私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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間章
第1話


 

 夏休みが始まる、前日のお昼休み。

 クラスのみんなが各々お昼ご飯を楽しんでいるのを横目に、私は訳あって、1人で理事長室を訪れていた。

 

「お久しぶりです、坂柳先生」

「あの時以来だね。佐倉さんとはうまくやれているかい?」

「はい、おかげさまで! ストーカーっていう不安要素も消えて、元々引っ込み思案な子でしたが少しずつ私以外にも話しかけようとしてて、順調そのものです」

 

 ところで後で聞いた話だけど、佐倉さんは今は休業しているとは言え雫という名義でアイドルをやっていたらしく、彼は長いこと熱心なファンだったらしい。それはもう、いい意味でも、当然悪い意味でも。

 他にも色々と意外な話を聞いたりなんかしたけど、ここではその話は割愛して早速本題に入りたいと思う。

 

「それは良いことだね。それでひまりさん、急ぎ大事な話があるってことだったけど……」

「はい。単刀直入にお願いがあります」

「……うん、今のでだいたい察しがついたよ」

 

 坂柳先生は観念したように小さく息を吐く。

 

「一応、君は当校の生徒なんだけどね」

「無理は承知の上でお願いします。元来、私は仕事でここに来ています。毎日、放課後に学校の外に出て―――というのは時間の都合上難しいので我慢してましたが、夏休みということで、ようやくまとまった時間を持てることですしあの子たちに直接会いたいです」

「……もちろん、その気持ちは分かるが」

「あとはお姉ちゃんのお見舞いにも行って、お花を買って、今の花瓶はこの機に洗って差し替えたいです」

「…………それは君のお父上がやっているはずだよ」

「私の気持ちは汲んでいただけませんか?」

 

 そう言うと、先生は明らかに言葉に詰まった。

 こういうことがあった時、私のお父さんからは止めるよう言われてるだろうし、先生としても私を仕事から遠ざけたい気持ちは強いだろう。だから無理を言って申し訳ないとは思いつつも、これは譲れない。

 やがて長い沈黙を経て、先生はまた口を開く。

 

「……1週間後、これまでの学生生活を頑張った生徒へのご褒美としてクルージングが用意されている、っていうのは担任の茶柱先生から伝わってるはずだけど」

「申し訳ありませんが欠席しようと思います」

 

 その間、完全に仕事ができなくなる。

 クルージングは確か2週間近くあったはずで、そんなに休みをもらうことなんてできるはずがなかった。

 もちろん、未練が全くないかというと嘘になるけど……なればこそ私にそんな場所は似合わないと思う。

 

「…………ふう。意思は固いみたいだね」

「はい。今のところ綾小路くんは大丈夫そうですし」

「……条件がある。まず期間は1週間だ。期日になったらまたここに戻り、まだ外にいたいならまたお願いしなさい」

「それは、二度手間になりますが……」

「それでもだよ。そして次に、今日の真夜中にここを発つこと。絶対に人目を避けて速やかに校門から出ること」

「分かりました。他に、条件はありますか?」

「いや、これで以上かな。守ってくれる?」

 

 私は大真面目に頷いた。

 外出許可が出るなら、なんだっていい。

 

「……いい返事だね。お父上には話を通しておくよ」

「お気遣いありがとうございます」

 

 最後に二言三言交わし、私は理事長室を出る。

 そして小さくガッツポーズをした。

 他の学生が夏休み中に「何をしよう?」と心を躍らせるみたいに、私も1週間の予定を真剣に考え始める。

 

 

 

 

 

 

 夜の12時を回り、どこからか見られてないかと警戒しながら高校の敷地を出ると、校門から少し離れた場所に一台の黒塗りの車が止まっている。お父さんのだ。

 急いで近づき、歩道から助手席の窓を覗き込むと、私が来たことに気がついたお父さんがロックを解除する。

 

「……おかえり、ひまり」

「ただいま。……迎えに来てくれてありがとう」

「こんな時間だからな。親として当然だよ」

 

 そう言うと、慣れた手つきで車を発進させる。

 久しぶりに見たお父さんの横顔は、少し疲れているようにも見えた。それでも文句も無しに私を迎えに来てくれたこと、私にとっては出来すぎた親だ。

 入学してからまだあまり日が経っていない時、電話越しに啖呵を切った親不孝者の私とは、もう大違い。

 

 だから気まずくて、私は窓の外を見る。

 次々と後ろに流れていく景色は面白くもなんともない。

 

「明日からの予定はもう決まっているのか?」

「うん、朝はお姉ちゃんのとこに行くよ。その後は雪ちゃんのご両親に会いにいって、午後は普通に仕事。あとはこの1週間のどこかでホワイトルームにも足を運びたい、かな。アポイントはこれから取るけど」

「そうか。念のため護衛を手配しておこうか?」

「そのくらい自分でできるよ」

 

 そう言ったきり、車内には重い沈黙が降りた。

 そこからはお父さんも無理に話しかけることなく、私も当然口を開かず、お互い無言のまま家に到着する。

 

 数ヶ月ぶりの帰宅だけど特に感慨は無い。

 

「……運転、ありがと。お父さん」

「どういたしまして。今日はゆっくりお休み」

 

 それがその日最後のお父さんとの会話だった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。私は朝の6時前に起床し、お父さんが起きてくる前に自身の朝ごはんを済ませて、それから1人分の朝ごはんとお弁当を並行して手際よく作り上げる。

 ……我ながら不器用だけど、感謝の気持ちだ。

 お父さんは私が仕事をするのにずっと反対だから反りが合わないけど、それでもお父さんなりに私を案じてのことだから、私も何もしないわけにはいかない。

 

 全ての工程を終えると後片付けをし、私は顔を洗って歯を磨いて、お父さんが起きてくる前に自室に籠る。

 病院の、朝の面会時間まではまだ余裕がある。

 その間に私は今日会う子たちの昨日までの体調をチェックしつつ、これまでの面談の様子を再度振り返りながら、今日は誰とどのように話すか事前に考える。

 

 そうこうしている間に時刻は9時を回り、私は身支度のため自室を出て洗面所に向かう。どうやらお父さんはいつのまにか起きてもう通勤していったみたいで、テーブルにはメモ書きが少しだけ残されていた。

 

『朝ごはんとお弁当、ありがとう。行ってきます』

 

 食器は綺麗に片付けてあり、几帳面さが窺える。

 今言ったところで聞こえないのは分かってながら、私は虚空に向けて、小さく行ってらっしゃいを返した。

 

 その後は髪の毛をとかし、病院に行った後に雪のご両親に会うのに失礼にならない程度の薄い化粧を施して、それなりにフォーマルな装いに身を包む。

 やがて家を出る時間になり、仕事用と学校支給のもの、2つの携帯端末を鞄に入れるため手に持った私は、ふと目を向けてチャットが1通入ってることに気付く。

 

 それはここちゃんからのものだった。

 

『しばらく忙しいって言ってたけど、もし空いてる日ができたら教えて欲しいな

『返信急がなくていいから!』

『分かった』

 

 スタンプ付きで返事をし、端末を閉じる。

 ちなみに1週間は忙しいということは伝えたけど、ここちゃん含め、みんなにはまだクルージングも休むことは伝えていない。面倒な話になるのは目に見えてるし、ここちゃんまで休みかねないからだ。

 その不義理を申し訳なく思ったものの、私は気持ちを切り替える。今日はこれからお姉ちゃんに会いに行くんだ。いつも通り反応はないだろうけど、少しでもネガティブな感情を見せるわけにはいかない。

 

 その後は予定通りに進み、お花屋さんでピンクのトルコキキョウと白のスターチスをそれぞれ数本ずつ購入。

 電車を乗り継いで向かった医療機関でいつも通りに受付を済ませると、お姉ちゃんが療養中の病床へ向かう。

 

 部屋の中は簡素で、花瓶が1つのみ。

 白いベッドの上に横たわるお姉ちゃん。

 その、私と同じくすんだ赤毛は無造作な様子で、黄金色の瞳には私や周囲の様子が映ることはない。

 

「……久しぶり、お姉ちゃん」

 

 挨拶を済ませ、花瓶の水と花を取り替える。

 その間もお姉ちゃんが何か反応をなかったけど、それにいちいち悲しむことはしない。高校に入学する前はルーチンだったこと。他にやることが無くなると、私は最後にベッドの前の椅子に座り、滔々と語る。

 

「―――今日はね、雪ちゃんと、雪ちゃんのご両親にこれから会いにいくから。お仕事の一環でね、私、雪ちゃんが普通に学校に通えるように頑張るから」

 

「―――高校は普通かな。大丈夫、私は仕事のために行ってるだけでお姉ちゃんを差し置いては楽しまないから」

 

「―――そうそう、綾小路くんは相変わらず無表情だけど、最近は友達ができて楽しくしてるみたい。その間に私とお父さんは、ホワイトルームを斃すからね」

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