ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第25話 淡き夢の断層

 漣家に生まれた時から、いつかは自分の番が来るのだと理解していた。

 

 妖術師として名を馳せてきた漣家は、代々伝わる"蔵"の能力で商人としても名声を集めた。

 

 長年に渡り受け継がれてきた伝統を、譲られた花道を、全うすることが責務なのだと。

 

 多くを語らなかった父親の背から学んだ。

 

 ──私は全うした、次はお前の番だ。

 

 あの日の父親の瞳は忘れられない。

 

 期待と、希望と、脅迫を孕んだあの瞳を。

 

 絶やしてはならない、漣の誇りを。

 

 私もやり遂げなければ、歴代の当主がそうしてきたように。

 

 私も……皆と同じように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうやめたらいいわ、楽座市なんて」

 

 ただ一人だけ、私の腰を折る者がいた。

 病院のベッドの上で年々か細くなっていく私の妻だけが、唯一私に己の意見をぶつけていた。

 

「あなたを愛し、子どもにも恵まれた。感謝はしている。だけど……」

 

 楽座市が私と妻の関係を引き裂いた。

 

 一心不乱に、盲目的に、私は人生を駆けてきた。

 

 一族も大きくなった、子宝にも恵まれた。

 

 守るべき者が多くなった。

 

 引き継いだ伝統と、私の手で守り育てていかないといけないモノを思うと、私だけが下りるなんて選択は取れなかった。

 物事は上手くいっていた、順風満帆だった。

 

 それでも……。

 

「私はもっと、あなたに向き合って欲しかった」

 

 たった一つの妻の願いだけは、叶えることが出来なかったのだ。

 

 そしてそんな妻の最期の言葉が、ずっと喉に突き刺さっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 末端から温度が逃げていく。

 雪に閉ざされるような静かな死が、すぐそこまで来ていた。

 膝を着いた石畳に、どろりとした赤が模様を描く。

 驚きはない。

 ただ、背後に立つ少年の放つ雷の残響が、耳の奥でいつまでも鳴り止まなかった。

 

「アンタの負けだよ、漣京羅」

 

 今しがた私を斬り伏せた少年の声が、背中の方から聞こえる。

 目にも止まらぬ速さで、気付けば体を斬られていた。

 まるで雷その物のように感じる程の速度……。

 

「刳雲は……失われたと思ったが……」

 

 顔を向ける余力も残っていない。

 私はゆっくり地面に膝を着いてそう投げかける。

 

「刳雲は俺の中で生きてる……って双城が言っていた。本当かどうかは分かんないけど、確かに力は使えたから」

 

「双……城……?」

 

 何故死んだハズの男の名が出てくる……?

 それこそ目の前のミナトも、双城討伐の一端を担っただろうに。

 

「アイツも刳雲の契約者だったから。少しだけ会話が出来たんだ」

 

「……妖刀に……込められた……意志……か」

 

 似たような感覚を味わっている、今まさに。

 真打──勾罪を握ると同時に流れ込んでくるモノがあった。

 恐らくそれは剣聖の意志。

 私を飲み込まんとばかりに、意識の侵食を図ってくる。

 

 地を這う禍々しい草花。

 曲がりなりにも真打を手にした私だから分かる。

 これは人の生命を吸う、危険なものだ。

 瀕死の今でこそ、より活発に私の身体を侵す。

 

 握り締めた真打から、どす黒い奔流が流れ込む。

 それは剣聖の執念か、あるいは漣家が積み上げてきた業か。

 視界の端で、禍々しい草花が私の肉を苗床に咲き乱れる。

 

 濤の顛末は知っている。

 天理も宗也もやられた。

 私だけがのうのうと……生き残る訳には……。

 

 ──私は全うした、次はお前の番だ。

 

 脳裏に響く父の声音は、もはや慈しみではない。

 

 逃れられぬ脅迫として私を縛り上げる。

 

 私だけがこの花道を汚したまま果てることなど許されない。

 

 漣の誇りを絶やすな。

 

 その狂気にも似た義務感が、死に体の心臓を無理やり跳ねさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蔵が崩壊する……その前に捕まってる人たちを助けないと……」

 

 周りの状況を見て冷静にそう判断するのはチヒロだ。

 彼の言う通り、京羅の作り出した蔵は崩壊を始めている。

 地面はヒビ割れ、空間に歪みが生まれていた。

 このままだと長くは持たない……そこにいる誰もがそう感じ取っていた。

 

「でもどうやって……?」

 

 俺の疑問にチヒロは即座に回答した。

 

「ハクリに転送してもらうんだ。入ってきた時に確認しておいたんだが、俺やお前の玄力をここにいる人たちに含ませることで、ハクリが外に出せるようになるんだ」

 

「便利すぎるぜハクリ」

 

 さすが漣家の子だ。

 あいつ1人で何人分の働きをしてるんだって話だ。

 やっぱりハクリが居てくれて助かった。

 

「ひとまず俺は捕まってる人たちに触れに行く。そうしたらハクリが順番に転送してくれるはずだ。ミナトはお姉さんの所へ」

 

「OK」

 

 指で輪っかを作ってサイン。

 チヒロの気遣いに感謝しつつ、姉さんの所へ向かう。

 大丈夫……だよね?

 怪我とかしてないよね……?

 

「ミナト!」

 

 その呼び声のする方へ顔を向ける。

 そこには俺に手を振る姉さんの姿が。

 良かった、思ったより元気そうだ。

 

「無事!?怪我は無い!?」

 

「うん、何とか」

 

 姉さんに駆け寄り肩に手を置く。

 うん、特に大きな傷とか怪我は無さそうだ。

 

「ほんと……良かったよ……」

 

 視界が滲む。

 目に溜まった涙が頬を伝って少しだけ流れ落ちてきた。

 ほんの少しの安心が、その感情を湧き立たせている。

 抑えきれない感情が胸の辺りで爆発しそうになっていた。

 

「助けてくれてありがとう……ミナト……」

 

 姉さんの細い腕に優しく包まれる。

 差し出された姉さんの腕は、記憶の中よりもずっと細く、頼りなかった。

 その温もりに触れた瞬間、張り詰めていた糸が切れ、視界がぶわっと滲む。

 

 ああ……ずっとこうしていたい……。

 やっと……やっと姉さんに再会出来たんだ……。

 今まで溜め込んできた想いも、話したいこともいっぱいある……。

 

 でも今はまだ楽座市の最中。

 敵の本拠地に居るんだ。

 だからこの気持ちは、後にとっておくんだ。

 

 全てが終わった後に、同じ時間を過ごせばいい。

 これからはずっと一緒に居られるんだから。

 

「ごめん姉さん、浸るのは後だ」

 

「……そうだね。あなたにはやれることがあるもんね」

 

 ポンポンと背中を叩かれ、俺達はお互いの体を離す。

 

「友達を手伝ってあげて」

 

「うん……!捕まってる皆を外の世界に連れ出してあげないと!」

 

 そうと決まれば俺もチヒロと同じように、俺自身の玄力を捕まっていた人達に含ませないと……。

 

 何はともあれ上手くいって良かった……。

 京羅は倒したことによって、今後の楽座市も開催することが出来ないハズだ。

 

 その時、不意に立ちくらみのようなものが訪れた。

 視界が歪み、足元がふらつく。

 

「……おっと、玄力を使いすぎたかな」

 

 咄嗟に踏ん張って体勢を直した。

 まぁ今日は戦ってばかりだったから、体も限界が来ているんだろう。

 いくら玄力量が多いからと言っても無限では無いんだよね。

 戻ったらヒナオさんに何か作ってもらおうかな。

 そうだ、姉さんの好物でも作ってもらおう。

 ずっと監禁生活を強いられていたんだ、姉さんには美味しい物を食べてもらいたい。

 

 それじゃあ早く皆をこの"蔵"から出してあげないと──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂気は消え失せてなどいなかった。

 

 一族への想いが、継がれてきた矜持が、死に近付く体に最期の力を与える。

 

 思い描いていた未来、約束されたはずの明日、心に灯した希望の光。

 

 追い求めていた眩しく輝くこれからの道を断ち切るかのように。

 

 斬撃は胎動する……──。

 

 

 

 

 

 音はなかった。

 

 

 ただ、目の前の景色が、真っ赤な線によって上下に分かたれた。

 

 

 僅かに残っていた京羅の玄力が、真打の黒い波動と混ざり合い、一筋の凶刃と化す。

 

 

 咄嗟に俺を突き飛ばし、身代わりに立った姉さんの背中。

 

 

 舞い上がる鮮血が、スローモーションのように視界を焼き尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伸ばした手は、空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ……さん……」

 

 

 目を疑った。

 

 

 頭が理解を拒んだ。

 

 

 しかし目の前の光景は現実を突き付けてくる。

 

 

 僅かに感じた京羅の玄力反応。

 

 

 彼から放たれた一振りの太刀筋は。

 

 

 

 

 

 ようやく救われたと思っていた姉さんの体を、いとも簡単に斬り裂いた。

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