私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて) 作:花音ゆず
お姉ちゃんの苦しみに気が付かなくてごめんなさい。私だけ生きててごめんなさい。これからはもう、ホワイトルームの子たちを助けるのに人生を使うから。
……なんて、無意味な自己満足でしかないのは分かってるけど、お姉ちゃんに話さないわけにはいかない。
潤沢に用意された面会時間のほとんどを、私は報告に使う。お姉ちゃんからの反応はない。それでも、それはまるで告解のように、私は1人静かに話し続ける。
やがて面会が始まってから1時間が経ち、ようやく話したいことを全て言い切ると、おもむろに席を立つ。
「……そろそろ行くね、お姉ちゃん。楽しくない話ばっかりでごめんなさい。嫌だったら我慢せず言ってね」
―――当然、それに対する返事はない。
私はそれ以上なにか声をかけることなく、静かにドアを引いて、閉める。
この病棟には同じような症状に陥った患者が集められていて、廊下さえ重く沈むみたいだ。生気が伝わってこないこの場所に、私1人分の足音のみが反響する。
まるで囲い込まれてるみたいだと、ふと思う。
それでも。
「……ふう。そろそろ切り替えなきゃ、ね」
深呼吸を繰り返して、私は気持ちを鎮める。
久しぶりのお見舞い。いつも通りのつもりだったけど、今日は少し感傷的になりすぎたかもしれなかった。
*
やがて11時を回った頃、私はとある喫茶に向かう。
都内某所。車の往来が多い大通りを少し外れた場所にある、隠れ家的なお店だ。とは言えこの時間の来客数はなかなか多く、普段なら内密な話などできない。
だけど今日は、私の貸し切り。
ちりんとドアの鈴を鳴らして入ると、まだ若いマスターが私を見て嬉しそうな表情をした後、礼をする。
「お待ちしておりました。嬉野先生」
恭しくもそう言う彼は、私が8歳になってすぐの頃、最初の仕事として受け持った子の中の1人。
ホワイトルーム1期生であり、当時の彼は13歳。出会った時は心神喪失状態で身寄りも無かった彼だけど、今は後見人に恵まれ、こうして喫茶店を営んでいる。
「……もう先生はやめてよ。卒業したでしょ?」
私はそう返すけど、もう形だけだ。
これが私に対する依存の表れだったら問題。直さないとだけど、実際にはそうじゃない。ただ単に、それ以外の呼び方が彼にはしっくり来ないらしかった。
「俺にとって先生は先生なので」
「……まったく、もう。私の方が5歳歳下なのに」
嫌じゃないけど、落ち着かない。
そんな私のちっぽけな抗議は普通にスルーされた。
私もいちいちこんな話題を引きずることなく、店内を見渡す。
「雪ちゃんのご家族はまだいらっしゃってない?」
―――そう、今日、この場に足を運んだのはご家族にお会いするため。以前、直接会いたいとお伝えいただいたのを叶える形で私はこの場を指定していた。
今は貸し切りかつマスターが実質的に私の身内なので、ここなら内密な話もできると考えてのことだった。
「もういらっしゃっていますよ。2階の個室に」
そのまま案内され、私はノックをして引き戸を開ける。中にいたのは雪と、そのご両親だ。私の姿を見るや否やご両親は即座に席を立ち、丁寧に会釈される。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「とんでもございません! 私どもも、つい先ほど来たところですので……。さあ、雪? 先生に挨拶を―――」
お父様がそう言い切る前に、私は体に軽い衝撃を受ける。見ると雪が満面の笑みで私に抱きついていた。
「おっとと。久しぶり、雪。元気そうで良かったよ」
「す、すみません……この子ったら、嬉野先生にお会いするって話を伝えてからずっと落ち着きがなく……」
「お気になさらず。むしろ、そんなに畏まらなくてもいいんですよ。確かに私は先生ですけど、まだ雪と同じ15歳ですから。丁寧にされると困っちゃいます」
私はウインクして、茶目っ気たっぷりにそう言ってみせる。しかし人への態度を急に変えるというのは難しいもの。これ以降のご両親の口調や姿勢はもう気にしないことにして、私は促されるまま……
「……その前に。雪、離れられる?」
「えー。もう少しこのままがいいのに」
「じゃあ手を握ってあげるから。隣に来て?」
「それなら……うん、分かった!」
雪の仕草は、年齢に比して少し幼い。
ここのマスターはそのような後遺症なく終われたけど、傷ついて止まってしまった時間中は精神の成長が促されず、結果的にそれが動作に現れることがある。
とは言え、ここまで直接の接触は、以前はそう無かった。私が学校に入った副作用だろうか。しばらく会えなかった反動がここにきて爆発したと推察する。
その間にも雪は積極的に指を絡めてくる。
それを今は拒むことなく、私はついに着席した。
「……こほん。早速本題に入っても良いのですが、せっかくなら何か注文しませんか? マスターの料理はどれも絶品ですし、コーヒーや紅茶も逸品ですよ」
「ええ、是非に!」
雪のお父様とお母様がメニューを見ている間、私は雪と一緒にメニューを見て注文を決める。マスターを呼び、各々が好きに注文すると、私は軽く座り直す。
「料理が運ばれる前に軽く本題に入りますが、上の者に掛け合って、雪の進学は認められることになりました」
「本当ですか?! それは、良かった……」
「まずは一安心ですね。これが身寄りのない子どもだったら、それを理由に断られていたかもしれなかった」
ホワイトルームには2つのタイプの子どもがいる。
1つは身寄りのない子ども。孤児院などから集められ、廃棄になっても構わないという考えの下、半ば強制的に集められた子たちだ。ここのマスターがそれにあたり、心身回復後の処遇も自由にはならない。
とは言え常に拘束を受けるというよりかは、上の裁量で各々適材適所の仕事に従事させられる傾向にある。
マスターなんかは偶然にも政府関係者が引き取り、こうして喫茶店を営んでいるけどこれは例外で、基本的には適性を鑑みて各省庁に勤めることになっている。
これにはホワイトルームの情報が漏洩することを恐れ、お膝元で監視するという狙いがあるのだと思う。
そしてもう1つは、親が著名人であるタイプ。
それもホワイトルームという政府の中でも一部の関係者のみしか知り得ない情報にアクセスでき、介入できる、各業界のトップあるいはそれに準ずる家庭。
雪のお父様は財界に強い影響力を有しており、こちらに該当する。綾小路くんや私のお姉ちゃんも、親が政府関係者ということもあって分類はこちら側だ。
綾小路くんに至っては、お父様がホワイトルーム事業の担当者なので別かもだけど……、それはともかく。
後者はホワイトルームの後も融通が効く場合が多い。こういう時、子どもたちは基本的に親御様の後を継ぐ形で仕事に就くけど、それ以外の道も当然ある。
「だから雪、お父様とお母様に感謝するんだよ」
「うん! お父さんお母さんありがとう!」
素直な言葉に、雪のご両親は頬を緩めた。
私も微笑ましい気持ちでその様子を見る。
こういうところが雪の最たる美徳だ。
後者のタイプの子どもは、自身をホワイトルームに入れたご両親に対して、反感を抱いていることが多い。
それは当たり前のことで、決して悪いことじゃない。
だけどご両親がいるからこそ一定の自由が認められる関係上、縁を切らせるという方向に持っていかせるのは好ましくなく、私が仲を取り持つことも多い。
けれど雪の様子ならその必要はないだろう。
「ちなみに雪、勉強はしてるの?」
「多少はね。でもよゆーだよ、よゆー。ホワイトルームでやってきたことに比べたら寝ててもできるよ」
「それは良かった。でも妹さんに、そういうこと言っちゃいけないからね? 特に受験間際はどんな子でも神経質になりやすいし、その辺気遣ってあげるんだよ」
「もちろん! 心配しないで、せんせ」
心強い言葉に、私は頷き返す。
まだこの子の中では私の存在も大きいだろうけど、同様にご両親と妹さんの存在も、徐々に強まりつつある。来年には高校に進学し、友達もできることを考えたら、雪の中の私の割合はより小さくなる。
とは言え高校に入学したから『はいお終い』という風にはならないのがこの仕事だ。ここのマスターと同じように、今後も連絡は取り続けることだろう。
「それよりさ、せんせーはどうするの? 今夏休みなんでしょ? 予定無かったら遊びに行きたいな」
「ん―、それなんだけど、私は仕事があるからね。定期的にお姉ちゃんのお見舞いにも行きたいし、それに今週中には、ホワイトルームまで出向くつもり」
「……え? せんせーが、ホワイトルームに?」
雪の淡紫の瞳が不安そうに揺れる。
雪のご両親も眉を顰め、少し身を乗り出してくる。
「それは……。大丈夫なのですか?」
「大丈夫だとは思いますが、一応、護衛はお願いしています。あとは各方面に私が今週中にホワイトルームに行くということを連絡する予定です。今日は雪が聞いてきたことに答える形になりましたが、特に何も聞かれなかったら私のからお伝えするつもりでした」
ちなみにその護衛を請け負ってくれた子も、元ホワイトルーム生。ホワイトルームで教育を受けた子は文武両道を高いレベルで体現していることが多く、中でも身体能力に秀でた子は、要人警護を仕事にする場合が稀にある。今回はその筋に連絡をとった形だ。
「私も行く!」
「それはだめ。雪は強いけど、私の方針として、まだ卒業してない子をホワイトルームには連れていけない」
「……でも」
「逆に言えば卒業したら、お願いしたいな。またホワイトルームに行く必要が出てきたら雪に連絡するよ」
卒業というのは、学校をということではなく、私の元を離れるということ。とは言えこれは建前だ。雪には今もご両親と妹さんがいて、その時にはきっと友達もできている。その平穏を崩させる気はない。
そんな私の内心を知ってか知らずか雪は瞬く間に笑顔を取り戻して、私は表情には出さず小さく安堵する。
その後はマスターが料理を運んできて、その数々に舌鼓を打ちながら、とりとめのないことを喋り続けた。
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