設問1に潜む罠に気づいたのは、嬉野ひまりだけではない。
Aクラスの坂柳、Bクラスの一之瀬、そしてCクラスの龍園。
それぞれがクラスを率いる立場にある以上、設問1で選ばれた人物に何らかのプラスかマイナスかの影響が及ぶ可能性は、当然考慮すべきものだった。
だが、その可能性をどう捉えるかは四者四様。
Dクラスが設問2を目の当たりにしたのと、ほとんど時を同じくして、龍園は設問1について賭けに出る。
「お前ら俺の名前を書け。さっさと進めるぞ」
設問1で選ばれた人物に、次の設問で何かを課す。
そんな仕掛けがあってもおかしくはない。
だが、それが不利益とは限らない。
次回以降の特別試験で、何らかの権限を与えられる可能性もある。Dクラスの嬉野ひまりもその可能性を考えなかったわけではないが、月城の思惑の一端に触れているが故に、その思考は切り捨てられた。
だが龍園からしてみると思考は反転する。
誰かを守るためではなく、自らが勝つために。
(嬉野のやつは必ず、自分を選ばせるだろうな)
敵の性格から辿り、龍園は嬉野の選択を推測する。
ここで課されるのが利益か不利益かは未だ不明。
だがもしも利益だった場合、龍園も同様の選択をしていなければ、どこかで不利を強いられる可能性がある。
それはそれで面白いと考える龍園だったが、その感情とは裏腹に勝つために必要な思考を忘れることはない。
(逆にもし不利益が課されるなら俺が有利に戦える道もあるが―――それは楽天的な考えってもんだろうぜ)
だが運悪く、今回はそれが裏目に出た。
現れた設問2は無慈悲にもDクラスと同一のもの。
複数人に届いたメールをその目で直に確認した龍園は、突き付けられた選択肢を前にして舌打ちを返した。
(ハッ、心底面倒くせぇ試験だな)
だが、その目に失意など宿らない。
先ほどは運が悪かった。
すぐに思考を切り替え、選択を命令する。
「下だ。退学リスクの倍化を選べ」
「……あんた正気?」
「ああ? なんだ伊吹、心配してんのか?」
その返しに伊吹はムッとした様子で口を噤む。
それで溜飲を下げたのか龍園は小さく笑った。
「馬鹿にも分かるように教えてやるが、上の選択肢は論外だ。俺が不在のCクラスに勝ち目はねぇ。それにペナルティの内容さえ分からないんだからな」
「で、ですが龍園さん……。退学リスクが上がってポイントで救済することもできないのは危険ですよ……」
「石崎。テメェは俺が、たかだかリスク倍化程度で退学するとでも言いてぇのか?」
「そ、そんなことは……!」
「だったら大人しく従え。時間は有限だぜ」
その命令に、これ以上の反発は起こらない。
全員が龍園の望み通り下を選択し、設問2は終わった。
*
一方その頃、Aクラス。
優秀な彼らもまた設問2を終えようとしていた。
設問1で選ばれたリーダーは神室真澄。
選択肢を吟味した坂柳は微笑を浮かべる。
「では神室さんには上のペナルティを与えましょう」
「言い方。もっと負い目とかないわけ?」
「負い目、ですか? ふふっ、なぜ私がそのようなことを感じなければならないのでしょう。私なりにあなたのことを考えた上での選択ですよ神室さん」
坂柳は悪魔のようにころころと笑う。
うんざりした様子の神室の顔が面白いのだろう。
だがひとしきり笑うと、坂柳は表情を取り繕う。
「こほん、では理由を説明しましょうか。神室さんは学力、身体能力ともに平均より少し上止まり。コミュニケーションに至っては不得意です。もちろん次の試験の種類にもよりますが、退学リスクの倍化というペナルティはいささか重く感じられます」
直球の評価だが、神室は顔を歪めない。
不快な気持ちにさせられるパートは既に過ぎていた。
「でも上の選択肢だったら次の試験で苦労するんじゃないの? 例えば無人島じゃ、あんたの不在でクラスは最初からポイントが引かれてた。そんな感じのペナルティがあれば大変になると思うんだけど」
「そうだぜ坂柳! お前のせいで俺らは―――」
「弥彦」
戸塚の野次が止められ、その目が葛城を見る。
葛城は口を閉じて頭を横に振った。
「おや、野次を投げてくださっても良かったのですよ? 仮に私の出席による30ポイントがあったとしても、葛城くんが無人島試験で得られたポイントはBクラスの半分。いずれにせよお粗末な指揮であったことを自ら露呈させることにしかなりません」
分かりやすい挑発に、葛城は無表情を貫く。
それで反発しようものなら排除の理由になる。
だが、だからといって何もしないわけではなかった。
「否定はせん。だが坂柳、貴様は神室の参加が禁じられていても勝利を収められると断言できるのか?」
「言質が欲しいのであればそう言ってくださればいいのに。葛城くんには申し訳ないですが勝たせてもらいますよ。龍園くんも一之瀬さんも、嬉野さんとて私の敵ではありません。これで満足ですか?」
「…………十分だ。それならこれ以上口は挟むまい」
葛城は教室にかけられた時計を確認する。
まだそれほど時間を消費しているわけではないが、他に反論の声も無い。早く進めろという意思表示だった。
坂柳としても無駄な時間を過ごすつもりはない。
それから時を置かずして、上の選択肢で満場一致した。
*
一方その頃、Bクラスはまだ設問1に居た。
だがそれは彼らが優秀でないことを意味しない。
これは満場一致特別試験。満場一致さえできれば試験は突破でき、制限時間こそあるものの着順報酬は存在しない。そのため彼らは無理には試験を進めず、彼ら自身の納得感を重視して動いていた。
それを主導しているのは一之瀬―――ではなく神崎。
彼は教壇の横に立ち、クラスの意見を纏めている。
「やはりリスクがあるなら、一之瀬の名前はここでは挙げられない。そう考える者は多いようだな。俺も同じ気持ちだ。だが一之瀬からしても、そのリスクを俺たちに負わせたくはない。……そうだな?」
その確認に、一之瀬は真剣な表情で頷いた。
クラスメイトが一之瀬を慕うのと同じくらい、彼女はクラスメイトを大切に思っている。だがそれを出しすぎては議論が遅々として進まない。それが、今回に限り纏め役を神崎に任せている理由だった。
「相反する意見をどちらも汲むのは困難だ。だが、だからといってどちらか一方の気持ちを無視していいとも俺は思わない。そこで生まれた軋轢や不安は、これからの学校生活にも大きく影響する」
「では、試験の放棄も選択肢の1つでしょうか」
1人の男子生徒が困り顔でいながらも提言する。
神崎はそれをすぐさま肯定した。
「だが成功時と失敗時のクラスポイント差は200。すぐにBクラスから転落することはないが、そうなればCクラスとの差は100に満たない。もちろん次回以降の試験で巻き返すこともできるだろうし、仲間には代え難いが、最終手段として考えるべきだ」
その主張に、確かにと頷く声が相次いだ。
教室の空気は決して軽くはないが重すぎでもない。
各々が自由に意見を言いながら方向性が決まっていく。
「これはあくまで俺の考えだが、ゴールポストを少しずらしたい。リスクを負う人物が一之瀬かそれ以外かではなく、一之瀬に、誰なら最も安心して設問1を任せられるかを問うべきだと考えている」
「……でもそれは、一之瀬さんの気持ちは……」
「少し譲ってもらう形にはなるだろう。だがその分、俺たちはより努力をする。どんなペナルティが与えられても一之瀬の負担にさせないためのな。そのために、人選をどうするべきかという考え方だ」
そこで、クラス中の視線が一之瀬に集まった。
一之瀬の回答が、Bクラスの行方を決めることになる。
それでも彼女は毅然とした様子で口を開いた。