第27話 人探し
次の日には姉さんのお墓を作った。
安らかに眠って欲しくて、お金はなかったが柴さんと薊さんが工面してくれた。
二人の厚意を胸に刻み、花を供え、手を合わせる。
天国にいる姉に、ただ思いを馳せた。
この悲しみは乗り越えられない、今はそう思っている。
だけど、それでいいんだ。
すべてを過去にして笑える人間なんて、そう多くはないはずだ。
誰もが癒えない傷を抱え、それでも歯を食いしばって今日を生きている。
後ろばかり向いていても始まらない。
無理にでも前を向く。
この悲しみを背負ったまま、また今日から歩き出すんだ。
「安心して眠ってよ、姉さん」
墓石に触れ、そっと目を閉じる。
瞼の裏には、今も姉の笑顔が焼き付いている。
大丈夫だ。
姉さんが生きた証は、確かに俺の中にある。
人の記憶や生きた軌跡は、遺された者へと紡がれていく。
姉さんの分まで生きる。
それが、俺にできる唯一の恩返しなのだから。
「じゃあ、また来るよ」
静かな丘の上。
ここなら誰にも邪魔されず眠れるだろう。
墓を後にしたその時、ポケットの携帯が震えた。
「チヒロか、話は終わった?」
『ああ、また忙しくなる』
吹き抜ける風には、冬の刺すような冷たさが混じっていた。
〇
妖刀契約者──。
かつて斉廷戦争を終結させた英雄たち。
チヒロの父・六平国重が打った「妖刀」を用い、小国の侵略を退けた者たちだ。
終戦後、役目を終えた妖刀は六平家で厳重に保管され、国には暫しの安寧が訪れた。
だが、毘灼の台頭によりその平和は脅かされる。
刳雲や真打のように、悪人にその力が渡ってしまった経緯もある。
まるでそれに付随するかのように……。
「契約者の居る場所が襲撃に遭ってるって?」
チヒロが重く頷く。
国重が殺害された後、契約者たちは日本各地で神奈備によって保護されていた。
だが今、その所在が割れ、次々と狙われ始めているという。
狙いは十中八九、契約者の命。
そしてそんなことをする奴らは……。
「毘灼の仕業か」
「ああ、現場に印が付いた奴が居たみたいだ」
俺は思わず鼻を鳴らした。
楽座市でも刃を交えた連中だ。
目的は不明だが、奴らは妖刀の力を独占しようとしている。
そのためには、契約者の命が邪魔なのだ。
だから人の命を狙う──。
「放っておけないね」
ガタン、と列車が揺れる。
契約者の一人、漆羽洋児が潜伏していた"国獄温泉"が襲撃を受けた。
これを受け、チヒロと仮の協力関係にある神奈備は、彼を現場へ派遣することを決定。
さらに"蔵"の能力を持つハクリを同行させ、契約者の保護と妖刀の回収を同時に行う算段だ。
「ちなみにさ……」
「どうした?」
今更ながらの疑問を、俺はチヒロに投げた。
「神奈備に俺の事って知られてるの?」
神奈備には薊さんが居る。
もちろん彼もチヒロの事は知っていたが、神奈備には今まで伏せてきていた。
それと同様に、俺も神奈備には存在が伏せられているのかなと思った。
「知られてたぞ」
チヒロは淡々と言い添えた。
「"炎骨"の人が本部の人達に報告してた」
「"炎骨"……ああ、あのおっかない人か」
頭に思い浮かんだのは鋭い目の気が強い女の人の顔。
怖かったな、あの人。
「なんか不味いことでもあんの?」
ハクリが隣で首を傾げる。
「いや、変に目を付けられると動きづらくなるかなって」
「ああ〜、確かにね」
「時間の問題だと思うけどな。ミナトは刳雲の力を使いこなしている。楽座市であれだけ派手に立ち回ったんだ、隠し通せるはずもない」
「だよね〜、楽座市に神奈備も居たからな〜」
思わず苦笑い。
まぁ当たり前と言えば当たり前か。
あれだけ派手に刳雲の力を使ったんだ、マークされていても何らおかしくはない。
「機会があれば顔を見せに来いって言ってたな」
「親戚の集まりか。行きたくねぇ〜」
そうこうしているうちに、目的地"愛宕駅"に到着した。
朱塗りの鳥居を模した入口が特徴的な、この界隈では大きな駅だ。
ここで漆羽さんと合流する手筈になっている。
『妖刀契約者は命滅契約によって、生まれつき刻まれた自身の妖術が使えない。護身用の刀は持ってるかもしれないけど、戦うとしたら基本的な剣術しか使えないんだ。だから護衛が要る』
車中でのチヒロの言葉がリフレインする。
妖刀さえあれば一騎当千だが、それが奪われた今の彼は無防備に近い。
違和感──。
妖刀と契約を結ぶと生来の妖術は使用不可になる。
けど、刳雲と契約を結んだ俺は楽座市で"凛"を使うことができていた。
例外……?
何でそんなことが起きているのか、俺自身分からない。
考えても仕方の無いことだから、ひとまずは胸の中にしまっておく。
今はとりあえず漆羽さんを探さないと。
見た目とかで分かりやすくしてくれてたらいいんだけど、そしたらそれはそれで敵に見つかりやすくなっちゃうか。
今はまず、漆羽さんを見つけるのが先決だ。
チヒロ、ハクリと三手に分かれ、構内を捜索する。
特徴は聞いている。
「緑がかった髪を後ろで縛り、目尻に赤い隈取りがある男」。
だが、この雑踏の中から一人を探し出すのは骨が折れる。
「あれ?そこに居るのはもしかして?」
背後からかけられた声に、肩が跳ねた。
聞き覚えのある、どこか浮世離れしたトーン。
振り返ると、見覚えのある女性がひらひらと手を振っていた。
「右嵐……さんか」
「何その後付け感のある"さん"は。また会ったね、ミナトくん」
今日で会うのは3度目……か。
街中と楽座市の会場でも会った彼女、右嵐さんはこちらへ駆け寄ってきた。
「行く先々で会うね」
「だね。惹かれ合ってるんじゃない?」
「冗談キツイって」
「つれないなぁ!」
頬を膨らませる彼女は、今日はいつもと雰囲気が違った。
髪を下ろし、私服に身を包んだ姿。
やけに新鮮だ。
「こんな所で何してんの?」
聞くと右嵐さんは、ニコニコと笑顔を浮かべながらその場でくるりと回った。
「プチ旅行だよ。リフレッシュってやつ。まさか君に会えるとは思ってなかったけどね」
「じゃあ今日はオフなんだ」
「そゆこと。それよりさ、どう?いつもと雰囲気違くない?」
右嵐さんはモデルのようにポーズを取ってみせる。
自分で言うものなのか……と思いつつ、率直な感想を述べることにする。
「大人の女性って感じだね」
「平均点みたいな回答するね。もっと女性を喜ばそうとか思わないわけ?」
「悪いけど、今それどころじゃないんだ」
「コンニチハ、お急ぎですか?」
「……?ああそうだよ、人を探してる」
相変わらずノリの掴めない人だな……。
感性が独特というか……。
この人にペースを合わせられる人は絶対少ない。
「人かぁ……。どんな人なの?」
「言っても分かんないでしょ」
「まぁまぁそう言わずに!もしかしたらすれ違ってるかもしれないじゃん!」
すれ違ってたら手遅れだろ……。
頭をポリポリかきながら、仕方無いので漆羽さんの様相を伝えることにする。
「緑がかった髪を後ろで縛って、目尻に赤い隈取りがある人だよ」
格好も聞けてたら良かったんだけど、流石にそこまでは分からないようだった。
そりゃそうだよな、着る服なんていつも変わるし。
「う〜ん……後ろで縛ってる人かぁ……」
顎に手をやり考える仕草をする右嵐さん。
正直あんまり期待はしてないけど、些細な手掛かりでもあれば良い。
「あ!そういえばさっき見たよ!」
「本当に?どの辺で?」
「あっちのホーム。今止まってる列車に乗ってった気がする」
彼女が指差したのは、俺たちが乗ってきた路線の向かい側。
「入れ違いになるとこだったのか……。どこの車両に乗ってるかな……」
「ごめん、そこまでは分かんない」
まぁそうだよね。
本当に居るかはともかく、手掛かりがあるだけ有難いと言えば有難い。
「チヒロとハクリにも伝えないと。車両をしらみ潰しに探すなら人手が多い方がいいさ」
「あ、でも……」
その時、構内に駅員のアナウンスが響き渡る。
『間もなく列車が発車します。危ないですので、ホームから離れて下さい』
「もう出ちゃう感じだね」
「タイミングのいいこって。とりあえず乗り込む!」
チヒロ達への連絡を優先したかったとこだが、漆羽さんと物理的に距離が生まれるのも避けたい。
幸い車両の数はそこまで多くない、1駅か2駅の間に全車両を確認することは出来そうだ。
居なかったらまた戻って来たらいいだけ。
最後尾の車両に乗り込む。
俺が扉を通ったすぐ後に、列車の扉がプシューと閉まった。
「漆羽さん……乗ってるといいんだけど……」
「だね〜、見つかるといいね〜」
「ってなんでいるの!?」
見ると涼しい顔で右嵐さんも列車に乗り込んでいた。
「こっち方面に用があるし。君とももうちょっと一緒に居たかったからね」
「さいでっか……。悪いけど、あんまり構ってやれないよ?」
「さては私のこと面倒臭い女だと思ってるな?」
半分当たり……と思ったけど流石に口には出さないでおいた。
口にすると余計に面倒臭いことになるのが目に見えているからだ。
さて、最後尾の車両に乗り込んだ訳だからここから、1人ずつ乗客を見ていけばいいってことだ。
漆羽洋児さん、居るといいんだけど。
──その時だった。
身の毛がよだつ感覚が走る。
そしてそれが玄力の反応を察知したのだと、刹那の間に気付いた。
いる……敵が……近くに……。
静かに椿姫を抜き前方を向く。
恐らく妖術師が居るのは前方車両。
数は複数……対してこっちは1人……。
「ここに居て、右嵐さん」
「忘れた?私も妖術師だよ?」
「だとしてもだ。アンタいま丸腰でしょ?それに……せっかく綺麗にしてるんだから、汚させたくない」
「──ッ!?……こいつは1本取られたね」
右嵐さんは意外そうに目を丸くした後、楽しげに後方へ下がっていった。
彼女がどんな術を使うかは知らないが、今は"守るべき一般人"として扱う。
──ミナト……あなたは優しくて強い子だから。
脳裏に姉の穏やかな声が響いた。
分かってるよ、姉さん。
もうあなたみたいな人を生まない為にも。
「アンタは俺が護るよ」
連結口を通って前の車両の扉を開ける。
するとそこには、ご丁寧に刀を抜いた4人の妖術師が並んでいた。
毘灼の追っ手……だろうな、恐らくは。
こいつらは、漆羽さんがこの列車に居ると確信を持って乗り込んでいるのだろうか。
いいや、答えはこの後に聞き出せばいい。
「たった1人か、すぐに終わりそうだな」
「いや待て、こいつもしかして」
俺は玄力を解放する。
青白い雷光がバチバチと車内を駆け巡り、空気が重低音で震えた。
「出番だよ」
時間をかけるつもりはない。
人の命を奪うことに躊躇いがない奴らを、野放しにはしておけない。
呼応するように、白い刀身が鋭く唸りを上げた。