君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

7 / 47
第7話

 着替え終えると、櫛田さんや堀北さんをはじめとして、水泳の授業を受けることに消極的じゃない女子生徒たちはすぐに更衣室を出ていく。一方で私はというと、着替えた後もまだ更衣室に残り続けていた。

 

「嬉野さん、やっぱり行きたくないの?」

 

 心配そうな表情で井の頭さんが聞いてくる。

 私は苦笑いを浮かべた。

 

「特に深い理由があるわけじゃないし、自分でも過剰に意識しすぎかな〜とは思うんだけどね。どうにも、ちょっと苦手意識が拭えなくて」

 

 本当に特に深い理由はない。例えば昔、異性から酷いことをされたとか、そんな過去があるわけでもない。大事なことなので心の中で繰り返した。

 

「じゃ、じゃあ一緒に行かない? もちろん時間ギリギリになってからで。今まで嬉野さんにリードされてばかりだったけど、今度は私がリードするから!」

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 私は普段より井の頭さんに身を寄せ、授業開始までの時間を過ごすことにする。少し彼女の頬が上気しているように見えるのは気のせいだと思うことにした。

 しばらくすると、プールがある方向からみーちゃんたちが戻ってくる。みんな何やら楽しそうな表情だ。

 

「ねえ、井の頭さんに嬉野さん! プール、すごく広くて綺麗だったよ。早く来てほしくて戻ってきたんだけど……あ、ごめん。お取り込み中だった?」

 

 東さんが気まずそうにそんなことを言う。

 

「いや取り込み中ではないよ。私が井の頭さんに甘えてただけ。そんなにすごいプールだったの?」

「うんっ、小学校とか中学校のときみたいなショボいプールを想像してたんだけど、さすが政府が直接運営してるだけあるって感じ! 男子もそんな露骨には見てこないよ。だからやっぱりもう行かない?」

「そっか。じゃあそうしよっか井の頭さん」

 

 私が勇気を振り絞って普段の調子を取り戻すと、井の頭さんは少し残念そうにする。悪いことをしたかもしれない。だけどせっかく、好意で戻ってきてくれたみんなの誘いを断るというのも決まりが悪い。

 そこでさりげなく井の頭さんと手を繋いでみると、今度は耳まで赤らめて、彼女から指を絡めてくる。

 

(……、大胆なことしてくるなあ)

 

 特殊な仕事をしているから、異性に留まらず同性の子から好意を寄せられた経験もある。だから戸惑いこそしないけど、どうしようかと私は困った。

 私は性別に関係なく一定以上の関係を望まない。

 放課後の時間を拘束されないなら、仕事に差し障りが出ないのだし受け入れることもできるけど……それはそれで人からの好意を蔑ろにする行為だと思う。

 

 どこかで一度、この子と話をする機会を設けないといけないな、なんてことを私は笑顔の裏で考えた。

 少し現実逃避気味ではある。

 ただ悩んでも事態は好転しないから、私はまた気持ちを切り替えて、手はそのままに振り向いた。

 

 目線の先では、軽井沢恵さんが更衣室のロッカーに寄りかかったまま、スマホを触っていた。

 

「……ところで、軽井沢さんは着替えないの? もうすぐ授業始まっちゃうよ?」

「私は良いから。人前で着替えるのは苦手なの」

「なるほど、ごめん。そしたら私が居座ってたのは迷惑だったね。じゃあ私はもう行くから」

 

 そう言って、私たちはついにプールに向かった。

 

 

 

 

 

 

「よしお前ら、そろそろ時間だから点呼をするぞ。欠席者は……全員で10人か。やけに多いな。まあいい、欠席者には後でプリントを渡す。そこに授業を見た感想と、次回への意気込みを記入するように」

 

 そう言った後、先生は生徒を名前順に並ばす。

 それから手に持っている名簿表を見つつ、顔をしっかり見て生徒の名前を呼んでいく。もちろん欠席者も含めて名前を呼ぶため、誰が欠席しているかは丸分かりだ。少しすると先生はカ行の生徒の点呼に移る。

 

「軽井沢恵。―――ん? いないのか? 軽井沢」

「すみませ〜ん。着替えてて遅くなりました」

 

 遠くから、謝罪してる風ではない間延びした声が。見ると更衣室のほうから軽井沢さんが歩いてやってきていた。その姿を認め、先生は再度確認する。

 

「お前が軽井沢恵で合っているか?」

「はい、そうです」

「残念ながら今日は遅刻扱いとする。昼休みの内に着替え、次からは遅刻しないように」

 

 この授業も他と同様に、遅刻かどうかの判定は厳密だ。必要なことを言うと先生はまた点呼に戻る。

 しばらくして先生が全ての生徒の出欠席を確認し終えると、早速、準備体操が始まった。念入りに体操を終えると、すぐに実力が見たいと先生は言う。泳げない者は底に足をついても良いとのことだけど……

 

「すみません先生。私、泳げないっていうか、そもそも泳いだことなくて、どうしたらいいですか?」

「む、そんなことがあるのか。……そうだな。悪いが嬉野には、放課後、補修を受けに来てもらいたい。授業中はひとまず見学にしよう。無理は禁物だからな」

 

 考え得る限り最悪の返答をされた。当然だけど、今日の放課後も、すでにカウンセリングの予定がある。

 

(友達から遊びに誘われたとかなら断れるんだけど、ちょっとこれは……あとでお父さんに連絡して、カウンセリングの予定を調節してもらうしかないね)

 

 学生生活の不便なところだ。そもそもこの時期に水泳をやること自体が想定外なんだけど、まさか早速、補修を受けなきゃいけないだなんて。義務教育を受けてこなかった弊害がここにいきなり現れてきた。

 

「さて、ではこれより、男女別で自由型競争をしてもらう。ちなみに嬉野とは別枠で、最もタイムの遅かった男子1人と女子1人は補修だ。逆に最もタイムの早かった生徒には5000ポイントプレゼントしよう」

「「ええ〜〜〜!」」

 

 主に運動の得意じゃない生徒から悲鳴に似た嘆きの声があがる。逆に運動の得意な生徒、特に男子からは歓喜の声があがった。入学時に貰った10万ポイントと比べると端金だけど、それでもあったほうがいい。

 ちなみに私だけど、すでに補修を言い渡された身なので、もう諦めて低みの見物を決め込んでいた。

 

「では、まずは人数の少ない女子からやってもらおうか。ひとまず呼ばれた生徒はここに並んでくれ」

 

 先生の号令で、名前を呼ばれた生徒たちが順番にスタート位置へと向かっていく。応援の声、足音、水しぶき―――賑やかな空気で競争は始まった。

 前の順番のレースが始まると同時に、次の順番の生徒は同じくスタート位置へと着く。女子の出席者は私を除いて11人。1周目は6人で、2周目は5人でスタートするようで、私は1人、プールサイドでその様子を眺めていた。その時ふと綾小路くんの様子が目に映る。

 

 昨日とは違い、綾小路くんの周りには男子が数人いる。ただ彼らと喋っている様子はなく、綾小路くんは静かにレースや周りの様子を見ているようだった。

 一瞬、その目線が私に向くと同時に、私はにっこり笑ってみる。無反応。視線はすぐに他へと移った。

 

(……人見知り、って感じではないね)

 

 自分で言うのもなんだけれど、私は目が良い。人の気持ちを読むのは得意な方だ。

 それに私は彼がホワイトルーム生であるというバックグラウンドと、私がこれまで話してきた元ホワイトルーム生の特徴を頭にインプットしている。

 

 だからすぐに理解する。

 彼が他者とのコミュニケーションをあまり積極的にしないのは、ホワイトルームのせいなのだと。

 

 人見知りの子は、喋りたくても喋れない。

 ホワイトルーム生の多くは喋る必要性を覚えない。

 それは態度の違いとして如実に現れる。

 

 つまるところ、彼はホワイトルームの犠牲者だと言っていい。私はレースの熱狂を肌で感じながら、冷静に、どのようにして彼と接触するか思考を回した。




感想、高評価お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。