君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第21話

 

 ―――時は遡り、数日前。

 

 綾小路と佐倉、櫛田の3人でカメラの修理に向かった日。つまり、嬉野ひまりと一之瀬帆波が邂逅した日。

 その時から種は撒かれていた。

 と言っても、小難しいことは一切無い。

 嬉野ひまりのお願い通り、一之瀬帆波は龍園翔をカラオケボックスへと呼び出し、あとは自由に会話するだけ。

 

 その間に嬉野ひまりはCクラスの3人―――小宮、近藤、石崎を懐柔する。口で言うだけなら簡単な筋書き。しかしそんな攻略法は、普通の人には門戸さえ開いてない。

 

 暴力による支配は確かにクラスから反感を買う。

 だがそんなことは誰よりも龍園が理解してる。それでも問題はない。支配者への恐怖はそうした反感をも上回る。

 これまではそうだったし、これからもそのはずだった。

 ましてやここ、高度育成高等学校では、他クラスは敵。自クラスの裏切りはそのまま自身の不利益へと直結する。

 

 だからこそ龍園は警戒を怠った。

 

 最初こそ気丈な相手だったが、特に目立った能力は見られず、終いには龍園の圧に屈した女。所詮はDクラス。

 そんな彼女に支配下の3人が懐柔される可能性を初見の時から警戒しろというのは無理がある。龍園は悪くない。ただこの時だけは、運が無かったということに尽きた。

 

 

 

 

 

 

 放課後、特別棟。

 私が汗を拭いながら立っていると、Cクラスの3人が周囲を気にしながら現れる。どうやら相当、周囲の視線を気にして来たらしく、彼らの表情には気疲れが垣間見えた。

 

「……来てくれてありがとう。小宮くん、近藤くん、石崎くん。まずは須藤くんのせいで怪我をさせたこと、改めてになるけど謝ります。本当に、本当にごめんなさい」

 

 深く、深く頭を下げる。

 すぐに焦った声が頭上から降ってきた。

 

「も、もう良いっすよ……。いつ人が来るか分かんねーし。そ、それより本当に龍園さんは気付いてないんスよね? 俺らが嬉野さんにここで会っていること」

「うん、気付いていないよ。もし何らかの事情で龍園くんが一之瀬さんの元を離れた場合には、一之瀬さんから連絡がくることになってる。ちなみに山田アルベルトくんと伊吹澪さんはどうしてる? 見つかってないかな?」

「それは大丈夫っス。アルベルトは放課後すぐにジムに行くし、伊吹の奴は誰よりも真っ先に寮に帰ってるんで」

 

 その言葉に安心して、私は頷いた。

 

「じゃあ早速、本題に入るね。……Cクラスの様子を見てて気付いたことがあるんだ。誰も彼も龍園くんに従ってる。いや、歯向かえない。それはあなたたちもだよね」

 

 肯定の返事は帰ってこない。

 だけど否定の返事も無く、何より彼らの今の表情と、これまで見させてもらった様子から明らかなこと。

 

「これは私の独り言だと思って聞いてね。私は今回の件、龍園くんが主導したものだと思ってる。小宮くんに近藤くん、石崎くん、あなたたちは従うしか道がなかった」

 

 これに対する返答は、やはり、無い。想定内だ。

 この場の会話は私に録音されている恐れがある。まだ龍園くんを裏切る気持ちになれない3人にとっては、表情は誤魔化せずとも、動揺や言質を音声には残したく無い。

 

「だからね、私は龍園くんが憎い。そして同時に、あなたたち3人のことは少しも憎くない。もしあなたたちが口を割らなくて須藤くんが罰を受けることになったとしても、それは変わらない。悪いのは龍園くんなんだからさ」

 

 私は3人を真っ直ぐに見据えながら、そう囁く。

 

「……でも、俺らは―――」

 

 堪えられず、近藤くんが下を向いて言葉を漏らした。

 それに被せるように私は首を横に振った。

 

「関係ないよ。龍園くんの指示通りにするために必要なことだった。……そうでしょ? だからそんなの関係ない」

 

 跪き、手を取り、近藤くんと視線を合わせる。

 龍園くんも言っていた通り、表情というものは雄弁だ。3人の後ろめたさが、悔恨が、懺悔の気持ちが私に伝わってくるように、私の感情も余すことなく3人に伝わる。

 

「今日はね、3人にそれを伝えたかった」

 

 私の悪口を言って須藤くんを煽ったこと。

 それは最初は、小さな感情の燻りしか産まなかっただろうけど、私の土下座と最初の審議、あとは今日に至るまでの時間が、彼らの罪悪感をこれでもかと刺激してきた。

 でもそれは許すと私は伝える。気にしないでいいと。

 その気持ちが本当であればあるほど、3人の心は軋む。許してくれるなら、じゃあいいか、とは決してならない。

 

「その上で、私は龍園くんを許さない。今回の件も、それに、Cクラスのみんなを恐怖で支配していることもね」

 

 ヒリつくような覚悟で、彼らの肌を灼く。

 

「……だから、そうだね。龍園くんのことで何か困ったことがあったらいつでも私に連絡していいんだよ」

「…………、なんで。なんで俺らに何も求めないんスか。今だって怖くて、黙ってばっかで、それなのに」

「私はみんなを守りたいだけだから。それだけだよ」

 

 そう言い、私は立ち上がる。

 特別棟にはしばらく沈黙が降りた。

 それぞれが自身の感情を咀嚼し、今後のことを考える。

 俺はここでどうすべきなのか。本当にこのままでいいのか。そもそもなぜ、俺は今日、律儀にここまで来たのか。

 

 そう考えさせるように仕向けたから、分かる。

 これが事件発生直後だったらこうはならなかった。日にちが経つことで肥大化した罪悪感。それを私が、更に強めることで、龍園くんを裏切らせるまであと一歩に至る。

 

「じゃあ、最後に、私の実力を見てもらおうかな」

「……実力、っすか?」

「うん。その一端だけどね」

 

 拳をもう片方の手で包み、関節を鳴らす。

 結局、大事なのは私が強いこと。龍園くんに負けないこと。龍園くんを負かせられること。そのイメージを3人に抱かせること。そのひと押しさえあれば、彼ら3人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、俺ら、嘘ついてました……」

「……は? な、何を言ってるのですか君たちは」

 

 翌日の昼休み。審議の場で。

 Cクラスの3人は勇気を振り絞って証言する。

 その真剣な表情には、これまで自クラスの生徒の発言を信じてきた坂上先生も狼狽え、困惑の視線を向けた。

 

 私は生徒会役員としてその発言を追求する。

 

「冷静に、順序立てて説明いただけますか?」

 

 3人は頷き、代表して小宮くんが立ち上がる。

 

「……お、俺たちは、確かに須藤に殴られました。けど、けどその発端は、俺たちにあります。俺たちは計画を立てて、人気がなくてカメラも設置されてない特別棟に須藤を呼び出して、そこで―――須藤を煽ったんです」

 

 それを聞くや否やため息をつく坂上先生。それから、まるで小さい、手にかかる子どもを諭すように言葉を紡ぐ。

 

「煽ったからなんだと言うのですか。いいですか? 確かに挑発は良くないですが、それでも須藤くんに暴力を振るわれ、怪我をしたという事実は消えませんよ小宮くん」

「坂上先生。教え子を守りたい気持ちは分かりますが今は話を聞きましょう。どうやら、話はそれだけでない様子」

 

 ここで茶柱先生が口を挟む。

 それに呼応するように私は頷き、3人に声をかける。

 

「ゆっくりで良いんです。時間を気にする必要はありません。また、ここでの話は最後の結論以外は決して口外しませんのでどうかご安心ください」

「……ありがとう、ございます」

 

 ふうと、緊張を押し流すように息を吐く小宮くん。

 彼は他の2人と顔を見合わせ、拳に力を入れる。

 

「……俺たちは―――」

 

「須藤を先に煽ったのだと、それは、さっき説明した通りです。そしてそれは……、須藤に手を出させて、ペナルティを与えるためでした。でもそうしたのは、須藤に恨みがあったからとか、そんな理由なんかじゃなくて……」

 

「りゅ、龍園に指示されたんです。それで、俺らは―――。本当に、最低なことをしたと、思ってます」

 

 その告白に、堀北会長と私以外は動揺を浮かべる。

 この場に出席している須藤くんも、堀北さんも、櫛田さんも。先生方も例外ではなくて、坂上先生は寝耳に水の様子で呆気にとられ、茶柱先生は意外そうに片眉をあげる。

 

「それは、逆らえなかった、のですか?」

「…………こ、怖いんです。龍園に逆らったらどうなるか。お、俺たちだけじゃありません。Cクラスの全員が―――全員が、たぶん同じことを思ってると思います」

 

 そう言い切って、小宮くんは着席する。

 

「勇気を出しての証言、ありがとうございました。これを踏まえて事件の落とし所を見つけたいものですが―――」

「待ちなさい。彼ら3人を脅し、この場で嘘の証言をさせた者がいるかもしれない。そうとは考えられませんか?」

「……坂上先生」

 

 発言を嗜めるような茶柱先生の声。

 だがそれを聞く耳は無いようだった。

 私は助けを求めるように、会長をちらっと見る。キャパオーバーというわけじゃない。けれど生徒会に入ったばかりの私と、入学当初からAクラスのリーダーとして、3年間トップを走ってきた会長とでは先生からの信頼が違う。

 

 その意図を汲み取ってか、会長は一歩前に進み出る。

 

「確かに、その可能性はあります。しかしこの場は、事件の落とし所を見つけるためのもの。当事者間が結果に納得するのであればそれで十分でしょう。その上で、先ほどの彼の証言が事実であれば、学び舎として見過ごすことのできない事態として調査するというのはいかがですか?」

 

 その提案に、坂上先生はついに反論をしなかった。

 会長はまた一歩下がり、私を見る。私は坂上先生の反発を完封したその手際に尊敬の念を抱きながら口を開く。

 

「―――では、両者、他に言いたいことはございませんか? 無いようでしたら、最後に結論を言い渡します」

 

 こうして、事件は終幕を迎えた。

 与えられたのは、事件の影響で学年全体のプライベートポイントの支給が遅れていること、その迷惑料の徴収。

 Cクラス側の謀略と須藤くんの暴力は不問に終わった。

 

 

 

 

 




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