ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第24話 白雷

 ──真打はもう二度と、誰にも使わせちゃいけない。

 

 刀匠・六平国重が遺したその言葉は単なる警告ではなく、呪いに近い祈りだった。

 

 世界を救い、同時に数多の地獄を積み上げた斉廷戦争。

 その惨劇の頂点に君臨したのがこの"真打"だ。

 

 世界を救ったと同時に、消えない傷跡を残した戦争である斉廷戦争。

 その時に猛威を振るったのがあの……。

 

「見るからにヤバそうだもんね」

 

「油断……なんてする訳ないか。流石のミナトも」

 

「どういう意味だよ、それ」

 

 言いながら抜刀。

 蔵の闇を撥ね退けるほどに峻烈な白、椿姫の刀身が露わになる。

 相手は強大、だけど……。

 

「取り零すことなんてしないよ」

 

「命を賭けてかかって来い」

 

 蔵の地面にヒビが入る。

 京羅の玄力が不安定になっているのか、地が割れ欠片が宙に浮き、やがて消滅していく。

 時間はそう残されていない。

 限られた時間内で京羅を、囚われている他の人達を救うんだ。

 

(にしき)

 

 チヒロの玄力反応である金魚が宙を泳ぐ。

 

(りん)

 

 チヒロの金魚が描く黒い軌跡に混じり、鮮血を思わせる赤い椿の花弁が空間を埋め尽くす。

 

 超速の居合術である凛で、一気に京羅との距離を縮めた。

 

 振るう白刃──それに対して京羅も真打をぶつけてくる。

 違和感。

 こいつ……鞘から刀を抜いていない……?

 

 勢いそのままに右腕を振るい、椿姫と真打の刃を交わす。

 響くのは澄んだ金属音。

 

「何それ……どういう仕組み……?」

 

 ギギギ……と押し合うように俺と京羅は力を拮抗させる。

 変な感覚だ、何で向こうは鞘をぶつけただけで、刀から出てくるような音を出せるんだ。

 まさか……その状態でもモノを斬れるっていうんじゃないだろうな?

 

(くろ)

 

 そこに飛んで来るチヒロの援護射撃。

 飛ぶ斬撃である涅は、京羅の背後からその身を切り裂かんと真っ直ぐに伸びてきた。

 

 その対処の為に、京羅は俺を押しのけ涅の斬撃に真打をあてがう。

 スパッ!と紙切れのように、涅が分断された。

 

「これまたエゲツない……そのまさかだったか……」

 

 疑惑が確信に変わる。

 いま目の前で、京羅は刀を鞘に入れたまま涅を斬ってみせた。

 

『鞘はホオノキっていう木で出来ているんだ。油分が少なくて加工がしやすい。別に何でもイイって訳じゃないだ』

 

 チヒロは刀鍛冶を目指しているから、その辺の話に詳しい。

 これが真実なら、京羅は木で玄力の塊を斬り伏せたことになる。

 

 刀鍛冶が最高の1本を作る際、一度に数本の刀を同時に打つ。

 真打は出来上がった数本の中で、最も出来が良い「最高傑作」のこと。

 チヒロの父さんが作り上げた妖刀の中で、最も出来の良い業物。

 その威力に思わず震え上がった。

 

(トンボ)

 

 不退の宣告。

 京羅の口から、呪いのようにその名が漏れる。

 

 京羅が刀を向けたのは俺の方。

 途端に地面から這い寄る、禍々しい草花。

 まるで侵食してくるかのように、蔵の地面を黒く染めていく。

 

 喰らっちゃ不味いということは、考えなくても分かる。

 

 その場から跳躍し、蜻と呼ばれた技の射程圏外へ。

 周囲に浮かぶ瓦礫を足場に、再び京羅へと接近する。

 こっちはチヒロと2人がかり……有利に事を運べるのは俺達の方だ。

 

 そう思い刀を握る手を強めた時、目の前の不可解な現象に目を見開く。

 

 京羅に纏わりつく昆虫のような紋様が、怪しく浮かび上がっている。

 その中央で刀を構える京羅が見えた。

 力を……溜めている……?

 そんな風に見えるのは俺だけだろうか……?

 

(ムカデ)

 

 言うやいなや、京羅を中心に円輪状に放たれる衝撃波。

 全方位攻撃とも言えるその一撃が、眼前へと迫り来た。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に椿姫を前に出し攻撃を防ぐ。

 ビリビリとした衝撃が腕を通して全身を走った。

 チヒロも淵天で斬撃をガードしていたようだった。

 

「……にしても、なかなか近付かせてくれないな」

 

 遠距離からの攻撃を主体に、京羅は組み立ててくる。

 特に今の蜈とかいう技、一瞬の溜めが必要そうだが攻撃速度が早すぎる。

 さっきはギリギリ椿姫で防ぐことが出来たけど、そう何度も使わせていいものじゃない。

 

 継戦の疲労やダメージもある、チヒロだってそうだろう。

 短期決戦──それが強いられている。

 

「う……ぁぁああ……!」

 

 そしてそれは、京羅の方も同じみたいだ。

 

「呑み込まれんぞ……私は……!」

 

 鼻血を垂らしながら京羅が唸っている。

 真打を地面に突き立て、それを支えに辛うじて立てている状況。

 体の限界を迎えそうなのは、向こうも一緒だ。

 

「抗ってるように見えるな」

 

 俺の近くへ跳んできたチヒロが言う。

 

「確かに、ひどく辛そうだ」

 

「あいつの傷も浅くはない。そして多分、この空間も時間の問題だろう」

 

「京羅が真打に慣れる前に斬る。使いこなされるとたまったもんじゃないよアレは」

 

「速度を上げる。ついてこれるか、ミナト」

 

「こっちの台詞だよ」

 

 チヒロと同時に地を蹴る。

 幸いなことに京羅の足は止まっている。

 妖刀──真打は強大な力。

 俺達の理解していない大きな代償でもあるんだろう。

 力を得る代わりに、それなりのリスクというものもあるみたいだ。

 

「こいつを殺すと蔵が一気に崩れる可能性もある。戦闘不能に抑えるぞ」

 

「不服だけどしょうがない」

 

 浮いている瓦礫を掴んで、京羅めがけて投げつける。

 俺には遠距離技が無い、常に接近戦を強いられる。

 使える物は使っていかないと。

 

「ハァ……ハァ……!(クモ)……!」

 

 今にも倒れてしまいそうな京羅が、再び言葉を放つ。

 瞬間、俺とチヒロの足元に蜘蛛の巣のような紋様が植え付けられた。

 赤黒く滲むそれは、俺達の足を固定させる。

 

「んだこれ……!」

 

「動けない……!」

 

 まるで蜘蛛の巣に引っ掛かる昆虫のように、身動きが全く取れなくなる。

 不味いぞ、この状態でさっきの技が飛んできたら。

 

(ムカデ)

 

 耳に届く最悪のフレーズ。

 再度顕現した邪悪な紋様が京羅の全身に巻き付く。

 次に起こる事が容易く脳内に流れて来た。

 

 来る……あの全方位斬撃が……。

 避けなければ、当たれば体は2つになる。

 だけど、俺達の足は言うことを聞かない。

 駄目だ……このままだと……。

 

 京羅の斬撃が胴体へ迫る──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前も選ばれたのか」

 

 意識が混濁し、蔵の風景が遠のく。

 そこに立っていたのは、かつて命を削り合った宿敵だった。

 

「双城……」

 

「覚えてたか」

 

「忘れる訳ないでしょ。殺し合った仲なんだから」

 

「結果を認める気はさらさら無いがな」

 

 けっ、と双城が吐き捨てる。

 ……ていうか、何でコイツが目の前に?

 

「何で俺がいるのか不思議って顔だな」

 

「その通り。アンタちゃんと死んだよな」

 

「刳雲との命滅契約がこの現象を引き起こしている」

 

 眉がピクつく。

 双城は続けた。

 

「俺は刳雲との親和性を高めた……それでも負けたがな。んで次にお前が刳雲と契約して、その繋がりは深いところまでいっていた。感覚としてあったんだろ?刀と自分が一体化している時が」

 

 その言葉にある種の納得と理解が出来た。

 あの感覚だ……刀と自分の境界が曖昧になり溶け合うかのような感覚……。

 

「それが俺にもあった」

 

「だからアンタは強かったんだ。刳雲と同調することで、その力を最大限引き出す。妖刀は応えてくれるから」

 

「平たく言うとそんなとこだな。だからこうしてお前とも会話出来てる。刳雲と繋がった者同士な」

 

 そういうことね。

 正直嬉しくないサプライズだけど、こんなことも起こるんだ。

 妖刀との繋がり……か。

 

「せっかくだけど、刳雲はもう無いんだ。今の戦いで全部使い切っちゃった。理解を深めることは出来たんだけど、本体が無かったらどうしようもないよね」

 

「はっ、なんにも分かっちゃいねーな。それでも学校通ってんのか?」

 

「はぁ?どういう意味だよ?」

 

「俺とこうして話せてるのが何よりの証拠じゃねぇか。刳雲はお前の中で生きている。刳雲は砕け、お前の血に溶けた。形こそ無くなったが、その性質はお前の体に刻まれている」

 

「──ッ!?」

 

 刳雲が……俺の中で生きている……?

 どういうことだそれ……。

 刻まれているって刳雲の力が?

 

「って向こうの男が言っていた」

 

 双城がとある方角を指さす。

 そちらに目を向けると、靱やかながらも確かな研鑽を感じられる肉体を持った男が立っていた。

 

「ど、どちら様?」

 

「巳坂伊武基──刳雲の初代契約者。数々の伝説を作り上げた英雄」

 

 初代……契約者……。

 巳坂伊武基……学校の授業で習ったことがあるぞ。

 斉廷戦争の終結に一役買った人だ。

 

「連綿と受け継がれてきたものが、今はお前の中に在る。刀は媒体、大事なのは使用者。認めたくねぇが、俺より更に深いところで刳雲と交わったお前なら……」

 

 双城の姿がブレていく。

 視界が揺れ、平衡感覚が損なわれていく。

 刳雲は……まだ俺の中に残っている……?

 それが本当なら──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ゆい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繰り出したのは氷の盾。

 

 虚空に結晶化した氷の壁が、蜈の全方位攻撃を真っ向から受け止める。

 衝撃波と氷の破片が混ざり合い、京羅の視界を遮った。

 

 同時に、俺とチヒロの足元を縛っていた蜘蛛の糸も解かれた。

 どうやら時限式の能力のようだ。

 

「ミナト……それ……」

 

 チヒロの顔が驚きで染まっていた。

 無理もない、自分で繰り出しといてアレだけど俺が一番ビックリしているんだから。

 

「うん、会っても嬉しくない人に教えてもらった。細かい話は後にしよう」

 

 刳雲が無くても能力は使える。

 その事実だけ分かれば充分だ。

 

(めい)

 

 半ば疑っていた。

 さっき出した結はそれっきりなんじゃないかと。

 たまたま俺の中にあった刳雲の残滓が、最後に力を貸してくれただけなんじゃないかと。

 それに、双城の言葉を完全に信じきるなんてことは流石に出来ない。

 不透明な力に頼るなんてことはあまりしたくないけど。

 

 椿姫に宿る赤い椿の花弁が、雷光に焼かれて白銀に輝く。

 

 体に電流を流して全身を活性化。

 これだけでさっきよりも更に速く動くことが出来る。

 

 頼りにはしない……使えたらラッキー程度……。

 それでもやっぱり──。

 

「凄まじいね、妖刀の威力は」

 

 あっという間に京羅との距離を詰め、椿姫を振り下ろす。

 攻撃は真打の鞘に阻まれるが、本丸はこの後だ。

 

(こう)!」

 

 唱えたそれは周囲の水分を集結させ、一振の斬撃と化す。

 半自動で動く水の斬撃が、まるで二段構えの攻撃のように京羅へと迫っていった。

 

「小癪な……!」

 

 京羅はそれを首を逸らして回避。

 代わりに右肩にスパッと切り込みが入る。

 

「まだ残っているのか……刳雲が……!」

 

「俺にもよく分かんないけどね!!」

 

 鞘が振り払われ、後方へ少し飛ばされる。

 地面に足がつく頃には、既に京羅が目の前まで肉薄してきていた。

 

 こいつ、傷を負う前より動けるようになってないか?

 素の身体能力も上がっているのか、真打の解放による影響で。

 

「真打はこちらの手にある。言ってしまえば貴様のそれは影打!背伸びしたところで届きはしない!」

 

「ベラベラ喋るね、舌噛むぞ」

 

「減らず口を!!」

 

 京羅の回し蹴りを椿姫でガード。

 足裏で地面を擦らせながら勢いを殺す。

 切り替わるように背後から出て行った黒い影が一つ。

 

「それはお前の所有物じゃない」

 

「六平千鉱、貴様の父親には感謝しないとな。こんな素晴らしい物をこの世に生み出してくれたのだから」

 

「父さんの意志を吐き違えるな!楽座市なんかの為に、父さんは刀を作ったんじゃない!」

 

「何が違う?何故違う?刀は人を斬る為の物だ。守るなんて綺麗事の為の物では無い!」

 

「お前が持っていていい物じゃないんだ!その力は!人の未来を奪う!」

 

 斬り合うチヒロと京羅。

 それを好機と捉え、静かに深呼吸。

 

 感じる……確かに感じるぞ……刳雲の息吹を。

 まだあいつは俺の中にいる、俺の中で息をしている。

 果ててない、刳雲の命は。

 

 深く刻み込まれた刳雲の力。

 これも刀との一体化が進んだ結果か。

 溶け合い、混ざり合い、ひとつになる。

 それが刀の"本領"を引き出すことになる。

 

 雲の無い雨が降れば、これから悪党が死ぬ。

 夏に霰あられが降れば、これから悪党が死ぬ。

 黒雲の無い雷鳴は、悪党が死んでいく音だ。

 

 この逸話はアンタが作ったんだろう?巳坂伊武基。

 

 アンタが目指した世界は……英雄達が死に物狂いで守ったこの国は……まだ戦いの音が鳴り止まない。

 

 なら俺が……この国から戦いを失くしてみせる……!

 もう悲しむ人が生まれないように……。

 理不尽に押し潰されないように……。

 

 皆が笑って幸せを享受出来るように……。

 

 そして──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ミナト……頑張って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大切な人とかけがえのない時間を過ごせるように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛……」

 

 居合いの構え。

 精神に一片の(かげ)りもなく、動作はただ最適解をなぞる。

 

 椿姫は常に主の意志に応え、今この瞬間、内に眠る雷鳴の残滓さえもが共鳴を始める。

 

 俺の意志に、願いに。

 

 そして今は刳雲も……。

 

 大気を震わせる轟雷。

 地を削り、理性を焼き切るほどの玄力が、京羅の視界を白く塗り潰していく。

 

 チヒロを飛ばしてこちらに向かってくるのが見えた。

 

 

 

「貴様を殺して、その力も奪うッ!!」

 

 

 強欲な絶叫に対し、ただ静かに、己の中にある"守るべき理由"を研ぎ澄ます。

 

 

「そうやって何もかも奪って、自分のモノにして……!」

 

 

 ──救うんだ……悪の手から……姉ちゃんを……。

 

 

 俺と同じように、姉を奪われた子どもがいた。

 

 

「他人の気持ちを理解しようとしないから……!」

 

 

 ──誰かが止めきゃいけないんだ。だったらそれは、漣の血が流れている俺の役割だと思うから。

 

 

 家族の在り方に抗う友達がいた。

 

 

「だから俺は……」

 

 

 ──あなたも男だからさ、大事な人は守れるように強くなるんだよ?

 

 

 そして、守ってあげなくちゃいけない人がいる。

 

 

 

 

「お前を斬らなくちゃいけないんだ!!!」

 

 

 

 

 爆ぜる稲光。

 "凛"の神速に、刳雲による肉体超活性を乗せた一撃は因果すらも超越する。

 

 

 

 

 

 ──世界から音が消える。

 

 

 

 

 

 思考が現実を追い越した瞬間、雷鳴すら置き去りにして、白刃が空間を両断する。

 

 極光を帯びた白銀が、瞬きすら許さぬ速度で京羅の胴を一閃した。

 

 

 

 激しい雷鳴が蔵を揺らしたのは残心を解き、静かに椿姫を鞘に収めた、その数秒後のことだった。

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