君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第23話

 

 今回の事件で、私は何をしたんだろうと思う。

 

 少し勇気を奮い立たせた。

 嬉野さんに私が目撃者であることを打ち明けられた。

 ……それだけ、たったそれだけ。

 

 詳しいことは分からなかったけど、私が証言するまでもなく事件は解決した。まるで私が必要なかったみたいに。

 ううん、……違う。きっと嬉野さんはそんなこと思ってなんかない。むしろ私が無理してないか案じてくれて、だから、最後の最後まで、1人で戦ったのだと分かってる。

 

 でも、それでも、心のもやもやは消えてくれない。

 何かに追い立てられるみたいに私は寮を飛び出す。

 手にはもう分厚い教科書ぐらいになったメッセージカードを持って、約束をとりつけた場所までひた走る。

 

 私ならできると、いきなり思ったわけじゃない。

 でも……なんというか、やらないといけない気がした。

 嬉野さんみたいに。私も、ただ打ち明けただけで終わるんじゃなくて、事件解決の役に立つ証言をできなかったなら、それに代わる何かをしないと。だから。

 

 ただ、がむしゃらに、私は気持ちを吐露する。

 

「も、……もう、こんなの送らないでください!」

 

 くしゃっと握りしめていたメッセージカード。

 それらを、私は地面に叩きつける。その一枚一枚に貼られた私の写真。いつ撮られたのかも分からない。見ると怖気がして、だから私は目前の男の人に目を向けた。

 

「し、雫ちゃん? な、な、なんで……」

 

 男の人が、生気をなくした声をこぼす。

 その人は地面に膝をつけ、私がぶちまけたメッセージを大切そうにかき集める。その手はわなわなと震えていた。

 

「―――なんでッ!」

 

 ひゅっ、と私は鋭く息を吸った。

 男の人が目を血走らせて立ち上がる。

 

「なんで、なんでこんな酷いことをするんだ!」

 

 怒りに振るわれた罵声に唾が混じる。

 私は思わず、1歩後ずさる。

 それを追いかけるみたいに男の人が前に出る。

 

 気がつけば、私にかけられた魔法は解けていた。

 

「……い、いや……来ないで……」

「良くないよ……良くないよ雫ちゃん……。いくら雫ちゃんでも、やっちゃいけないことがあると僕は思う」

「いやっ、やめて……ご、ごめんなさ―――」

 

 もう少しで、肌と肌が触れそうな距離。逃げないといけないのに、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。

 私は恐怖で過呼吸になりながら必死に体をよじる。

 けれどそんなの意味はなくて、私はぎゅっと目を瞑った。

 

 その時だった。

 

「なに、してるの……ッ!」

 

 1人の女の人の声が、闇夜を切り裂く。

 少しくすんだ赤色の髪と黄金色の瞳。いつも暖かい笑みを浮かべてた同じクラスの女の子が、今日この時だけは怒りを前面に浮かべて駆け寄ってくるのがぼやけて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 寮を飛び出し、夜道を駆けると、ちらほらと帰路についている生徒からどうしたのかと不審な目を向けられる。

 だけど取り繕う余裕なんてあるはずもなく、私はただ焦りながら体を前へ前へと進めていく。ただの杞憂―――そうであって欲しいけど、まるで、濡れた薄い衣が素肌に纏わりついてるような気持ちの悪い感覚は消えてくれない。

 

 不幸中の幸いとしては、お父さんからのレスポンスは早く、面談の時間調整はすぐに請け負ってくれた。おかげで後顧の憂いなく佐倉さんのほうに集中できるというもの。

 と言っても私にできることはほとんどなく、私は私にできる全力の早さで、ケヤキモールまでただ走り続ける。

 

 その間に時折、位置情報を確認するのだけは忘れない。

 

(……場所に動きはない、かな? 今のところは)

 

 それからおよそ10分、全力で走り続けて、ようやく現場付近に到着。その間にも位置情報の変化は見られない。

 考えられる中で最悪なのは携帯を放置しての連れ去り。次点でその場で襲われてること。運が良ければまだストーカー男と会ってないか、あるいは時間が経ってないか。

 

 できれば後者のいずれかであって欲しい―――。

 そんな私の願いが通じたのか、研ぎ澄まされた聴覚が、閑静な場所に響く男の叫び声を正確に捉える。

 

「なんで、なんでこんな酷いことをするんだ!」

 

 その声を頼りに近づき、走り続けて荒れた息を整えながら、物陰から様子を伺い見る。

 状況判断にかけられる時間は一瞬のみ。既に襲われているか、あるいはその直前か。男は武器を所持しているか、あるいは少なくとも手には持っていないか。

 

 果たして―――状況は、まだギリギリ後者だった。

 

 佐倉さんににじり寄る男の姿。

 目を瞑り、恐怖に固まった佐倉さんの様子を見て、私は全身の血が沸騰したような感覚に襲われる。

 

「なに、してるの……ッ!」

 

 思わず声をあげた。

 怒りに身を任せ、彼我の距離を数歩で縮める。

 そのまま最後に着地した足を軸に、もう片方の足で蹴り上げる。それは、ちょうど私に視線を向けた男に吸い込まれるみたいに、その顎を正確に蹴り抜いた。

 

「がッ―――」

 

 よろめく男の焦点はもはや定まらない。

 脳震盪でも起こしているのだろう。すでに男に抵抗する余力が残されてないことを見てとった私は、勢いそのままに佐倉さんに近づき、その華奢な腕を確かに掴む。

 

「早く立って」

「ま、待って、腰が……」

 

 どうやら腰が抜けて立ち上がれないらしい。

 私はため息を吐いて腕を離し、佐倉さんの背中と膝裏に手を回す。いわゆるお姫様抱っこの要領だ。まずは安全な場所に移動することが先決のため、佐倉さんの応答を待つことなく、ぐっと引き寄せるように抱き上げる。

 

「ちょっと大人しくしててね、佐倉さん」

「う、うんっ」

 

 佐倉さんは小動物みたく、こくりと頷いた。

 私は苛立ちを抱えながら足早に移動して、彼女をベンチに座らせる。その後は坂柳理事長に報告。詳しいいきさつは私も知らないため、ひとまず、学生がケヤキモールの店員に襲われたこと、そして私がすでに保護していること、犯人は意識が朦朧としていることを伝える。

 

「まずは警備員さんが駆け付けてくれるみたい。事情聴取もあると思うし、私たちはここに座って待っておこうか」

 

 そう言い、私も佐倉さんの隣に腰を下ろす。

 ただただ疲れた。もう一度ため息を吐きたい気持ちをグッと堪え、背もたれに体重を預ける。その様子をちらちらと伺い見る隣からの視線に、私は気付かないふりをする。

 

「…………あの、助けてくれて、ありがとう……」

「どういたしまして。運が良かったね佐倉さん」

「う、うん……そう、です、ね……」

 

 私の対応は子どもっぽいだろうか。

 素っ気ない対応を前にどんどん尻すぼみになる様子を見て、私は自らの今の言動を省みろうとする。

 普段なら優しく諭してたかもしれない。ただ今は、連日の疲労も溜まり、大事な仕事も中断し、尚且つ先ほどまで佐倉さんのことが気が気でなかったのもあって心労も重なってる。優しく接してあげられる自信はなかった。

 

「ごめんね、佐倉さん。私のせいかな。私がもっと頼り甲斐のある人だったら事前にちゃんと相談してくれた?」

「……い、え……それは……」

「もっと私から話を聞いてあげるべきだったかな。臆病でごめんね。結果論だけど、もっと話を深掘りするのは関係値を築いてからでいいって考えた私が間違ってたね」

「……そ、そんなことは! そんなことは……」

「自惚れてたな。人の相談に乗るのは好きだし、得意だと思ってたけど。ごめんね私が力足らずで。怪我はない?」

「怪我、……は、ないです。その―――」

 

 何か言いかけて、佐倉さんは口を止める。

 

「なに?」

「えっと、……その……」

「……何かあるならはっきり言ってよ。ごめんね? 佐倉さんがどうしてこんなことしたのか理解できなくて」

 

 刺々しい言葉が次から次へと溢れてくる。

 私がさっきからずっと抱いていた苛立ち。それは認識が甘かった私自身に対してでもあるし、あの勘違い男に対してでもある。だけどそれ以上に、勇気と蛮勇を履き違えた佐倉さんに対して、私は酷く腹を立てていた。

 

「―――黙ってないで何か言いなよ。どうしてあんなことしたの? 本当に危ないところだったんだよ? 襲われて、もしかしたら殺されてたかもしれないんだよ?!」

 

 もし間に合わなかったら。あと少しでも気付くのが遅かったら、判断を誤っていたら。そう考えると、私は怖い。

 今回佐倉さんが怪我ひとつ無かったのはたまたまだ。

 色んな偶然が重なって、結果的に首尾よく終われたに過ぎなくて、それを認識してもらわないといけない。

 

「ごめ、ごめんなさい……」

「ごめんって何?! 何がごめんなの?! 泣いても何も伝わらない! 言いたいことはもっとはっきり―――」

 

 そこまで言って、はたと気付く。

 視界が滲んでいた。目の前の佐倉さんがぼやけて見えて、親指で目を擦っても、またすぐに曖昧になる。

 

「………………ごめん。言い過ぎたね」

 

 泣くなと言って私が泣いてたら格好がつかない。

 私は怒りを覆い隠すぐらいの安堵をようやく実感し、言葉を切って、深呼吸をして平静を取り戻そうとする。

 そんな私の前に1人の影が差した。

 顔をあげると、少し白髪の混じった男の人が、柔和な笑みを浮かべて微糖の缶コーヒーを私に差し出していた。

 

「落ち着いたかい? ひまりさん」

「いつのまに、居たんですか……。坂柳理事長」

「ついさっきだよ。たまたまそれなりに近くに居たからね、早く到着してみたら、ひまりさんが何やら本気で怒ってるのが見えて少し離れた場所から見守ってたんだ」

「……見てたなら止めてください」

「無理矢理止めて大人しくなる性格でもないだろうに。まあまずはこれでも飲んで、頭を冷やしなさい。ひまりさんの気持ちも分かるけどまずは落ち着くのが先決だよ」

 

 渡されたコーヒーを、私は大人しく口にする。

 缶コーヒー特有の、微糖とは思えない砂糖の甘さが体の隅々まで染み渡って、私は怒りが鎮まるのを感じ取る。

 

「さて、佐倉さんといったかな。僕はこの学校の理事長を勤めている坂柳だ。色々聞きたいことはあるけど、まずは怪我がないようで何よりだ。すでに合流した警備員を現場に向かわせているから、もう安心して大丈夫だよ」

「……ありがとう、ございます」

「うん。この学校の敷地内で怖い思いをさせてしまったこと、僕から謝らせて欲しい。その代わりというわけではないが―――ひまりさんは君のことが心配で仕方ないみたいでね。どうか、それだけは理解してやって欲しい」

「先生、それだとまるで私が子どもみたいです」

「事実だろう。僕から見たら、君はまだ大人が守るべき子どもだ。釈然としない表情をしてるところも含めてね」

 

 そう言われて、私には返す言葉がなかった。

 赤ん坊をあやすような言葉を前に私は黙り込む。

 

「結果論で言えば、今回は丸く収まってよかった。でも僕から見たら、ひまりの行動だって蛮勇だよ。相手に武器の心得があって、刃物を持っていたらどうするつもりだったんだい? 君なら命をかけても彼女を守ろうとしただろうけど、その時点で、君のも蛮勇であると自覚なさい」

「……はい。ごめんなさい」

 

 私が謝ると理事長は真面目な表情で頷いた。

 こうして、この日はひとまず打ち切りとなった。

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