私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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もうすぐ無人島試験編終結です


第20話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が洞窟を出てから長い時間が経った。

 10分、20分……ううん、きっともっと長い時。

 まだ足は動くけど声はもう枯れ果てて、それでもなお、掠れた声でひまちゃんの名前を呼び続ける。

 

 雨音は強まるばかりで、足元は泥で歩きにくい。

 辺りは人っこひとりいない暗闇に閉ざされ、いつもと違って、虫の鳴き声さえ聞こえないほどの静けさ。

 私は次第に心細くなり来た道を振り返る。

 

(……そろそろ、戻った方がいいかな)

 

 もしかしたらすれ違ったかもしれない。

 少しだけ冷静さを取り戻し、私はそんな可能性に思い至る。

 一旦洞窟に戻って、もしひまちゃんがまだ帰ってきてなかったら、櫛田さんたちにも協力してもらおう。

 

 そう考えた私は、足元を見ていなかった。

 道をそのまま戻ろうとしたその時、泥に隠れた木の根っこにつま先が引っかかって、慌てて前に出したもう片方の足首がぬかるみにぐにゃりと曲がる。

 

「痛っ……」

 

 手をついて、体が倒れるのは防いだ。

 だけどすぐに起き上がろうとして、捻った足首から痛みがほとばしる。あまりの痛みに、足が動かない。

 

「っ、……うそ」

 

 立とうとする。でも足に力が入らない。

 もう一度。

 それでも痛みで膝が崩れた。

 

 一寸先は闇に包まれていて。

 洞窟までの道のりがとてつもなく遠く感じられた。

 

 

 

 

 

 

「ここちゃん―――どこ……!」

 

 綾小路くんと別れてからというもの、私は体力が尽きかけの肉体を酷使してここちゃんを探していた。

 四方八方に懐中電灯の光を巡らせることで可能な限り見落としがないように、そしてどこかにいるはずのここちゃんに聞こえるように声を張り上げる。

 

 それでも返ってこない返事。

 どこを見てもただただ暗い道のり。

 徐々に心の奥底には焦りが積もり、不安が募る。

 だけど遭難―――あるいは怪我をしてしまっていたら、ここちゃんの不安はきっとそれ以上のはず。

 

 こんなところで根を上げるわけにはいかない。

 そもそも時系列を振り返ってみて、私が金田くんを追いかけてた時間、ここちゃんはまだ寝入っていた。

 だからここちゃんが洞窟を出たのはそれより後。

 要するに、私がいないのに気がついて心配したまま、一心不乱にこの山の中に入った可能性が高かった。

 

 そのことに、私は思わず歯噛みする。

 私のせいだ。私が何も言わずに行ったせいで、本来なら不要な心配を、ここちゃんに負わせてしまった。

 

「ここちゃん……! いたら返事お願い……っ!」

 

 口の中に雨粒が入るのも構わず、私は叫ぶ。

 だけどどんなに動いてもここちゃんの姿はない。

 そのままだいたい180度、洞窟を中心に設定したエリアを歩き回り、私は綾小路くんと合流を果たす。

 

「綾小路くんそっちはいた?」

「いや、見つからなかった」

「……そう。私たちが想定してるよりもう少し先に進んでるのかな。じゃあ探索範囲を広げないとね」

 

 もう少し外側に向け、私は駆け出そうとする。

 その腕を強く掴む綾小路くん。

 

「約束したことは覚えているな?」

「っ、……ご、ごめん。今少し焦りが勝ってたかも」

「それが自覚できたなら上出来だ。ひとまず水を飲んで何度か深呼吸をしろ。その後に出発するならいい」

 

 綾小路くんは至って冷静な様子。私はその差に引け目を覚えながらも、綾小路くんの提案に素直に頷く。

 

「……ふぅ。これで、いいかな?」

「少しは落ち着いたか?」

「うん、……ありがと」

「それならいい。だが体力はそう短時間には回復しない。お前は少しペースを落とせ。その分はオレが進む」

「っ、……ごめん。お願いしてもいいかな?」

 

 さっき冷静になれと釘を刺されたばかり。

 私は自分の体力がもうほとんど残っていないことを改めて自覚し、不承不承ながらも小さく頭を下げた。

 

「引け目を感じているならお門違いだぞ。オレとお前とでは体力の総量が違う。それにお前はさっきまでクラスのリーダーとして頑張ってきたところだろ」

「……違う。私は全然…………」

「お前は―――はあ、まあいい。今は井の頭を見つけることに集中すべきだな。だが井の頭を連れ戻すことができたら、その後、少しだけ時間を貰えるか」

 

 それに逆らう元気も理由もどこにもなかった。

 その後は無言のまま更に外側で反対方向に分かれて、最初と同じようにお互い円を描くように進んでゆく。

 

 徐々に心を蝕んでいく黒い感情。

 綾小路くんのように上手くできない無力感。そして嫉妬。悔恨がない混ぜに、視界がぼんやりとにじむ。

 それが雨じゃないと気付くのはすぐのこと。

 それでもここちゃんの姿を見落とさないように目尻を拭い、私は掠れかけた声でまたその名前を叫んだ。

 

 その直後、どこからか微かな音が耳に入る。

 

「っ、ここちゃん?! どこにいるのっ……!」

 

 どこか祈りに似た私の声。

 それが聞こえたのか、もう一度、今度はさっきよりもう少しはっきりと、ここちゃんの声が返ってきた。

 私は耳を頼りにその方向へと走り出す。

 途中、泥に足を取られて転びかけるのにも構うことなく、無事でいて欲しい一心で足を前へ前へと動かす。

 

「ここちゃん! お願いもう一度返事して!」

「ひまちゃん、ここにいるよ……っ」

 

 その声で、場所はもう分かった。

 疲弊に曇った声。

 胸が引き裂かれそうな感覚に襲われながら、それでも薮を掻き分けて突っ切った先。木の根に近いところで蹲っていたここちゃんの姿を私は確かに認めた。

 

「ここちゃん! ああっ、無事でよかった……!」

「……助けに来てくれたんだ。ひまちゃん」

「当たり前だよ! 怪我は―――捻挫、したんだね? まだ痛む? 立ち上がるのも難しい感じ……?」

「……ごめん、ひまちゃん。私…………」

「謝らないで! ここちゃんが私に謝る必要なんてない! 代わりに、もうちょっとだけ我慢できる? すぐに助けを呼んでくるから少しここで待ってて」

 

 ここちゃんを背負う体力はもう残ってない。

 私は確かに頷いたのを見て少し安堵しながら、ペットボトルを渡してすぐ、綾小路くんの元へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 その後の事態の収拾は早かった。

 連れてきた綾小路くんがここちゃんを背負ってくれて、私たち3人は、思っていたより早く洞窟に着いた。

 また幸いにも私と綾小路くんが捜索に出てる間、他に起きてきた子はいなかったみたいで、このことは私たちと堀北さんたちだけが知ることとなった。

 

 なおここちゃんの容態だけど、そこまで酷い怪我ではない。それでも本当なら大事をとってリタイアすべきだけど、ここちゃん本人の意向もあってひとまずは安静にして様子を見ることになっている。

 

 それからすぐのこと。私は洞窟から少し離れて、少しは雨を凌げる木陰にうずくまるように座り込む。

 やってきた綾小路くんは右手にジャケットを持っていて、それを優しく私の頭上にふわりと乗せた。

 

「悪いな、すぐ休みたいだろうに時間をもらって。これで少しは雨がかからないといいんだが」

「……全然、大丈夫。気遣ってくれてありがと」

 

 隣に座った綾小路くんに、私は視線を向ける。

 その横顔は相変わらず感情に乏しく、何を考えてるのか読み取りづらい。でも文脈からはこれからどんな話をするかは容易に想像できて、少し身構える。

 

「回りくどいことは苦手だから単刀直入に聞くぞ。嬉野は、オレについて何を知っているんだ?」

「えっ?」

 

 想定していたのとは異なる話題。

 私はきょとんとして、だけどすぐに口を開く。

 

「……ホワイトルームの、いわゆる4期生で……言い方は悪いけどホワイトルームの最高傑作だって教わった」

「ああ、確かにそうだな。他には?」

「他には……。失礼な話かもしれないけど、少しだけ感情が分かり取りづらくて、でも無表情じゃなくて。平穏に、学生生活を過ごしてみたくって……」

「それもそうかもな。だが裏を返せば、お前はオレの実力にまつわる部分を、ほとんど伝聞でしか知らない」

 

 その指摘に私はハッと息を詰まらせる。

 

「それなのに、なぜ自分を卑下してオレを持ち上げる? 今回の試験、お前は充分頑張っていただろ」

「……だって、それは、綾小路くんなら私よりずっと―――ずっと上手くやったよ。ポイントを稼ぐのも、他クラスに勝つのも。ここちゃんが迷子になっちゃうことだって、きっと、きっとなかったはずだよ」

 

 今回、ここちゃんを見つけれたのは運が良かっただけ。

 もっと酷い怪我だったら。見つからなかったら。強制リタイアになったら。ここちゃんを傷付けて、クラスに不和を招くところだったかもしれなかった。

 

「確かに、オレならより効率的にポイントを稼げたかもな。こんなアクシデントもなかっただろう」

「……そう、でしょ?」

「だがやりようによっては、龍園の考え方を変えることはすぐには難しかったかもしれない。オレでは早い段階でクラスをまとめることも、それから一之瀬たちと協力関係を結ぶことにも苦労しただろう」

 

 私のようにできないと、綾小路くんは言う。

 

「それに井の頭が失踪することはなかったと言ったが、それは単に、井の頭とオレがそれほど親しくないというだけの話。オレの実力とは全く無関係だ」

「それは……」

「だがそれは当然のことだ。人にはそれぞれ得意不得意がある。全て1人でこなせる人間なんてのはいない」

「……綾小路くんでも?」

「ああ。だから言わせてもらうぞ。オレならより上手くやったと自分を責める前に、お前は誰よりも、自分の働きを自分で褒めた方がいいんじゃないか」

 

 誰よりも冷静な瞳が、私を捉えて離さない。

 私はその言葉を自分の中でゆっくり咀嚼する。

 

「……私は、ちゃんとやれてたかな」

「自分を褒めるのは苦手か?」

 

 その言葉に、私はすかさず頷いた。

 お姉ちゃんのことで自分を責め続けてきた人間が、ちょっとやそっとで変われるほど、現実は甘くない。

 

 その時、ふと頭の上に軽い衝撃を受ける。

 

「生憎、オレもあまり自分を褒めることはない。不得意なことは今のところあまり頑張っていないからな。だがこうして、お前の働きを讃えることはできる。苦手なりによく頑張っていたのを見ていたぞ」

「……っ、そんなの―――ずるいよ……」

 

 自分で傷付けていた自分の心が、それだけで少し癒されるのを私は感じる。胸の奥深くがぽっと暖かくなって、溢れ出す感情に、唇がわなわなと震えた。

 

「……やだな、私、綾小路くんのためにこの学校に入ったのに、綾小路くんに救われてばっかりだ」

「それも違う。嬉野のおかげでオレには友人ができた。平田から聞いたぞ。オレを普段から気にかけるように、間接的にフォローしてくれていたんだってな」

「そんなの、大したことじゃ」

「他もある。そもそもオレが退学させられることを防ぐためにポイントを稼ごうとしていること、オレに負担がいかないように苦手なリーダーの役目を勝って出たこと。全てに―――ありがたく感じている」

 

 綾小路くんの手が私の頭を優しく撫で続ける。

 その感触と、感謝の言葉。それだけで私はもう限界で、綾小路くんの顔を直視することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




綾小路がかっこいい…
こんなことされたら普通は惚れちゃいます
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