私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第14話

 

 その日は最後の探索を終えてもこれ以上のスポットを見つけられず、私たちは洞窟内で休息をとっていた。

 そろそろ空が茜づく頃、もう少しすれば夜ご飯を食べる時間だけど、もう3日目ともなればその準備には慣れたもの。炒めた野菜や豆に加えて、ほんの少しの焼き魚と果物をゆっくりと食べ進めていく。

 

「くそー、まじで肉が恋しいぜ……」

 

 どこからか、そんな男子の声が聞こえた。

 豆や魚でタンパク質はある程度とれているものの、確かに、変わり映えのない食事内容。味付けも少量の塩のみとシンプルで、体調自体は問題なくても、少しずつ不満を蓄積させている子は多いだろう。

 

「東さん、食欲ないの?」

「……ちょっとね。なんか飽きちゃったし、あと魚のこの部分、ちょっと苦手で気が進まないんだよ」

 

 言いながら、割り箸の先端で魚の身を指す。

 見ると白身に若干の内臓がついていて、その苦みや生臭さが苦手なのか、東さんの表情は沈んでいた。

 

「良かったら……私のと交換する? 私はそっちも食べれるから」

「え、良いの?」

「もちろん。少しでも美味しい部分食べなよ」

 

 私は返事を待たずに白身を移すと、代わりに内臓のついた身を取り上げてそのまま口に運び咀嚼する。

 私も決してこの部分が得意なわけじゃない。

 だけどなんとかポーカーフェイスを保って食べ終えると、私は舌を洗い流すように水をひと口飲んだ。

 

「わ、ひまちゃん大人だね」

 

 感心するようなここちゃんの声。

 私はなんだか誇らしい気持ちになって胸を張った。

 

「それほどでもないよ。みんなも嫌なのあったら言ってね。なんでも交換してあげるから」

「さっすが、毎日山菜定食は言うことが違うねー」

「あれも別に美味しいんだよ? 素材の味を堪能できて」

「……いや、ナイナイ。絶対に美味しくないから」

 

 ジト目を向けられて、私は笑う。

 別にこれは私の味覚がおかしいんじゃなくて、舌が肥えてなさすぎるだけだ。……そうだと思いたい。

 その後も私たちは笑いながら夜ご飯を食べ進め、ほぼ同時に食器を片付ける。そんな頃合いを見計らってか、長袖姿の堀北さんがおもむろに近づいてくる。

 

「ちょっと良いかしら」

 

 その声は、少しの強張りを帯びていた。

 異変を察知した私は作業を中断し堀北さんを見る。

 

「私?」

「ええ、突然で悪いのだけれど、少し時間をもらいたいのよ」

「いいけどちょっと待ってね。すぐ片付けるから」

 

 紙製のお皿と割り箸をビニールのゴミ袋に入れ、みんなも入れてからその口をしばる。それからすぐ、私と堀北さんは洞窟から少し離れた場所で合流した。

 

「それで、どうかしたの?」

「……恥を忍んで単刀直入にお願いするわ。明日以降、なにか特別な用事があるなら私も同行したいの」

「特別な用事?」

「ええ。今日はBクラスと情報交換に行っていたでしょう。そういう、探索以外の重要なことを私にも任せてもらえないかしら? 成果なら必ず出すわ」

 

 焦りを帯びた口調に、私は眉を顰める。

 

「……それはまた急だね。なんで?」

「力になりたいと思うことに理由が必要かしら?」

「必要だね。特に堀北さんは初日から体調悪そうだったじゃん。あの時は誤魔化されてあげたけど、今だって長袖着て、これでも心配してるんだよ?」

 

 言外に、安静にしていてと私は伝える。

 だけど堀北さんは不満を隠さずに私を睨んだ。

 

「別に、そこまで体調が悪いわけじゃないわ」

「強情だね。おでこもこんな熱いのに?」

「っ、気安く触れないでちょうだい」

「……残念だけど、今回の試験では大人しくしてた方がいいよ。気合でどうにかするつもりだろうけど、危ないと思ったら無理矢理リタイアさせるから」

 

 30ptのペナルティは痛いけど、仕方ない。

 別に堀北さんだからそうするということじゃなくて、誰かの体調を犠牲にする考えは私には無い。

 

「焦る気持ちも、堀北さんは誰よりもAクラスに行きたくて、そのために頑張らなきゃいけないのも分かる」

 

 堀北さんは、堀北会長の実の妹。

 詳しい事情は教えてもらってないけど、方やDクラスのいち生徒で、方や入学してからAクラスのリーダーであり続けてることから、察せるものはある。

 

「でも自分を犠牲にするのは良くないよ」

 

 言っていて、その白々しさに自嘲が漏れそうになる。仕事に腐心するばかりで、お父さんを心配させてきた私が言えたことじゃない。だけど今だけはそれを覆い隠して、説得のために言葉を紡ぐべき時だ。

 

「……あなただって働きすぎよ」

「私はちゃんと自分の体力の限界を見極めてるよ。でも堀北さん、体調悪いの隠そうとしてるじゃん」

 

 私の視線に耐えかねて、堀北さんは目を逸らす。

 図星な証拠だ。

 

「本当なら堀北さんには洞窟で休んでて欲しいんだよ。でもみんなに隠したい、みんなの足を引っ張りたくないっていうのも分かるから、私も譲歩をして探索はお願いしてる。それ以上のことは難しいよ」

 

 それに対して返ってくる言葉はない。

 正しいことを言ったつもりだけど、それを簡単に呑み込めるほど、人の気持ちというのは単純じゃない。

 私は息を吐き、近くの木に体重を預ける。

 

「私が色々と動くせいで、堀北さんが活躍する機会を奪っちゃってるのはあるかもね。ごめん。……でも堀北さん、きっと私よりリーダーに向いてるよ」

「いきなり何? 慰めのつもりかしら?」

「ううん、思ったことを言っただけ。仮定の話だけど、今後もしクラスから誰かが退学になったとして、堀北さんは気持ちを切り替えて上を目指せる?」

 

 堀北会長から聞いた話だ。

 毎年、1学年につき10名近い退学者が必ず出る。

 これまでの学校の歴史を振り返っても最優だと言える会長のクラスであっても、それは例外じゃない。

 

 その質問に、堀北さんは間髪入れず口を開く。

 

「当然よ。私はAクラスに行かないといけないもの」

「ほらね? 堀北さんは、リーダーに向いてるよ。私はただ、誰かが退学になるのが怖いからがむしゃらに動いてるだけ。もし誰かが退学することになってしまったら、私はきっと、立ち直れないと思う」

「それは―――」

「あ、堀北さんが冷徹だって言いたいわけじゃないよ? でも私みたいな考え方じゃ、いずれ限界がくる。そうなった時、堀北さんなら無理矢理にでもクラスを引っ張ってくれそうだなって、そう思うの」

 

 未だに、誰かが退学するのを考えるのは怖い。

 ホワイトルームの子たちが脱落する瞬間を、絶望を、何度もこの目で見てきた。その後の、あの子たちの壊れかけの心に誰よりも向き合い続けてきた。

 ICUの外で、お姉ちゃんが自殺を図ったことを聞かされた時のこと、今も脳裏にこびりついて離れない。

 

「別に慰めのつもりで言ってるんじゃない。それは、私を見たら分かるでしょ?」

「……大丈夫では、無さそうね」

「あはは、そうだよ。私は全然大丈夫じゃない」

 

 堀北さんの視線は、焦りを帯びたものから、私を案じるものへといつのまにか変わっていた。

 

「でも病人の力を借りないといけないほどやわじゃない。上のクラスに行きたいなら、まずは偽るんじゃなくて、ちゃんと体調を良くしてからにして」

「……ずるい説得の仕方ね。そんなの無理を言えないじゃない」

「分かってくれたみたいで何よりだよ」

 

 私は立ち上がり、堀北さんに手を差し出す。

 

「何かしら?」

「え? 洞窟まで連れてってあげようと思って」

「……子ども扱いしないでちょうだい。体調不良でも、別に1人で歩くことぐらいできるわ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、堀北さんはズカズカと帰っていく。私は肩を竦めてその後ろ姿を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 寝静まると、私はまたこっそりテントを抜け出す。

 

 無人島試験も明日で4日目。そろそろ残り2箇所のスポット確保に動かないといけない頃合いだ。

 

 向かうのは、Dクラスとしては既に探索した範囲。

 見落としがないかどうか注意しながら足を進める。

 

 正直、成果があるとは思っていない。

 

 昼間だけで何十人もの生徒が歩き回っているのだ。

 そんな場所に都合良く未発見のスポットが残されているとは考えにくいけど、でも昨日の祠の件がある。

 

 静かな夜道を気配を消して進んでいく。

 懐中電灯の光は最低限。

 

 虫の鳴き声。

 木々を揺らす風。

 それ以外を全て吸い込むような暗闇。

 

 改めて、昼間とは全く別の島みたいだ。

 

 だからこそ、その僅かな変化に気付けたのかもしれない。

 前方の茂みが僅かに揺れる。

 それはそよ風が撫でた時の規則的な揺れではなく、動物、あるいは人が通る際の不規則な揺れだ。

 

 私は訝しみ、息を潜めて目を凝らす。

 

(誰かいる……?)

 

 その前を足早に過ぎていく1人の影。

 眼鏡に細身の体躯、見覚えのある横顔。

 暗がりで表情までは読めなかったけど、明らかに金田くんその人の姿に、私は思わず目を見張った。

 

 金田くんは行き先が決まっているみたいに足早に去っていく。

 迷った末、私はその後を追うことに。

 気取られないよう十分な距離を保ち、至る所にある草花や木々に身を隠しながら、獣道を抜けていく。

 

 10分。そして、20分―――。

 

 やがて、金田くんは立ち止まり、辺りを見回す。

 そして数歩進んだ先。

 

 ひときわ太い大木の前でしゃがみ込んだ。

 

(……何してるの?)

 

 私は息を潜める。

 距離があるせいで手元までは見えない。

 月明かりも木々に遮られ、金田くんが何をしているのか判別できなかった。

 

 ただ、地面に何かがあるのだと私は理解する。

 落とし物―――じゃないだろう。さっきから、金田くんの行動には迷いが無さすぎる。あらかじめ、こう動くというのが決まっているかのようだった。

 

 数十秒ほど経っただろうか。

 

 金田くんは立ち上がると、もう一度だけ、周囲を確認する。そしてそのまま別方向へと歩き出した。

 私はすぐには動かない。

 金田くんの後を追うか、今何をしていたか確かめるか。私は少し悩んだ後、これ以上の尾行を諦めて、金田くんの姿が完全に見えなくなってから前に進む。

 

 そこにあったのは、枯れた落ち葉と枝の集まり。

 少しの風では飛ばされない様子だった。

 私は金田くんのように周囲を警戒しながらしゃがみ込み、そっとその落ち葉と枝をどかしていく。

 

「っ―――!」

 

 鼓動が、大きく跳ねた。

 

 現れたのは占有装置。

 手のひら大のディスプレイには、すでにCクラスが占有済みであることが無機質に表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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