ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第22話 残光

 Side : ミナト

 

 刳雲の余生は、もういくらも残されていない。

 

 双城との死闘でその身の4割を失った刀身は、今日の楽座市という激戦を経て、さらに摩耗していた。

 当初は半分を保っていた刀躯も、今や全盛期の3割に満たないほどにまで目減りしている。

 

 妖術を振るうたびに削り取られていくその命は、確実に、そして残酷に終わりへと向かっていた。

 

(椿姫の奪還を急がないと……。流石に武器なしのステゴロで京羅に勝てるほど、この場は甘くない)

 

 目だけを動かして辺りを見渡す。

 頑強そうな檻がいくつか見えるが、椿姫らしき物は見当たらない。

 戦いながら見つけるしかないか……。

 

『──怖いけど、やらなきゃ……! 俺はMr.イナズマ……! 正義の雷を降す者だから……!』

 

 突入前、震えながらも前を向いた少年の顔がフラッシュバックする。

 姉さんと椿姫の奪還──それだけじゃない。

 ここに囚われたすべての人々を救い出す。そこまで成し遂げて初めて、俺たちの「勝利」と言えるのだから。

 

「ネズミが迷い込んだか……」

 

 黒い泡が弾け、地面に影が落ちる。

 

 そこにはサーベルを携え、冷徹な威圧感を放つ京羅が待ち構えていた。

 

「全部返してもらう」

 

「返す……?何をだ……?」

 

「とぼけるなよ。アンタの奪ったもの全部だ」

 

 刳雲の柄を握る手に力が篭もる。

 

「アンタのせいで悲しい思いをした人がどれだけいると思ってる。自由や、夢や希望を奪われる。それは……それはとても酷いことなんだよ」

 

「貴様が奪おうとしているのは漣家の矜恃……楽座市の歴史そのものだ」

 

「腐った自慢なんて聞きたくない」

 

 肺に溜まった熱い空気を吐き出し、重心を深く落とす。

 親指が震える鍔を力強く押し上げた。

 ボロボロになった刳雲が、俺の覚悟に呼応し、喚くように激しく震える。

 

 やるんだ……今ここにいる俺が……。

 

 薄汚れた軌跡に終止符を打つ。

 その為に俺は……。

 

 玄力の解放──。

 ありったけの力を足に込めて、その場から跳躍。

 ここまで辿り着いた、皆の力があったから。

 後はこいつだけだ。

 こいつさえ倒せば。

 

 再び訪れる、刳雲との一体化。

 まるで自分の手足のように力を振るえる。

 生まれつき備え付けられたスペックのように、自由自在に。

 

「"鳴"」

 

 玄力による加速+鳴の雷速。

 常人の視界には入らない程の速度を生み出し、一瞬にして京羅の背後へ回り込む。

 

「殺った」

 

 確信。

 こちらの動きについてきているとは思えない。

 後は刀をその首に差し向けるだけ。

 

 刹那──地面から這い出た白い杭が、思考の速度を追い越して脇腹を抉る。

 大きなダメージでは無い、だけどなんだあれ……?

 まるで生き物みたいにウネウネと、京羅を守る盾のように伸びている。

 

「ここは私の庭だぞ。これくらい造作もない。学生でも妖刀持ち、甘さは無い」

 

「そりゃどうも」

 

 "降"を発動し体の周囲に水を漂わせる。

 それらを銃の弾丸のように形態変化させ、順番に撃ち出していった。

 水弾の雨に京羅の防壁のリソースを割かせる。

 隙はこちらで作り出すものだ。

 

「小細工を」

 

 対抗するように京羅も弾丸を創り出す。

 互いの弾を撃ち合いつつ、次の手を考える。

 弾丸が互いに相殺され、砂煙と水飛沫が視界を埋め尽くす。

 

 京羅は動かない。

 指先一つで地表を歪め、千の針を、万の盾を無尽蔵に生み出し続けている。

 "蔵"はただの倉庫なんかじゃない、言わば京羅の領域。

 そこの主であり支配者は、思い描くままに世界を想像出来る。

 つくづく嫌になるな、エリートの血筋は。

 

 地面が大きく波打つ。

 俺の足元から巨大な顎のような構造物が迫り、退路を断つように周囲を囲む。

 

「"結"」

 

 空中に氷の足場を形成し、さらに高く跳ぶ。

 身体を喰らい尽くさんと迫った土塊が、空しく空を切った。

 

 そのまま折れた刳雲に全ての玄力を注ぎ込み、最短距離で肉薄する。

 鋼が噛み合い、散った火花が互いの瞳を照らした。

 

「よくもまぁそんなナマクラで。それでも渡り合えるのはさすが妖刀といったところか」

 

「そう思うなら返せよ、椿姫」

 

「何を言う、あれは取引で得た物だ。既に所有権は私にある、今更なかった事には出来んよ」

 

 サーベルを弾いて京羅と距離を取る。

 

「椿姫……あれは良い刀だ」

 

「……そういえば聞きたかったんだ。何であの時、淵天じゃなくて椿姫を選んだのかを」

 

 漣家に侵入した日、チヒロも淵天と一緒にその場にいた。

 淵天は妖刀、対して椿姫はただの刀だ。

 あの場で有利だったのは京羅だ……だけど選んだのは椿姫。

 

「商品としても登録してないよね。何か他に活用方法があるんだ?」

 

「私は商人だ。利用価値のあるモノをおいそれと手放すことはしない。君のような子供よりよっぽど有効活用することができる」

 

 地面を蹴り再びぶつかる刃。

 刳雲の刀身も極僅かになってきている。

 長期戦になればこちらが不利だ。

 

「そうはさせない!!」

 

 利き手じゃない左手をパッと開く。

 するとそこに、ポコポコと黒い泡が溢れ出始めた。

 

「──まさか」

 

「そのまさかだよ。育成成功したねアンタ」

 

 外界にいるハクリが「蔵」への登録を完了し、こちらへ送り込んできた一振りの刀。

 あいつには見えている。

 俺の意志が、戦況が。

 言葉を超えた絆が、最適な援護を呼び込む。

 

 受け取った刀で、京羅の胴を払う。

 京羅は凄まじい反応で身を捩るが、その体勢は大きく崩れた。

 

 言葉なんて要らない、気持ちが通じあっていればそれだけで充分なんだ。

 

「はぁっ!!」

 

 雷の放出。

 地を這う稲光が、京羅の四肢を絡め取り、その自由を奪う。

 

「──チィ!!」

 

 苛立ちの混じった舌打ち。

 再び迫る蔵の触手。

 接近されるのが怖いのが丸わかりだ、この機を逃す手は無い。

 ハクリが作ってくれたこのチャンスを、無駄になんてできない。

 

「轟け……刳雲ッ!!!」

 

 これが最後の一撃になる、そんな確信があった。

 双城に折られ、ボロボロになりながらも、今日まで俺を繋ぎ止めてくれた刀。

 

 溢れ出す稲妻が、迫りくる京羅の攻撃をことごとく粉砕する。

 

「妖刀が無くてもッ!!」

 

 腹の底から、未だかつてない密度の玄力を捻り出す。

 コントロールを誤れば自壊するほどの出力。

 

 地面を爆砕するほどの脚力で踏み込む。

 流れる景色。

 眼前に迫る、憎き仇敵。

 あとは、この一撃を叩き込むだけ。

 

 確かな手応え。

 肉を断ち、骨に届く振動。

 人を斬る感触には一生慣れそうにないが、今だけは違う。

 この一撃に、俺の、皆の、全ての感情を叩きつける──!

 

「がっ……!」

 

 京羅の口から鮮血が溢れ出す。

 続けろ、攻撃を。

 追撃の手を緩めるな。

 今ここで倒すんだ、超えるんだ。

 

 200年──!!

 それだけの歳月に渡り紡がれてきた楽座市の歴史。

 その分だけ悲しみや苦しみが生まれてきてしまった。

 その果てない呪いの連鎖を……。

 

 今日ここで断ち切る──!!

 

「全部返してもらうよ……アンタの手の中に在るもの全部……!」

 

 想いを……希望を……全て刀に乗せる……!

 これ以上……悲しむ人が生まれないように……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言ったはずだ、ここは私の空間だと……」

 

 刃が京羅の喉元を裂こうとした瞬間。

 俺の腕は、金縛りにあったかのように硬直した。

 いや、脳が、魂が、これ以上の振り抜きを拒絶している。

 

 視界に飛び込んできた、その姿に。

 

 雪のように白い肌。

 記憶にあるよりも少しだけ伸びた、黒と白が混ざりあった髪。

 そして、忘れもしないあの瞳。

 

 俺の中の思い出が……その人を視界に入れることで一気に思い起こされた……。

 

「姉さん……?」

 

 俺と京羅を隔てるように、盾として現れたのは。

 

「ミナト……」

 

 ずっと追い求めていた、最愛の姉だった。

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