3話目
「──さて、行こうかな」
部屋を見渡せば、僅か数日という期間で去る事となる、自室があった。
1107号室。滞在期間は僅か五日。
不戦敗だから、という理由で温情を掛けてもらい、部屋を去ることなく済んだので、100階から一度落ちたけど部屋は変わっていない。
殺風景だけど、何だかたくさんの思い出が詰まっている気がした。
無難で、普通すぎるこの一室に初めて訪れた時は、安宿に泊まり続けていた経験も相まって、これでやっと安心して眠れると心から喜んだものだった。
そんな思い入れのある場所を、たったの三日で去ることになるとは。
この部屋に初めて訪れたあの時には、そんなこと想像すらしていなかったのに。
「本当に、予想ができないね」
思わず苦笑いして、それ以上時間を引き延ばす理由もないので、僕は一室を後にした。
そのまま天空闘技場の中を歩く。多種多様な人種の、多種多様な格闘技を修めた人たちが、そこら中を歩いている。大きな人も、小さな人も。得物を持ち運んでいる人もいる。200階クラス以上の闘士かもしれないし、まだ来たばかりの人かもしれない。あるいは非番の今日は試合を行わない闘士だろうか。
そんな想像をしながら、まらばな人混みを抜けて、受付に通りがかる。
いつものお姉さんが、ニコニコとした笑顔で応対していた。
既に僕の退去申請は終わっている。僕に一瞥すらくれることなく、お姉さんは業務に励んでいた。
荒くれ者たち相手にも一歩も退かず、丁寧に、ときには威圧的に業務を行っているお姉さんは、天空闘技場のスタッフとしてこれ以上ない人材だろう。闘士の階級に応じて応対を変えるという、こちらのモチベーションを刺激してくる業務姿勢も、僕は好きだった。
「お姉さん、短い間だったけど、ありがとう」
彼女に届くはずもない言葉を呟いて、僕は天空闘技場の外に出た。
天気は快晴。
眩い太陽が照りつけている。
1997年4月13日に転移してきて、今は1997年5月24日だ。
僅か1ヶ月弱の滞在だったが、かなり濃密な時間を、ここ天空闘技場で過ごした気がする。
遥か頭上を見上げれば、あまりにも高過ぎて、首が痛くなるほどの塔が聳えている。
カストロさんは、今もトレーニングに励んでいるのだろうか。
残念なことに、あれから一度も会うことは出来なかった。
応用技を教える事が出来なかったのが心残りではあるが、僕は一刻も早く天空闘技場を去りたい。特にヒソカがいるかもしれない200階以上には絶対に近づきたくない。
だから、どうか許してほしい。
また機会があれば会うこともあるだろう。その時は、きっと応用技を教えられるくらい、カストロさんも念を磨いている筈だ。
そんなあるかもしれない未来を想像しながら、僕は天空闘技場に背を向けた。
──長髪優顔の男がこっそりと付いてきていることを、この時の僕はまだ知らない。
「バイバイ、天空闘技場!」
飛行船の出航時刻は、もう間もなくだ。
向かうはヨークシンシティ。競売とマフィアの街。
以上で一区切りとなります。
小説を書く楽しさを久しぶりに思い出すことができて、私自身、とても楽しかったです。なので楽しんで読んで頂ければ、これに勝る喜びはございません。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
※まだ完結ではありません。
ですが、更新予定は未定となります。
……ごめんなさい。