私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第17話

 

 

 

 

 

 

 雨脚は更に強まりつつあった。

 葉を叩く雨音が絶え間なく重なり合い、まるで島全体を覆い隠す膜のように周囲の音を飲み込んでいく。

 

 薮の間を通った時の微かな葉の囁きさえ聞こえず、つまり尾行はしやすい環境。だけどそれは、逆に言えば、私自身も周囲の気配に疎くなるということ。

 いつもより少し早まる鼓動を感じながらも、私は前を歩く金田くんの後ろを慎重に慎重に進んでいく。

 

 頼りになるのは少し前を進む金田くんのライトと、やっと暗闇に順応し始めた、自分の目だけだった。

 

 頬を伝うのは雨粒か、それとも汗か。

 濡れたジャージの重さが私の体にのしかかる。

 だけど土を踏み行くことに躊躇はない。

 

 ―――龍園くんを、正面から斃すこと。

 

 その明確な意思に私は突き動かされていた。

 やがて洞窟からはだいぶ離れ、恐らくどのクラスの拠点よりも遠い山奥で、金田くんはようやく止まる。

 ここが目的地なのだろうか。

 木々の間隔は他より少しだけ広くスペースがあるものの、これといった特徴のある場所じゃない。

 

 周囲を警戒するように光る眼鏡の奧。

 私も釣られて視線を巡らせる。

 だけど雨に煙る闇の中、人影は見当たらない。

 

 もう少し近づいてみてもよさそうだ。

 私は息を張り詰めながら、金田くんの背後に忍び寄る。

 

 その矢先―――

 

「っ……!」

 

 死角から突き出された無骨な手のひら。

 それを紙一重で躱し、私は大きく息を吸った。

 

「チッ、不意をついたと思ったんだがな」

 

 私がいた場所を強く踏み締める龍園くん。

 その手は宙を掴み、私の反応が少しでも遅れていたらそのまま引きずり倒されていたかもしれなかった。

 

(やっぱり、いた……!)

 

 と同時に、私は仮説が正しかったと自覚する。

 龍園くんの目的は私をこの場所に誘き出すこと。そして私の持つキーカードを直接確認すること―――!

 

「……龍園くん。島に残ってたんだ」

「クク、驚きが顔に出ているぜ嬉野」

 

 私とは正反対に、まるでこの状況を楽しんでいるかのように、龍園くんは口の端を吊り上げる。

 暴力を振るったことに気負う様子はない。

 恐らくはこれが、彼自身慣れ親しんだやり方。

 

「ど、どういうことですか龍園氏……」

 

 一方で、困惑を滲ませた声が割り込んでくる。

 私がちらりと視線を向けると、何も知らされていなかったのか、龍園くんの登場に動揺が隠せない様子。

 

「ああ? そういえば、金田には具体的なことを説明してなかったな。だが良い働きだったぜ。おかげで嬉野をここまでおびき出せたんだからな」

「おびき出す? いったいどういう……」

「金田くんは利用されたんだよ。たぶん、金田くんが受けた指示は何日目はここに行けっていうだけだよね? 龍園くんはここで待ってさえいれば、金田くんを警戒して尾行した私を釣り出せるって算段」

「理解が早えじゃねえか。だが間抜けにもテメェはここに来ちまった。この時点でとっくに詰んでんだよ」

 

 絶句する金田くんを他所に、龍園くんは私との距離をジリジリと詰める。その表情は余裕に満ちていた。

 そこに冷や水を浴びせるよう、私は口を開く。

 

「……いくつか、腑に落ちないことがあるんだ」

「あ?」

「まず1つ。確かにここは山奥だけど、先生が巡回に来ないとも限らない。ただでさえ須藤くんの件で龍園くんは見張られてるんだよ? ここでの暴力行為が見つかったらただじゃ済まないと思うけどね」

「ハッ、生憎だがそれはねぇよ。教師は夜間の見回りをしてねえ様子だからな。各クラスの担任はそれぞれの近くに居を構えて動かねえ。それ以外の奴らも港から動く気配がねえのはすでに確認済みだぜ」

 

 それは強がりじゃない。

 入念に調査をしていたことがその表情から伺えた。

 だけど私は―――。一昨日の夜、新しく着任された月城先生の姿が脳裏に浮かび、思わず眉をひそめた。

 

「うそ。私この前に見回りの先生に会ったよ」

「ハ、そんなハッタリが通用すると思ってんのか?」

「いやいや……嘘じゃない、けど……」

「だったら幽霊でも見たんだろうな」

 

 龍園くんは余裕な態度を崩さない。

 その様子に、私は一抹の不安が頭にチラつく。

 

「……いいや、じゃあもう1つ質問だよ。龍園くんは私に暴力を振るって何を得るつもり? キーカード?」

「それを聞いてどうするつもりだ?」

「いやね、分からないんだ。もし私からキーカードを奪取するつもりなら龍園くんの中では私はリーダーだと確信してるんだよね? それなのにリスクを背負ってこんな状況を作り出したのはどうして?」

 

 確信しているならこんな大層なことはしなくていい。

 逆に確信がないならリスクが割に合わない。

 可能性としてはただ私を潰したいか―――あるいは、協力関係にある葛城くんが明確な証拠を求めたか。

 

 確認のための質問に、不適に笑う龍園くん。

 その更に背後から、突然、女子生徒の声が飛んでくる。

 

「あーもう、うっさい! なんでもいいからさっさと済ませなさいよ」

 

 暗闇の中から進み出たのは伊吹さん。

 いつから居たのかは分からないけど、この様子だと、金田くんよりかはいくらか真相を知ってそうだ。

 それは恐らくは私に探られないため。

 私のクラスに潜り込ませた金田くんには最低限の情報のみを与え、監視の目が届かない、つまり自由に動ける伊吹さんにはより具体的な指示を与えた。

 

「邪魔すんじゃねえ伊吹。殺すぞ」

「……あんたの楽しみとかどうでもいいんだけど。こいつの口車に乗せられて時間稼がれたりなんかして、私まで失敗の巻き添えくらうのは嫌なんだけど?」

「クク、仕方のねえ奴だ。―――残念だが嬉野、こっちは時間稼ぎに付き合い切れないらしいぜ」

 

 龍園くんが呆れ混じりに肩を竦め、私は避けれない戦いにため息をつく。それが始まりの合図だった。

 

「悪く思わないでよ、ねッ!」

 

 伊吹さんの体が私の目前に勢いよく躍り出る。

 初手は捻りのない右ストレート。

 私はそれを捌きながら身を躱し、向きを変えて間髪入れずに襲いかかってきた裏拳も危なげなく避ける。

 

「へえ、案外動けんじゃん」

「そっちは喧嘩慣れしてそうだね」

 

 その後も襲い来る拳に、大振りな回し蹴り。

 正統的な戦い方じゃない―――恐らくは我流のやり方だけど、その威力を前に、私は受けに専念する。

 

「逃げてばっかッ、してんじゃないわよッ」

「……悪いけど私からは攻撃するつもりないよ。私自身は喧嘩がしたいわけじゃないし」

「はっ、あっそ……ッ!」

 

 威勢のいい言葉と同時に繰り出される三日月蹴り。

 私はそれを後ろに跳んで躱す。

 

「な―――何をしているんですが、伊吹氏―――」

「うっさい! あんたはそこで見とけばいいの!」

「っ……」

「そうだぜ金田。お前はここじゃ、戦力にならねえからな。指を咥えて待っていればそれでいいのさ。―――にしても嬉野。胆力がある奴だとは思っちゃいたが、まさかこっちもいけるクチだったとはな」

 

 顔面、鳩尾、脇腹、脛。

 的確に迫り来る攻撃を冷静にいなしていく。

 その対応を感心した風に観察する龍園くんと、徐々に苛立ちを顔に滲ませ、動きが荒っぽくなる伊吹さん。

 

「龍園くんはそこで見てるだけなの?」

「今はまだ、な」

「……だってさ。私から反撃はできないし、疲れてきたならそろそろ諦めてもらえると助かるんだけど」

「はっ! 何それ、私なんか相手じゃないって?」

「いやそんなことは言ってないけど……」

「ムカつく! よく分かんないけどムカつく!」

 

 最初に比べて精彩を欠いた打撃。

 避けるのは簡単だけど、このままじゃ伊吹さんの体力が尽きるまで待つことになる。龍園くんの相手をすることも考えたら私としても体力は温存したい。

 

 覚悟を決め、ふうっと息を吐き出す。

 矢継ぎ早に放たれる握り拳。それをいなした先、ぐらりと体幹が傾いた伊吹さんが身を翻して立て直そうとする。

 その瞬間を私は見逃さない。

 

「ッ……!」

 

 右足を軸に跳ね上げた左足。

 それは体勢を直し、私を見据えかけた伊吹さんの頭を蹴り抜く直前、数センチを残してピタリと止まる。

 

 反射的に硬直し、目を瞑る伊吹さん。

 その顔は疲労と汗でとっくに崩れていた。

 私は足を引っ込め、彼女から少し距離をとる。

 

「ごめんね。怖かったでしょ?」

「……っ、あんた、今の殺す気……?」

「当たればタダじゃ済まなかったと思うよ。当てるつもりは全然なかったけど。それより怪我はない?」

「怪我は、ない……けど……ムカつく……」

 

 伊吹さんは戦意を失った様子で、それでも苦し紛れに舌打ちを漏らす。

 これでひと段落ついた。

 あとは龍園くんを相手するだけ―――そう思って体の向きを変えた私を、彼の不気味な笑みが貫いた。

 

 

 

 

 

 

 ざー。

 テレビの砂嵐みたいな雨音で、私は起きた。

 少しの寒気を感じながら体を起こし、テントの中が妙に広いような錯覚に、小首を傾げて視野を広げる。

 

(あれ、ひまちゃんがいない……)

 

 お手洗いにでも行ったのかな。

 そう思って待つも、5分、10分と時間だけが過ぎていく。

 テントから出ると外は大降りだった。

 

「どこに行ったんだろ……」

 

 洞窟の中を見回す。いない。

 仮設シャワーのドアをノックする。いない。

 みんなを起こさない程度に呼んでみる。いない。

 

 その違和感に、私は洞窟の外を見た。

 中に居ないならあとは外しかない。

 だけど外は出歩くのが難しいくらいの雨脚。傘だってない。

 徐々に徐々に、私の中で不安が頭をもたげる。

 

「ど、どうしよ……」

 

 ひまちゃんならきっと大丈夫。

 そう言い聞かせても、逸る心は収まらない。

 こういう時、ひまちゃんならどうするだろう。そう考えて―――私は覚悟を決める。ひまちゃんならきっと、濡れるのなんて気にしないで探しに行く!

 

「っ……!」

 

 気付けば、私は駆け出していた。

 後のことは何も考えていなかった。

 強い雨に打たれながら、それでも心配で心配で、懐中電灯の光だけを頼りに暗い山の中に入っていく。

 

「ひまちゃーん! 聞こえたら返事してー!」

 

 これが私の出せる、精一杯の大声。すぐに返事がくるはずもなくて、その声は暗闇の中に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 




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