私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第19話

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー、終わった終わった!」

 

 Aクラスの拠点からの帰路、私は大きく伸びをする。

 今日はほんとにへろへろだ。

 人間、慣れないことはするもんじゃない。

 

「てめぇは葛城が見えないところで待っていただけだろ。交渉はほとんど俺がやってやったんだぜ」

「えー? だって、龍園くんが葛城くんにキーカードを見せてる現場に、当の私がのこのこ着いて行ったら変じゃん。金田くんだってそう思うよね?」

「え、ええ……それはそう思いますが……」

「あんたら頭おかしいんじゃないの? さっきまでバチバチにやり合ってたのになに仲良くしてるのよ」

 

 伊吹さんは呆れた表情でため息をつく。

 

「こいつが引っ付いてくるだけだ」

「そっけないなあ龍園くん。まあいいや。これから実はまだ3日間もあるけど、どうするつもり?」

「クク、やりてえことが出来たからな。そのためにはどうやら、すぐにはリタイアするわけにいかねえらしい。悪いが金田はもらっていくぜ」

「ちょっと龍園、私はどうすんの?」

「てめえはBクラスで仲良しこよししてろ。次の指示を与えるまでは勝手にリタイアするんじゃねぇぞ」

「は、はあ?! 何それ、冗談じゃない……」

 

 伊吹さんにとって、Bクラスの居心地はあまりいいものではなかったらしい。

 それにしても仲睦まじいことだ。

 龍園くんのやり方じゃ進んで着いていく人はいないと思ってたけど、少なくとも伊吹さんは違うみたい。

 

 とは言え、釘は刺しておかないといけない。

 

「じゃあそろそろ私も帰ろっかな。雨でジャージが濡れて気持ち悪いし、泥で汚れちゃったし」

「……すみません、僕のせいで」

「良いの良いの金田くんは気にしないで。でも龍園くん、今度からこういうやり方はやめてね。私に対してもだけど、Cクラスのみんなに対しても」

「他クラスがゴタゴタ口出ししてんじゃねえよ」

「悪いけど口出しするよ。せっかく頭もいいのに、暴力でしか人を従えさせられないなんて。残念だな」

 

 短期的には恐怖政治は効率的かもしれない。

 だけど長い目で見たとき、クラス内での信頼を勝ち得ておかないと戦いにくい場面も多くあるはずだ。

 ケンカにしか自信がないなら仕方ない、というかリーダーの器じゃないと私は思う。でも龍園くんは違う。頭脳も含めたカリスマ性があるのに、それを発揮しないのはもったいないんじゃないだろうか。

 

「チッ、うるせえ野郎だ」

「……野郎って。一応、女の子なんだけど?」

「俺とタイマン張れる女がいてたまるか。そんなもん女のカテゴリから外れてんだよ」

「……ねえ伊吹さん。龍園くんって酷いよね」

「仕方ないんじゃないの。私だってさっきの光景、あんま信じれてないし。てかさ、そろそろいい? まだ雨降ってるし私はさっさと帰りたいんだけど」

「ご、ごめん。じゃあまたね伊吹さん」

 

 ふん、と鼻を鳴らして伊吹さんは立ち去る。

 それからすぐに、龍園くんも私に背を向けた。その後ろに着いた金田くんは、私に深く一礼をする。

 

「Dクラスにはお世話になりました。すみません、本来なら直接言うべきことかもしれませんが、嬉野氏に伝言をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだよ。どんなことかな?」

「幸村氏や、他の方々にもありがとうと、そして騙してしまって申し訳ないと。結果はどうあれ、僕はCクラスから送り込まれたスパイでした。……皆様に嫌われても仕方ないことをしたと思っています」

 

 この学校の性格上、仕方ないだろう。

 BクラスとDクラスの同盟関係は特殊な事例。一之瀬さんのクラスの性質と、互いのクラスポイントがかけ離れていることで、ようやく成立する信頼。

 だから金田くんがスパイだったことを残念に思ったとしても、それだけで嫌われることはきっとない。

 これが結果的に、私たちDクラスに大きくマイナスに働いていたならまずかったかもしれないけど……。

 

 とは言えそのお願いを断る理由は私になく、真摯な気持ちをそのまま伝えることを二つ返事で約束する。

 そのまま龍園くんに従うように去る金田くん。

 私も踵を返し、Dクラスの洞窟へと戻る。

 

 その後、凶報はすぐに舞い込んできた。

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼と茂った草を抜けて洞窟の目の前に辿り着くと、入り口に人影が集まっていたのを見て私は訝しむ。

 もしかして……私がいないことに気付いて、心配させてしまってた? だとしたら申し訳ない。駆け足で洞窟に近づくと、視線がすぐに集まってくる。

 

「みんな、どうしたの?」

「……あなた、こんな時間に何をしていたの? それにずぶ濡れじゃない。事情を聞かせてもらえるかしら」

 

 堀北さんの表情は険しい。

 掴みかかってきそうなほどの剣幕に、近くにいた櫛田さんが、私と堀北さんとの間に割って入ってくる。

 

「待って堀北さん。今はそれより大事なことがあるよ」

「僕もそう思う。嬉野さん、どうか落ち着いて聞いてほしいんだけど―――今、井の頭さんの行方が分からなくなっている。何か心当たりはないかい?」

 

 穏やかな口調で問いかけるのは平田くん。

 井の頭さん。行方が分からない。その言葉の並びに、脳が状況を理解するのに、しばらく時間がかかる。

 心配そうな櫛田さんの視線が私に突き刺さる。

 

「……大丈夫?」

「―――大丈夫。私が探しに行く」

「あなた正気? この時間、それにこの雨。いくらあなたでもヒントも無しに捜索に出るのは無謀よ」

「でも、早く見つけてあげないとここちゃんが危ない。確かに簡単には見つからないかもしれないけど、手をこまねいて待ってたらいい段階じゃない」

 

 茶柱先生の話では、タイムリミットは24時間。

 場合によってはそれ以前に、学校側に捜索をお願いする必要が出てくる。だけどクラスのためを考えて、それは今は最終手段として私の中に残しておく。

 

「僕は危険だと思うよ。井の頭さんのことは心配だけど、この暗闇だ。……先生に報告するか、あるいは朝まで待つか。そのどちらかにすべきだよ」

「できることなら私もすぐ先生に報告したい。でもリタイア扱いになるから、マイナス30pt―――ここちゃんを責める声も多くなる。それは避けたい」

 

 話し合ってる暇も無さそうだ。

 私は迷いなく櫛田さんたちに背中を向ける。

 

「待ちなさい。あなた今、自分が冷静じゃないのを自覚しているのかしら? 怖い顔になっていたわよ」

「っ……」

「私も、捜索は反対……、だな。嬉野さん」

 

 櫛田さんの手が逃げようとする私の腕を掴む。

 私は耐えがたい焦りに唇を噛む。

 

「……お願い。これ以上、私を引き止めないで。これ以上止められたら、私も無理を通すしかなくなる」

「嬉野さん……」

「みんなが起きてくるまでには、必ずここちゃんを見つけ出すつもり。3人は私がこう言うのを見越して、みんなを起さずに待ってくれてたんだよね」

 

 その指摘に、背後で声を詰まらせる気配があった。

 私は櫛田さんの手を振りほどく。

 ―――その時、1人の声が聞こえてくる。

 

「堀北たちの心配も分かる。だがここは、オレたちのリーダーを信じてやれないか?」

「……綾小路くん?」

「嬉野ならきっと大丈夫だ。もちろん焦ってはいるだろうが、引き際はきちんと弁えているとオレは思う」

 

 そのフォローに、沈黙が訪れる。

 それを打ち破ったのは平田くんの一声だった。

 

「…………分かった。僕は嬉野さんを信じるよ」

「それでいい。念のため、オレも嬉野に着いていこうと思う。もし井の頭が怪我をしていた場合、嬉野1人ではここまで連れて来られない可能性がある」

「……せめて水は持っていきなさい、嬉野さん。井の頭さんの分も。今はそこまで暑くはないけれど、歩き回っていたら体の水分は着実に失われるわよ」

 

 手渡されたペットボトルと、懐中電灯。

 私はそんな簡単なことにさえ気が回らなかった自分を恥じながらも、体の向きを変えて頭を深く下げる。

 

「……ありがとう」

「もし誰かが起きて事態に気付いちゃった時のために、私たちはここに待機してるよ。だから嬉野さん、それに綾小路くんも、無理はしないでお願いっ」

「分かった。櫛田さんも、ありがと」

 

 その返答に、櫛田さんは真剣な表情で頷いた。

 ここからは効率的に動く必要がある。

 私は走りたい気持ちを抑え、今できる最適解を探すべく、懸命に思考を回しながら森に足を踏み入れる。

 

「綾小路くん、周辺の地形は頭に入ってるよね?」

「もちろんだ。だがどこから探すつもりだ?」

「この視界の悪さに、雨のせいで足元も覚束ない。ここちゃんが洞窟を出てからどのくらいの時間が経ってるかは分からないけど、そんなに遠くには行ってないはず。……この認識に間違いはないよね?」

「そうだな。俺もその考えだ」

「それなら、洞窟を中心に円をイメージして。もうちょっと進んだところで逆方向に分かれて探して、ここちゃんがいてもいなくても、別れた地点からだいたい180度進んだところぐらいで集合しよう」

 

 2人だけだと、いくら私と綾小路くんでも完璧に漏れなく捜索するというのは難しい。そんな中でも最大限に見つけられる可能性を高めるためには、悔しいけど探す範囲をある程度制限する必要がある。

 

「異論はない。だが嬉野、歩きながら最後に確認させてくれ。さっきはお前のことをフォローしたがオレは嬉野が今、引き際を弁えられるとは思っていない」

「……ごめんね。私が不甲斐ないばかりに」

「謝ってほしいわけじゃない。言っただろ? 確認させてくれと。オレの目をきちんと見て、井の頭が見つからなくても冷静な判断を続けると約束できるか?」

 

 全てを見透かすような瞳が、私を射抜く。

 私は想像する。その場凌ぎの嘘じゃなく、本心から、綾小路くんの確認に応えるために思考を巡らせる。

 

 ―――もし、ここちゃんが見つからなかったら。

 どこか見落としがあることを理解はしつつ、そのために何度も何度も同じ場所を捜索し直すような無茶をせずに、私は引き際を見極められるだろうか。

 焦りによって非効率な行動に走らないだろうか。

 ちゃんと先生をすぐ頼りに行けるだろうか。

 

(……ううん。できる、できないじゃない)

 

 そんな消極的な意思決定を綾小路くんは求めてない。

 私がすべきは、私自身を戒めること。

 

「―――約束するよ。絶対に、無茶はしないって」

 

 その解に、綾小路くんの表情がかすかに緩む。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初に茶柱先生の口から発せられた24時間のタイムリミットは、この布石だったんですねー

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