私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第9話

 夜中になると、一気に無人島は静まり返る。

 慣れない環境で動き続けた反動だろうか。多くの生徒の体には疲労が蓄積しており、それぞれ別れて入ったテントの中で、倒れ込むように眠りについた。

 他方で、私はなかなか眠気が訪れずテントを出る。

 どこか行き先があるわけじゃない。だから私は、洞窟を出てすぐのところに蹲り、岩壁に背を預ける。

 

 ……今日1日だけで、色々なことがあった。

 突如知らされた無人島特別試験。

 昼前から始まり、まずは拠点を確保すると、周囲の探索。普段はあまり話す機会のない高円寺くんとの邂逅に、綾小路くんたちがアクシデントで集合時間に遅れてしまったり、龍園くんに喧嘩を売りに行ったりと大忙しの1日だったなと私は振り返る。

 

 当然、その分、私の中にも疲れは溜まってる。

 明日に備えて寝なきゃいけないのは分かっていつつも、心の中で燻る不安がそうさせてくれなかった。

 

「……眠れないの?」

 

 ふと声がして、私は振り向く。

 

「ごめん櫛田さん、起こしちゃったかな」

「ううん、全然。私も同じような感じだから」

 

 それは私を慮った優しい嘘だとすぐに分かる。

 櫛田さんの目はとろんとしていて、それを少しでも紛らすみたいに、人差し指の甲で目尻を擦る。それでも私のいる場所まで歩み出て、隣に座り込む。

 

「なにか、不安なことでもあるの?」

 

 眠かろうと、櫛田さんは本当に聡い。

 端的に気持ちを言い当てられて私は苦笑した。

 

「大したことじゃない、けど……聞いてくれる?」

 

 櫛田さんは躊躇することなく頷いた。

 私は彼女に相談するというよりかは暗い空に向かって独り言を呟くみたいに、斜め上の虚空を見つめる。

 

「……今、私はDクラスのリーダーの真似事をしてるけどさ、正直向いてないなって思っちゃって」

「そう、かな? すごく様になってると思ったよ」

「だとしたら痩せ我慢しているのが効いてるね」

 

 その自嘲に、櫛田さんが心配そうに私を見る。

 

「特殊だろうけど、私はAクラスで卒業する特権に興味が無い。ただ退学者が出て欲しくない一心でやってて、ほんとは他クラスと競争なんてしたくない」

 

 これまでの人生は仕事に埋め尽くされていて、私はおよそ、他人との競争っていうのを経験してない。

 唯一、ホワイトルームの代表の綾小路篤人との権力闘争には片足を突っ込んでいるけど、それは相手が絶対悪だと思ってるから躊躇なくできることだ。

 

 ここは特殊な環境だけど、それでも高校。

 例えば龍園くんのやり方には賛同できないけど、彼を潰したいというよりかは、―――変わって欲しい。

 子どもと競いたくない。そんな私のエゴは、この学校の方針と致命的なまでに合わないのだと自覚する。

 

「……要するに、覚悟が無いんだよ。このクラスがAに上がったら他のクラスは特権を失う。それがやるせなく思う私にリーダーの素質は無いなって、さ」

 

 綾小路くんほどじゃないにしても、頭を使うことには慣れている。

 体を動かすのだって嫌いじゃない。

 必要なら、暴力に対抗する術も教え込まれてきた。

 

 だけど、それでも。

 

 ―――他人を蹴落としてまで上に立ちたい。

 

 そんな強烈な欲求だけは、どうしても私の中に見つからなかった。

 

 金田くんだって最初は受け入れないつもりだった。

 私には超能力があるわけじゃない。いくら人の気持ちを読むのが得意って言ったって、上手く取り繕われたら、すぐには嘘を見抜けない。Cクラスからのスパイである可能性を完全には排除し切れない。

 

 クラスのリーダーなら、きっと万全を期して、助けたくても金田くんを追い返すはず。なのに私は……。

 

「優しいんだね」

「……ううん、意気地なしなだけ」

「それでも、不安に思ってるのを表に出さないで、すごく頑張ってる。それは本当にすごいことだよ」

 

 私だったら真似できないなと言って櫛田さんは立ち上がり、虚空を見つめたままの私の視界に入り込む。

 

「―――でも、無理だったらそれは言って欲しいな」

 

 それは正直、答えになってるわけじゃない。

 だけどそろそろ、……いいかな。

 これ以上悩んだって迷惑だと私は思う。

 

「……まだ無理じゃない、かな。うん、今はまだ大丈夫。話を聞いてもらって少し荷が楽になったよ」

「本当? 嘘じゃない?」

「うん、嘘じゃない。―――ほら、ちゃんと笑えてるでしょ? これがクヨクヨ悩んでるように見える?」

 

 私はニッと、白い歯を見せて笑ってみせる。

 櫛田さんはどこか腑に落ちない様子でありながらも、深くは私に追及することなく、首を横に振った。

 

「ううん、見えない」

「そうでしょ? じゃあ戻ろっか。そろそろ寝ないと明日動けなくなっちゃうし。あ―――そうだ、今の話、櫛田さんだから打ち明けたんだよ。だから約束、クラスのみんなには内緒にして欲しいかな」

 

 みんなを不安にさせる後ろ姿は見せたくない。

 櫛田さんは特別だ。

 唯一、弱みを見せたいとさえ私は思う。

 

 

 

 

 

 

 無人島試験、2日目。

 この日も日差しは容赦なかった。

 本当に、洞窟のスポットを確保できてよかったと私は改めて思う。Aクラスが確保したらしい水源スポットも捨てがたいけど、あそこは暑さを凌げるわけじゃないみたいで、寝るのも苦労するだろう。

 

 私たちDクラスは洞窟のおかげで比較的ちゃんと寝れているため、早朝から良いスタートを切れる。

 朝8時の点呼を終えたらすぐ行動開始だ。

 昨日の探索で野菜や果物などについては困らないのが明らかになったのと、飲み水の問題も、湧き水を煮沸することでどうにかなったので今日からはとにかく残りのスポットを探すことに注力する。

 

「みんな、水分補給はしっかりね。あと、もし帰り道が分からなくなっちゃったら、道をとにかく下って。そしたらビーチに出るから私が迎えに行くよ」

 

 今日も集合時間を決め、私たちは洞窟を発つ。

 私のグループは須藤くんと池くん、山内くん。

 1人の方が気楽に動き回れていいんだけど、須藤くんたちは放っておいたら遭難する気しかしないため、その懸念を払拭するためにグループを組んだ。

 

「早速だけど寄りたい場所があるの。いいかな?」

「良いけどよ、行くアテがあんのか?」

「アテっていうか、単に昨日、龍園くんたちが遊んでたビーチの様子を見にね。リタイアするって言ってたし誰もいないだろうけど、念には念を入れたい」

 

 あれがブラフの可能性だってあるからだ。

 

「なるほどな。ま、いいんじゃねーの? どうせ時間なんていっぱいあるんだからよ」

「ありがとう須藤くん。2人もそれでいい?」

「おうよ! 俺はどこでも着いてくからな!」

 

 仲のいいことに返事を被らせる池くんと山内くん。

 私はくすっと笑い、感謝を伝えた。

 そのままビーチに向けて昨日通った道を私たちは抜けていく。日差しはある程度遮られて木漏れ日程度とは言え、夏特有のじめっとした暑さに汗が滲む。

 

「ひまりちゃん、水無くなったら言ってくれよな。俺、頑張って節約しておくからさ」

「はあ?! なに抜け駆けしてんだよ池!」

「気遣いの気持ちは嬉しいけどさ、もうちょっと自分を労わってあげて。脱水症状で倒れられたら困るよ」

 

 運動神経には自信があるし多少は鍛えてるけど……、倒れた池くんと山内くんを運べる自信は正直無い。

 2人は男子の中では比較的ひょろっとしていて背も高い方じゃないけど、それでも女子の私よりは背が高く、当然体重も重いだろう。どちらか一方を運ぶだけでもかなり厳しいんじゃないかと私は思う。

 

「……ひまり、セクハラはやめろってちゃんと言うべきだぜ。じゃねえと調子に乗るぜこいつらはよ」

「はーあ?! 大人ぶるんじゃねえぞ須藤! お前だってバカンスがあるって茶柱先生が言ってた時、ひまりちゃんの水着楽しみにしてたじゃんか!」

「し、してねえよ……! 証拠あんのかよ!」

「その焦った顔が何よりの証拠だよなあ? ひまりちゃんもそう思うよな? 俺の方がよっぽど紳士だぜ」

 

 ……おかしい、頭が痛くなってきた。

 

「ははは……なんていうか、朝から元気だね」

 

 そう言うと、山内くんは胸を張った。

 ……いや、褒めてないから。そんな私のツッコミはついぞ表に出ることなく、代わりに私は曖昧に笑う。

 猛暑より先にこの3人の会話で参っちゃいそうだ。

 そう思ってからは右から左へ、彼らの猥談を聞き流しつつ、黙々と足を動かし続ける私。やがて目的地に着くと、ビーチにはゴミが散乱していた。

 

「本当にいないんだ……」

 

 私はその惨状を見て額を抑える。

 バーベキューの器具だったり、パラソル、浮き輪といった道具は残されてないのが不幸中の幸いか。あとで先生に報告しようと思って辺りを見回していると、遠方から近づいてくる1人の生徒に私は気付く。

 

「……ん? あ、神崎くんだやっほー!」

 

 私が大声で呼ぶと相手も私が誰かを認識したみたいで、少し小走りになって私のいる方へ近付いてくる。

 

「まさかこんなところで会うとはな、嬉野」

「ひまりちゃん、こいつ誰?」

「初対面の人にこいつとか言わないの山内くん。……ごめんね神崎くん、気を悪くさせてしまったかな」

「気にすることはない。他クラスの生徒を警戒するのは当然だからな。だがちょうどいい機会だ、この場をお借りして、改めて自己紹介をさせてもらおう」

 

 そう言うと、神崎くんは仏頂面のまま握手の手を差し出す。山内くんはそれを一瞥すると鼻を鳴らした。

 

「俺はBクラスの神崎隆二だ。Dクラスとは仲良くさせてもらう機会も多いかもしれない。よろしく頼む」

「けっ、イケメンくんかよ……」

 

 小さく吐き捨てるように言う、池くん。

 どうやら2人はそこが気に入らなかったらしい。

 私はまた頭の奧に疼痛を感じながら、警戒を浮かべたまま神崎くんを見る須藤くんにちらと視線を送った。

 

「……なんかごめんね、神崎くん」

「いや、嬉野は相変わらず苦労人なんだな」

「あははは……まあ、ちょっとだけ。ところで神崎くんは、こんな朝っぱらからどうしてここに?」

「Cクラスの奴らが落としていったゴミを拾っておこうと思ってな。実は、Bクラスのベースキャンプはここからそう遠くないところにある。幸運にも早くに会えたことだから良かったら来てみないか?」

 

 クラスで話したいこともあると神崎くんは言う。

 ようやく運が回ってきたらしい。私としてもBクラスとは仲良くしておきたかったからすぐに快く了承し、ゴミ拾いを始めようとする彼の前に手を出す。

 

「じゃあ私もゴミ袋もらっていい? せっかくだしさ、4人でやったほうが早く終わるでしょ?」

「えー、それ俺らがやる必要ないっしょ?」

「……別に私と神崎くん2人きりでもいいけど」

「やる! やる! やりますやらせてください!」

 

 急に元気をみなぎらせて、池くんと山内くんは私がもらったゴミ袋を奪い去っていく。

 私と神崎くんは顔を見合わせ、苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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