君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第20話

 

 佐倉さんと別れ、自室に戻った私は着替えもせずにベッドに倒れ込む。疲れているせいじゃない。もちろん多少は疲労も溜まってるけど、私はベッドに寝そべりながら目を閉じ、その上に手の甲を乗せて先ほどのことを思い出す。

 佐倉さんから伝わってきた体の震え。

 それが恐怖であることは深く考えずとも分かる。ただそれにしても、引っ込み思案な彼女の性格を考えると、人に抱き付くという行為はそれなりにハードルが高い行為だ。

 

 恐怖のあまり咄嗟に、という様子でもなかった。

 そうなってくると考えられるのは――――――

 

「……佐倉さんなりの、最大限のSOS、かな?」

 

 そう理解するのが最も自然だろう。

 事情を全ては語れない。そこまで話す決心はついていない。でも気付いて、理解して欲しいという気持ちの現れ。

 これはあくまで推測だ。だけど事情が事情だ。

 早急に手を打つ必要があるだろう。

 

 そう考えてからの行動は早く、明日、佐倉さんの動向を監視して欲しいと綾小路くんに依頼する。頼ってばかりで格好がつかないけど彼が一番頼りになるのは明白だった。

 私はまずは、須藤くんの友達としても、生徒会の役員としても、今は今回の暴行事件を解決させないといけない。

 

 明後日のお昼休みにはまた審議の場が開かれる。

 つまり、実質的には猶予は明日のみ。そう明日。私の作戦が成功するかどうかに全てが懸かっている。成功すれば事件解決。失敗すれば、佐倉さんに証言をお願いするか。

 

 あるいは―――もっと別の方法を選ぶしかない。

 

「……まあ、最悪の場合は、南雲副会長に頼るしかない、かな」

 

 土下座するのも、体を許すのも、私だって年相応の嫌悪感はある。だけど背に腹はかえられない。須藤くんの潔白を証明するなら、私はなんだってやり抜きたいと思う。

 とは言え、その手段は、できればとりたくない。

 それは堀北会長の期待を裏切ることになるから。

 

「ふぅ……。明日、頑張らないと!」

 

 私は両頬を平手で叩く。

 じんじんと響く痛みに、私は改めて気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。私が登校すると須藤くんたちは既に揃っていて、情報交換をしているようだった。私もすぐにそこに混ざり、佐倉さんのことは伏せながら、話に相槌をうつ。

 審議の場が明日のお昼に迫っていることもあって焦燥感もひとしおで、不安を和らげるだけで私も精一杯になる。

 

 そんな中、ひとつの大きな変化があった。

 まだ他の子たちも登校してこない中、教室後方の扉が横にスライドされ、桜色の髪の毛が揺れる。そのまま、眼鏡の奥に不安げな色を覗かせながら私たちの前に歩み出る。

 

「……あ、あの……おはよう、ございます」

 

 佐倉さんだった。

 普段は人目を避けるようにギリギリに登校する彼女の行動に、堀北さんたちは面食らった様子で口を開けた。

 

「―――おはよう。佐倉さん」

 

 私も少々驚きながら、それでもすぐに挨拶を返す。

 昨晩のことで心境の変化が大きかったのだろうか。

 彼女も期限が明日に迫っていることは理解しているだろうし、一晩経って、勇気を振り絞ったのかもしれない。

 

 私の挨拶にこくりと頷くと、佐倉さんは自身の席に座って目を伏せる。たまにふと視線を周囲に走らせ、また机の下の手元を見つめて、ちょっとだけ居心地が悪そうだ。

 

「……どうしたのかしら。彼女」

 

 堀北さんは驚きを引きずったまま、そう口にする。

 

「さあね。でも、人は変わるから。須藤くんが少し大人しくなったように、堀北さんが少し丸くなったように」

 

 そして、きっと綾小路くんも。

 もしかしたら……私だって。

 私は心の中でそう付け足しながら、隙を見て佐倉さんにチャットを送る。「嫌味かしら?」堀北さんが何やらぶつくさと私に対して言ってるけど、とりあえず聞き流した。

 

『無理はしないでいいんだからね。佐倉さんが証言しなくても大丈夫なように、色々根回しはしているからさ』

 

 そのチャットにはすぐに既読がつく。

 だけど返事が返ってくるまでには少し時間がかかった。

 

『ありがとうございます』『気にしないでいいんだよ。佐倉さんが頑張ってるの、私は分かってるつもりだから』

 

 もちろん、私はまだ佐倉さんの多くを知らない。

 けれど寄り添いたい、理解者でいたい。

 そんな私の気持ちはこれで伝わっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 昼休みには最後の根回しを済ませ、放課後。

 ついにこの時がやって来た。

 私は早まる動悸を抑えるように胸に手を当てる。

 茶柱先生は激励も無く教室を去り、生徒ももうすぐ散り散りに、堀北さんたちだけが教室に留まる―――その時。

 

 ガラガラッと乱暴な音と共に、後方の扉が開く。

 

「よお嬉野、元気してるか?」

 

 そう言ってニヤッと笑い、背後に巨漢のハーフと伊吹さんを従えた男は私に向かって歩いてくる。それを見て、私を守るように私との間に即座に入り込んだ須藤くんだけど

 

「邪魔だ須藤。お前はそこで引っ込んでな」

「あァ? なんだてめぇ」

「お前はお呼びじゃないんだよ。用があるのはそこに座ってる女のほうだ。つっても顔を見に来ただけだがな」

「……通してあげて。須藤くん」

「で、でもよ」

「さすがにこの場で暴力を振るわれることはないよ。周りにたくさんの目がある。彼に益がなさすぎるでしょ?」

 

 諭すように話すと、須藤くんは少しの逡巡の後、私の前をどいた。すぐに私へと近づく龍園くん。その目は一瞬、つまらなそうに須藤くんを見てから、鋭く私を射抜く。

 

「俺に益がねえと言ったな嬉野。だが生憎と、俺に利益のある無しは関係ねえぜ。クラスメイトをボコボコにされたのに我慢ならず、復讐しに来たって言うならどうする?」

 

 龍園くんは私の机に手を置き、顔面を近づける。

 蛇のような獰猛な眼光に私は少し下がった。

 

「……須藤くんがやったことは、謝るよ。でもタダで殴られる気は無いよ。私も精一杯抵抗するから」

「声が少し震えてんぜ?  気丈に振る舞ってるつもりかもしれねえが、表情ってもんは雄弁だ。言葉より遥かに手前の感情を表しやがる。瞬きの回数。頬の筋肉の硬直。瞳孔の拡大。その全てがお前の恐怖を物語っているのさ」

 

 私は浅い呼吸を繰り返しながら、睨みを効かせる。

 

「おお怖え怖え。だがそれだけだ。俺と違ってお前はここで俺を殴れねえ。そうだろ? ま、もしお前が暴力を振るってきたら、俺は正当防衛としてねじ伏せるだけだがな」

「テメェ……さっきから黙ってりゃ、いい加減にしろよ」

「あ? なんだ、ご主人様を貶されて怒ってるのか?」

 

 その言葉に須藤くんが動く前に、私は口を開く。

 

「……それで、龍園くんは何しに来たの?」

「最初に言っただろ。今日は顔を見に来ただけだってな。最初に嬉野。次に一之瀬。最後に坂柳だ。そろそろ下のクラスから順番に調理してやるから楽しみにしてな」

 

 そう言うと、私から顔を離す龍園くん。

 

「じゃ、またな嬉野。今日は予定があるからな。須藤の剣幕も怖えしここまでにしといてやるよ」

 

 薄笑いを浮かべて去っていくその様子を、私は黙って見つめる。彼の背後に付き従う巨漢のハーフの子と伊吹さんは、いったい何を考えて龍園くんに従ってるのだろうか。

 須藤くんと喧嘩をした3人は龍園くんを前に萎縮していたけど、……今の2人にはそんな様子は見られなかった。

 

 Dクラスの教室には静寂が降りている。

 龍園くんの気迫に恐怖を感じた子が大多数だろう。

 さながら蛇に睨まれた蛙だ。

 私は肩の力を弱めるように、ふうと息を吐いた。それを皮切りに心配そうな様子で須藤くんが私に近付いてくる。

 

「……お、おい大丈夫かよ?」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 私は深呼吸を繰り返し、動悸を落ち着かせる。

 冷や汗で背中が濡れてしまったのは不快だけど必要経費だ。

 

「全然、大丈夫そうには見えないけれどね」

「……そう見える?」

「ええ。確かに、平常時より瞳孔が開いてるもの。これは交感神経の活性化でホルモンが過剰分泌された時に起こる生理現象。自由意志で制御できるものじゃないわ」

「あはは、その言い方は少し恥ずかしいな」

 

 私は頬をかいて、ため息を吐いた。

 確かに瞳孔は開こうと思って開けるものじゃない。

 演技ではないことは確かだ。

 

「ところで、彼の予定ってなんなんだろうね」

「さあ? 普通に遊びではないのかしら?」

 

 堀北さんは肩を竦めた。

 少しずつ、少しずつ教室の空気は和らいできたけど、元に戻るまでにはもう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 Dクラスを後にした龍園は、巨漢のハーフ―――山田アルベルトと伊吹澪を引き連れたままカラオケに入る。

 堀北の予想は当たっているように見えた。

 龍園が、とある一室のドアを開けるまでは。

 

「やっほー龍園くん。少し遅かったね」

「クク、少し私用があったのさ。にしても珍しいじゃねえか。お前が俺を呼び出すなんてどんな風の吹き回しだ?」

「そんなに珍しいかな? 私は龍園くんのこと、友達だと思ってたけど龍園くんにとってはそうじゃなかった?」

 

 そう答えるのは、一之瀬帆波。

 彼女は嬉野ひまりのお願いを受けてここにいた。

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