──『念能力』を使っているのに、なんで念を覚えないといけないのか。
その理由を話すためには、転移したばかりの頃である、1ヶ月程前まで遡る必要があった。
「お金……お金がない……」
路上で途方に暮れながら、手元にあるのは財布だった。
子供っぽいから買い替えたいと常々思っていたマジックテープの財布の中身は数千円。そう、円なのだ。ジェニーではない。
当然ながらお店では使えなかった。
そして勢いで天空闘技場に登録して試合に出てみたはいいが、これまで格闘技の経験もないモヤシっ子の僕が勝てるはずもなく、ボッコボコにされた。当たり前すぎてなんで登録前に気がつかなかったのかと言いたい。素早い棄権の判断に救われたよ。ありがとう、審判の人。
ファイトマネーの152ジェニーこそ貰えたが、それこそ缶ジュース一本分にしかならない。
うまい棒換算で15本だ。あるのか知らないけど。
「……転生特典とか、つけてくれればいいのに」
はぁとため息を吐いて、ふと気がついた。
ここはHUNTER×HUNTERの世界だ。念能力がある世界。誰かが言ってた。本人の強い願望が念能力を作り出すって。
「……そっか。そういう能力にすればいいんだ」
そう思ったのと同時に、何かが渦巻いた予感がした。
「──それで、念能力を作れたのはラッキーだった。でも、不思議と肝心の念は覚えられなかったから、『念を覚える』ための1ポイントを得るために50階を目指して……。素人が、本当に、よく天空闘技場を50階まで登れたよ……」
かなりの幸運にも助けられた。
これまでの経緯を思い出して、感慨に浸った後に燦然と輝く『念を覚える』のボタンを押す。
「でも。──これで! 念を使える!!」
パァッと画面が輝いて、そして元に戻った。
眩しさから細めた瞼を開いて身体を見渡してみるけど、何の変化もないように思えた。
「これで、覚えたのかな?」
グーパーしてみるが実感がない。
試しにUIを閉じて、むんと力をこめてみる。……何の変化もない。
精孔が開いた、訳ではなさそうだ。身体を眺めても、特に輝いてる湯気のようなものは見えない。
首を傾げて呟いた。
「……あれ? 何か勘違いした?」
もう一度、UIを開いてみる。
書いてある内容は、あっ覚えたから詳細が見れるようになってる。
──後から思えば、このときは、まだ、この能力の真髄に気づいていなかった。
「えーっと、なになに……」
『念を覚える』
念の才能がアンロックされる。
えーっと?才能だけが、アンロックされる……。つまり。
「……あっ修行はここから自分でやるのか」
考えてみれば、そう簡単に念を習得できる訳もなかった。
「まって。ということは、念を覚えて、50階から100階まで楽勝で登って個室ゲットだぜ! という僕の計画はオジャンってこと……?」
そう考えるしかない。
むしろなんでポイント消費だけで何とかなると思っていたのか。HUNTER×HUNTERだぞ、そんなに甘い訳ないじゃないか。
「念能力だし、そういうところはシビアだなぁ……」
念が覚えられると思って、浮かれすぎてて忘れてたけど、念能力はそういうものだ。無意識で考えてることも反映されていると考えると、
「なにそのルナティックモード」
思わずスンっとなった後に、項垂れながらUIを閉じた。
「ミッションの内容は制約で見れないから狙って達成もできないし。……そんなに厳しい制約つけるなら、もう少し良い能力をくれていいんじゃないかな?」
『念を覚える』の内容に文句を呟きつつ、ベッドの上で仰向けになる。
これから、どうすべきだろうか。
「衣食住は必須……」
当たり前だがそうだ。
「だからってHUNTER×HUNTERの世界で普通に生きるっていうのも勿体無い」
普通にお金を稼いで生きる事も出来ると思うけど、それは何か違う気がする。
「……やっぱり男なら強くありたいよね」
モヤシっ子として生きてきた反動だろうか。筋肉というかパワーに対する憧れは強い。ロマンだよね。
キャラクターで言うなら一番好きなのはウヴォーギンだもの。あとは単純に怖いから強くなりたい。
「キャラクターに会いに行く? ……それも何か違う気がする」
ミーハー魂もある。
会ってみたい気持ちもある。あるけど、そのために生きるのは何か違う。
「……とりあえず保留で」
日本で暮らしていた頃も、特に目標は決めずに生きていたから、いまさら突然決めようとしても上手くいかないのも当然かもしれなかった。
「『念を覚える』をせっかく取ったし、今日のところは瞑想でもしておこうかな」
瞑想しながら、とりあえず今後のご飯と宿をどうするか考え込む。
──『念を覚える』の凄まじい効果を実感したのは、その後すぐのことだった。