第1話
船の上での試験が終わり、夏休みに入ると、これまで仕方なしにお休みをもらっていた仕事も再開になる。
とはいってもお父さんと話をした後のことだ。
以前よりはゆったりとしたスケジュールを組んでいて、週2日くらい遊んでも支障は少ない。当然、以前のようなサイクルで子どもたちのケアをすることはできないけど……ここは私が少し妥協した。
だけどそういった生活にすぐに順応できるはずもなくて、試験の影響で仕事を休止していた分の皺寄せというか私自身の焦りというか、特に予定がない日にはまだまだ仕事のことを考えてばかりになる。
それでも―――幸いに、と言ってもいいのか、少なくとも直近の休日はほとんど遊びの予定が入っていた。
最初は須藤くんたちとのプール。
無人島試験で、頑張ったらなんでもすると私が軽はずみに言っちゃったばかりにできたイベントだった。
……正直、ちょっとだけ不安だ。
須藤くんはいいけど、ちょっとお調子者な池くん山内くんたちと無防備に遊びたいかというと、難しい。
「だからって、清隆くん誘うのは無いよね……」
連絡帳を開き、名前を見るだけで心臓が早鐘をうつ。
自分がおかしいのにはとっくに気付いてる。
でも迷惑じゃないかな。他に予定があるんじゃないかな、なんて、細かなところに意識が逸れていく。
やっぱりまずは櫛田さんに連絡しようかな。池くん山内くんも、櫛田さん一之瀬さんを誘って欲しいと言ってたし、きっとそうするのが自然なはず。
そう思った直後、手に持っていた端末が振動した。
「わ、わっ」
表示された名前―――当の清隆くんに驚き、お手玉みたいに跳ねた携帯。私は慌てながらなんとかそれをキャッチし、舌足らずなまま耳に押し当てる。
「も、もひもひ!」
『……? もしもし、今大丈夫だったか?』
「う、うん大丈夫! どうかしたの?」
清隆くんの絶妙な間に顔がカッと熱くなる。
噛んだのを指摘されなかったことが良かったのか悪かったのか、今の私には分からない。そんな私の内心を知る由もなく、不穏なことを言う清隆くん。
「少し嫌な気持ちになるだろうが我慢して聞いてくれ」
私は少し背筋を伸ばした。
それはいつも以上に真剣な声音だった。
『今度プールで遊ぶんだろう? 端的に言えば、そこで池たちが盗撮を企てている。それも泳いでる最中とかではなく着替えている最中に、だ』
「……なんの冗談?」
『信じられないのも無理はない。だが本気らしい。かなり綿密な計画を立てていると自慢げに語っていた』
私は口をあんぐりと開けたまま硬直する。
「…………須藤くんも?」
『いや、須藤は完全に否定的な様子だ。だが今回に限っては池たちはそれだけで思い留まりそうにない。だから今回は、さすがに誘いを断るべきだぞ』
「……うん、そうしたい気持ちは山々だけど」
私は無人島試験での日々のことを思い出す。
須藤くんは体を動かすのが得意だし置いといて、池くんと山内くんは、なんだかんだいって私に着いてきてくれた。ハードな拠点占領作戦が成功したのも、彼らがいたからと言っても過言じゃない。
だから―――さすがに、何もしないのは無い。
頭を悩ませ、私はあることに気がつく。
「盗撮の方法は分かってるんだよね? こっちから何か、その盗撮を防ぐような手立ては無いかな?」
『いや、できないことは無いが……』
「なら、それ次第。さすがに、それが不確実すぎるなら私も遠慮したいけど……。その辺どうかな?」
『……そうだな。解決策は難しくないだろう』
そのまま伝えられた作戦を聞き、私は頷く。
「時間はあるし下見はしておく。念のため一之瀬さんと櫛田さんは誘わない。巻き込みたく無いからね」
『まあ、これが失敗するリスクはほとんど無いだろ。だが池と山内の幼稚さに億劫にはならないのか?』
「全然なるし、もし今後も似たようなことが続くようならちゃんと見張らないといけないと思ってるよ。事件が明るみになってからじゃ遅いし。……これが普通の学校なら、真っ先に通報すべきだけど」
でもこの学校のことだから、連帯責任でクラスポイントに大きく響く可能性がある。その辺りのことも先生に探りを入れる必要が出てきて頭が痛い。
「……まあ、上手くやるよ。心配しないで」
『心配はしてない。だが、そうだな。オレも行っていいか? 多少は遊びの誘いがあるが夏休みとなると暇でな。あいつらの監視がてら同行したい』
「え、ええ?! 一緒に?!」
『…………そんなに嫌だったか? オレが行くのが』
初めて分かりやすく、清隆くんは肩を落とす。
私は慌てて両手を振った。
「あ、や、違くて! ただびっくりしただけ! ……清隆くんが来てくれるのは、嬉しい、けど……」
『なら問題ないな。楽しみにしている』
そう言い残し、私の言葉を待たずに電話が切られる。
気を遣わせちゃったかもしれない。付き合わせるのが申し訳ない気持ち半分、でも嬉しい気持ちが半分。
私は鼓動を落ち着けながら今後の予定を整理する。
……まずは水着を買いに行かないと。
言うまでもなく、スクール水着は嫌だ。
*
「ということで、櫛田さんお願い……!」
場所はケヤキモール。
言わずと知れた高育にある一番大きなショッピングモールに着いた私は、包み隠すこともなく今回の事の成り行きを伝えた上で、丁寧に頭を下げた。
「別に、水着選ぶのは協力するけど……」
さすがの櫛田さんも少し引いた様子を見せる。
それでも少しなのがすごいと思った。
「心配してくれてるなら大丈夫だよ。池くん山内くんの企みは私が成功させないし、それに須藤くんも清隆くんもいるから、私も楽しめるはずだし」
「……私も行ってもいい?」
「櫛田さんはだめだよ。巻き込みたくないな」
「でもちゃんと防ぐ方法があるんだよね?」
その返しに、私はぐっと言葉を詰まらせる。
確かに対策は完璧だ。
清隆くんの案だから信じられるのももちろんあるし、私も確認した上で抜け穴は無いことは断言できる。
「……でも、池くん山内くんは櫛田さんが本命っぽかったし、性的な目で見られることが分かってる場所に櫛田さんを連れていきたくはないよ……」
「それは、私も、同じ気持ち。だよ?」
私は再度、返事に困った。
逃げ道が完全に潰された気がする。
「……分かった。櫛田さんも行くって伝えとく」
「お願いねっ。それじゃあ水着買いに行こっか。どういうのが良いな、とか希望みたいなのはあるの?」
「あんまり攻めすぎず、露出も多すぎず、遊びでプールに行くのに自然なのがいい、かな。ワンポイントでフリルをあしらったものとか可愛いと思う」
「あはは、結構もう具体的に考えてるんだ。これなら私に頼らなくても、1人で全然選べちゃったりして」
お店までの道を揃って歩きながら、櫛田さんは、前に少し身を乗り出すようにして私の顔を覗き込む。
「……不安だから、櫛田さんにも見て欲しかったんだ。でもやっぱり鋭いね櫛田さんは。前にも話したことだけど、実はちょっとだけ相談もしたいの」
聞いた櫛田さんは、途端に神妙な表情をする。
今すぐでも聞けるよっていうポーズみたいだ。
それに逆らうことなく、私も慎重に言葉を紡ぐ。
「私は清隆くんのことが、たぶん好き、になりかけてる。でも同時にここちゃんと須藤くんから好意を寄せられてる自覚もある。ここは前も話した通りで、あれから付き合い方について考え続けてたんだ」
ここで言う付き合う、というのは恋人になるとかそういう方向性の言葉じゃなくて、3人それぞれとの関係性をどういう方向に持ってくかということ。
例えば、私の気持ちを優先してここちゃんや須藤くんの前で露骨な態度を示すのは誠実だとは思えない。
「それで、思ったんだけど、最初は両思いよりも片思いから始まることが多いよね? もちろん付き合うんだから好きとはいかないまでも憎からずは思ってて、その上で歩み寄りがあって成立するはず」
「確かに、そういうケースは多いかもね」
「うん。だから一度、受け入れてもいいのかな」
「それは……嬉野さんの思いには一旦蓋をして?」
「……うん。やっぱり、変……かな?」
私は確かに、清隆くんのことを意識している。
でもそれはまだ期間としては全然短くて、一過性のものかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
付き合って気持ちが揺れ動くことだってあるはず。
だからまだ、焦って〇✕をつける必要はない。
「ううん、変じゃないと思うよ。実際、付き合ってみないことには分からないことも多いだろうし」
一度言葉を区切り、櫛田さんはでもと続ける。
「確認したいことはあるかな。それは断って傷つけたくないっていう理由があるからか、それとも相手のことをもっと知りたいから来るものかな?」
櫛田さんの琥珀色の瞳が私を逃がさない。
私も逃げずに、私の胸に訊いてみる。
どっちの理由であっても見た目は同じ。告白されて、それを受け入れる。だけど前者と後者じゃまるっきり別物で、前者だとたぶん負い目があって、相手のことを好きになるために積極的に動けない。
……断って傷つけたくない気持ちは確かにある。
でもそれを理由にするのは私の心が跳ね除ける。
「―――ちゃんと、相手のことを知りたいから」
だからこの言葉に揺らぎは出なかった。
櫛田さんはほっとした様子で表情を和らげる。
「それなら私も賛成するよ。ひょっとして、露骨な水着を選ばないのにはそういうのもあったりする?」
「そう、だね。プールには須藤くんもいるし。櫛田さんの前では清隆くんって呼んでるけど、他の人の前では綾小路くんって呼んでるのもそうだよ」
……恥ずかしいからって気持ちも大きいけど。
そう最後に付け足すと、櫛田さんは破顔した。
主人公の井の頭、須藤両名への向き合い方はかなり悩みました。
ですが書いていてひまりならこうすると思いました。