マガダンの英雄、先生になる   作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ

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Protocol 2-4: Point Refuge

「殿下、到着しました」

 

アナディリ空軍基地から数時間。車に揺られて到着したのは、半年前のマガダン侵攻の始まりにして終わりの地、ポイント・リフュージ市。

 

ここマガダンにおいて、ベーリング海峡と面するこの小さな港湾都市は、戦前はカスカディアとの貿易拠点のひとつであり、マガダン侵攻の際はその最前線となった。

 

「...復興も進んでいるか。なによりだ」

 

車を降りたスチール1が呟く。始まりはカスカディア軍上陸戦、そして終わりは総力戦たるカスカディア軍殲滅戦。何より、カスカディアの戦艦による激しい艦砲射撃。激しい戦いの舞台となったこの都市も、侵攻終結から半年ほどたった今では、いくらかの爪痕はあれど、元の姿を取り戻しているように見えた。

 

「ここに来るのはいつぶりでしょうか」

「去年の5月の終わり以来だな。エミネント・ドメインを追い払ったあの時を覚えているか?」

「もちろんです。話によると、あの船はクリムゾン1のプレシディア攻撃で沈んだようですが」

 

カスカディア軍戦艦、エミネント・ドメイン(土地収用権)。そのかつての名は、連邦の最西部領土のひとつをその名の由来に持つ、FNSエルサレムである。かの戦艦はカスカディアに鹵獲されたあと、我々に多大なる損害をもたらし、そしてプレシディアにて沈んだ。カスカディア軍上陸時、防衛部隊をほぼ壊滅状態に追い込んだ張本人こそ、このエミネント・ドメインである。マガダン侵攻の終わり、この街で行われたカスカディア軍殲滅戦と同時刻、K-9がカスカディア軍残党を撃滅している最中、我々スチール隊は治安維持軍タナガー隊と共に、このエミネント・ドメインをカスカディア本国まで追い払ったのだった。それも、半年ほど前の話だ。

 

「ああ。...思えば、去年は、人生で最も長かった1年のように感じる。マガダン侵攻終結から半年、戦争の終わりから数えればもう4ヶ月になるのか」

「振り返れば、あの戦争は1年も無かったんですね」

「オセアニアの時は2年だったか。半分以下の期間で、3倍以上の死者か」

 

空を見上げた彼の心は、暗い空の先へ向かっているようだった。

 

 

 

 

「...そうか、ありがとう」

 

私達はポイント・リフュージの住民に聞き込みを行っていた。あの奇妙な雲。その目撃者探しである。

 

「成果ゼロ、ですか」

「あの大きさの雲なら、全員見ていてもおかしくないだろうに、1人たりとも覚えがないとはな...」

「ますます奇妙ですね」

 

結論から言えば、収穫はなし。レーダーデータからして、あの雲は発生時、ポイント・リフュージ上空にいた事は間違いないのだが...。

 

「もう夜も深い。聞き込みは明日にするべきだろう」

「そうですね。宿を探さなければなりません」

 

腕時計に示された時刻は、2245を少し過ぎたあたりを示していた。この時間ではまともな宿があるかは分からないが、さすがにウランバートル国王を野宿させるのは危険すぎる。...いや、彼ならむしろ喜んでやりかねないが、それは同時に私の胃の危機にもなる。なんとしても見つけねば。

 

(胃の危機と言えば、もうすでにビクトリア関係でキリキリ痛んでますがね...)

 

ビクトリア首相との会食をキャンセルしたことで、万安宮も大変なことになっているだろう。私にも、いくつか連絡が入っている。これ以上自らの胃を痛めつけることは無いので、連絡の中身は見ていない。帰ってきたら、我々はどうなるのだろうか。まとめて飛行禁止処分だろうか。それならまだ温情だ。

 

...ダメだ、後のことを考えていては胃潰瘍が一つや二つでは済まなくなりそうだ。ここは宿探しに注力せねば。

 

 

 

我々はいくつかの門前払いと、満室の言葉を耳に収めた末に、小さなゲストハウスへと辿り着いた。気前の良さそうな、中年の女性がオーナーをしている施設である。彼女は“メアリー・マッキンリー”と名乗った。なるほど、昔のアメリカ大陸の人間の子孫か。...だからといって、どうということは無い。多くのマガダン人が、カスカディア人と共通の祖先を持つことは有名な話だ。彼女も、ごく一般的なマガダン人である。

 

私達は、ゲストハウスではなく、彼女の住む家にて、遅い夕食を取ろうとしていた彼女と3人で1つのダイニングテーブルを囲うこととなった。メニューはニシキュウリウオの揚げ物と、ラッソーリニクのサワークリーム添え。どうということは無い、マガダンの家庭料理である。まずは揚げ物から食べることにする。

 

「...美味しい」

 

思わず、そんな言葉が口から零れる。外のサクサクした衣に、中のキュウリウオの柔らかい身が合わさって、食感に独特のコントラストを生んでいる。

 

「このスープも美味しいな。サワークリームのコクとスープの酸味がよく合っている」

「あらそう?良かったわ、パイロットさんのお口に合って」

「ミセス・マッキンリー、すまないがもう1杯貰えるか」

「ふふ、どうぞ。まだありますよ」

 

美味い食事に、家にいるかのような心地良さ。その全てが、今日1日駆けずり回った疲れを、紐を解くように解きほぐしていった。

 

だんだんと微睡むような感覚に陥っていった私の目に、一筋の光が入る。彼女の右手薬指の指輪だ。...そういえば、もう2330を回っているのに、彼女の夫の姿はまるで見えない。それどころか、まるで住んでいないかのようである。

 

私は戻ってきた彼女に尋ねた。あなたのご主人はどうしているのか、と。

 

「...主人は死にました。半年前のカスカディア軍の上陸の時に、招集されて。そのまま、カスカディアの戦艦に...」

 

私は自身の愚かな好奇心の発露に、心底後悔した。カスカディア軍上陸時、私は...確かにそこにいた。彼女の夫は、私が守りきれなかった予備役達の、その1人だったのだ。

 

「...すまない、部下が変なことを聞いてしまった」

「いえ、いいんです。ようやく心の整理がついてきた頃ですから」

 

スチール1の謝罪と、マッキンリー夫人の無理したような笑い声が、私の心を鋭く貫く。なんてことを、聞いてしまったのだ。情けなくてたまらないのは、そんなことを聞いてしまった私の未熟さか、今目の前にいる人間の愛する人を守れなかったが故の自責の念のどれだろうか。

 

「...お風呂を入れてきます」

 

そう言って立った彼女は、こう問いかけた。

 

「...王様(・・)、主人は...その役目を果たしたのでしょうか?あの人の死は...意味があったんですよね?きっと、あなたの飛ぶその下で、全力を尽くして死んでいった...そうなんですよね?」

 

一瞬の沈黙の後、スチール1が口を開く。

 

「...ああ。あなたのご主人は、責務を果たした。責務を果たし、このマガダンを守った。少なくとも、その一翼だった。連邦軍人として、保証しよう」

「...ありがとうございます。きっと、夫もあなたにそう言ってもらえて、喜んでいるはずです」

 

 

ダイニングの扉が閉まる音が、この部屋に静寂を招く。

 

「...ミセス・マッキンリーには、何もかもお見通しだったか」

 

我々が何者か、あの日あそこにいた事も。スチール1のその呟きがいやに反響した。

 

「ボオルチュ、自分を責めるな。あの日、我々は全力を尽くした。彼女の夫のように。地上で散っていった者達と同じように。我々が戦わなければ、彼女のような者はさらに増えていただろう。大切なのは...自身の持てる力を、必要な時に出せる事だ」

「...申し訳ありません」

「謝ることでは無い。彼女が風呂を入れたら、先に入るといい。私は後で構わない」

 

風呂が湧いた後、スチール1の厚意に甘え、先に風呂に入ることにした私は、風呂の中、そして寝室においても自身の中に潜む靄との格闘を続けたのだった。

 

 

 

翌朝。ベッドに入ってからは、靄との格闘は長く続かず、気づけば朝を迎えていた。

 

後に起きたスチール1と、マッキンリー夫人で昨日のように朝食のテーブルを囲う。昨日の雰囲気はどこへやら、私達はちょっとした世間話に終始し、和やかな朝食を終えた。

 

 

 

ゲストハウスを後にする時が来た。見送りに来た彼女に、私達は昨夜からのもてなしに感謝の言葉を伝え、その場を去ろうとした。その時、私は思い出した。彼女には、あの話を聞いていない。

 

「つかぬ事をお聞きしますが...昨日の1300頃に、この街の上空で大きな雲を見かけませんでしたか?一瞬で消えた、積乱雲のような...」

 

私の問いに、彼女は少し考えるような素振りを見せた。帰ってきた答え自体は、昨日、ここの住民に同じ問いをした時と同じものだった。しかし──

 

「一瞬で消える大きな雲、という話は聞いたことがあります。この町の古い伝承ですが...」

 

思わず、私とスチール1は顔を見合わせる。

 

「...続けて」

「私も、詳しいことはよく知りません。大厄災よりも前の話と聞いています。ただ...町の外れに住んでいる猟師が、詳しいかもしれません」

「その猟師はどういう?」

「代々、その人の一家がポイント・リフュージの市長をしていたんです。今の市長は、その人の息子です。今は隠居して猟師をしている、ということらしいのですが...。ともかく、昔からここに住んでいることは間違いないです。恐らく、何か知っているかと」

 

ここに来て初の収穫である。我々の次なる目標は定まった。

 

「...マッキンリー夫人、感謝する。必ずや、役目を果たす」

「どうかご武運を、パイロットさん」

「そちらも、達者で」

 

私達は車へと戻る。向かうは、町の外れにあるというその猟師の家。

 

「彼らの真相の手がかりが?」

「恐らくは。出してくれ、ボオルチュ」

 

車を出し、手がかりのある先へと向かう。私の心は、上空にかかる雪雲とは裏腹に、躍っているように感じた。




用語解説: マガダン侵攻
カスカディア紛争の戦いの1つ。4月17日、連邦空軍とカスカディア空軍、およびそれに与する傭兵達の間で勃発したベーリング海峡空戦は、連邦空軍の致命的損失、および紛争におけるカスカディアの航空優勢の確保という形で終結した。
その1ヶ月後、カスカディア海兵隊のファウスト将軍率いる侵攻軍が連邦構成国であるマガダンに侵攻、連邦は100年の歴史で初めて自国領土が侵略される事態に直面した。空軍戦力の大規模な損耗に伴う連邦軍最高司令部“クリスタル・キングダム”の混乱によって、初動はカスカディア軍の優勢に進んだこのマガダン侵攻は、マガダン予備役陸上部隊E師団の持続戦闘や、正規軍および連邦治安維持軍の展開、そして治安維持軍を凌ぐ活躍を見せた予備役航空部隊K-9、およびその隊長であるライアン・ジョナサン・“ドライバー”・ゴズリングの活躍により、「地下高速道路を利用して前線防空網をドライバー単機で突破し、侵攻軍司令部を壊滅させる」という狂気的な作戦の成功を機に、最終的にカスカディア軍のマガダン全面撤退という形で終わりを迎えた。
この侵攻の目的は、表向きには「連邦軍の戦力分散によるカスカディア方面の圧力低下」であったが、司令部壊滅作戦において、「マガダンの地熱産業を破壊し尽くし、連邦を破滅させること」こそが真の目的であることが判明した。
この後、ファウスト将軍は超大型エアシップ、“CDV ルーズベルト”を旗艦とする、武装化されたカスカディア政府の外交艦隊“カスカディア・ホワイト・フリート”による空襲をもってマガダンに残された最後の地熱エネルギー施設の破壊を目論んだが、これもK-9およびE師団第6部隊に阻止された。かくして、1ヶ月に渡り行われた連邦への侵略は終ぞ成功することなく終わったのである。
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