Side : ミナト
刳雲の余生は、もういくらも残されていない。
双城との死闘でその身の4割を失った刀身は、今日の楽座市という激戦を経て、さらに摩耗していた。
当初は半分を保っていた刀躯も、今や全盛期の3割に満たないほどにまで目減りしている。
妖術を振るうたびに削り取られていくその命は、確実に、そして残酷に終わりへと向かっていた。
(椿姫の奪還を急がないと……。流石に武器なしのステゴロで京羅に勝てるほど、この場は甘くない)
目だけを動かして辺りを見渡す。
頑強そうな檻がいくつか見えるが、椿姫らしき物は見当たらない。
戦いながら見つけるしかないか……。
『──怖いけど、やらなきゃ……! 俺はMr.イナズマ……! 正義の雷を降す者だから……!』
突入前、震えながらも前を向いた少年の顔がフラッシュバックする。
姉さんと椿姫の奪還──それだけじゃない。
ここに囚われたすべての人々を救い出す。そこまで成し遂げて初めて、俺たちの「勝利」と言えるのだから。
「ネズミが迷い込んだか……」
黒い泡が弾け、地面に影が落ちる。
そこにはサーベルを携え、冷徹な威圧感を放つ京羅が待ち構えていた。
「全部返してもらう」
「返す……?何をだ……?」
「とぼけるなよ。アンタの奪ったもの全部だ」
刳雲の柄を握る手に力が篭もる。
「アンタのせいで悲しい思いをした人がどれだけいると思ってる。自由や、夢や希望を奪われる。それは……それはとても酷いことなんだよ」
「貴様が奪おうとしているのは漣家の矜恃……楽座市の歴史そのものだ」
「腐った自慢なんて聞きたくない」
肺に溜まった熱い空気を吐き出し、重心を深く落とす。
親指が震える鍔を力強く押し上げた。
ボロボロになった刳雲が、俺の覚悟に呼応し、喚くように激しく震える。
やるんだ……今ここにいる俺が……。
薄汚れた軌跡に終止符を打つ。
その為に俺は……。
玄力の解放──。
ありったけの力を足に込めて、その場から跳躍。
ここまで辿り着いた、皆の力があったから。
後はこいつだけだ。
こいつさえ倒せば。
再び訪れる、刳雲との一体化。
まるで自分の手足のように力を振るえる。
生まれつき備え付けられたスペックのように、自由自在に。
「"鳴"」
玄力による加速+鳴の雷速。
常人の視界には入らない程の速度を生み出し、一瞬にして京羅の背後へ回り込む。
「殺った」
確信。
こちらの動きについてきているとは思えない。
後は刀をその首に差し向けるだけ。
刹那──地面から這い出た白い杭が、思考の速度を追い越して脇腹を抉る。
大きなダメージでは無い、だけどなんだあれ……?
まるで生き物みたいにウネウネと、京羅を守る盾のように伸びている。
「ここは私の庭だぞ。これくらい造作もない。学生でも妖刀持ち、甘さは無い」
「そりゃどうも」
"降"を発動し体の周囲に水を漂わせる。
それらを銃の弾丸のように形態変化させ、順番に撃ち出していった。
水弾の雨に京羅の防壁のリソースを割かせる。
隙はこちらで作り出すものだ。
「小細工を」
対抗するように京羅も弾丸を創り出す。
互いの弾を撃ち合いつつ、次の手を考える。
弾丸が互いに相殺され、砂煙と水飛沫が視界を埋め尽くす。
京羅は動かない。
指先一つで地表を歪め、千の針を、万の盾を無尽蔵に生み出し続けている。
"蔵"はただの倉庫なんかじゃない、言わば京羅の領域。
そこの主であり支配者は、思い描くままに世界を想像出来る。
つくづく嫌になるな、エリートの血筋は。
地面が大きく波打つ。
俺の足元から巨大な顎のような構造物が迫り、退路を断つように周囲を囲む。
「"結"」
空中に氷の足場を形成し、さらに高く跳ぶ。
身体を喰らい尽くさんと迫った土塊が、空しく空を切った。
そのまま折れた刳雲に全ての玄力を注ぎ込み、最短距離で肉薄する。
鋼が噛み合い、散った火花が互いの瞳を照らした。
「よくもまぁそんなナマクラで。それでも渡り合えるのはさすが妖刀といったところか」
「そう思うなら返せよ、椿姫」
「何を言う、あれは取引で得た物だ。既に所有権は私にある、今更なかった事には出来んよ」
サーベルを弾いて京羅と距離を取る。
「椿姫……あれは良い刀だ」
「……そういえば聞きたかったんだ。何であの時、淵天じゃなくて椿姫を選んだのかを」
漣家に侵入した日、チヒロも淵天と一緒にその場にいた。
淵天は妖刀、対して椿姫はただの刀だ。
あの場で有利だったのは京羅だ……だけど選んだのは椿姫。
「商品としても登録してないよね。何か他に活用方法があるんだ?」
「私は商人だ。利用価値のあるモノをおいそれと手放すことはしない。君のような子供よりよっぽど有効活用することができる」
地面を蹴り再びぶつかる刃。
刳雲の刀身も極僅かになってきている。
長期戦になればこちらが不利だ。
「そうはさせない!!」
利き手じゃない左手をパッと開く。
するとそこに、ポコポコと黒い泡が溢れ出始めた。
「──まさか」
「そのまさかだよ。育成成功したねアンタ」
外界にいるハクリが「蔵」への登録を完了し、こちらへ送り込んできた一振りの刀。
あいつには見えている。
俺の意志が、戦況が。
言葉を超えた絆が、最適な援護を呼び込む。
受け取った刀で、京羅の胴を払う。
京羅は凄まじい反応で身を捩るが、その体勢は大きく崩れた。
言葉なんて要らない、気持ちが通じあっていればそれだけで充分なんだ。
「はぁっ!!」
雷の放出。
地を這う稲光が、京羅の四肢を絡め取り、その自由を奪う。
「──チィ!!」
苛立ちの混じった舌打ち。
再び迫る蔵の触手。
接近されるのが怖いのが丸わかりだ、この機を逃す手は無い。
ハクリが作ってくれたこのチャンスを、無駄になんてできない。
「轟け……刳雲ッ!!!」
これが最後の一撃になる、そんな確信があった。
双城に折られ、ボロボロになりながらも、今日まで俺を繋ぎ止めてくれた刀。
溢れ出す稲妻が、迫りくる京羅の攻撃をことごとく粉砕する。
「妖刀が無くてもッ!!」
腹の底から、未だかつてない密度の玄力を捻り出す。
コントロールを誤れば自壊するほどの出力。
地面を爆砕するほどの脚力で踏み込む。
流れる景色。
眼前に迫る、憎き仇敵。
あとは、この一撃を叩き込むだけ。
確かな手応え。
肉を断ち、骨に届く振動。
人を斬る感触には一生慣れそうにないが、今だけは違う。
この一撃に、俺の、皆の、全ての感情を叩きつける──!
「がっ……!」
京羅の口から鮮血が溢れ出す。
続けろ、攻撃を。
追撃の手を緩めるな。
今ここで倒すんだ、超えるんだ。
200年──!!
それだけの歳月に渡り紡がれてきた楽座市の歴史。
その分だけ悲しみや苦しみが生まれてきてしまった。
その果てない呪いの連鎖を……。
今日ここで断ち切る──!!
「全部返してもらうよ……アンタの手の中に在るもの全部……!」
想いを……希望を……全て刀に乗せる……!
これ以上……悲しむ人が生まれないように……!
「言ったはずだ、ここは私の空間だと……」
刃が京羅の喉元を裂こうとした瞬間。
俺の腕は、金縛りにあったかのように硬直した。
いや、脳が、魂が、これ以上の振り抜きを拒絶している。
視界に飛び込んできた、その姿に。
雪のように白い肌。
記憶にあるよりも少しだけ伸びた、黒と白が混ざりあった髪。
そして、忘れもしないあの瞳。
俺の中の思い出が……その人を視界に入れることで一気に思い起こされた……。
「姉さん……?」
俺と京羅を隔てるように、盾として現れたのは。
「ミナト……」
ずっと追い求めていた、最愛の姉だった。