マガダンの英雄、先生になる 作:コルディアムに脳を焼かれた阿慈谷ヒフミ
慣れない夜だ──ジープの後席で、今現在の状況を勘案して、俺がたどり着いた結論はそんなものだった。
これから待ち構えているのは、ただでさえ慣れたとは言えない地上戦、それも夜間襲撃だ。戦車はドライバーが吹き飛ばしてくれるだろうとはいえ、それでも生身で戦わなくてはならない。防弾装備なしで。
ポイント・リフュージ防衛戦の時にヴィータに文句を言われた時は、もうこれ以上は機体を捨てて地上で銃撃つしかやれることはねぇ、とは言ったが。
まさか本当に歩兵みたいに銃撃ちまくることなんてあるか?ここ2日間で、多分今まで訓練で撃ってきた数なんかよりよほど弾を使っている。
空に上がる時とは比べ物にならない緊張感。エアコンを付けているとは思えない、砂漠の夜の、刺すような冷えた空気。そして何よりも、あいつが無事かどうか。
その全てが、不安感というひとかたまりになって俺を喰らわんとしている。ブリックに指摘されて、俺はようやく手の内出血に気が付いた。銃のレール部分の凹凸そのままに赤くなった手を見て、悪態を吐かずには居られなかった。
そうでもなければ、強がりでもしなければ。本当にこの砂漠に喰われてしまいそうだった。アリジゴクに呑み込まれるアリのように。天地が1000回ひっくり返ろうと、俺に光が当たらないほど深くまで。
「...見えてきた」
そうシロコが呟く。目を凝らすと、確かに戦車が見えた。あれはクルセイダー2か。どうも、あの100年前のポンコツはチンピラ御用達らしい。
いよいよだ──思わず息を飲み込んだ。
「ターゲット確認...全員弾を込めろ」
ヴィータに言われ、銃にマガジンを叩き込む。コッキングハンドルを引き、ボルトが前進する音を響かせる。
「トラックには撃つなよ...ヴィータよりヘルハウンド1へ、こちらはターゲットを視認した。コントロールカテゴリはタイプ1、使用兵装はMLAG。敵戦車2両への攻撃を要請する。ターゲットは現在地から方位340に距離800、高度は2000フィートを維持し、最終攻撃方位は300から000。方位010へ抜け、高度2000フィートで待機せよ」
『こちらヘルハウンド1、コントロールカテゴリはタイプ1、最終攻撃方位300より000を了解。MLAGを使用し、高度2000フィートより攻撃する。攻撃後は010へ抜けた後に2000フィートで待機』
「復唱よし。攻撃態勢に入れ」
ヴィータから淡々と伝えられる攻撃無線。ヴィータとドライバーは緊張してないのか──少し感嘆した。
『ヘルハウンド1、攻撃態勢に入った。許可を求める』
「ヘルハウンド1、攻撃許可」
『了解。ヘルハウンド1、ライフル!』
窓から外を見る。空の彼方から、ふたつの火の玉が順にこちらに向かってくるのが見える。俺たちの頭上を通り過ぎた、音を置き去りにしたそれは、狂いなく戦車に吸い込まれていく。
「ドライバー、グッドエフェクト!敵戦車2両の撃破を確認した」
『
さぁ、行くぞと呟いたヴィータがアクセルペダルを踏み込む。
砂漠の砂粒をかき分け、目標へ。戦車の中から、何とか脱出してきたであろう人員が見えた。対地ミサイルを撃ち込まれて炎上する戦車から生きて逃れられるとは、いやはや。尤も、すぐに倒れ込んだ以上、脅威になることはないだろう。
「人間の丸焼き、か。見ずに済んで助かった。キヴォトスの人間の耐久力に感謝すべきだろうな」
「そう考えると、空にいると、見なくていいものは見なくて済むのがいいね。それに比べて地上ときたら...」
コブの顔が少し歪む。空の方がマシ...そう言われればそうだな。人間の汚いところだのを見なくていいものな。ま、あとは、撃破した車両からはい出てくる、炭になった敵兵とかな...
車が進むにつれ、炎に照らされたトラックがはっきりと見えてくる。爆発に巻き込まれて横転したらしい。セリカは大丈夫か──
「セリカちゃんなら大丈夫だよ〜。車が横転したくらいでダメになるような子じゃないって」
俺の問いに答えたのはホシノだった。いつの間にか、俺の心の声が漏れていたらしい。全く...。
「気をつけろ、トラックからヘルメット団が出てきたぞ!」
「突っ切れヴィータ!アビドス、牽制を!」
「先生達は伏せていてください!」
アビドスの4人に牽制を頼み、俺達は身をかがめる。情けねぇことだが、鉄の鳥に乗ってない俺達は女子高生に身を守られるしかねぇって訳である。
両脇から響く銃声。車を掠める弾丸の音。防弾車でもない以上、いつ弾が車内に飛び込むか分からん。ただ、一刻も早くあいつの元に着くことだけを願った。
「降車!」
ヴィータが叫ぶ。ああ、神よ。どうやら俺は、ここまで車内に弾が飛び込む事なくたどり着けたようだ。
急いで扉を開け、トラックに向かう。
「クリア!」
「こっちもクリア」
「クリア。このヘルメットの連中が起きる前に、さっさと片付けてくれ。カジノ小僧、出番だよ」
言われなくても、という言葉を呑み込んで、トラックの後方へと回る。
そもそも中にセリカがいるのか?一旦確かめる必要があるか。
扉を3回叩く。
「セリカ!セリカ!居るか!」
「...先生?先生!」
「よし、今すぐ出してやる!」
当たりだ。この車列で合ってたらしい。少々の安堵の後、トラックのロックを外そうとして気付く。
「南京錠か...鍵はどこだ?」
「そんなの探してる暇はねぇぞ。手元のそいつでぶっ壊せ!」
ブリックが指さす先には、俺が持ってきた銃が。なるほど、大事なのはモノは使いよう、ってことか。
「セリカ、一旦扉から離れろ!」
「扉から?」
「いいから!」
「わ、分かったわよ!」
中から急いで動く音が聞こえる。荷台の奥まで行ったのを確認し、ライフルの照準を錠に定める。
引き金を引くと、7mm FEDERATION弾の確実な反動が肩に伝わる。ここに来てから、この肩に伝わる力も随分と慣れたもんだ。
鍵を壊したのを確認し、扉のロックを外す。
扉を開けた先には、よく見慣れた顔が。
「セリカ!大丈夫か!」
『上空のドライバー先生へ、半泣きのセリカちゃんを見つけました!』
『半泣きのセリカ発見、了解』
「ちょ、アヤネちゃん!?」
「大丈夫かい、セリカ!?そんな泣いちゃって...あたしがいるからにはもう怖がらなくていいんだよ!」
「コ、コブ先生...くるじい...」
どこか微笑ましい──張本人にとっては違うだろうが──光景が繰り広げられる中、ブリックだけは冷静だった。
「おい、再会を喜んでるのはいいがよ、こんな派手に爆発してたらこいつらの仲間が来ちまうだろ。さっさと帰るぞ」
ブリックに言われて、その場にいる全員がようやく我に返る。
「そうだな。喜ぶのはアビドスに帰ってからだ。ドライバー、周囲の敵勢力は?」
『連中、歓迎する気満々ってとこだな。ヘルメット団の兵力を複数確認。包囲網を形成しつつある。それに...あー、複数の装甲戦闘車両を確認した。クルセイダーが3台ほど。機関砲を搭載した簡易的な
戦車3台に自走対空砲が数台...絶体絶命って言うべきか。
「誰かが空の方が良いって言ってたが、ありゃマジだな。あるいは戦車の1両でもあれば楽だったかもしれんが」
「ドライバー先生が撃たれてたけど、驚かないんだね」
「まぁあいつならミサイル食らっても平気で飛べるしな...」
「何者!?」
セリカが驚くのも無理ではねぇか。俺があのイカれた元ラリーストのせいで常識がおかしくなってるだけだ。
「まぁいい。航空支援を要請するか。ヴィータよりヘルハウンド1へ、航空支援を要請する。こちらから敵兵力の詳細は確認できないため、攻撃方法の詳細はそちらに委任する。自走対空砲並びに戦車を優先的に撃破してくれ」
『了解、そちらに近接しているターゲットを優先して破壊する。デンジャークロース』
さーて、ドライバーがデカブツを倒す間に俺達も少しばかり仕事をするかね。
「戦車の残骸に隠れろ!歩兵を倒してけ、車両は相手するな!」
全員から了解の声が聞こえる。
モノは使いよう、ね。パイロットが地上戦をするのもそれか?
いいだろう、やってやろうじゃねぇか。
ノノミが残骸の上に立ち、掃射に備える。シロコがドローンを展開し、アヤネが接近する敵を報告。ホシノがセリカを守る。俺達は至極単純、敵を削る。そして空からドライバーがトンデモ火力を叩き込む。最高じゃないか。
チャンバーチェック、OK。夜の砂漠が、火照った体と戦闘への興奮を冷やす。頭は冷静。仕事の準備は完了。
VX-23の20mm機関砲の轟音が、第2ラウンドの始まりの合図だった。
『ブリック先生の方、気をつけてください!ノノミ先輩の弾幕をすり抜けた敵が来ます!』
「やったぞ、仕留めた!」
「ドローンで攻撃中。4人無力化」
『こちらヘルハウンド1、敵SPAAG2両撃破』
各々が務めを果たす。ノノミが弾幕を貼り、接近する敵を排除する。シロコはドローンで火力支援を行い、それでもすり抜けてきた連中は俺達が倒す。7mm FEDERATIONの射程的優位が活きる──なんてヴィータは言ってたな。弾のことはよく知らん。当てたら敵は倒れるし、俺達が当てられたら死ぬ。それだけだ。
『ヘルハウンド1より通知、そちらから方位210の方向の敵兵力が薄い。最後の敵戦車を撃破次第、機銃掃射で道を切り拓く。撤退用意を』
「こちらヴィータ、了解したライアン。全員聞こえたな」
「先生が機銃掃射したら撤退ね〜、了解。おじさんに殿は任せて」
「盾の役割は任せた、小鳥遊」
ようやく希望が見えてきた。そうだ、何も真面目に敵を殲滅する必要も無い。さっさと逃げればいい話なのだから。
『最後の敵戦車撃破。これより撤退路上の敵を掃討する。ヘルハウンド1、
俺のすぐ側で機関砲の爆音が響く。すぐ真上をドライバーのVX-23が飛び去り、撃破された車両から上がる炎で尾翼の
「よし、さっさと逃げるぞ!全員乗れ!」
ヴィータの掛け声とともに、撤退準備を始める。ヴィータが運転席に乗り、助手席にブリックが乗り込む。シロコがドローンを撤収させつつ、ホシノが迫り来る敵から盾で守りながら、その他の全員で乗り込む。
「全員乗った!」
「よし行くぞ!」
四輪が砂漠の砂をかき分け、ドライバーが開けた道を進み出す。所々で機関砲の弾痕が凹みを作り、吹き飛ばされて気を失ったヘルメット団が転がっているが、それを避けて逃げる。今はただ、1マイルでも遠くへ。
「ブリックよりドライバー、何とか離脱できた。大変な夜だった」
『こちらも確認した。連中はもう追ってはこれねぇ。お前達はもう安全だ』
緊張がしばらくぶりにほぐれる。車に乗ってからずっと息が詰まっていたことに、ようやく気がついた。息を吐き出すと、胸に心地よい感覚が帰ってくる。
『ヘルハウンド1は任務を完了。RTB...いや待て。BINGO FUEL』
無線から、俺達の隊長の任務完了の声が聞こえてきたかと思えば...あいつの夜はまだ少し終わりそうにないようだ。BINGO FUEL──つまり、帰還するのに必要な燃料しか残っていない、というわけだ。そして、アビドス屋上には燃料補給設備は無い。行けるところは絞られる。
「長いこと燃料補給してこなかったからな...。あの飛行場で補給できるか?」
『さぁな。普段誰もいないような飛行場に
「後で迎えに行く。飛行場に戻れ」
『了解。クソ、そろそろ弾薬と整備用の部品も持ち込まねぇと...』
ドライバーのぼやきと共に、無線が切られる。...あいつの言った通りだ。機関砲弾やミサイルは要るし、戦闘機なんて部品を溶かして飛んでるようなもんだ。予備部品がない状態では長くは持たねぇ。
「腹が減っては戦はできねぇ...そうだろ、ヴィータ」
「刀も無しに戦はできぬ、とも言うかもしれないがな。この場合は」
補給が構築されている軍という存在が、いかにありがたいか──こんなところで思い知ることになるなんてな。
「まぁ、そいつを考えても仕方ないよ。今日のところはセリカを取り返せたんだし。明日に備えて寝るべきじゃないか」
「コブの言う通りだな。帰ったらさっさとシャワーを浴びよう」
そうして、兵士の一団は、星空煌めく砂漠を進んで行ったのだった。
用語解説: 傭兵
「あの戦争でクリスタル・キングダムが傭兵を狩り尽くしてさえいれば...。くそっ」──AC432年5月14日、ポイント・リフュージ防衛部隊指揮官
大厄災後の世界における傭兵の意味は、決して小さなものではない。ある意味では、彼らは世界を裏から動かす存在でもあったからである。
円卓を自らのマークとして用い、一兵卒から電子戦スペシャリスト、果てはパイロットに至るまで、戦場における職域のほぼ全てを網羅する彼らに共通点があるとすれば、それは金儲けを目的にしている点である。
それ故に、彼らの中には誘拐や海賊行為といった、露骨な犯罪に手を染める者もいる。
国家というものに無縁な彼らの中には、元連邦航空アカデミーの教官であったにも関わらず、カスカディア独立戦争でカスカディアに付いた者もいる。
その歴史は古く、アフター・カラミティ暦が始まる以前より、傭兵を管理する巨大組織「カバル」が存在していた。
このカバルは、以後の400年に渡り、世界の裏側で暗躍し、数々の政治事件や犯罪の黒幕として振舞ってきた。
大厄災後の世界のパワーバランスを再編する目的で結成された巨大国家、太平洋連邦も、このカバルに対抗することがその目的にあったとさえ言われる。
このカバルは、AC417年のオセアニア戦争で一旦の壊滅をみる。オセアニア戦争の表向きの理由は、地熱資源の逼迫を理由としたオセアニアの連邦脱退騒動であるが、その真の理由は、カバルがオセアニアを傭兵国家として作り替えようとしたことが連邦政府に漏洩したことにあると言われる。
いずれにせよ、50万人の犠牲の果てに400年間世界を裏から操ってきた巨大組織は壊滅したとされるが、15年後のAC432年時点においても、太平洋連邦は偵察艦「FNS キャットアイ」をカバル追跡のために展開しており、完全に消滅したわけではないようである。
このカバルは戦闘機の設計・製造も行っていた。それこそがACG-01 キメラである。カバルの「復讐の化身」とも言われるこの機体は、その設計の少なくとも一部が、カバルの産業スパイにより、連邦の航空企業であるマガンスク航空設計局から盗まれたことが判明している。
オセアニア戦争終盤、オセアニア・ファウンドリーズ・グループにより製造された機体が発見された後、カスカディア・ナショナル・インダストリーズに製造権が移管されたこの機体は、カスカディア独立戦争後のカスカディア空軍主力機となる。
そのカスカディア空軍も、独立戦争でほとんどの軍勢力を失ったため、戦争後の主力は傭兵部隊であるカスカディア外人部隊が担うことになる。
この部隊は、シカリオ傭兵団の司令官であり、高貴な傭兵の血筋であるアーノルド・“カイザー”・フレンケンが司令官を務める部隊で、世界中の傭兵やフリーランサーの避難所となる。
カバルを壊滅させる戦争に、連邦側に立って参戦したカスカディアが、皮肉にもカバルが夢見た傭兵国家そのものになったわけである。
そして、このカバルとプロジェクト・ウィングマンの主人公であるモナークもまた無関係ではない。
AC430年、モナークが参加した
さらに言えば、カバルの主らは
もしこれが正しいのならば、カスカディア独立戦争後の傭兵達の
いずれにせよ、カスカディア独立戦争を経て、力を取り戻した傭兵達が誰に牙を剥くのか──それは、一度自らを壊滅へと導いたかの超大国であることは、誰の目にも明らかである。