私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第7話

「……高円寺くんさあ…………」

 

 先の学校側から発せられたメールを見てからというもの、申グループに所属している友達に事情聴取してたどり着いた事実に、私は額に手を当てる。

 ―――そう、犯人は高円寺くんでした。

 恐らくは話し合いが面倒になった彼が、1日目にして優待者当てを実行し、送られてきたのがあのメール。

 

『申グループの試験が終了しました。申グループの生徒は次回以降の集まりはありません。お疲れ様でした』

 

 その文面を思い出し、頭痛が強まってくる。

 

「……色々言いたいことはあるんだけど、優待者は当てたんだよね? 外してたらさすがに怒るよー?」

「フッフッフ、安心してくれたまえ嬉野ガール。私の判断に間違いは無いさ。最初は試験開始早々に終わらせようとも思ったが、それではあまりに君が不憫だからねえ。しっかり当てさせてもらったよ」

 

 確かにそれならクラスにとってはプラスの結果だ。

 とは言え予想外に早い展開に私は軌道修正を強いられる。高円寺くんには唇を尖らせる私の姿が見えてるはずだけど、気にしている様子は欠片もない。

 むしろ現在進行形で、自室で逆立ちしながら腕立て伏せするその奇行を私は呆れ半分で見守るしかない。

 

「……とりあえず、当てたなら不満は呑み込むよ」

「ぜひそうしてくれたまえ。私は時間が惜しいのでねぇ」

「はいはい、でも次回以降は事前に連絡欲しいな」

「フッ、約束はしかねる話だ」

 

 私は不遜な態度を前にため息をつく。

 きっとこれからも、高円寺くんは自由気ままに動き続けるだろうし、私はその後始末に追われるのだろう。

 今回だって高円寺くんの奇行を不安視し、混乱してる生徒が少なくない。私はその実力の一端を感じているからまだしも、あくまでクラスメイトとしか認識してない多くの生徒にとっては不満の対象だ。

 

 これから、私はその対応に当たらないといけない。

 

「……じゃ、私は行くから」

「待ちたまえ」

 

 呼び止める声。振り返ると、姿勢を元に戻した高円寺くんが上気した体もそのままに私に近付いてくる。

 

「何かあるの?」

「いや、少し気になったのさ。この私がせっかく優待者を当てたんだ。有効活用しようと思わないのかい?」

「……というと?」

「おや、気が付いてないのかい? それとも、気が付いていないフリをしているのか。どっちなんだい?」

 

 その問いかけに、私は微笑みを返す。

 

「どっちだと思う?」

「ハッハッハ、君が申グループの優待者だったら、私も試験を終わらせるのに少し苦労しただろうねえ」

「それはどうも」

「だが私は、君を正しく評価している。君がこの試験の抜け穴に気付かないことは無いさ。違ったかい?」

 

 それは一見すると褒め言葉に聞こえるけど、その実、彼が抱いているのは自らの鑑識眼への絶対的な自負。

 私は変に自惚れることなく肩を竦めてみせる。

 

「じゃあご厚意に甘えて有効活用してもいいの?」

「君は警戒心が強いねぇ。そこは素直に、私が当てた申グループの優待者の名を知りたいと言えばいいだろう。試験の優待者、その法則を辿るためにね」

 

 高円寺くんの目が私の反応を伺うように細められる。

 

「慎重になってるんだよ。私はみんなの期待を背負ってるし、クラスを勝たせないといけないからさ」

「今度は誤魔化さないんだねえ」

「もう誤魔化す意味もないしね。高円寺くんの口から優待者の法則って言葉が出た以上、少なくともその可能性があるって発想に至っているのは確認した」

 

 高円寺くんとしても私がそう考えることが分かっていて、面倒な腹の探り合いをここで打ち切るため、自分からその言葉を口にしてくれたんだろう。

 こんな面倒なやり取りをしたのは高円寺くんが私の制御下にないからだ。優待者の法則について言質を引き出され、それを龍園くんをはじめとした他クラスに横流しにされるリスクを回避したかった。

 

「めんどくさい話に付き合わせちゃってごめんね。気を悪くしてなかったらいいんだけど……」

「構わないさ。それは私も同じだからねぇ」

「そう言ってもらえて良かった。それで、高円寺くんが良ければ申グループの優待者を教えてほしいかな」

「チッチッチッ、それは無理な相談だねぇ」

「……?」

 

 教えてくれるっていう話じゃなかったんだ。

 私はさっきまでの高円寺くんの発言を振り返り、確かに、教えてくれるとは一言も言ってないと気付く。

 どうやら私は彼に振り回されていたらしかった。

 

「まったく……ちょっとでも期待して損したよ……」

「悪いが私は私のしたいことをするのでね。それに君も、君の目的のために私の手助けなど不要だろう?」

「あはは、できれば協力して欲しいんだけどね」

 

 あくまでクラスメイトとして。

 だけど高円寺くんを信じるなら、今回の試験で無人島リタイアによる−30cpは打ち消され、彼単独の働きで+20cpに転じることになる。成果があるだけに、なかなか強く言えないのがもどかしい。

 

「それじゃあ、私はもう行くからね?」

「ああ、今度こそ私が呼び止めることはないよ」

 

 そう言い残し、高円寺くんは筋トレを再開した。

 事態の収拾に動かないといけない私は胃が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 それから1時間弱も消費してようやく高円寺くん事件の収拾を終えた私は、ここちゃんたちと、食堂で夜ご飯をとることになった。自分へのご褒美として豚カツを口いっぱいに頬張りながら咀嚼し、飲み込むと、水で口を洗い流すようにしてから息をつく。

 

「ん〜〜っ、美味しさが沁みる……」

 

 今度はお味噌汁に口をつける私。

 目の前でここちゃんがふわりと笑った。華奢な手で器用に箸を持ち、一切れのカツを私のお皿に乗せる。

 

「良かったらこれも食べて」

「え?! いや、そんな、悪いよ」

「ううん、ひまちゃん頑張ってるから。それに本当に美味しそうに食べるから、もうちょっと見てたいな」

「そ、そう? ありがとう……」

 

 これ以上断るのも悪くて私は大人しく受け取る。

 私の隣では、胸焼けした表情で東さんが天井を見上げていた。その正面のみーちゃんも苦笑いをしている。

 

「東さん? 脂キツいの?」

「……いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ。その、嬉野さん……ううん、ごめんなんでもない」

「……? そう?」

「あはは、私もお腹いっぱいになってきたな」

 

 生温かい目を浮かべる櫛田さん。

 私もどういう話の流れなのか気付いてないわけじゃないけど、当のここちゃんは割と無意識だ。さっきの言葉の意図を追及して恥ずかしい思いをさせるわけにもいかず、私は好意に無頓着なフリを続ける。

 そんな私の思惑を知ってか知らずか、食事を進める私を、ここちゃんはにこにこと見つめてきていた。

 

 そんな中食事を終え、食堂を出たのが20時過ぎ。

 別室の東さんや森さんとも途中まで一緒に廊下を進み、別れたあと、私は思い出したように声をあげた。

 

「……あ。飲み物、買い忘れちゃったね。みんなの分も買ってくるから先に部屋戻っててもらえる?」

「そんな、私が買ってくるよっ」

「良い子は部屋に戻る時間だよ。なんて冗談は置いといて、ついでに櫛田さんと試験のことで話したいことがあるんだ。ほら、私たち同じグループだし」

 

 そうだよね?と櫛田さんに視線を送る。

 すかさず櫛田さんは頷き、ここちゃんに微笑む。

 

「そういうことみたいだから、先に部屋で休んでていいんだよ。それより2人は飲みたいものあるかな?」

「えっと、それなら、お茶お願いしてもいい?」

「……私も、みーちゃんと同じのがいいな」

「りょーかい。そしたら行ってくるね」

 

 あからさまにしょぼんとテンションを落としたここちゃんを置いて、私と櫛田さんは手を振って道を戻る。

 

「ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」

「ううん、気にしないでっ。自販機までそんなに遠くないし、それより私に話したいことっていうのは……」

「櫛田さんなら察しがついてるかもだけど、ここちゃんのことだよ。試験のことで話したいっていうのはここちゃんを納得させるための建前でさ、騙すような形で悪いんだけど、相談したいことがあるの」

 

 私はぎゅっと手に力を入れて櫛田さんを見た。

 帰ってくるのは頼もしいぐらい真剣な栗色の瞳。

 

「―――実は私、気になってる人がいる、かもで」

「ええっ?!」

 

 唐突な告白に、櫛田さんは驚いて目を見張る。

 私は慌てたように言葉を付け足した。

 

「あ、あくまで、かもだよ? 私でも分かってないっていうか整理がついてないっていうか……別に、実際には、ただの勘違いかもしれないし……」

「そ、そうなんだ。でもいつそう思ったの?」

「ふとした拍子に、……かな。意識的に止めてるつもりなんだけど、気付いたら目で追ってることが……」

「うん、それかなり好き寄りだと思うよ?」

 

 ツッコミ気味に櫛田さんはそう言った。

 私は図星をつかれてむぐっと唸る。

 

「ちなみに、言えたらでいいんだけど相手は誰なの?」

「…………綾小路くん」

「綾小路くん? 確かにかっこいいと思うけど……」

 

 櫛田さんの頭上に疑問符が浮かんだ。

 彼女だけじゃない。私以外の子にとって、綾小路くんは、たまに発言する程度のクラスメイトでしかない。動機が見えないのも当然かもしれなかった。

 

「り、理由はなんでも良くって。とにかく好きかもしれないの! ただ―――その、ここちゃんから寄せられてる好意も、ちゃんと受け止めないとで」

「……なるほど。どうしたらいいか分からない?」

 

 その指摘に私は深く頷きを返す。

 以前の私だったら道はひとつだった。

 

 私が幸せになっていい道理は無いし、そのためにここちゃんを傷付けていいはずも当然ない。そもそも仕事があって、恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃあないから、告白をどう断るかで悩んだはずだ。

 

 だけど私は少なくともお父さんには赦された。

 自分が幸せな道を掴み取ることに納得し切れてはいないものの、自分の気持ちを顧みる猶予が生まれた。

 とは言え立場上、私は綾小路くんの先生なんだという変なプライドもやっぱりあって、そういう事情ががんじがらめになって私の心に食い込んでいる。

 

 その事実をある程度は受け止めて櫛田さんに相談する冷静さはあるものの、私の中で答えは出ていない。

 

「うーん、そうだなあ……。難しい問題だよね」

 

 歩きながら、考え込む様子を櫛田さんは見せる。その横顔にはどこか嬉しそうな表情が隠せていなかった。

 

 それを横目に、私は内心、安堵する。

 これはただの衝動的な恋愛相談じゃない。

 櫛田さんが溜め込んでいる可能性のある鬱憤、それを晴らすための自己開示も大きく兼ね備えた行動だ。

 

 基本的に櫛田さんのような子はクラスの中心に位置していて、友達から相談を持ちかけられることが多い。

 実際に私が頭角を現すまではそうだった。

 だけど私の働きがDクラスのみんなに認められ始めてからというもの、私はその役目を奪いかけている。

 

 相談というのは持ちかけられる側には負担でもありながら、その人のアイデンティティにも繋がるもの。

 私は必要とされてる、頼られているという感覚。

 相談を請け負うことで発生する負担の量や、相談を持ちかけてくる相手との関係性によっては変わってくるものの、相談を受けることで心が充足されていく感覚を味わったことがある人は多いはずだ。

 

 そうした機会の減少はストレスに繋がりかねない。

 これまで頼られることが多かった人なら尚更のこと。

 

 そのストレスをある程度緩和すべく、無人島試験の時然り、意識的に相談を持ちかける必要が私にはある。

 とは言え当然全ての開示はできないし、だからこの相談によって私の悩みが解決することに期待はしてない。櫛田さんのケアをできればそれで十分だ。

 

「……そうだね。どうするのが正しいっていうのは無責任に言えないけど、私ならまずは、この選択をしたらどうなるか―――っていうのを考えるかも」

 

 言いながら、向けられる視線は真剣そのもの。

 少なくとも、私がただ衝動的に相談を持ちかけているわけじゃないことに気付いている様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ひまりは櫛田が何らかの事情を抱えていることには気が付いています。
具体的な事情までは未だ知りません。
※暴行事件編17話参照
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