それから、Dクラスの話し合いは躓くことなく進んだ。
だけど教室の空気は軽くない。高円寺くんが言ったことがまだみんなの中に残っていて、さっきより私の様子や言葉を伺う視線を感じる。それをどうにか払拭する手段は今の私には持ち合わせが無かった。
「……みんな。下の選択肢で、お願いします」
アプリで投票する前に、一言。
普段ならみんなの表情を見て伝えられるはずのお願いも、みんながどんな顔をしているか怖くて見られない。
それでも投票はつつがなく進行した。
やがて集計が終わり、次に進むボタンが現れる。
私の希望通りに、下の選択肢で満場一致した証拠だ。だけど私の中に安堵の気持ちが浮かぶことは無かった。
でも気持ちの整理を試験は待ってくれない。
すぐに複数の携帯端末が鳴り、静かなまま設問3が始まる。
設問3:次の特別試験の対戦相手を決めよ。ただし他クラスの投票結果にもよるためこの場では確定しない。
⚪︎1年Aクラス
⚪︎1年Bクラス
⚪︎1年Cクラス
「……これは、さっきよりは難しくないかな?」
「見た目はそうね。けれどこれも次の特別試験についての選択よ。ここは設問2でリスクを負っている嬉野さんがやりやすい相手が良いんじゃないかしら?」
クラス中の視線が針のように私に向く。
堀北さんの気持ちは嬉しいけど、さっきはなし崩し的に満場一致にさせてしまった。今度こそみんなが納得できる方向性で話を纏めておくべき場面だ。
「でもクラスが勝つことを優先するのもありだよ」
私が別の考え方を示すと、数秒、沈黙が続く。
そんな中で声をあげたのは篠原さん。
その口の端は自嘲気味に、片側だけ少し吊り上がる。
「どっちでもいいんじゃない? 足手纏いな私たちは嬉野さんに従うだけだし、答えが決まったら教えてよ」
「……何、それ」
「別に? ただ私が足手纏いな自覚をしただけ。いいよね嬉野さんは。運動もできて頭もよくて、おまけに顔も整っててさ。なんでDクラスにいるの?」
その言葉に彼女の周りの女子も同調を返す。
鏡を見なくても自分の表情が歪んだのが分かった。
「おい篠原、その言い方は無いんじゃねぇか?」
「なに? じゃあ須藤くんは何も思わないわけ? 嬉野さん高円寺くんの言葉を否定しなかったじゃない。こっちだって頑張ってんのに不平等だよね」
「……それは否定できないでしょう篠原さん。私たちと彼女の間に実力差があるのは純然たる事実だもの。それで彼女を責め立てるのは間違ってるわ」
「責めてないって。私はただ、私たちの意見を聞くつもりがないのが気に入らないだけ。だからそんな風に意見を聞くポーズとるの、やめてくれる?」
不愉快だからと、篠原さんは静かに言った。
私は考えるよりも先に勢いよく頭を下げる。
「……嫌な気持ちにさせてごめんなさい」
「謝罪とかいらないから。答えが決まったら教えてよ」
その言葉を最後に視線を外される。
何か言わなきゃと思うのにまた言葉が見つからない。
必然、Dクラスは再び重い沈黙に覆われる。
それでも、おずおずと挙がる手があった。
「…………ひまちゃん。私やっぱり、ひまちゃんがやりやすい相手を選ぶべきだと思う。勝ちやすい相手とは同じじゃないかもしれないけど、でも勝ちやすい相手とは全くの別物でもないって感じがする」
それは設問3についての発言。
私は、高円寺くんの言葉を止められなかった。
なのにここちゃんはこうして意見を伝えてくれる。
それが嬉しいと同時に、自分が情けない。
「……ありがとう。ここちゃん」
「お礼を言われることじゃないよ。……私だって、Dクラスの一員なんだからちゃんと最後まで考えたいもん」
「私も井の頭さんの考えに同意するわ。それに今回の設問、次の試験の詳細が分からない以上は、この場における絶対の正解はないはず。それなら実力差なんてあってないようなものじゃないかしら?」
「確かにっ。もし例えば筆記試験ならAクラスの相手はしたくないけど、身体能力を競うものなら、Cクラスを相手していいのかどうか少し悩んじゃうね」
堀北さんの補足に、櫛田さんがすかさず首肯する。
そこに平田くんが小さく待ったをかけた。
「僕も話の方向性には賛成だ。ただ―――嬉野さんなら分かっていると思うけど、さっきの投票に納得してない子も多い。それを覚えておいて欲しいな」
それは、篠原さんたちが気まずくならないための配慮に見えた。
櫛田さんと平田くんは言わずもがな、堀北さんの発言力も少しずつ強くなってきている。ここで私に味方するような声が続くとそれに加勢する声もあっただろうし、意見の均衡を保つために必要なこと。
おかげで私を擁護する声はそこまで多くならず、篠原さんたちがクラスで孤立することは無さそうだった。
そのフォローの数々のおかげで、なんとか、私たちDクラスは話し合いを維持しながら設問3を進めていく。
これが終われば次は設問4。
先生の言い方からその内容を察するに―――きっと、これが最後の設問になる。そうなることを私は祈った。
*
最初に設問4に辿り着いたのはCクラスだった。
設問1,2を順調に突破した龍園が設問3で躓くはずなく、その判断が受け入れられるのに時間はかからない。
「次の対戦相手はBクラスだ」
「……あの子とあんなに戦いたがってたのに、Dクラスじゃないんだ?」
その言葉は反対ではなく、単なる疑問だった。
伊吹は思ったことを割とそのまま口にする。
「ハッ、そうしてやりてぇのはやまやまだがな。まずは土台を整えてからだ。一之瀬のやつは絡め手に弱えからな。筆記試験じゃねぇならやりやすいだろ」
「もし特別試験が筆記試験だったら?」
「そうなったらBクラス以外でも厳しいだろ。お前らの中でまともな点を取れんのは金田と椎名ぐらいだ。一方でAクラスのアベレージの高さは言わずもがな、Dクラスもこれに関しちゃ粒揃いだからな」
堀北に平田、櫛田、高円寺、幸村。
他にも科目に特化した生徒が複数名いることを、入学当初の中間テストの結果から、龍園は把握している。
また龍園にとっては預かり知らないことになるが、義務教育を受けていなかったため決して高くなかった嬉野の学力も、日々順調に上昇している状況だ。
代わりにCクラスの学力の下限はDクラスほどではない。
それでも、勝負になるかというと怪しかった。
「それならもはや、筆記試験じゃねぇ前提で、やりやすい相手を選ぶべきだ。それに今のところは学力を図る特別試験はなかっただろ。所詮、定期テストは定期テスト。センコーは特別試験とは呼んでねぇ」
「……確かに、そうだったかも」
「ま、法則性を語るにはサンプルの数が足りねぇがな」
それでもどちらが優位かというと、筆記試験ではない可能性のほうが高いというのが龍園の判断だった。
伊吹もそれを受け入れ、満場一致が決まる。
それから間髪置かずに複数の端末が着信を告げ、今回もまた入念に龍園はそれぞれのメールを直接見て回る。
その後すぐに浮かび上がってきた文章。
目にするや否や、龍園はその口を笑みに歪めた。
設問4:どちらか一方の選択肢を選べ
⚪︎退学者を1名出し、200クラスポイントを獲得する
⚪︎退学者を出さず、クラスポイントを獲得しない
恐る恐るといった様子で龍園に視線が集まる。
入学当初と比べるとその暴君さは鳴りを潜めているものの、畏怖というものはすぐには抜けない。また設問の内容が内容のため、クラスポイントのために切り捨てられるのではないかと彼らは怯える。
だがそれは、この時に限っては杞憂だった。
「下の選択肢を選べ。これで試験は終わりだ」
わずかな思考の後、そう命令を下す。
弛緩しかけるCクラスの緊張感。
だがそれを否定するように龍園は言葉を続ける。
「良かったなお前ら。これが1年の前期でよ」
「龍園氏、それは……」
「これが来年以降なら話は別だっただろうぜ。卒業が近くなればなるほどクラスポイントの重要性は増す。同時に経験した特別試験の数が増えれば増えるほど、退学者を出すことがどれほどの不利を今後もたらしてくるのか、想定するのが容易になるからな」
これは無人島試験が分かりやすい例だ。
Aクラスは坂柳の不参加により、初期ポイントが減らされた。また坂柳は元より体が不自由なためこのデメリットを踏み倒すことができたが、単純な人数減少により、1人あたりの仕事量は必然増える。
現状、龍園たちが経験した特別試験は今回を含めても3度目だ。そうしたデメリットが如何ほどのものか判断するには、それだけでは十分ではない。
その思考が今回、龍園をこの結論に至らせた。
理解を終えた金田は納得した表情を龍園に向ける。
「……なるほど。僕も当然、龍園氏を支持します」
「それでいい。さっさと試験を終わらせるぜ」
今回も反対は無く、すぐに投票が始まる。
結果は、満場一致。
ただし今回は、次へ進むのボタンが現れなかった。
その代わりに、これまで沈黙を保ってきたCクラスの担任―――坂上先生が、教卓へと戻りすぐに口を開く。
「皆さんお疲れ様でした。これにて特別試験は終了です」
その声がけによってCクラスに日常が戻っていく。
龍園は元々、各々の授業中の私語には厳しくない。また退学が懸かった設問の直後であることも相まって、担任の前ではあるが生徒は安堵の言葉を吐く。
「ふー、終わった終わった。……あれ、そういや先生、この試験って5問あるんじゃなかったっけ」
「最初にした説明はちゃんと覚えておきなさい石崎くん。私は4問か5問と伝えたはずですよ。4問目で退学者を出すか決めてもらい、5問目で退学者を指名する構成。ですから、退学者を出さないという決定をした時点で、君たちCクラスの特別試験は終了です」
そういうことか、と石崎は間の抜けた返事をした。
周りの生徒も納得した風の表情で姿勢を崩す。
だがその裏で、龍園だけが試験に納得していなかった。
(随分と拍子抜けな試験だったな)
設問1と2はクラスによっては意地悪に感じるだろう。
設問4も卒業間際なら厳しいものだったはずだ。
だが―――、龍園は壁にかけられた時計を見る。
試験が始まってからまだ1時間と経っていない。
前の試験でリザーブポイントを導入し、試験の難化を匂わせた割には、随分とお粗末な試験に感じられた。
(嬉野の推測が外れたか? ……いや、あいつは試験が難化する可能性について自信を持っていた様子だった)
それが完全に外れたとは考えにくい。
龍園は戦って一度破れたからこそ、そう感じる。
だが確かに、今、試験は呆気なく終わった。
そう思った直後だった。
坂上先生は急に神妙な面持ちで生徒たちに向き直る。
「最後に、連絡事項が1つあります」
教室が静まり返る。
それを微笑ましく思いながらも、坂上先生は告げる。
「……小宮叶吾くん。残念ながら特別試験のルールに反したため、ペナルティを与えます」
「…………あ?」
教室中の視線が小宮に殺到する。
龍園さえも例外ではなく、理解が及ばなかった。
月城は当然、ひまりの性格や価値観を理解しているし事情を知っているので、それを悪用した試験を作り上げることが可能です。
ガンバレ主人公。