ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第21話 あの日見た冬の空

 Side : 六平 千鉱

 

 天理を撃破したハクリと合流し、そのまま地下の方へと向かう。

 そこには"蔵"の中の物を搬出する用の扉が設置されている。

 俺達はその扉から蔵に入ることを目指していた。

 

「残りの"濤"の面子とは柴さんがやり合ってる。兄さんも居るから一筋縄ではいかないかもだけど……」

 

「杞憂かもな」

 

 目の前に広がったのは激戦の跡が残る場所。

 地面に転がる濤の面々と、中央で煙草を吹かす柴さんが居た。

 

「お、おつかれー」

 

 バイト終わりみたいなテンション感で来られた。

 まぁ予想通りではあったけど。

 

「柴さんってどんだけ強いの……」

 

 隣でハクリが唸る。

 

「薊さんが言うに、妖術師の中じゃ上澄みの上澄み」

 

「ほへぇ……アザミさんって誰……?」

 

 吹い終わった煙草を床に捨てグリグリした後、柴さんは例の扉を指さす。

 

「あの奥や。てかミナトくんは?」

 

「はぐれました。でも多分大丈夫です」

 

「雑なのか信頼してるのかイマイチ分からん顔やな」

 

 ミナトの事だ……恐らく大丈夫だろう……。

 気絶している濤の面々の横を通り過ぎ、扉の前に立つ。

 

「なんか神社の寺みたいやね。お参りしてく?」

 

「緊張感持って下さい、柴さん」

 

 進入禁止と言わんばかりの簡素な紐をちぎり、扉を開けて中を見る。

 

「……これって」

 

「嘘やろ……」

 

 ハクリと柴さんと一緒に目を丸くする。

 京羅の蔵に繋がる搬出用扉、それは見るも無惨な姿になっていた。

 粉々なそれを見て一瞬思考が飛ぶ。

 

「こっちからの侵入は最初から無理やったんか」

 

 柴さんの声が低く響く。

 

「……父さんのやりそうなことだ。万が一を備えて……」

 

「でもそれじゃあ……」

 

 俺達が今まで立てた作戦や奮闘は、一体なんの為に……?

 蔵に入れないのなら、椿姫や囚われた人達の救出が叶わない。

 

 どうする……考えろ……。

 このまま大人しく帰路に着く訳にはいかない……。

 蔵の中にはミナトの大事な……。

 

「──俺に考えがある」

 

 力強い言葉が聞こえた。

 

 振り返ると、出会った時からは想像もつかないほど逞しい顔をしたハクリが、俺をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side : ミナト

 

 顔に柔らかい何かが触れている。

 弾力のある枕みたいな、そんな感覚。

 徐々に意識がハッキリしてきて、それから自分が気絶していたことを思い出した。

 

(そうだ……今は楽座市の最中で……)

 

 姉さんが載っていたパンフレットがフラッシュバックされる。

 その瞬間に意識は覚醒し、俺は飛び起きた。

 

「わぁ!ビックリした!」

 

「アンタは……」

 

 どこか見覚えのある顔だった。

 凛とした瞳に特徴的な髪、ツインテールの要領で輪っかが作られている。

 その人がこの前、一緒に甘味処に行った人だと理解する。

 

「久しぶりだね」

 

「お金返せ」

 

「覚えてたか……生憎いま持ち合わせが無くって……。メンゴ」

 

「可愛い顔しても許してあげないよ」

 

「えー、私のことそんな風に思ってんだー」

 

 調子が狂う……。

 一体なんなんだこの人は、てか何でここに居るんだ。

 ここは楽座市の会場だ、一般の人は入れないハズじゃ──。

 

「──アンタも妖術師だったのか」

 

「大正解」

 

 嬉しそうな顔でそう答えた。

 

 楽座市にいるってことは、雇われの妖術師か漣家の関係者……?

 

「黙ってた訳じゃないけどね、言う必要も無いかなって」

 

「その口ぶりだと、俺が妖術師だってのは知ってたみたいだね」

 

「そりゃそうだ。だってキミ腰に刀差してたし」

 

 確かに……。

 それじゃ自分が妖術師だってアピールしてるようなもんだったか。

 

「それよりも──」

 

 ピッとある方向を指さされる。

 首を向ける……あっちは確か京羅が競売をしているメインステージの方だ。

 

「行かなくていいの?お友達もいたような気がするけど」

 

「何で俺の連れのこと知ってんの?」

 

 どこで情報探ってるんだ?この人は。

 

「今はそんなこといいでしょ?それに大事な目的もあるはずじゃん」

 

 ……正論を言われて思わず黙る。

 そうだよ、姉さんと囚われた人達の救出。

 それが最優先事項だ。

 

 Mr.イナズマのこともある。

 チヒロやハクリの後を追わないと。

 

「ありがとう」

 

「……何が?」

 

 首を傾げられる。

 

「久々李……変な男と戦ってから気絶してたんだ。そんな俺を安全な所まで運んでくれたから」

 

「くくっ……変な男って……!」

 

 目の前で笑いを堪えていた。

 その様子に俺も首を傾げる。

 

「ほら行きな、私を口説いてるヒマなんか無いでしょ」

 

「名前、聞かせてくれないか?」

 

「おお……そうきたか……。右嵐(うらん)だよ」

 

「そっか……今度会ったらちゃんと利子つけてきっちり返してもらうからな!」

 

「あはは、きっちりしてんね〜」

 

 そりゃそうだ、高校生にとってもお金は大事だ。

 薊さんに最近お小遣い減らされてんだからな、こっちは。

 

 くるりと踵を返してメインステージの方へ体を向ける。

 

「じゃあ俺は行かないと」

 

「うん、頑張って」

 

 その言葉を背に受け、俺はメインステージの方へ走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレて無さそうで良かった、私が毘灼だってこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは熱狂の渦だった。

 

 楽座市に来た性根の腐った奴ら。

 そいつらの汚らしい声が鳴り響いている。

 目の当たりにして思う、やっぱりこいつらはクズだ。

 

 そして、メインステージ中央に見えるのは漣京羅。

 場を仕切るように声を荒らげ、大袈裟に腕を振りかざしてアピールしている。

 今すぐにでも斬りに行きたい気持ちを押し殺して、視線の先にいる友達の元へ寄る。

 

「ハクリ……お前なんだその趣味の悪い仮面は。返品してきな」

 

「いやこれしか無いの。これで我慢するしかないの。俺だって選べるならもうちょっとマシなのにしてるって」

 

「あのヒゲとオソロだからね。ちゃんと同じ血が流れてんのな」

 

「なんだそれここにきて嫌味のつもりか?」

 

「いや、頼りになるなって……」

 

 ハクリが一瞬目を丸くして、フッと口角を上げる。

 

「チヒロとお前が信じてくれたから。力に目覚めたのはそのおかげだ」

 

「まぁ俺達には先見の明があるからね。仲良くしといて良かったわ」

 

「え、なにそれ。打算的な友情だったってこと?」

 

 地味にショックを受けた顔をハクリはしていた。

 

「冗談だよ。お前のおかげで姉さんを助けに行ける。チヒロは?」

 

「漣家の追っ手の相手をしてるよ」

 

 ポンとハクリが俺の肩に手を置く。

 

「俺と父さんの"蔵"はモノが違うけど、こっちから向こうの空間に何かを送ることはできる。今ミナトを登録したから、いつでも送れるよ」

 

「ハクリ……立派に育って……!」

 

「誰目線だよ」

 

 京羅の形成する蔵へ繋がる道が出来上がる。

 俺達の選んだ最善は間違ってなかった。

 ハクリを信じることがこの戦いの最重要ピース。

 

 ステージにいる京羅へ目を向ける。

 向こうも俺とハクリの方をじっと見つめていた。

 俺達の手口は多分バレてる。

 京羅も馬鹿じゃない、ハクリに刻まれた蔵の力をあっちも理解している。

 

 ハクリの能力を経由して、俺が京羅の蔵に入ってくることも予想しているはずだ。

 刃を交える覚悟は既にできている。

 

「学ラン……汚れてるぞ……」

 

 ハクリが俺の制服に付いた汚れを払ってくれた。

 

「お姉さんに見せるんだから、そんなカッコじゃみっともないぞ」

 

「……だね。でっかくなったとこ見てもらわなきゃ」

 

「父さんの蔵の中に人の気配は沢山感じるから、恐らくその中にお姉さんはいるはずだ」

 

「そんなことも分かるんだ」

 

 改めて思う、やっぱりエリート家系は地力が違うのだと。

 そして、その中でも特にハクリは群を抜いた才能があった。

 威葬と蔵の2種類の妖術の会得、味方ながらに末恐ろしい男だ。

 

「無理すんなよ、ミナト」

 

「そっちこそ。妖術って使い過ぎると体に毒らしいから」

 

「毒がなんだ。お前やチヒロの力になれるなら命だって懸けるさ」

 

「……ありがとう、ハクリ」

 

 初めは頼りないやつだと思っていた。

 漣家の悪しき風習に流されるだけの、自分の意志すらない人間なんだと。

 でも違った。

 その魂には真っ直ぐな精神が備わっていた。

 実の親と対峙するなんて、普通はできっこない。

 それでも、自分達の一族が犯してきた罪に向き合ったのはハクリだ。

 俺達がハクリを助けたんじゃない、俺達もハクリに助けられている。

 

 

 

 

 

 ──誰かが止めきゃいけないんだ。だったらそれは、漣の血が流れている俺の役割だと思うから。

 

 ──お前がいなきゃ俺達はこいつらに勝てない……!

 

 ──俺はお前を信じてるから。あの神奈備に襲われた時に言ってくれた言葉が、俺の中に残っているんだ。あの時も今も、嘘偽りなんて無いと思うから

 

 

 

 

 

 

 全部繋がっているんだ。

 正しいのか間違っているのか分からないまま選んだ道もあった。

 だけど後悔はしていない。

 選択を間違えたとも思わない。

 これで良かったんだ。

 俺とハクリとチヒロの想いは繋がっている。

 それが今の状況を作ってるのだから。

 

「じゃあ行ってくるよ」

 

「おう、俺もサポートするから」

 

 ハクリの仮面が揺らめく。

 視界が一瞬歪み、黒い泡のようなものが全身を包む。

 

「ケリつけてやる」

 

 覚悟を胸に、俺は敵の本拠地へと転送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side : 氷の肌の女

 

 心の真ん中にはいつも弟がいる。

 いつも私の後ろをトコトコついてきて、手を繋いで並んであげると花のように笑う、そんな子。

 身寄りの無かった私たち姉弟は、常に助け合って生きてきた。

 弟には幸せな人生を歩んで欲しいから、そのために必要なことは全部教えてきたつもりだ。

 

 ──流石に一緒には行けないよ。だってほら……俺がいたらお邪魔だろ?

 

 生まれつき肌が氷のように冷たく、居るだけで周りのものを凍らせてしまう奇怪な性質を持つ私を受け入れてくれた人がいた。

 こんな私を愛してくれた男の人に嫁ぐとなった時、弟も一緒についてきてくれると思った。

 

 ──俺は俺で頑張るからさ。姉さんはそろそろ自分の幸せのこと考えてよ。

 

 本当に良い子に育ってくれたと思う。

 他人を思いやり、常に優しく接する。

 どこに出しても恥ずかしくない自慢の弟。

 心残りがあるとしたら……しっかりとした学校に入って、立派な大人になるところを隣で見れないこと。

 離ればなれになる訳じゃ無いけど、いつも手の届く距離にいられるとは限らない。

 私の知らないところで大きくなっていくことに、少しだけ寂しさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にカネが貰えるんだろうな?」

 

 夫の裏切り。

 

 どうやら私を商人に売り飛ばしたらしい。

 

 漣家の人間に連れていかれる私の目に写った最後の夫は、大金を手にし卑しく笑っていた。

 こんな私に愛してると言った時とは別の人のように思えた。

 ただでさえ冷たい体が更に冷たく感じ、喉がカラカラに乾いていく。

 声を出そうにも上手く出ない。

 

 ぐにゃりと歪んでいく視界の中、心に浮かんできたのはずっと真ん中にいた弟の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──仲良かったんだ」

 

 商品として売られることが確定した私は、檻の中で生活することになった。

 その私にご飯を持ってきてくれた、白髪の少年。

 唯一の話し相手だったその子に、私はなんてことの無い身の上話をするようになっていた。

 退屈な獄中生活でその子に話す弟の思い出が、当時の私の心の支えだった。

 

 聞けばその子は家族の中で酷い扱いを受けているらしい。

 会う度に包帯やら傷やらでボロボロの状態になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日がその日らしいよ」

 

 いつもとは別の場所に搬送された私は、隣の檻の中にいる人にそう言われた。

 "その日"……私達が商品として売られる日。

 イロモノ扱いされて、好奇の目に晒され、果てには道具扱い。

 恐怖と、絶望と、諦め。

 少し前まで色付いていた世界が、今は灰色に見える。

 

 きっと、ここにいるみんなは同じ想いなんだろう。

 それぞれに帰りを待つ人や家族、恋人がいたはずだ。

 どこで道を間違えたのか。

 いや、間違えてなんかいない。

 真っ当に生きてきた。

 その結果がこれなのか。

 

「……ミナト」

 

 唯一の肉親の名を呼ぶ。

 か細く消えそうな自分の声はすぐに霧散してしまう。

 あの子がこんな場所に来るはずがない。

 私と連絡が取れなくなって心配はしているだろうけど、この世界はあの子がいる所とは全然別の場所。

 

 

 

 だけどもう、それ以外に縋りつけるものなんて、私には……。

 

 

 

 私達が閉じ込められている異空間に、1人の男がやって来た。

 左目に仮面を装着し、髭が特徴的な男性。

 その男は商品である私達を見渡した後、空間の天井付近を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──見て、お姉ちゃん!雪だ!

 

 ──本当だね。凄く綺麗……。

 

 毎年降る雪が姉弟揃って好きだった。

 冬は私の欠点を誤魔化してくれる。

 温もりは与えられないけれど、同じ体温を共有出来る。

 

 空から降る雪が、大好きだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でここに居るのか分からない。

 今頃学校で未来の為に努力をしているだろうと思っていたのに。

 

 暫く会っていなくても家族の顔は忘れない。

 忘れる訳が無い。

 大事に育ててきた弟なんだ。

 

 私たちがあの日、肩を寄せ合って眺めた冬の空。

 絶望の底、色のない檻の中で、あり得ないはずの光景が広がる。

 

 空間が歪み、そこから溢れ出したのは、白銀の火花とともに舞い散る結晶の群れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミナト……──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の視界を塗りつぶすように、しんしんと、けれど力強く。

 舞い散る雪の向こう側、かつて私の背中を追いかけていた小さな肩は、いつの間にか見違えるほど逞しくなっていた。

 

 天から送られた手紙のように、その雪は私の凍てついた心を溶かしていく──。

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