとう。私も、佐倉さんが頼ってくれたって思って、昨日からすごく嬉しかったな」

 

 残る問題は佐倉さんの異性関係。

 正直すごく心配なんだけど、まだ初対面に等しい今のまま、センシティブな話題には踏み込みづらい。

 カフェに行く約束もできたことだし、聞くのはその時でも遅くないだろう。痴情のもつれは怖いものだけど、今のところ、危急の問題というほどでもない。

 

「相談したいことっていうのは、これだけ?」

「…………。う、うん、これだけかな」

「そっか。じゃあそろそろ、私は帰ろうかな。もし悩んでることがあったらいつでも連絡してね。私はすぐに飛んでいくから。1人で悩まないようにね?」

 

 そう言って、私は佐倉さんの部屋を出る。

 まだ生暖かい風が素足を撫でた。

 鬱陶しい気持ちにさせられながら私は歩き出し、その全身に、背後からふと軽い衝撃を受ける。

 

「……佐倉さん?」

 

 見ると佐倉さんが私に抱きついていて。

 その身体が震えていることに、私は気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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