君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第8話

 その後、水泳の授業では私から綾小路くんへ何かアクションを起こすことなく終わり、6時間目も通り過ぎて、放課後。私は帰りのホームルームが終わると同時に席を立ち、ついに綾小路くんの元へと向かった。

 綾小路くんからすれば唐突な接触だろうけど、不自然に思われないようなシナリオは用意している。

 

「―――堀北さんに綾小路くん、ちょっといい?」

 

 まず大事なのは綾小路くんだけに話しかけないこと。私はあなたを目的としていきなり話しかけたわけじゃありませんよ、というのを印象付ける。

 それに対する反応はまちまちだった。堀北さんは帰ろうとする足を一度止め、怪訝そうな表情を私に向けてくる。一方で綾小路くんはというと、不自然に口の端を緩める。穿った見方をしなければ嬉しそうな表情のそれは、私にはどうにも歪に見えて仕方がない。

 

(……喩えるなら、普通を演じている感じかな)

 

 そう考えてみるとしっくりする。

 だけど分かるのはそれまでだ。どうしてそんなことをしているのか、それは今の段階では読み取れない。ただ経過観察していく過程で明らかにはなるはず。

 私はそこで一度、深く沈んだ思考を打ち止める。それよりも目先の状況のほうが遥かに大事だからだ。

 

「突然ごめんね。もう入学してから3日目、まだクラス内で連絡先を交換してないのは2人だけでさ。それにクラスのグループチャットにもまだ2人だけ入ってないみたいだったから、良かったら連絡先交換しない?」

 

 それっぽい理由を2人が不自然がる様子はない。

 ただ堀北さんが態度を変えるのは早かった。怪訝な顔を引っ込めるや否や、興味を無くしたように視線を外す。どうやら全く馴れ合うつもりはないらしい。

 

「わざわざ来てもらったのに悪いけれど、私は結構よ。そんなことをしてもメリットがないもの」

「そっか、また気が変わったら声かけてね」

「……意外と食い下がらないのね。あなたのようなタイプは、往々にして相手のペースを考慮せずに友達になろうとするものだけど。感心させてもらったわ」

「あはは、それって褒め言葉?」

「ええ。褒めていないように聞こえたかしら?」

 

 堀北さんは真顔でそんなことを言った。

 高圧的というか、鼻につくというか、なんだか上から目線な口調にさしもの私も少しムッとする。たださすがにそれを表情に出すなんてことはない。

 

「たぶん素直に褒め言葉だと受け取れる人は少ないんじゃないかな。私は嫌いじゃないけど」

「そう、素直じゃないのね」

「そうかもしれないね」

 

 私がそう言ったのを最後に、堀北さんはこの場を去る。それはまあ別に良い。2人に声をかけたとは言っても、私にとっての本命は綾小路くんだ。

 

「さて、見苦しいところを見せちゃってごめんね。綾小路くんは私と連絡先交換してくれるかな?」

「あ、ああ。むしろ是非お願いしたい……」

 

 おずおずと差し出されたスマホ。

 私は彼にQRコードを提示してもらって、それを私が読み取ることで、チャットの友達追加が完了する。

 

「ありがと! じゃあクラスチャットにも招待しておくから、ぜひ入ってね。グループ自体はそんな頻繁に動いているわけじゃないんだけどね」

「なるほど。感謝する」

「い〜え、とんでもない。そういえば綾小路くんって誰と1番仲良いの? 男子でも女子でもいいけど」

 

 すると、綾小路くんは目を泳がす。

 

「……あ〜、ごめん、聞いちゃいけなかったね」

「…………殺してくれ……」

「まあまあ、そういうこともあるよね。まだ入学3日目だし焦ることはないと思うよ。でもじゃあ、私が友達第1号ってことでいいよね? よろしく綾小路くん」

 

 私がふと手を差し出すと、綾小路くんは微妙にきょとんとした。「ああ……、よろしく頼む」その後、手のひらをスラックスで拭ってから握り返してくる。

 

「ふふ、よろしく! じゃあ早速なんだけど今週末って空いてたりするかな? 土曜日か日曜日か、綾小路くんを含めて何人かで遊びに行きたいなって」

「それはオレなんかが行ってもいいのか?」

「もちろんだよ。ほんとは堀北さんとも連絡先を交換して、遊びにも誘おっかなって思ってたんだけどね。残念だけど断られちゃったし、その分ってわけじゃ全然ないんだけど、むしろ来てくれたら嬉しいな」

「堀北のことなら気にすることないぞ。初日からあの調子だ。隣人のオレもまともに喋らないからな」

 

 あの感じだと、人見知りなのではなくて、本当に人と関わるつもりがなさそうだ。ただ喋ったら喋ったで、上から目線な発言が反感を招きそうだけど。

 

「それは不運だったね。綾小路くんの席、窓際の1番後ろだから堀北さん以外とは話しにくいもん。たぶん他の席だったらもっと早く友達できてたよ」

「……そうか。確かに、そうかもしれないな。ところでオレと堀北の名前はどこで知ったんだ?」

「綾小路くんは自己紹介してたでしょ?」

「覚えてくれていたのか―――」

「ふふ、もちろん。なんか張り切って自己紹介しようとしてたけど失敗してたのも覚えているよ」

「どこかオレが入れる穴があったりしないか?」

 

 穴があったら入りたい、ってやつだね。

 

「大丈夫、たぶん私以外は綾小路くんが自己紹介で失敗したことも気付いてないと思うから。ちなみに堀北さんの名前を知ってるのは、入学初日に黒板に張り出されてた座席表のおかげ。ちなみに全員の下の名前も覚えてるよ。綾小路清隆くん、だよね?」

「……なるほど、それはすごい記憶力だな」

「ふふ、それほどでも? 私って勉強は苦手なんだけど人の顔とか名前を覚えるのは得意なんだよね」

 

 興味関心がないものは覚えにくいし、反対に、あるものは覚えやすい。人間なんてそんなものだ。

 

「それじゃあ、今週末は予定空けといてね! 人選は私に任せて欲しいな。後悔はさせないから」

「ああ、ありがとう。楽しみにしている」

「うん、じゃあまた明日」

 

 私がばいばいと手を振ると、はっと我に返った様子で、遅れて手を振り返してくれる綾小路くん。

 

(……なんか、変な感じだな)

 

 そもそも私みたいなのが学生生活しているのもそうだし、ホワイトルームを脱落したわけでもない綾小路くんが同じように学生生活をしているのもそう。

 私と彼がこうしてお友達のようにいられるだなんて、奇跡のような巡り合わせだなと、ふと思った。

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