私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第4話

「―――単刀直入に言おう。ホワイトルームで働く気は無いか? 俺なら貴様の能力を更に有効活用できる」

 

 その言葉に、私の隣の2人は少し殺気立つ。

 私はと言えばその提案はまだ想定内だ。護衛の2人が口を挟まないように手で制しつつ、質問で返す。

 

「……具体的に教えていただけますか?」

「フン、貴様も自覚しているだろう。今の仕事のやり方では救えない子どもがあまりに多すぎる、とな」

「それはそうです。私は1人しかいませんから」

「いいや、そうではない。確かに業務が属人化していることは大いに問題だが、それより更に問題なのは、今の仕事には致命的な欠陥があるということだ。それが何か分からない貴様ではないだろう」

 

 先ほどの綾小路先生の提案。

 ホワイトルームで働けばその欠陥は取り除かれる。

 そう考えれば先生の言いたいことは見えてくる。

 

「ホワイトルームによる被害の再生産に対抗するアプローチを、今の私は持っていないということですか」

「その通りだ。貴様の仕事はどこまで行っても対症療法に過ぎない。被害に遭った子どもを救済はできても、元栓を閉めて被害を未然には防いでいない」

「だからホワイトルームで働け、と?」

「不満か? 貴様がここで働けば、損耗を最低限に抑えられる。こちらとしても子どもという資源は有限だ。再利用できる形になればwin-winだろう」

 

 違うか?と綾小路先生は目で語りかけてくる。

 子どもを資源という『物』として扱い、損耗や再利用など酷い言葉を使っているのは私が感情的になることを狙っているのだろうか。そうなれば相手の思う壺だと私は自分に戒め、努めて冷静に振る舞う。

 

「泣き言を言っていただいても良いんですよ。要するに先生は、私を制御下に置きたいだけじゃないですか。そうしないと私を中心としたネットワークは広がり続ける。先生からしたらジリ貧な状況ですね」

「では、手をこまねいて見ているということでいいのか? 被害がここで生産され続ける現状を、貴様は」

 

 綾小路先生はまるで、その選択に憤りを感じているかのように私を睨みつける。

 だけどそれはブラフだ。

 先生は脱落者のことなど何も憂いてなんかない。

 それを正しく認識していて尚、私は、心の奥底からふつふつと湧き上がる感情があることを自覚する。

 

「それは、仕方ないことです。私は全員は救えない。私は1人しかいなくて、私のちっぽけな手のひらで掬えるキャパシティには限界がありますから」

「だから見捨てるというのだな」

「ここの子どもたちには、そのことを、私の無力さを、罵る権利があると思います。ですが綾小路先生。加害者がそんな風に言うのは片腹痛いです」

 

 拳を握りしめて、私は先生を睨みつける。

 対する先生は余裕ある態度を崩そうとしない。提案を断ったというのに、残念がる素ぶりを見せてこない。

 

「それはそうかもしれんな」

 

 むしろ私の指摘を素直に受け止める。

 ……いいや、絶対に、違う。綾小路先生はそんな殊勝な人じゃない。私は警戒心に思わず身構える。

 果たして―――その想定は、正しかった。

 

「では代わりの提案だ。先ほど俺は、業務の属人化も問題ではあると言ったな。そして貴様も自覚している。その認識に間違いは無いだろう」

「それはもちろん、そう……ですが……」

「こちらも何もしなかったわけではない。資源を有効活用すべく、質を落とさない程度に心のケアを施す試みをしているところだが―――どうも結果が出ない。そこでここの研究者からある提案があった」

 

 この研究者というのは、構想段階でしかなかったホワイトルーム事業に形を与えた3人のことだろう。

 生憎と名前は覚えてないけど、いずれも碌な人物じゃなかったと記憶している。ある意味、元凶中の元凶だ。そんな人からの提案―――それは

 

「簡単な話だ。卵子を提供してもらいたい」

「な―――ッ」

 

 その発言に、私の両脇でかろうじて口を噤んでた2人が絶句し、私を庇うように前に進み出る。

 

「それ以上の要求は現時点では無い。母胎も別の者をこちらで用意する。悪い話ではないだろう」

「先生! こんな話受け入れては駄目です!」

「そうっすよ! てか普通にセクハラだから!」

 

 2人の抗議を聞きながら、私は黙り込む。

 当然、気分は良くない。

 だけどもし……もし、この試みが成功したら?

 

 何年後になるかは分からない。

 でも人手不足が解消するかもしれない。

 ホワイトルームを脱落してしまった子どもたちを掬いながら、ホワイトルームで現在進行形で苦しんでる子どもたちをも、救うことができるかもしれない。

 そんな未来を思い描き、私の心は揺れ動く。

 もちろんタダでこの話を受け入れるんじゃない。例えば、綾小路くんの高校生活に手を出さないことを約束させる対価としてなら、あるいは―――。

 

「……先生?」

 

 不安げな声色に、私はハッと我に帰る。

 だけど先ほどの空想が頭から離れてくれない。

 

「……私、は―――」

「やめてください先生!」

「護衛は口を慎め。今は嬉野ひまりに問うている」

「だからって、こんな……ッ!」

 

 私の空っぽの手が、両方から握られる。

 静止の声が痛いほど胸に響く。

 こんな私のことを大切に思っている人がいる。その認識が、私の返答をあと一歩のところで押し留める。

 

「それさえ協力できないというのか? 今より多くの子どもを救える可能性を切り捨てるというのか?」

「私は…………」

 

 助けたい。もっと、もっと助けたい。

 けれど―――私は、私の根底にある考えを思い出す。

 助けたいだけじゃない。これは、償いだ。お姉ちゃんの苦しみに気づけなかった、私なりの、私への罰。

 だから。私は覚悟を決め、綾小路先生を睨む。

 

「―――私は、私1人でやり続けます」

 

 それが、どれだけ非効率なことでも。

 結果的に救いきれない子が大勢いても。

 

 ……もし仮に、この試みが成功したとして。

 生まれた子どもには何の罪もない。私と違って、その子には、ホワイトルームの子どもたちを救う義務も、自らを追い込んでその人生を捧げる責務もない。

 だから、さっきまで、少しであっても綾小路先生の提案に心が揺れ動いていた私自身を私は恥じ入る。

 

「まさか、断るとは。なんとも傲慢なことだ」

「なんとでも言ってください。私の答えをこれ以上変えるのは無理だと、先生ならお分かりでしょうけど」

「そのようだな。無駄な時間だったようだ」

 

 綾小路先生は嘆息し、立ち上がる。

 実力行使に出てくる様子は無い。それもそのはず、私も力に訴えられないよう、根回しは済ませてる。

 私が今日ホワイトルームを訪れることは、雪のご両親だけに留まらず、それこそ仕事で培ったネットワークを介して各方面に通達済み。ホワイトルームを訪れた直後に私を行方不明にして困るのは先生だ。

 

「ただ最後に、お願いしたいことがあるんです」

「……なに?」

「この後、いまホワイトルームで懸命に頑張っている子たちの様子を、見に行きたいと思ってます。私が救えない子の姿をこの目に焼き付けたいんです」

 

 それはどこまでいっても自己満足だ。

 あの子たちには何らプラスの影響を及ぼさない。

 ただ、私はこれだけ多くの子どもを、まだ救えてないのだと。私自身の意識に深く刻み込む必要がある。

 

「フン、好きにしろ」

 

 綾小路先生はそう言い残すと、部屋を出る。

 私は深くお辞儀をしてその後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 全ての用事を終え、私たちは外に出る。

 ホワイトルームに入る前は暗く曇っていたけど、今はところどころに小さな雲がある程度。さっきまで痛いほど白い部屋にいたせいか茜付いてきた空が目に優しい。

 

「……今日はありがとね、2人とも」

 

 私はぽつりと、言いそびれていた感謝を口にする。

 私1人で来ていたら、綾小路先生の口車に乗せられて、あの提案に頷いてしまっていたかもしれなかった。

 

「まだ安心するのは早いですよ。俺たちの仕事は、先生を無事に部屋に送り届けるところまで続きます」

「そっか。じゃあ、帰りもお願いね?」

「大船に乗ったつもりでいてくださいっす!」

「ま、これから乗るのは小さい日本車だけどな」

 

 その突っ込みに、私は笑みをこぼす。

 平常運転な2人の様子が今はよりありがたい。

 あとは彼らのいちゃこらを横目に下山し、そして家でゆっくりするだけだ。来た道をまた20分かけて戻り、ちょっと硬めな車の後部座席に体重を預ける。

 その時、まるでタイミングを見計らったかのように静かになる車内。見ると運転席と助手席に座った2人が振り向き、私のことをじっと見つめていた。

 

「なーに?」

「先生。俺たちは先生のおかげで自立できました。だから先生に仕事をして欲しくないなんて言えません」

「けど今、先生のことが心配で心配で仕方ない人はいっぱいいるぜ。救われたのは俺らだけじゃないからさ」

「……それは、心配させてごめんね?」

 

 私は眉根を寄せ、そう言ってから俯く。

 唐突な真面目な話に理解が追いつかない。

 

「俺らより、ずっとずっと昔から先生のことを心配されてる人だっています。それが誰か分かりますか?」

「……お父さん、かな?」

「そうだぜ。先生のお父さん、ずっと悩んでるみたいで。家族内の話だから口を挟むかどうか迷ってたけどさ、そろそろちゃんとお互い話をすべきだと思う」

 

 真剣な瞳を前に、私は硬直する。

 分かってる。ずっと心配させてしまってることを悔やんでもいる。だけど、話すタイミングが見えない。

 

「俺は、話すタイミングは作るものだと思うんです」

「っ……?!」

「先生、家族のことになると急に不器用になるから、俺たちに背中を押させてください。今日の夜中にはまた学校に戻るんですよね? だったら今日、夜ご飯でも食べながら、話をしてみませんか?」

 

 返事はすぐにはできなかった。

 やがて発車し、夕暮れに染まり始めた街並みが、ゆっくりと後ろに流れていく。

 お父さんと、ちゃんと話をする。たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに怯えているのだろう。

 

「……ねえ、どうしてこの話をいきなり?」

「事前に先生のお父さんからお願いされてたんです。先生と仲直りしたいって、そう言っていましたよ」

 

 その言葉に、私の顔はくしゃりと歪む。

 

「きっとできるさ。ここ数日間、先生は早起きして、お父さんにお弁当を作ってたんだって? 聞いたよお父さんから。すごく嬉しそうにしてたんだ」

「……っ、そんなの」

「だからきっと大丈夫だと、そう思います。先生だってお父さんと仲直りしたいんじゃないんですか?」

 

 瞬間、脳裏に蘇る―――昔の、私とお父さんとの、2人で暮らしていた時の記憶。

 

「私は、……私は……」

 

 仲直りをしたくない、わけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 




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