私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第16話

 

 

 

 

 

 

 

 

 須藤くんたちの姿が完全に見えなくなると、私は葛城くんがいるのも気にせずに、組んだ両手を外に向けてぐーっと伸ばす。快楽にも似た、むず痒い感覚。と同時に脱力すると体の凝りが少しほぐれた。

 

「んーっ、ふう。じゃあ私も帰ろっかな」

「ちょっと待て。今から話す流れではなかったのか?」

「話す、ってAクラスとCクラスの協力関係について? 私も最初はそのつもりだったんだけどね。でもごめんね、もうその必要性も薄れちゃったんだ」

 

 見計らったように葛城くんたちが現れた。

 これだけで十分な収穫だ。

 それにここで葛城くんを問い詰めたところで、ぽろりと情報を漏らしてくれるとも思わないし、占有状態の更新が必要なスポットもある。時間は有限だ。

 

「そういうことなので。またいつか話そうね」

 

 相手の返事を待たず、私は駆け出す。

 葛城くんは余計なトラブルを嫌うタイプだ。

 下手をすれば付き纏いになるから、案の定、私を追ってくる気配はなかった。きっと、須藤くんたちを深追いする気も最初からあまりなかっただろう。

 

 私は3人を追いながら、頭の中で考えを纏める。

 葛城くんたちが今日この場に現れた。この状況に至るには、偶然と必然、2つのケースが考えられる。

 

 前者は具体的には、事前の探索でこのスポットを見つけていて、それを占有に来た、あるいは他クラスが占有に来るだろうと見張りに来たという流れだ。

 だけど昨日の時点でスポットの所在を知っていたなら今朝改めて占有に来る必要性は薄く、その場で占有すればよかった話。そして見張りに来たって、24時間の内、誰がいつ来るかも分からない。葛城くんがそんな非効率な手段を果たしてとるだろうか。

 

 逆に、後者―――つまり必然だったとする。

 つまり何らかの情報源から私たちDクラスが朝イチで占有に来るだろうと踏んで、確かめにきた可能性。

 私は昨夜、金田くんを尾行した。気取られるような真似はしていない。だけどもし、金田くんが尾行される前提で動いていたなら話は全く変わってくる。

 

 まず、金田くんは何らかの手段を介してスポットの所在をAクラスに伝え、向かってもらう。

 そして―――もし、その場に私が現れれば。

 金田くんがスポットを占有した翌朝という都合の良いタイミング。彼は私がこの場所を知った経緯を逆算し、昨夜私に尾行されていたのだと勘づける。

 

(……でも、そうだとしたら)

 

 尾行に気付いたとして、それが何になるだろう。

 私がこのスポットを知ったところで、Dクラスが有利になるだけだ。

 むしろ損をするのはCクラスの方。

 

 そう考えた瞬間、私はふと龍園くんの意図に思い至る。

 

「っ、まさか……」

 

 金田くんを警戒している今の私。

 もし今晩、あるいは明日の夜にも金田くんが動けば、私はそれを探るためにまた尾行せざるを得ない。

 つまり如何様にも私を誘い出せるということ。

 

 じゃあもし、その場に龍園くんが現れたら?

 

 祠のスポットに残されていた、火起こしの痕跡が思い起こされる。

 彼はリタイアすると言っていたけど、実際のところ、その証拠はない。広い無人島の中。どこかでまだ潜伏し続けていたとしても、何ら不思議じゃない。

 

 そしてもし龍園くんが残っているとすれば。

 監視の目が届かない島の中、やることは1つだ。

 

 

 

 

 

 

 数分ほど早歩きしていると、前方に見慣れた三人組の背中が見えてきた。

 どうやら途中で足を止めて待っていたらしい。

 ただその様子はどこか落ち着きがない。ふと振り返った池くんの慌て顔が、追いついた私を見つける。

 

「きた!」

 

 その声に反応して振り向く、須藤くんと山内くん。

 2人の表情にも不安が前面に現れている。

 

「お待たせー。わざわざ待ってくれてたの?」

「お、う……。早かったなひまり、その……」

「あはは、分かってるから安心して? 葛城くんは私たちの中で誰がリーダーなのか絞れてなかったし、それにああなることは私の想定範囲内だから」

「え、そ、そうなのか?!」

「とーぜん。むしろ計画通りって感じかな」

 

 自信満々な笑みを浮かべ、私はウインクする。

 ホッとした様子で胸を撫で下ろす3人。

 

「やっべー……マジで焦った……」

「てかひまりちゃんは大丈夫なのか? あのハゲから変なことされたんだったら俺らに相談しろよな」

「ハゲ呼びは良くないし変なことはされてないよ。むしろ葛城くんがリーダーを誤認するように私から誘導したぐらいだし。痛い目見るのはあっちだよ」

 

 その言葉を、須藤くんたちは疑いもしない。

 更にいい意味で切り替えも早く、さっきまでの不安げな様子はどこへやら、ヘラっとした笑みを取り戻す。

 

「ハ……葛城って、Aクラスのリーダーだったよな? よく分かんないけどそれに勝ったってことか!」

「うん、そんな感じ。じゃあそろそろ移動しよっか。他の拠点の所有権を更新しないといけないからね」

 

 士気も高まり、その提案に不満も出ない。

 その後は特に待ち伏せされることもなく順調に進み、それがむしろ、私の中の仮説を強く裏付ける。

 

 もしリーダーを見抜くために待ち伏せをするのだったら、Dクラスのスポットの占有権が切れるタイミングを伺う方がずっと効果的なはずだからだ。

 つまりそれをしていないということは、葛城くんがあの場に現れたことは、リーダーを見抜くため以外の明確な目的があったということに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 仕事を終えて拠点に戻ると、今日は大漁だった。

 洞窟内に所狭しと並べられた野菜や果物。

 袋いっぱいにお魚を入れたここちゃんが、最後に洞窟の中に戻ってきた私の元へと駆け寄ってくる。

 

「見て見て! 私いっぱい釣ってきたよ!」

「わ、すごいね! ここちゃん釣り得意なんだ?」

「うんっ、そうみたい! 最初は不安だったけどBクラスの人たちが優しく教えてくれて上達したよっ」

 

 もっと褒めて欲しそうにはにかむここちゃん。

 私とそう身長差があるわけじゃないんだけど、小動物のような愛くるしい笑顔になんだか心が落ち着く。

 

「ここちゃんが楽しめたなら良かったよ」

「えへへ」

 

 ここちゃんは満足そうに胸を張る。

 その後ろでは須藤くんたちが魚の数を数えながら騒いでいて、東さんたちは採ってきた果物を仕分けていた。

 近くでは疲れた様子で金田くんが汗を拭っている。

 私は軽く手を挙げて、彼に近づいた。

 

「お疲れ様金田くん。今日はいつもより多めに水汲んでくれてありがと。大変だったでしょ」

「……確かに普段より疲れましたが、仕方ありません。雨が降ると困りますからね。それに、三宅氏と綾小路氏が多く持ってくれて本当に助かりました」

 

 もう1人、幸村くんにも同行してもらっていたけど、幸村くんは金田くん同様に線が細い。

 手伝う余裕はなかったのだろう。

 

「そっかそっか。うちのクラスに馴染めてるようで安心したよ。何か困ったことがあれば相談してね」

「はい、気にかけてくださりありがとうございます」

 

 会話を終え、私は金田くんから離れる。

 それからすぐに近づいてきたのは綾小路くんだ。

 

「早速で悪いが報告だ。金田は特に不審な行動を見せなかった。だが伊吹がBクラスの拠点に不在だったぞ」

「伊吹さんが? ああ、クラスに馴染めないからって散歩することが多いって一之瀬さんも言ってたな」

「そうらしいな。気にかけたい気持ちはあるようだが、深入りは神崎が止めているらしい。クラスに送り込まれたスパイの可能性もあるのだから当然だが」

 

 どうやら私のアドバイスが効いてるみたいだ。

 

「ただそれが本当に散歩なのかオレは懐疑的だ」

「……ん、そうだね。私もちょっと考えてたんだ」

 

 続く形で、今朝の出来事を私は伝える。

 

「誰かの指示で葛城くんたちが動いたとして、もちろん金田くんも疑ってるけど、私の目の届かない伊吹さんのほうがきっと伝達役として動きやすいよね」

「そうだな。そういえば、ポイントで購入できる物資の一覧にトランシーバーがあったな? あれをどこかに埋めておけば、少し散歩に行ってくるとでも言いながらAクラスと容易に連絡がとれるだろう」

 

 その可能性も大いにありそうだ。

 徐々に徐々に、真実に近付いてきている感覚。

 私は逸る気持ちを抑えるように深呼吸を繰り返す。

 

「それで、次はどうするつもりだ?」

「当然―――真っ正面から罠にかかりにいくよ」

「正気か?」

「うん、もちろん。金田くんと伊吹さん。この2人が石崎くんたちみたいに龍園くんに反感を抱いてるのかは分からないけど、もしそうなら、目の前で龍園くんの企みを挫くのがいちばん効果的じゃない?」

 

 初日にそうしたように啖呵を切るだけでなく、実際に龍園くんに打ち勝つ姿を2人の目に灼きつけることで、龍園くんの支配体制を大きく揺らがせる。

 そのためには真っ正面からいく必要がある。

 

「なぜそこまで龍園潰しに固執するんだ?」

「ヤだな、その言い方だと私が悪者みたいじゃん」

 

 私はくすっと笑みをこぼす。

 

「ただ―――うん、誰かを怖がらせて従わせるやり方は好きじゃない。そこはちゃんと改めさせたいだけ」

 

 綾小路くんは何も言わなかった。ただその視線だけが、私を値踏みするみたいに僅かに細められる。

 だけど私は気にしない。

 龍園くんが何を企んでいようと、それを見抜いて防げばいい。今朝は不安が燻っていた私だけど、真相が見えてくるにつれて心中に自信が芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜。

 

 ―――ぽつり、と。

 頭の上に水滴が落ちてくる。

 続いて二度、三度。

 やがてそれは一定のリズムを刻み始める。

 

(ここで雨、か……)

 

 徐々に強まっていく雨音。

 木陰にいるため直接降られることはないけど、間から滴り落ちてくる雨粒にジャージが少し濡れていく。

 だけどそれも恐らく、もう少しの辛抱。

 私の仮説が正しければ、この寝静まった時期、そろそろ金田くんに動きがあってもおかしくない―――。

 

 そんな私の予想は、ものの見事に的中する。

 洞窟の入り口でゆらめく影。

 金田くんが周囲を警戒しながら歩き出し、行き先には迷いのない様子で、その姿を闇夜にくらませる。

 

 この夜、私は静かに尾行を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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