答え合わせの時間は、それからすぐのことだった。
軽井沢さんを人気の多いところまで送ったのち私は引き返すと、道すがら清隆くんへと電話をかける。
「もしもし。清隆くん、その……」
『悪い、急用で行けなかった』
「行かなかったの間違いじゃなくて?」
私は少し語気を強める。
それからちょっと間をおいて、返事があった。
『怒っているか?』
「……ううん、今はまだ。でも清隆くんが軽井沢さんに何をしたのか次第では言うことがあるかもだよ」
『先に謝っておく。悪いことをした』
申し訳なさそうな声音を聞き、私は息を吐く。
「とりあえず待ち合わせ場所に来れる?」
『もちろんだ。今ちょうど向かっている』
そうして一度、通話が途切れる。
私はひとまず背を壁に預けながら彼を待った。
それから数分後、私の目の前に現れた清隆くんは私に少し待てと言い、ボックス型の消火栓によって死角になっていた部分から何やら端末を取り外す。
「それ、録音機?」
「ああ。恐らくここでの一部始終を捉えた証拠品だ。これを使えば真鍋たちの口は容易に封じられるだろ」
「確かに。清隆くんの目論見通り真鍋さんたちはここにいる軽井沢さんの元へとやって来て、まんまと脅しの材料を掴まれたと。そんなところかな?」
「正解だ。さすがに理解がはやいな」
「でもまだ分からないことがあるんだ。どうやってこの状況を作り出したのか、それから、何のために?」
私はピースの状態から人差し指と中指を順番に折り曲げて、その2つの不明なことを清隆くんに確認する。
「難しいことじゃない。ひまりも似たような場面に遭ったことがあるかもしれないが、真鍋含む3人の女子生徒は普段から軽井沢にご立腹の様子だったからな。事情は伏せて平田経由で軽井沢をここに呼びつけ、匿名のメールで真鍋たちを焚き付ければいい」
ハウダニットは確かに簡単そうなやり口だった。
相手のメールアドレスさえ分かれば、捨て垢を作って送れば素人目には誰が接触してきたか分からない。
「ちょっと危ないんじゃない? 真鍋さんに脅しをかけたら嵌められたことに気がつく。逆恨みで学校側に相談されたら匿名が暴かれるリスクがあるよ」
「だが真鍋たちは、3対1という頭数有利の中、軽井沢に暴力を振るった。学校側に相談するということはそれも含めて打ち明けるということ。それができるようならひまりが来たことで逃げるはずがない」
……まあ確かに、リスクはかなり低そうだ。
清隆くんがそこまで考えてないわけがない、ね。
「次にホワイダニットだが、軽井沢は女子の中心人物だ。その影響力は平田にも比肩する。それが明確な弱みを持っているとなれば他クラスに把握されるのに先んじて把握すべきだろ。その上でひまりなら軽井沢を懐柔でき、Cクラスを脅す材料も作れた」
「……私、あんまり好きなやり方じゃないよこれは」
「承知の上だ。だからこそ事前に相談はしなかった」
私に対する後ろめたさは多少その表情に見え隠れするものの、ホワイトルームの教育を受けた彼にとって、これは本来全く悪いことじゃない。その生来を知っているからこそ私は強くは言えそうにない。
「次からは、事前に相談してくれると嬉しいな。場合によっては他に良い方法があるかもじゃない?」
「それもそうだな。善処しよう」
それだけ言い、清隆くんは録音機を懐にしまって来た道を引き返す。その後ろ姿を私は慌てて追いかけた。
「そういえば俺からも気になることがある」
「なぁに?」
「今回の試験のことだ。愚痴混じりに事の仔細を堀北から聞いたんだが、葛城はなぜ龍園と組まなかった?」
「私が坂柳さんに手を回してたからだよ。龍園と組むなと脅してもらうのがまず1つだけど、同時に、葛城くん派をこれ以上貶めないことを約束させた」
「それはまた……なんとも、曖昧な約束だな」
「仕方ないよ。私怨で貶めるのと、リーダーとして切り捨てるのは別の話。残念だけど後者には私は介入できないと思ってる。そして外から見て、実際どっちの意図で動いたのか判断するのは難しいからさ」
例えば試験で、戸塚くんが退学になったとする。坂柳さんは今回のポイントを救済に使わなかったとする。
その結末を見ただけじゃ、坂柳さんが私怨で戸塚くんを嵌めたのか、それとも今後のためにポイントを貯めておく判断をしたのか分かりようがない。
契約をしても形骸化してしまっては意味がない。
私怨でやった、やってないという争いの火種にもなりかねないことを考えれば、口約束が関の山になる。
「それに意味があるのか?」
「意味ならあったよ。そういう口約束をしたことは坂柳さん経由で葛城くんに伝えられた。その証拠に、もうちょっとしたら葛城くんに会いに行くんだ」
戸塚くんに敵意を向けられたのは記憶に新しい。
それについて話したい、とのことだった。
「この学校はクラス同士で競い合わなきゃいけないから、必ずしも円満にとはいかない。でも私的にはできるなら仲良くしたいし……それに、良い関係を築けたら、今後もポイントのために協力できることがあるかもしれない。だから、うん、完璧な立ち回りではなかったかもだけど上手くできたかなって思ってる」
「完璧な立ち回りだったと豪語しても良いんだぞ」
清隆くんの手が私の髪をわしゃわしゃする。
私は少し口を尖らせながら隣を歩く姿を見上げた。
「髪の毛、崩れちゃうんだけど」
「嫌だったか?」
「……ううん、嫌じゃない」
その返事に、清隆くんは微かに笑みを浮かべた。
たぶんこれは、見間違いなんかじゃない。
*
それから時間を置き、私は葛城くんたちと落ち合った。夕方なのもあってカフェの中は落ち着いている。
一方で4人席での私の向かい側、つまり葛城くんの隣に座った戸塚くんは、自身の手元と私の顔との間にせわしない様子で視線を行き来させている。
そんな中、話を切り出したのは葛城くんだ。
「弥彦が迷惑をかけたようだな。すまなかった嬉野」
「謝られるようなことじゃないんだけどね。葛城くんがAクラスの中で劣勢に陥ったのは私のせい。葛城くんを慕ってる戸塚くんが怒るのは正当だよ」
「俺たちは一応、敵同士だ。負けたことを勝った側のせいだと考えるのは、それこそ違うのではないか?」
葛城くんは一歩も引かない様子。
とは言えやっぱり、謝られるようなことじゃない。
「じゃあこうしない? 私も弥彦くんも、どっちも正しかった。私はこの学校の仕組み通りに頑張ったし弥彦くんも葛城くんのために頑張った。だから今からは、葛城くんたちのこれからの話をしたいな」
「これからの話?」
「葛城くんはAクラスのリーダーから降りることになるんだろうけど、それは発言力が無いことを意味しない。坂柳さんの方針が間違っていると思ったら異を唱える。それはこれからも続けられると思う」
葛城くんは目を瞬かせ、戸塚くんは表情を暗くする。
「……そんなことしたら、坂柳の奴は、葛城さんを」
「退学にさせると思ってる?」
戸塚くんが悔しげに唇を噛んだ。
坂柳さんの悪い評判は耳にしている。目的のためには手段を選ばず、好戦的。無人島試験と船上試験、いずれも彼女は参加してないのに、そう聞く。
でも私が坂柳さんに感じたことはもう少しある。
「―――私が思うに、それはないと思う」
私は最初に会話を交わした時のことを思い出す。
あの時、坂柳さんはこう言っていた。
「葛城くんは、運が良かっただけで勝てるような相手じゃない。坂柳さんは私にそう言ってきたんだ」
「……坂柳が、か?」
「葛城くんは意外に感じる?」
「そうだな……。にわかには信じがたい話だ」
「直接言うことは無いかも。でも敵として、人として、心の中でちゃんと評価はしてるみたい。それを反論されたからって個人的な感情で癇癪を起こすようなら、あの口約束を葛城くんに言わないと思う」
あくまで口約束とはいえ、私だけが言いふらすなら、私が勝手に言ってるだけということにもできる。だけど坂柳さんは自分からそれを打ち明けた。
葛城くんはハッとした様子で、顎に手を当てる。
「お節介でごめんね。でも一度、話をしてみてもいいんじゃないかな。必要だったら私が証人になるし、別にそれ以外のことでも、相談にも乗れるから」
「……ひとつ聞いてもいいか?」
「戸塚くん? うん、なんでも聞いて」
「どうして、こんな話を? ……俺らは敵同士だぜ」
「私はこの学校の生徒だけど、部外者なんだ。生徒として、クラスのためにやらなきゃいけないことはやらなきゃいけない。それが悪い影響を人に与えることもあって、それに責任を感じてるからかな」
戸塚くんと葛城くんの頭上に疑問符が浮かぶ。
無理もない。生徒だけど、部外者。私の身の回りの環境を知ってないと、その意味が分かるはずもない。
「ちょっと趣旨はズレるけど、要は、私はあんまり競争とかそういうのは好きじゃないってこと。だから……他クラスだから、とか、私には関係ない」
とはいえ、私たちはまだ知り合って間もない。
2人からしたら無償の善意は少し怖いかもしれない。
「強いて対価を求めるなら、退学者を出さないために、協力できることがあったら今回みたいに協力して欲しい。……まあ、今回は強制しちゃったけど」
私は少し申し訳ない気持ちで頬を掻いた。
相対する葛城くんは、重々しく頭を縦に振った。
脳裏では月城先生の言葉が何度も再生されている。
私が、私のせいで、みんなを巻き込んでいること。そのことに自嘲しそうになるのを堪えながら、それでも誰も退学にさせないように動く必要がある。