私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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船上試験編
第1話


 無人島での特別試験を終えてからというもの、船内に戻った私の身の回りにはとある大きな変化があった。

 廊下を歩いたりしているとすれ違った子からちらちらと視線を向けられ、カフェでゆっくり寛ごうとすると、なんだか配慮するみたいに私を見て席を空けようとしたり。その上でひそひそ囁き合ったり。

 

 そんなものすごく居心地の悪い空間を後にして、自室に戻った私はそのまま自分のベッドに身を投げ出す。

 

「……も〜、なんなのこれ…………!」

「あははは……なんか、大変そうだね……?」

「大変なんてもんじゃないよ! 最悪すぎ!」

 

 枕の上で顔だけを起こして文句を叫ぶと、苦笑する気配が返ってくる。

 ゆっくり寛げる場所がもうここだけだ。

 櫛田さんにここちゃん、みーちゃんの3人と一緒の部屋でよかった。改めてその、ありがたさを実感する。

 

「でもでもっ、なんだかかっこよくない? Dクラスのリーダーとして一目置かれてるみたいでさっ」

 

 ここちゃんの無理矢理な気遣いが痛々しい。

 私はまた枕に顔を押し付け、呻いた。

 

「全然かっこよくないよ……」

 

 曰く、ACクラスを1人で潰した―――だとか。

 曰く、龍園に殴り勝った―――だとか。

 曰く、Bクラスも騙されてる―――だとか。

 無人島試験の結果に加えて、伝言ゲーム状態で噂があらぬ憶測を呼び、私は多大な風評被害を被っていた。

 

「な、なんか、酷いのだと嬉野さんは中学生のときは地元のヤクザの番長だったとかなんとか……」

「みーちゃん違うからね?! あり得ないから!」

「あはは。さすがに、それを信じてる子はいないと思うよ……? なんかちょっとだけ怖がられてるけど」

「うう、こんなつもりじゃなかったのに……」

 

 できるならみんなと友好な関係を築きたい私にとっては、まるで拷問だ。どっかで龍園くんが噂の流布に一枚噛んでる気がするのは被害妄想だろうか。

 

「ま、まあ、大丈夫だよっ。…………ただの噂だし、きっと、時間が経ったらみんなも忘れるはずだよ」

「本当に、そうだといいんだけど」

 

 私は大きなため息を吐き出す。

 手に入れようとしたはずの幸せが遠ざかっていた。

 

「と、とりあえずカラオケとか行ってみる……?」

「……そうしよっか。めいいっぱい吐き出してやる」

「あはは、うん。その意気だよ嬉野さん」

 

 面白おかしく笑う櫛田さん。暇なのもあって、とりあえずカラオケに行こうと私は気合いで体を起こす。

 その直後だった。部屋が3回ノックされる。

 いくら豪華客船とは言っても各部屋にインターホンがあるわけじゃなく、私たちは突然のことに顔を見合わせた後、みーちゃんが代表してドアを開けた。

 

「……あの、どなたですか?」

「嬉野って今いる? ちょっと用があるんだけど」

「は、はいっ。ちょっと待っててください」

 

 聞き覚えのない声だ。

 それでいて伊吹さんを彷彿とさせるような高圧的な声音に、みーちゃんは面食らった様子で私に振り向く。

 声が聞こえていた私はすぐに近付いた。

 

「私がその嬉野だけど……」

「良かった。悪いんだけど、ちょっと時間もらえない? あんたと話をしたいって人がいるんだよね」

「別にそれは良いけど」

 

 名前くらい最初に名乗って欲しいものだ。

 だけど悪い子じゃないみたいで、なにかに気付いたように強気な女の子は口を開く。

 

「自己紹介がまだだった。私はAクラスの神室真澄。で、話をしたいってのが2人いて、1人は坂柳っていう女なんだけどもう片方が橋本って男」

 

 どうやら急展開らしい。

 先の試験で散々聞いた名前に私は気を引き締める。

 

「教えてくれてありがとう。でも坂柳さんって、この船に乗ってないんじゃなかった?」

「そ、あいつは欠席。この後通話で繋ぐから」

「そっか分かった。……なんかそういうことらしいから、ごめんここちゃん。カラオケは後でもいい?」

「うん、私たちのことは全然気にしないで!」

 

 同室の3人に快く送り出され、廊下に出る私。

 そこからは無言の神室さんに合わせ、私も特に口を開かず歩いていると、とある一室の前に到着した。

 

「……あの、ここ、男子の部屋だよね?」

「言いたいことは分かるけど、効率的でしょ。ここなら知らない誰かに話を聞かれることだってないし、電話切ったらすぐに橋本の奴と話すこともできる」

 

 どうやら神室さんなりの配慮らしい。

 男子の部屋には今まで入ったことがない。柄にもなく少し緊張してきた私だけど、そんなの気にしないというか、勝って知ったる様子で神室さんはドアを開けた。私は慌ててその背中を追い部屋に入る。

 

「あの、お邪魔します……」

「好きに寛いで。ごちゃごちゃしてるけど」

 

 確かに、整理整頓は行き届いてない。

 急に私が来ることになったのかバッグの中に押し込まれた衣類がはみ出ていたり、開けたままのスナック菓子の袋がそのまま放置されてたりしている。

 その奧、ベッドの上に1人の男子が座っていた。

 軽薄そうな笑みを浮かべて立ち上がり、近づいてくる。

 

「おいおい、そりゃないぜ神室。これでもいきなり来るっていうから片付けてやった方なんだぜ」

「普段から整理しとけばいいでしょ」

「それを男に求めんのは酷ってもんだぜ。なあひまり、お前からも神室に言ってやれよ。いきなりこの部屋を密会の会場にされた俺の気持ちになれって」

 

 ほとんど初対面のはずだけど、橋本くんはフランクに私に話を振る。私はちらりと神室さんを盗み見た。

 

「なに?」

「……ううん、なんでもない」

 

 とりあえず胃が痛い時間になりそうだった。

 私は咳払いをし、今の話をなかったことにする。

 

「とりあえず、話っていうのは?」

「俺は後でいいわ。姫さんを待たしちゃ悪いからな」

「姫さん?」

「坂柳のこと。気持ち悪い呼び方よね」

「……確かに、変なの」

 

 私の返事に、微かに笑う神室さん。

 橋本くんは文句でも言おうとしたのか口を開くけど、コール音が部屋の中に鳴り響くや否や口を閉ざした。

 相手―――坂柳さんとは数コールで繋がる。

 

「ご機嫌よう、嬉野さん。いきなりお呼びだてすることになって申し訳ありません。先ほど面白い噂を耳にしたものですから、ついあなたとお話したくなりまして」

 

 届いたのは物腰柔らかな声。

 だけど芯があり、不思議と力強さが感じられる。

 

「こんにちは。坂柳さん、でよかったかな。ちょうど暇してたから気にしないで。それより噂って……」

 

 まさか、と私は思った。

 それを見抜くように画面の奥の坂柳さんは笑う。

 

「フフ、あなたが中学時代、地元で喧嘩の番長をされていたという話をお聞きしたところですよ」

「んぐっ、……それ本気にしてる?」

「それはもう。女性の身で龍園くんに殴り勝っただとか、様々な武勇伝が海を超えて届いておりますよ」

「……それは世界一知りたくなかったことかも。あの、さすがに、だいぶ脚色されてるからね? 誰かは知らないけど変な噂を流されちゃって参ったよ」

 

 これに関しては完全にお手上げだ。

 ここちゃんが言ってたみたいにほとぼりが冷めるまで待つ他なく、私は坂柳さんから見えないことが分かっていながら、思わず万歳のポーズをとった。

 

「それはそれは、ご愁傷様です。しかし事実もある程度紛れているのではありませんか? 先日終わった試験の結果を、神室さんと橋本くんからお聞きしました。どうやら大金星を上げられたようですね」

「そうだね。運良く勝てたかなと思ってる」

「フフフ、ご冗談を。ただ運が良かっただけで勝てるような相手ではありませんよ。龍園くんと葛城くんは」

 

 その言葉に、橋本くんが意外そうに片眉をあげた。

 一方の神室さんは興味なさげにベッドの縁に座る。

 

「そう? 結果論だけど、葛城くんは龍園くんと組んだのが良くなかったんじゃないかな」

「そうかもしれませんね。私が参加していないのをいいことにリーダーを買って出たようですが、クラスに不利益を残しているようで。残念でなりません」

 

 内容とは裏腹に、坂柳さんの声は落ち着いている。

 

「……そうだね。葛城くんと弥彦くんも意気消沈してる様子だったから話しかけずにいたんだけど……」

「フッ、お優しいのですね」

「人並みなだけだよ」

「そうですか。ではそういうことにしておきましょう。それより本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 

 カン―――と、杖の音が響いた。

 私の背筋も自然に伸びる。

 

「どんな話かな?」

「簡単なことです。学校側が用意したバカンスは2週間。その内1週間をあなた方は島で過ごし―――残り1週間は船の中で過ごすようですが、どうにもその中で、次の特別試験が実施される予感がしまして」

「……それは、何か根拠があるの?」

「いえ、確実なものは。ですが1週間という期間、どこかに寄るわけではないようですし、いかに豪華客船と言えどできることは次第に尽きるでしょう」

 

 その指摘に、私は確かにと頷く。

 学校側に信頼がないという話もある。

 進学・就職率100%を謳っておきながらそれはAクラス卒業の特権だったし、退学制度も事前に知らされず、バカンスと言って生徒を釣って実は試験だった。何かの法律に引っかかってないんだろうか。

 

「具体的にどのような試験が行われるかは分かりませんが、もし始まったとして、あなたにちょっとしたお願いがあるのですよ」

「……お願い? 申し訳ないけど、Aクラスを攻撃するなとかそういう類いは約束はできないけど……」

「フフ、ご安心を。私からのお願いはむしろその逆。徹底的にやっていただいて結構です。それに対処できない生徒はAクラスのリーダーに相応しくない」

 

 どうやら派閥争いに私を利用する魂胆らしい。

 だけどすぐには頷けない話だ。

 

「必要な援助がありましたらご連絡いただいても構いません。お願いできますか?」

「ここじゃ確約はできないかな。まだ試験の詳細も明らかじゃない。連絡もらったのに申し訳ないんだけど、具体的な試験内容が分かってから決めるよ」

「それを聞いて安心しました」

「……安心?」

「ええ。援助という言葉に飛びつき安易に協力しようとしていれば、私の方からお断りしていましたから」

 

 私は試されていたみたいだ。

 それから一言二言交わし、電話は切られる。

 

「えらいご機嫌だったな今日の姫さんは」

「かわいそうに。あんたは興味を持たれたみたいよ」

「光栄な話だけど、……かわいそう?」

 

 言ってる意味がよく分からない。

 最初から人を試すようなところは少し失礼な気がしたけど、今のところは終始穏やかな雰囲気だった。

 神室さんは私の疑問に答える気はないらしく、「あとはご自由に」とだけ言い残して部屋を出ていく。これで男子の部屋に私1人。なんだか居心地がよくないけど、そんな私を気遣う様子もまたなかった。

 

「さて、じゃあ次は俺からだな」

 

 私を見て、不敵に笑う橋本くん。

 葛城くんが常に警戒していたのもそうだし、前評判からしても、私が警戒するには余りあった。

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