私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

88 / 100
第14話

 月城さんとの電話を終えた私は、小さく息を吐いた。

 ほんの数秒の沈黙。

 こうなることは分かっていたし事前に聞かされてもいたから、今更、呆然とはならない。でもその数秒は、私が気持ちを落ち着けるのに必要な時間だった。

 

 それから数秒が経ち、私が携帯を持ったまま部屋を出ると、すぐの場所で待っている茶柱先生が目に入る。

 

「すみません、お待たせしました」

「構わん」

 

 先生から深掘りの質問は飛んでこない。

 あくまで携帯を返すよう手を差し出すのみ。

 その表情から通話の内容に興味を抱いてはいるようだけど、遠慮をしてくれているのかもしれなかった。

 

 私は携帯を手渡してから、先生との距離を近付ける。

 あと数センチ近付けば体が触れ合う距離。

 茶柱先生は少し驚いた様子で体をのけ反らせる。

 

「……先生はあの方とどういうご関係ですか?」

「どういう、というと?」

「そのままの意味です。政府のお偉いさんと、クラスのいち担任。どうして繋がっているのか分かりません」

 

 私は少しの動揺も見逃さないように顔を覗き込む。

 返ってきたのは純粋な困惑だった。

 

「何を懸念しているのか知らないが……。最近、我々担任には試験経過の報告義務が課せられるようになった。それで連絡先を教えていただいたのはある」

「……それは、いつからですか?」

「ちょうど前回の無人島試験からだな」

 

 嘘をついている様子ではなかった。

 それに、それなら辻褄も合う。

 そのような話は聞いたことが無かったけど、無人島試験から始まってからなら当然だ。船の上で共同生活を送る関係上、私は私用の携帯を持ってきてない。お父さんとしては坂柳理事長経由で言伝を頼むぐらいはできても学校内と比べると繋がりは制限される。

 

「試験経過の報告義務、ですか」

「ああ。今回のような複数日程に跨ぐ特別試験では1日1回の報告が求められている。先ほどはそれもあって連絡しようとしたところ、先方から連絡いただいたという経緯だが……何か心配事でもあるのか?」

「…………いえ、すみません。大したことじゃないんです。不躾に関係性をお聞きし申し訳ありません」

 

 そうは言ったものの、私の脳裏に不安がチラつく。

 政府は以前より詳細に試験経過を把握できる。

 それはつまり、裏を返せば、その経過が気に入らないものであった場合、介入が容易になるということだ。

 例えば、今回の試験では優待者の名前を端末に打ち込み送信する形。その送信履歴が生徒側に残らない場合、送信された名前はいかようにも改竄できる。

 

 そして試験結果が変わり生徒が受け取るppとrpが減れば、私たちは退学者を救済しづらくなってくる。

 加えて生徒間にも不信が生まれる。

 普通の立場ならまず学校側の不祥事とは思わず、誰かしらが裏切ったと考えるからだ。そうなれば今後、同じような形で生徒同士で協力するのが難しい。

 

 そんな最悪の想定をして、私は歯噛みする。

 今でこそお父さんの意図を汲んで退学者を出さないための立ち回りができているけど、一介の生徒でしかない私にはそういった介入を妨げる力はない。

 お父さんが未然に防ぐことを信じるしかなかった。

 

 逆に言えばクヨクヨと悩んでいる場合じゃない。

 私は再度頭を下げ、先生と別れ自室に向かう。

 既にクラス間で契約を交わしたから事後的にはなるけど、クラスのみんなを納得させる責務が私にはある。

 

 

 

*

 

 

 

 結論から言えば、みんなの説得は難しくなかった。

 先の無人島試験のおかげで十分な支持を得ていたこと。またDクラスには退学のリスクに怯える子も多く、クラスポイントを得る機会は失ったとは言え、転ばぬ先の杖を確保できたと歓迎する様子だった。

 

 試験は2日残ってるけど、実質的にはこれで終わり。

 船内に張り詰めていた緊張の糸も解れて、いずれのクラスにも、船上試験が始まる前の活気が戻っていく。

 

 そんな中、私は清隆くんからの呼び出しを受けて、人気や防犯カメラの全くない通路へと足を運んでいた。

 内緒話をするにはもってこいの場所だけど、基本的にそういうのは自室で事足りる。また周辺には娯楽施設も無く、誰かに鉢合わせることもなかった。

 

 ただ約束していた場所に近付くにつれ、何やら女性の―――言い争っているような声を私は拾い上げる。

 約束の時間までは幾ばくか残されている。

 清隆くんと落ち合ったところを見られても困るし、一度引き返して、清隆くんに電話した方が良さそうだ。

 

 ただその前に少し、現場の様子を覗こうと思って廊下を進む足を早めたところ、向こう側から3人の女子生徒が駆け足気味で私の横を通りすぎていく。

 

(今のは……)

 

 1人は確か、真鍋さんだ。

 食堂で軽井沢さんと一悶着あった生徒。

 おそらく残りの2人も同様にCクラスの生徒だろう。

 私は焦った様子で去っていくその後ろ姿を見送りながら首を傾げ、彼女らが来たフロアにちらっと顔を出す。

 

 そこには1人の女子生徒が壁を背に座り込んでいた。

 

「……軽井沢さん?」

 

 私が名前を呼ぶと、ハッとした様子で立ち上がる。

 

「な、なに? なんか用?」

「用っていうか、なんか様子がおかしかったから。どうしたのかなって心配になって声かけたんだけど……」

「……なんでもない。あんたには関係ない」

 

 本当に何もなかったなら、関係ないとは言わない。

 そんな矛盾にも気付けないほど動転してる様子。だけど頑なな態度で軽井沢さんは私の横を通ろうとする。

 その腕を、今度は私は確かに捕まえた。

 

「困ってることがあればなんでも言ってよ。真鍋さんたちに何をされたの?」

「だから、なんでもないって言ったでしょ」

「なんでもなくない。目が充血してるのはどうして?」

「……別に、ただ目が痒かっただけ」

 

 言いながら、軽井沢さんはお腹の前で腕を組む。

 まるで何かを隠そうとしてるみたいだった。

 

「そっか」

 

 言葉だけじゃ受け入れてくれそうにない。

 私は意を決して、軽井沢さんの両腕を片手で抑える。

 

「っ、なに?!」

「ごめんだけどじっとしてて」

 

 反射的に縮こまる軽井沢さん。

 それは普通の人のものより、いささか過剰な反応。

 虐待やいじめを受けてきた人と同質の態度に確信を深めながら、私は彼女のシャツを無理やりたくし上げる。

 

「……これが、なんでもない?」

 

 声が低くなるのを私は自覚する。

 そんな私から、軽井沢さんは目を逸らした。

 そのお腹には少しのあざと一応は完治した後とみられる大きな切り傷。それから赤く腫れた皮膚があった。

 

 前者2つはある程度は前のもの。

 一方で後者は直近、つい先ほどのものに思える。

 シャツを戻し、ひと呼吸置いて私は口を開く。

 

「なんでもなくないよ。これはなんでもなくない」

 

 軽井沢さんの目が泣きそうに歪む。

 私は真剣な表情のまま両手を優しく包み込む。

 

「何があったか、教えてくれないかな」

「……別に、少し強く殴られただけ」

「暴力は頻繁に? それとも今回が初めて?」

「殴られたのは……今回が、初めて」

「相手はCクラスの真鍋さんたちで合ってる?」

 

 こくりと、小さく頷いた。

 

「先生たちに相談はした?」

「して、ない」

「……それは、いじめを知られたくないから?」

 

 軽井沢さんは今度は頷かなかった。だけど首を左右に振ることもなく、私はその推察が正しいと直感する。

 軽井沢さんはDクラスの中心人物だ。

 特に女子生徒の中での発言力はかなり強くて、時に高圧的な態度を他の女子生徒に対して見せることもある。

 だから標的にされたのか、標的にならないよう強い女性を演じてたのかは分からないけど、どちらにせよ弱い部分を知られたくない気持ちが強いはず。

 

 だからこそ私に対してもこれを隠そうとした。

 

「安心して。私は軽井沢さんの味方だし、いじめをする人の敵だから。このことは誰にも告げ口しないよ」

「……そんなの、分かんない」

「そうだね。私は軽井沢さんとそんなに交流無かったし。だから信じてくれるように努力するよ。手始めに、真鍋さんたちが言い触らさないようにする」

「そんなこと、できるの?」

「できるよ。だって私だから」

 

 そのための方法には少し心当たりがあった。

 とっくに清隆くんとの集合時間は過ぎている。それなのにやって来る気配がないのが、その答えに思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




直接にかなり厳しいお言葉をいただいて筆が折れかけていましたが、別の方からお褒めの言葉もいただいたこともあり書くことができそうです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。