ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第28話 鉄路

 Side: チヒロ

 

「ミナトは?」

 

 こちらに駆けてきたハクリに、その問いを投げかける。

 肩を上下させ、わずかに息を切らしたハクリが苦渋に満ちた表情で口を開いた。

 

「分かんねえ。別れてからは全然別の方向に行ってたから」

 

「携帯も繋がらない……。どこに行ったんだ……?」

 

 護衛対象である漆羽さんはハクリが見つけてきてくれた。

 あとは全員で合流し、次の目的地へ向かうだけだというのに。

 

 握りしめた携帯電話の画面は、虚しくも呼び出し音を繰り返すだけだ。

 おかしい。

 いつもなら、俺の着信には誰よりも早く反応するのがミナトなのに。

 

「もう1人仲間が居るのか?」

 

 その声に思わず顔を上げる。

 

 ハクリの傍らに立つ人物──編笠を深く被り、その隙間から鋭い光を宿した瞳を覗かせている。

 

「漆羽さん……でいいですよね?」

 

「OKだ。でも自己紹介は後。追っ手が来てる」

 

 漆羽さんが顎で背後を示す。

 その視線の先、ホームの向こうから毘灼が雇ったであろう妖術師たちが、獲物を見つけた獣のような足取りでこちらへ肉薄していた。

 

「時間が無い。ミナトには後続の列車で追いついてもらおう」

 

 ハクリの提案が今の最善だ。

 ミナトには悪いが、今は漆羽さんの安全を最優先しなければならない。

 

「漆羽さん、これに乗って。次の目的地まで俺達で守ります」

 

「おし、任せた」

 

 ハクリ、漆羽さんに続いて列車に滑り込む。

 俺が列車の扉を潜った直後、プシューという無機質な排気音と共に、外界を拒絶するように扉が閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使えば使うほど、この刀は身体の一部のように馴染んでいく──。

 

 その"奥行き"に触れるたび、昨日よりも鋭く、昨日よりも重く刀を扱える実感が湧く。

 学んだことが血肉となり、技へと昇華されていく感覚。

 

「鳴」

 

 刹那。

 刀身から弾け飛んだ放電が、狭い車内を白銀の閃光で塗り潰した。

 焼けるようなオゾンの臭いが鼻を突く。

 幸いこの車両に乗客はいない。

 手加減という微調整を捨てた雷の奔流が、一直線に敵を貫かんと伸びる。

 

 だが、流石は毘灼の息がかかった手駒だ。

 目の前の四人は、網膜を焼くような閃光を紙一重で回避してみせた。

 

「雷だと……!?こいつの妖術か……!?」

 

「距離詰めろ、射程外から殺られるぞ!」

 

「手遅れだけどね」

 

 直線的な通路において、距離を詰めるという判断は正解であり、同時に致命的な悪手だ。

 

 殺意に急かされ、一直線に肉薄してくる術師たち。

 

「降」

 

 放たれたのは、水の重みを伴う飛ぶ斬撃。

 三日月状に奔った二条の刃は、先行する二人の胴体を鮮やかに断ち切った。

 窓ガラスに、どろりと熱い赤が飛び散る。

 

「結」

 

 間髪入れず、足元から絶対零度の波動を走らせる。

 逃げ場のない床を伝う氷結が、残る二人の足を瞬時に凍てつかせ、自由を奪う。

 

「凛」

 

 最後の一撃。

 超速の抜刀術。

 居合の極致を叩き込んだ瞬間、俺は既に刀を鞘へと戻し始めていた。

 遅れて、斬られたことさえ悟らぬまま二人の身体が崩れ落ちる。

 

「しまった、これじゃ話を聞けない」

 

 愛刀『椿姫』を軽く振り、刃に付着した不浄な血を飛ばす。

 静寂が戻った車内で、独りごちた。

 

 毘灼からの刺客。奴らは常に影に潜み、他人の手を汚して目的を遂行する。

 一体どれほどの戦力を、そしてどれほどの憎悪を蓄えているのか。

 なぜ、あんな連中の元に人が集まるのか。

 

 ……理解に苦しむ。

 

「終わった?」

 

 連結口の扉が開き、右嵐さんがひょこっと顔を出した。

 足元に転がる惨劇の跡に、彼女はわずかに目を細める。

 

「ちょうどね。前の車両に移動しよう、こんな所に居たくない。足元気を付けて」

 

「は〜い」

 

 血溜まりと亡骸を軽やかな足取りで飛び越え、右嵐さんがこちらへ歩み寄る。

 ……動じていない。死の臭いに、あまりに慣れすぎている。

 それが妖術師という生き方の証明なのだろうか。

 

「怪我は無い?」

 

 念の為確認する。

 

「おかげさまで」

 

 そう言いながら、彼女はポケットから柔らかなハンカチを取り出した。

 驚く間もなく、それがそっと俺の頬に触れる。

 

「血、付いてる」

 

 そして慈しむような手つきで、頬の汚れが拭い去られる。

 

 ──ほら、そんなに口汚して。拭いてあげるから。

 

「あ……」

 

 目の前の光景が、セピア色の記憶と重なった。

 幼い頃。

 まだスプーンさえおぼつかず、食事のたびに口元を汚していた俺。

 それを、いつも笑いながら拭いてくれていた──。

 

「……?どした?」

 

 右嵐さんの姿と、死に別れた姉の面影がダブって見える。

 反射的に、頬に添えられた彼女の手を、そっと握りしめていた。

 

「え?え?何これ、新手のナンパ?」

 

「……姉さん」

 

「ね、姉さん……?」

 

 違う。

 目の前にいるのは他人だ。

 けれど、どうしてだろう。

 この人の振る舞いのどこかに、姉さんの温もりを感じてしまう。

 

「よ、よく分かんないけど……」

 

 右嵐さんは困惑したように目を泳がせた。

 だが、次の瞬間には柔らかな笑みを浮かべ、空いた方の手で俺の頭を優しく撫でる。

 

「守ってくれてありがと」

 

 その言葉に、胸の奥に澱んでいた何かがスッと軽くなるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、楽座市で……」

 

 あの日、あの地獄のような競売会場で起こったことを、右嵐さんに話した。

 思い出すだけで心が軋むような出来事を他人に伝えるのは、相応の勇気がいる。

 けれど、彼女は茶化すこともなく、静かに俺の言葉を受け止めてくれた。

 

「……辛い経験をしてきたんだね」

 

 その真っ直ぐな肯定に、どれほど救われただろう。

 同情が欲しいわけじゃない。

 ただ、自分の中に溜め込んだ毒を、誰かに分け与える場所が必要だったんだ。

 

 姉さんと重なる彼女の笑顔。

 その安堵感に甘えた自分を思い出し、急激に顔が熱くなる。

 

「あ、あの……さっきは変なこと言ってゴメン……」

 

「ん?変なことって?」

 

「いや、その、姉さん……って呼んじゃったこと……」

 

 羞恥心で消え入りたくなる。

 知り合ったばかりの女性を、よりによって「姉さん」だなんて。

 こんなのチヒロやハクリに知られたら、一生の笑い草だ。

 

 恐る恐る視線を上げると、そこにはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた彼女がいた。

 

「ふ〜ん……私のこと、そういう風に見てたんだぁ……?」

 

「ち、違う! 別にそんなつもりじゃ……!」

 

「ほれほれ。いいんだぞ? 甘えたくなったら、いつでもお姉ちゃんって呼んで?」

 

 肘で脇腹を小突かれる。

 ……やってしまった。とんでもない弱みを握られた。

 楽しそうな彼女の横顔を、恨めしげに見つめることしかできなかった。

 

 各車両を確認しながら前方へ進んだが、結局、漆羽さんらしき姿は見つからなかった。

 

「くそ、空振りか……」

 

「ごめんね、私のせいで」

 

「いや、右嵐さんのせいじゃない。とりあえず、元の駅に戻ろう」

 

 タイミング良く、列車がホームに滑り込む。

 向かいのホームの列車に乗れば、チヒロたちと別れた駅まで引き返せるはずだ。

 

「私は、ここから先の駅で降りるから」

 

「え……そうなの?」

 

「うん。別の場所にちょっと用があってね」

 

 さらりと告げる彼女の言葉に、胸の奥で小さな寂寥感が広がる。

 もう少しこの人と話していたかった。

 そんな子供じみた願いを、口に出せるはずもない。

 

「そっか。それじゃあ、今日はお別れだね」

 

「だね。強く生きるんだぞ、少年」

 

 ヒラヒラと手を振る彼女の姿が、閉まるドアの向こうへと消えていく。

 俺は彼女が見えなくなるまで見送り、逃げるように向かいの列車へ乗り込んだ。

 

「……あ! 貸したお金、返してもらうの忘れた!」

 

 気づいた時には、列車は既に夜の闇を切り裂いて走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side:ハクリ

 

 漆羽さんと合流した俺とチヒロは、仙沓寺行きの列車に揺られていた。

 

 ミナトという欠員を出してはいるが、チヒロは「あいつなら心配いらない」と断言していた。

 確かに、あいつの実力と判断力なら、どんな困難も乗り越えて後から追いついてくるだろう。

 

 ──で。問題は、目の前の漆羽さんだ。

 

 一言で言うなら、この人は「ヤバい」人だった。

 

「まさか、また六平さんのために戦えるなんてな……!」

 

 最初に会った時は落ち着いた雰囲気だったのに、チヒロの顔を見た瞬間、その目はかっ開かれ、異様なまでの熱を帯び始めた。

 チヒロの一挙手一投足を食い入るように見つめ、果てには『淵天』を赤子のように抱きかかえて撫で回す始末。

 その間も、目は一瞬たりともチヒロから逸らされない。

 

「俺は六平さんが世界一カッコイイと思ってるんだ」

 

「はぁ……」

 

 その瞳は、憧れの英雄を語る少年のように輝いていた。

 

「……こんなこと聞くのもアレなんですけど。疑ったりは、しないんですか?」

 

 チヒロが恐る恐るといった様子で尋ねる。

 

「疑う?」

 

「はい。俺が神奈備の人間じゃないかもしれないとか、父の息子だという証拠がないとか……」

 

 チヒロの不安は理解できる。漆羽さんは追われる身だ。

 初対面の俺たちを、即座に味方だと判断する合理的な材料はない。

 気を緩めた瞬間に、喉元を掻き切られる可能性だってあるはずなのに。

 

「何をモサモサ言っとるんだ。君たちのどこに敵だと疑う要素がある? 俺の目はそんな節穴じゃないぞ」

 

 だが、漆羽さんは絶対的な確信を持って言い切った。

 

「その目、その声、その出で立ち。……どこをどう切り取っても六平さんだ。魂が語ってる」

 

「あの……息子です……」

 

「そんなこと分かってる……本当に……久し振りに会えた気分だよ……」

 

 漆羽さんの眼差しは、痛いほどに温かかった。

 

「一応、護衛はもう一人いるんです。ミナトっていうやつで」

 

「さっき言ってた、はぐれた子だな。大丈夫なのか、その子は?」

 

「大丈夫です。ミナトは──『刳雲』の力を使えますから」

 

 その言葉に、漆羽さんは一瞬、言葉を失ったように見えた。

 

「……驚いたな。今の契約者ということか?」

 

「……まぁ、そんなところなのかな」

 

 チヒロと顔を見合わせ、首を傾げる。

 真実は誰にも分からない。ミナト本人ですら。

『命滅契約』を結び、楽座市で猛威を振るった『刳雲』は、あの戦いで確かに消滅したはずなのだ。

 ミナトの体内に、その残滓を刻みつけたまま。

 

「ミナトから連絡だ。……どうやら後続で追っかけてくるっぽいな」

 

「お、やったな」

 

「『刳雲』の子か……会って話してみたいな。どんな子なんだ?」

 

 漆羽さんの質問に、俺は腕を組んで考える。

 

「うーん……ガリ勉、ですかね。刀を握ってる時間と同じくらい、ペンも握ってるっていうか」

 

「へぇ。……そうか。彼は『戦い』ではなく、『生きていくこと』をちゃんと見据えているんだな」

 

「……そうかもしれません。あいつ、お姉さんとの約束をずっと守ってるんです。学校のみんなに遅れを取らないようにって、毎日必ず机に向かってました。……それは、これからも変わらないんだと思います」

 

 亡き姉との約束。

 それが、ミナトを繋ぎ止めている楔であり、誇りなのだ。

 

「……ひとまず仙沓寺へ向かいます。そこにはもう一人の契約者、座村さんがいる。神奈備の護衛も厚いはずです」

 

「座村さんか。懐かしいな……。分かった、命、預けさせてもらうぞ。……あぁ、言っておくが今の俺は妖術が使えん。刀も鈍りきってる。正直、足手まといになるかもしれないぞ」

 

「正直なご報告、ありがとうございます」

 

「大丈夫ですよ。いざとなったら、『威葬』しますから」

 

 軽口を叩き合っていると、不意に車内に停車のアナウンスが流れた。

 列車が緩やかに、駅のホームへと滑り込んでいく。

 

 異変に気づいたのは、扉が開く直前だった。

 

 ホームに設置されたベンチ。

 そこから滴り落ちる、おびただしい量の鮮血。

 乱雑に積み上げられた、物言わぬ人体。

 日常の風景の中に、あまりに無機質に「死」が陳列されていた。

 

 それでも、列車はシステム通りに扉を開く。

 プシューという排気音が、やけに虚しく響いた。

 

「ハクリ……」

 

「おう。漆羽さんは任せて」

 

 チヒロが静かに刀を抜き、立ち上がる。

 その紅い瞳は、車内へ踏み込んできた薄桃色の長髪の男を射抜いていた。

 

「初めましてかな? 六平千鉱」

 

「御託はいい。……かかってこい」

 

 宙を舞う金魚。

 それは、凄惨な殺し合いの幕開け。

 

 ──君は『蔵』を使いすぎた。しばらくは妖術を控えた方がいい。

 

 柴さんの忠告が頭をよぎる。

 指先が、わずかに震えていた。

 

 けれど、自分の身の可愛さが、大切な友人を一人で戦わせる理由にはならない。

 

 

 

 ──最善はハクリを信じることだから。今までも、そしてこれからも。お前がいて良かったと俺はもう思ってるよ。

 

 

 

 あの日もらった言葉が、俺の原動力なんだから。

 

 チヒロは前方の長髪を。

 俺は席から立ち上がり、後方の妖術師集団へと相対する。

 

 俺だって戦うんだ。

 同じ覚悟を背負わなければ。

 

「背中は任せろ、"相棒"」

 

「頼むぞ"天才"」

 

 そうさ、俺は漣家の子。

 

 かつては恨んだこの遺伝子を、今は友達の為に使うんだ──。

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