「あいたたたたた……」
「動かないで。診察しづらいでしょう?」
星乃宮先生の触診に、私は思わず呻く。
無人島試験が終了する直前。
最後の点呼を終えて一足先にリタイアした私は、帰還した船上の医務室でみぞおちを診てもらっていた。
「ここは痛む?」
「……少し」
「この様子だと、怪我したのは昨日か一昨日かしら」
「いや、3日前です」
「よくそれで3日間も動き回ってたわね……」
星乃宮先生は呆れた様子でため息を吐く。
「まあいいわ。私は医者じゃないから確かなことは言えないけど、内臓が傷ついてたり、骨が損傷してることは無いと思う。でも無理は禁物よ? 今後数日間も痛みが長引くようなら病院に行ってもらうわ」
「……よかったです。ありがとうございます」
「それよりこの打撲痕、誰かに殴られた―――あるいは蹴られた? よかったら事情を聞いてあげるわよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、ちょっとした小競り合いがあっただけなので全然大丈夫ですよ」
向けられるジト目。
自分でもだいぶ無理がある言い訳だなと思いながらも、龍園くんを売るつもりは毛頭ない。別に退学して欲しいと思ってるわけじゃ決してないからだ。
「…………まあいいわ。ひとまず、寝転がったまま待っててくれる? 応急処置の準備をするから」
「アイシングですか?」
「よく知ってるのね。部活でもやってたのかしら? 打撲痕が引いてきたら温めて血行をよくしないといけないけれど、今はまだ冷やす段階。今日から数日は、経過観察のためにこの医務室に来なさいな」
私は素直に頷き、天井を見る。
そろそろ試験結果の発表がある頃だろうか。
大丈夫だとは分かっててもウズウズし始めた私を見て、星乃宮先生は私の顔の横にタブレットを置いた。
「結果発表なら中継で観れるわよ」
「……ありがとうございます!」
どこかにカメラがあったのか、はたまた単にスマホか何かで撮影してるのか―――たまに映像がブレることがあるからたぶん後者だろうけど、タブレットからは、各クラスが集合している様子が伺える。
俯瞰映像じゃないから各クラスの人数を数えるのに苦労するけど、数えなくても異様なクラスがひとつ。
当然、Cクラスだ。
映像に映っているのは伊吹さん1人。
周囲の他クラスの生徒は、彼女の姿をチラチラと見ながら囁き合い、面白がったり不審がったりしている。
(……かわいそうに。龍園くんがリタイアなんだ)
つい不憫な気持ちで私は伊吹さんを見た。
その矢先のことだった。
「邪魔するぜ」
ガラガラっという乱暴な音を立てて、私と先生のみが居た医務室の中に1人の男子生徒が乱入してくる。
「ちょっと! ノックぐらいしなさい?」
「よお嬉野。やっぱここにいたかよ」
星乃宮先生の制止の声をスルーする龍園くん。
いつもは愛らしい笑顔の先生の額に青筋がぴきっと走ったのを、私はとりあえず見なかったことにした。
「藪から棒に何? 龍園くん」
「クク、俺もリタイアしたことだ。少しからかいに行こうと思ってな。あン時から残り3日間―――てめぇには散々嫌がらせをしてやったが楽しめたか?」
「……全っ然、楽しくなかったよ?」
そう、残り3日間―――。
平穏無事に過ごせると思ってた私は甘かった。
致命的な何かがあったわけじゃない。
だけど例えば、ようやく見つけられた残り1箇所のスポットは先に龍園くんに抑えられていたり。他にもリーダーを見抜いたとか言って不安を煽りに来たりで、私は事態の収拾に手を焼かされることに。
「そうだろうな。俺も少し胸がすく思いだぜ」
「今度からやめてね」
「それは約束できねえ話だ。もし恨むなら、ついうっかり俺を楽しませやがった自分自身を恨むことだな」
今後の学校生活が一層不安になってきた。
私は諦めて顔を両手で覆う。
「それよりせっかくの機会だ。ここで葛城の絶望顔を見届けようぜ」
「私にそんな悪い趣味はないんだけど……」
「ハッ、あんな提案をしたてめぇがよく言うぜ」
笑いながら、星乃宮先生に視線を向ける龍園くん。
「だがセンコーがここにいんのは邪魔だな」
「ちょ、ちょっと〜? 龍園くん聞こえてるわよ〜?」
「ああ? 聞こえるように言ったんだぜ」
「……すみません星乃宮先生。龍園くんはどうやら私に用があるみたいで。この埋め合わせはどこかでするので、少し席を外していただけませんか?」
「……分かったわよ。でも嬉野さん、何かあったら大声で助けを呼ぶのよ? 先生部屋の外で待ってるから」
茶柱先生とはこれまた全然違う先生だ。確か保健室の先生であるのと同時に、Bクラスの担任。きっと生徒からの人気も高いんだろうなと思わされる。
私は心配をおかけして申し訳なく感じながら、体を起こして、部屋を出ていく先生の後ろ姿に頭を下げた。
「……ふう。龍園くんその態度どうにかならない?」
「必要な場面じゃ敬意ぐらい払うぜ」
「うん、龍園くんに何を言っても無駄なのは分かったよ」
とりあえず話したいことがあるなら早く済ませてほしい。
だけど間が悪いことに、それより早く、タブレットの向こう側では試験結果の発表が始まろうとしていた。
画面越しに感じられるみんなのざわめき。
これまで私を信じて着いてきてくれたとは言っても、直前になって不安に思うことも出ているのだろう。
だけどそれもすぐに安堵に変わるはず。
改めて、生徒の前の壇上にあがったのは開幕の挨拶もしていた男の先生。Aクラスの担任の真嶋先生だ。
私は頭の中で各クラスのポイントを予想しながら。
龍園くんは薄ら笑いを浮かべて話を待つ。
「―――これより、結果発表を行う」
ざわめきから、一瞬でしんと鎮まる浜辺。
真嶋先生は続けて口を開く。
「まず4位から。Cクラス、64ポイント」
順当な結果だ。
多くの生徒の想像よりは多いだろうけど、その順位であることに驚きは少なく、ざわめきは起こらない。
問題はその次の順位だった。
「続いて第3位―――」
一瞬、資料を見た真嶋先生の手が止まる。
「……第3位。Aクラス―――70ポイントだ」
その結果に一瞬、時間が止まった気がした。
想定外も想定外。私の試算より遥かに低い残額。
「……龍園くん、何かした?」
「何かしたのはてめぇだろ。どういう絡繰りだ?」
訝しみを帯びた視線が、私に送られる。
混乱する私たちを他所に結果発表は続いていく。
「そして第2位。Bクラス、206ポイント」
Bクラスからは歓声があがった。
ただそれはすぐに静まり返る。
すでに第4位から第2位が発表された。それが指し示すこと。不良品と蔑まれたDクラスの試験結果―――
「―――最後に、第1位。274ポイントでDクラスだ」
その結果に、誰もが置いていかれていた。
喜んでいいはずなのに歓声がすぐにあがらない。
そんな中、私はもう一度頭の中で計算をし直す。
Dクラスは高円寺くんと私のリタイア含めた残額が140ptに、拠点のボーナスが84の計224pt。
それよりも50pt高い結果。
一方でAクラス。
残額は坂柳さんの欠席によって270pt。
龍園くんの策略によってCD両クラスのリーダー当てを失敗し、龍園くんによってリーダーを当てられたとしても、まだ120ptは残っているはずだった。
それが70……つまり、50pt低い結果。
(っ、まさか……!)
恐らく誰よりも先んじて、私は真相に辿り着く。
頭を鈍器でガンと殴られたかのような衝撃。
試算から導き出される答えは1つだ―――それは即ち、DクラスがAクラスのリーダーを当てたということ。
私はAクラスのリーダーを見抜けてない。
そもそもリスクが高くて狙ってもいなかった。
それを完璧に当ててみせる実力。
思い当たる人物は、私の中に1人しか浮かばない。
綾小路清隆くん。
恐らくは初日、葛城くんと接触した彼は何かの拍子にAクラスのリーダーを見抜いてみせた。それを知らず、私が綾小路くんに権限を委譲した結果だった。
*
ひとまず龍園くんは去り、星乃宮先生による治療を受け終えた私。そんな私の元にはまた来訪があった。
これまたノックも無しに雪崩れ込んできたのはDクラスのみんな。興奮冷めやまないその表情を見て何かを察した星乃宮先生は、私がなにか言葉を発する前に、空気を読んで医務室を静かに後にする。
「ひまり!」
真っ先に飛び込んできたのは須藤くん。
私は目をぱちくりと瞬かせる。
「ちょちょ、須藤くん?」
「最高だぜひまり! 俺らぶっちぎりの1位だぜ!」
「……あ、うん。そうだね」
「どうやったんだよひまりちゃん! そういや、葛城を嵌めたって言ってたよな?! そういうことか?!」
「あ、えっと、それなんだけど……」
綾小路くんがリーダーを当ててくれたんだよ。
そう言おうとして、視界の端。静かに立っていた綾小路くんが、おもむろに首を横に振ったのを私は見た。
その意図を汲み取れない私じゃない。
「ちょっと落ち着こう? 須藤くんも池くんも。嬉野さんも困っちゃってるよ」
「お、あ、悪い……」
「ご、ごめんひまりちゃん……俺興奮しちゃって」
「ううん、気にしないで。私が何をしたかっていうと難しい話になるから、端的に説明してくとね―――」
私は改めてみんなに私の作戦を教える。
ルールの穴をついたこと。
それを利用してAクラスにリーダーを外させたこと。
そして―――最後に、リーダーを当てたこと。
「すっご……そんなことまでやってたんだ……」
「本当に、全然気付かなかったわね……」
これで私はよりみんなからの支持を得られる。
綾小路くんはより裏で動きやすくなる。
ポイントだってかなり増える。
全ては綾小路くんの、目論み通りに。
これにて無人島試験編は終結です!
感想や評価たくさんいただきましてありがとうございました!
たいへん執筆の励みになりました!
次話以降も(葛城くんのお骨を拾いながら)楽しみにしていただけますと幸いです!