私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第3話

 

 私が雪のご両親とお会いしてから5日間は、基本的に仕事を詰め込んだ毎日だった。

 朝起きてその日面談予定の子の様子をチェックし、9時頃から面談開始。その合間合間に手早く食事を済ませながら夜の9時に面談終了。ペースとしては、1人あたり30分を20人程度こなしていく感じだ。

 

 それを5日間も続ければ、単純計算で100人。

 現在受け持っている子が全員で54人なのでおおむね2周したところ、私は約束の1週間のうち最終日、その早朝になってようやく外出の準備を始めた。

 

 まあ目的地はホワイトルームだけど。ただその前に、今回、私の護衛を申し出てくれた子と合流する。

 

「お待たせ。久しぶりだね」

「お久しぶりですね、先生。学校はどうでしたか?」

「うーん、なかなか馴染まなくてね。仕事で行ってるからすぐには辞めないけど……っていう感じかな」

「ははは、先生らしい。っとすみません、あいつなら、まだ時間あるだろと言って先ほどお手洗いに行きました。お急ぎならすぐにでも呼んできますけど」

 

 私はちらりと、腕時計に視線を落とす。

 

「ううん、大丈夫。まだまだ時間には余裕あるしね。それよりごめんね、私の都合で2人を呼んじゃって」

「気にしないでください。俺たちも心配なんで」

 

 そう言う彼は、ホワイトルーム1期生。

 先日会った喫茶店のマスターとは同期で、今はお手洗いに向かったらしいもう1人の男の子もそうだ。

 というのも普通に考えたら分かることだけど、彼らがいちばん私との付き合いが長く、必然的にその多くは私の元を離れて自立し、仕事に就いている。

 

 そのため私がホワイトルームに連れていくことができる候補の段階から、1期生は自然と多くなってくる。

 

 閑話休題。

 しばらくは彼と話に花を咲かせていた私は、遠くからとんでもないスピードで近付いてくる人に気付く。

 

「来ましたね」

「う、うん来たね……」

「すみませーん! 遅くなりやした……っ!」

「おい、声量を落とせ。周りから見られてるぞ」

「うるせーな! 遅れて焦ってたんだよ」

「こらこら、白昼堂々と喧嘩しないの2人とも」

 

 睨み合う彼らの間に、私は割り込む。

 こういうのは出鼻を挫くのが大切だ。もしヒートアップしてお互いに手が出たら私の手に負えなくなる。

 尤も、そんな考え無しな子たちじゃないけど……

 

 私の仲裁後もそっぽを向き続ける2人。

 その様子に、私は微かに違和感を抱いた。

 

「……こほん。もしかしてだけど、私と久しぶりに会えたから興奮してる、わけじゃ―――ありそうだね」

 

 伊達に長く付き合ってない。

 彼らの気持ちは表情から手に取るように分かる。

 

「全くもう、散歩中にすれ違ったわんちゃんじゃないんだから……」

「お言葉ですが少なくとも俺は犬ではありません」

「はあ? 俺だってそうだし抜け駆けすんなよ」

「2人とも、そう言うなら行動で示してね」

 

 私の言葉に対して、2人は同時に黙り込む。

 その様子があまりにおかしくて私はくすりと笑った。

 喧嘩するほど仲がいいとは、今この時のための言葉かもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 ところで、ホワイトルームは埼玉県の山奥にある。

 というのも建設当初はまだ予算が少なく、その影響でなかなかに行きにくい場所だ。車道の整備も行き届いておらず、またホワイトルームの近くに駐車場があるわけではないため、途中までは車で行くことができても最終的には獣道を歩いてようやく辿り着く。

 これらの要素が最終的に秘匿へと繋がるわけだけど、あそこで働く人たちはさぞ大変だろう―――そう思いながら、道なき道を進むことおよそ20分。

 

「……いつも思うけど、すごいよねこれ」

 

 目の前に現れたのは、普通の一軒家程度のサイズしかない白を基調とした建物。

 これもカモフラージュの一環らしい。地上部分はあくまで入り口でしかなく、本体は地下にある。また周囲には妨害電波が張り巡らされていて、偶然迷い込んだドローンなどによって撮影されることもない。

 

 当然、スマホもここでは使い物にならない。

 その病的なまでの慎重さはホワイトルームの秘匿性を鑑みれば当然だけど、私に圧迫感を与えてくる。

 それは護衛してくれてる2人も同様のようで、おふざけも喧嘩もせず、ただ顔に緊張を滲ませていた。

 

「……大丈夫? って、護衛をお願いした私が今更こんなこと言うのは変かもしれないけど…………」

 

 2人にとっては、この場所は全ての元凶だ。

 私は心配になってその顔を覗き込む。

 

「正直に言うと、苦手意識は当然あります。ですが安心してください。俺たちは先生を1人で行かせる方が何倍も怖い。今更引き返すつもりはないですよ」

「……ま、俺は問題ないけどな。けど先生、やっぱ、どうしてもホワイトルームに行かないと駄目かよ?」

 

 その瞳は自らの不安より私への心配で揺れる。

 

「……うん、どうしても。やらなきゃいけない」

「そっか。じゃあ、俺たちは着いてくだけだよな」

「俺の言葉をとらないでもらえるか?」

 

 そう言い合ってるうちに、彼らの表情からは緊張が遠ざかるのが見えた。元ホワイトルーム生だけあって、こうした状況下でも感情を制御できている。

 それは、彼らなりの私への気遣い―――俺たちのことは心配するな、ということなのかもしれなかった。

 

 その様子に2人がもう自立したのだということを改めて実感していると、ふと木々がざわめき揺れる。

 天気予報では晴れだったけど、いつのまにか空には雲が広がっていた。周囲の人気の無さも相まって気味の悪さを覚えながら、私はインターホンを押す。

 

 応答は、電子キーの解除音のみだった。

 冷たいドアノブに手をかけ、鉄扉を引いた私たちに待ち受けるのは、これまた白く無機質な内装。

 窓は無く各部屋の蛍光灯のみが唯一明るさを放っており、太陽光が全く届かない作りになっているためか、室内はやけに冷え込んでいて体が震えた。

 

 玄関のような場所を少し進むと、リビングみたく開けた、しかしやはり無機質な部屋の隅に階段がある。

 ここを降りた場所がホワイトルームの本体だ。

 私たちは改めて気を引き締め、階段を下る。そうして目の前に現れた2つ目の扉を私は慎重に押し開けた。

 

 そこには微動だにしない受付の人が1名。

 扉を閉めた私とは確かに目が合っているはずだけどそれらしい反応は無く、薄気味悪いことこの上ない。

 

「……あの、アポイントを入れた嬉野ひまりです」

「確認しました。綾小路先生は応接室でお待ちです」

 

 機械的な返答に、私は小さく会釈だけを返す。

 ホワイトルームに来たことはこれまでも何度かあって、全体像までは把握できてないとは言え、ここから応接室までの道のりは案内されずとも問題ない。

 

「そろそろだけど、準備はいい? 2人とも」

「もちろんです」

「俺も大丈夫だぜ」

 

 2人の言葉に虚勢は全く含まれていない。

 というのもホワイトルーム生は、ホワイトルームの責任者である綾小路くんのお父様と関わることがない。

 だからあの恐ろしさを見たことがない。

 一方で私は何度か会っていて、あの人の昏い眼差しに忌避感を覚えて……正直ちょっとだけ怖かった。

 

 あの人は私のことを人間として見ていない。

 人一倍、他人の感情の機微に敏感な私だからこそ、視線だけでそれがひしひしと分かるのが―――怖い。

 

「……ふぅ」

 

 応接室の前で、私は静かに深呼吸を繰り返す。

 だけど何度やっても鼓動は鎮まらない。

 

「俺が、ドア開けましょうか?」

「……いいの?」

「当然です。先生は手でも握っててください」

「それは……、カッコ悪いよ」

「関係ありません。先生は俺たちにとっては今でも先生のままですが、同時に護りたい存在なんですよ」

 

 護衛対象だから、ではない。

 本心が剥き出しになった彼の言葉に触れ―――それでも私は、最後の最後で、その手を振り払う。

 

「私は、私は先生だから」

 

 そう言い聞かせ、勢いのまま応接室に押し入る私。

 これまた真っ白な部屋には不釣り合いな灰色のソファが置かれていて、相手はそこに深く腰掛けていた。

 

 ―――綾小路篤臣。

 綾小路清隆くんの実の父親であり、ホワイトルームの最高責任者。既に50代のはずだけどその風格はむしろ年々増していて、私は鋭い眼光に射抜かれる。

 

「随分と遅い到着だったな」

「……お待たせしてしまい申し訳ありません。少し道に迷ってしまって」

「御託はいい。どうせ先ほどまで、俺の前に立つことが不安で仕方なかったのだろう。―――嬉野ひまり。貴様は優秀だが、その精神は凡人のそれだ。無理をして取り繕っていることなど見れば分かる」

 

 龍園くんなんて足元にも及ばない、強者の圧。

 明らかに異質な瞳を前に私はみじろぎさえ出来ない。

 それでもなんとか、口だけは動いた。

 

「手厳しい評価ですが、そんな凡人からのアポイントにどうして応じてくださったのでしょうか?」

「くだらん問いかけは止せ。精神が凡人のそれであろうと、十二分に優秀であることには違いない。現に俺を出し抜き清隆を高育に入学させてみせた。全く、親子揃って忌々しいことこの上ない」

「私は特に何もしていませんよ」

「確かに直接動いたのは貴様の父親だろう。だがそれも貴様の仕事という土壌があってのもの。違うか?」

 

 全てお見通しだ、とでも言うようだった。

 綾小路先生の推理は100%当たりだ。

 

 私の仕事は、ホワイトルームを脱落し精神的に参ってしまった子たちを回復させること。そして私の元を離れた子は各省庁に勤めるか、あるいは著名な親の後を継ぐか。この2択が大多数であり、つまり私が仕事をすればするほど私の影響力は強くなっていく。

 

 例えば雪の精神が安定したことで、財界の著名人であるご両親から深く感謝されたように。一介の小娘に過ぎない私がプロの護衛を手配できたように。

 今や政府の中にも外にも多くのコネクションができ、お父さんはそれを利用して働きかけを行ってきた。

 

「さすがは綾小路先生。よくお分かりで」

「良くぞここまで成し遂げたものだ。その実力を俺は正しく評価する。だからこそ、貴様に1つ提案がある」

 

 もったいぶるように、先生はひと呼吸置いた。

 

「提案……、ですか?」

「なに、そう身構える必要はない。極めて合理的な提案だ。貴様にとっても充分な益があるだろう」

 

 傲慢な口調を前に、私は目を細める。

 先生がそう言うからにはそうなんだろう。

 その経歴を知っている私は、綾小路先生が決して態度が大きいだけの人ではないことを知っている。

 けれど―――。

 

「―――単刀直入に言おう。ホワイトルームで働く気は無いか? 俺なら貴様の能力を更に有効活用できる」

 

 その目は、やっぱり私という人間を見ていない。

 

 

 

 

 

 

 




あらすじとタイトルを変えてみました。
混乱させてしまい申し訳ございませんが、ご了承いただけますようよろしくお願い申し上げます。
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