入学してから初めて迎える日曜日の朝。
制服ではない、つまりは普段あまり着ることのない外出用のコーデを選ぶのに、私は少し慎重になる。
なにしろ、今日は綾小路くんたちと遊びに行く日だ。入学前は私服にこだわりを持っていなかったけど、友達と、それも男の子がいるとなると話は変わってくる。色恋沙汰には興味なくとも、映えない服装で遊びにいって幻滅されるのは少し嫌だった。
だからまるで、デート前のように、私は鏡とタンスとの間を右往左往する。元々が服装に対してこだわりのない人間だったから、こういうのは苦手だ。
そんなこんなで悩み続けることだいたい30分。ようやくコーデを決めた私は、洗面台に立ち、上機嫌にメイクを始める。それから最後に髪を巻くと、鏡の中の私は納得がいったかのように何度も頷いていた。
トップスはブラウン系のオーバーサイズスウェットで、ボトムスはベージュのプリーツミニスカート。バッグは機能性より可愛さを重視した合皮の黒のミニショルダーで、シューズは昨日、急遽買ってきたブラックの厚底ロングブーツを玄関に揃えている。
男子受けを狙った女子の服装。
今日のコーデを形容するなら、そんな感じだ。
私は時間を確認すると、少し早めだけど寮の部屋を出ることにする。休日と言えど、まだ9時を過ぎた頃合いだからか廊下で人気は感じない。ただエレベーターで降り、ロビーにまで出ると、私服姿の生徒はちらほら見られた。その中には綾小路くんの姿もある。
「おはよー! 来るの早いね〜、綾小路くん」
「そうか? まだ30分しか待っていないぞ」
「……30分って、長くない? 何して待ってたの?」
私が見かけたときは、綾小路くんはスマホを触ることもなく、虚空を見つめていたようだったけど。
「今日は何をするんだろうなとか、他の奴らはどんな服装で来るんだろうなとか、色々考えていた。そんなことをしていれば30分なんてもはや一瞬だったな」
「そっか。ちなみにどう? 今日の私の服装は」
「これはなんて答えるのが正解なんだ?」
「私は素直な感想が欲しいかな」
「…………正直、めちゃくちゃ可愛いと思うぞ」
そう言う綾小路くんは少し照れているように見えた。それでも彼の表情に違和感を覚えるのは、彼が普通を演じているからか。あるいは単に感情表現が下手という可能性もあるけど、私は前者だと直感する。
ただそれでも、服装を褒められるのが嬉しいことに変わりはない。私は上機嫌になりながら綾小路くんの隣に腰を下ろして、彼と喋りつつみんなを待った。
しばらくすると、まず櫛田さんがやって来る。
「2人とも早いね〜、待たせちゃったかな?」
「ううん私たちが早く来ただけだから気にしないで。むしろ今日は急な誘いに応じてくれてありがと」
「それこそ気にしないでっ。普段はあまり嬉野さんと喋れてなかったし、それにまだ全然喋れてなかった綾小路もいるんだもん。誘ってくれて大感謝だよ」
その後は基本的に、自ら話題を振ることのない綾小路くんと、聞き手のほうが好きな私に対して櫛田さんが話しかけるかたちで時間が進んでゆく。
と言っても、だいたい5分程度の話だ。ロビーの壁に取り付けられた掛け時計。その長い針が1/12ほど回り、約束の9時半になる直前で、須藤くんと池くんがやって来る。それから最後に、山内くんが「遅れてないよな?」と息を弾ませながら合流した。
「ちなみに全然、遅刻だよ? 山内くん?」
私は全く怒ってないけどジト目を向けた。
「わりい! 許してくれひまりちゃん!」
「ふふ、じょーだん。じゃあ全員揃ったことだしそろそろ移動しよっか。まずはケヤキモールだよ!」
私は笑みを弾けさせて歩き始める。
仕事の一環だということは忘れてはいけないけど、少しぐらいハメを外してもいいかもしれない。
*
「そういえば、どうしてこのメンツなんだ?」
ケヤキモールに着いたあたりで、綾小路くんが珍しく自ら話題を振る。私はよく聞いてくれましたとばかりに笑みをこぼした。だけど聞くのが遅い!
「なんというか、今更だね」私がそう言うと
「なんだよ俺たちがいちゃ悪いってのか?」池くんが少しの不満を漏らす。ただし、彼の表情や声が怒っている風ではないのは誰の目にも耳にも明らかだ。
それでもちょっとだけ狼狽えてみせた綾小路くんに助け船を出すように、私はようやく質問に答える。
「正解は、綾小路くんのためかな。櫛田さんは私よりも多方面に顔が効くから、友達作りたい綾小路くんにとってはすごい助けになるだろうし、池くんと山内くんは須藤くんを受け入れてくれた実績があるもん」
「嬉野……お前は女神か何かなのか?」
「ふふふ、もっと崇め奉ってくれてもいいんだよ?なんて冗談はさておき、余計なお世話だったかな?」
「とんでもない。感謝の気持ちしかないぞ」
「それは良かった。私、自分でもどうかと思うほどにはお節介な人だって自覚あるからちょっと心配で」
決して他意はないよ、というのを印象付ける。ほんとは友達として手助けしたい気持ちと、仕事の一環としてやっておきたい気持ちが半々だったけど。
「まあそういうことだから、須藤くんも、池くんに山内くんもよろしくね! 分かった?」
「おう、任せとけってひまりちゃん!」
山内くんが早速サムズアップを決めると、誰かに良いところを見せたいのかすぐに綾小路くんに絡みにいく。負けじと須藤くんと池くんもそれに続いた。
私は嬉しくなりながら、くすくす笑う。
「会話内容があれだからクラスの女子からは微妙に距離を置かれてるけど、こういう時のフットワークの軽さは3人の魅力だよね」そう櫛田さんに耳打ちすると、否定ではなく、肯定に似た苦笑いが返ってくる。
「……嬉野さんって何気に計算高いタイプ?」
「人並みにはそうかもしれないね。誰だってそうでしょ? 他人の扱い方、おだてる方法が手に取るように分かるなら、それを活用しない手はないよね」
決して人間関係の全てが損得勘定で回っているわけじゃない。でもほとんどの人は、無意識下で、コミュニケーションの過程を打算で考えている部分がある。例えば自分のしたい会話に誘導したり、あるいは、日本人的な空気を読むという仕草だって打算の産物だ。それらはデフォルトで私たちに備わっている。
なんてことを櫛田さんに説明すると、感心したように頷かれた。承認欲求の強い私は鼻の下がむず痒くなる。これだって無意識の内に打算が働いている。
「なるほど確かに、打算で動く人だって聞くとなんか人情ないのかなって思っちゃいがちだけど、実のところそれ自体は全然悪くないことなんだよね」
「そう。まあ難しい話をしたけど、私が言いたいのは要するに―――私は確かに計算高いかもだけど、それは悪い意味じゃないからね?!ってことだよ」
全ては自己弁護のための理屈でした。
ちゃんちゃん。
「あはは、うんうん分かってるよそれは。嬉野さん優しいもん。井の頭さんの自己紹介のときも、須藤くんのときも、真っ先に動いててすごいなって思ってた」
「えへへ、そうでしょ?」
「ちなみにここだけの話なんだけど」櫛田さんは急に声を小さくした。私は身を寄せてその声を拾う。
「井の頭さんも須藤くんも、嬉野さんのことがちょっと気になってるっぽいよ。気付いてたりする?」
私は急に神妙な面持ちになって頷いた。
「やっぱり。井の頭さんは入学してすぐの頃に相談しに来てくれて、須藤くんはついこのあいだ相談してくれて、私はそれで知ったんだよね。その時はもうびっくりしちゃった。罪な女の子だよね嬉野さんって」
「うっ……自覚はある」
「その感じを見ると、嬉野さんも悩んでるんだね」
それはもう、綾小路くん案件を除いたら、私の学生生活において目下最大の悩みになっている。
誰かに親切にすることを辞めたらこんな状況に陥らないんだろうけど、何が悪いって、私の老婆心はもう末期症状だから親切にしない選択肢が頭の中に浮かばない。後先考えた上で、ついお節介をしてしまう。そして長年の仕事の経験もあるのか、それは他人を不快にさせる余計なお世話の域にまでは至らない。
結果として仕事があるのにこの有り様である。
「……櫛田さん、私の相談も聞いてもらっていい?」
「もちろんだよ! 答えを出せるかは分からないけど、私も嬉野さんのこと
櫛田さんは喜色満面にしてそう言った。
その後、私たち一行はケヤキモールの服飾店巡りから始めたのだけど、その間、私はこれまでの人生で初めてかもしれない他人への相談を続けていた。