ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第29話 鶴と金魚

 Side : チヒロ

 

「俺は昼彦。……六平千鉱、仲良くしよう」

 

 自らを昼彦と名乗る男の顔には、歪な笑みが刻まれていた。

 その手は、赤黒い血で汚れている。駅のホームに並べられた死体──漆羽さんの護衛たちの命を奪ったのは、コイツか。

 

 そしてその手には、"毘灼"の紋。

 

 父さんが殺された時には見なかった顔だ。

 あの後に毘灼に加入した人間。

 一体なぜ……何が目的でそんなことを……。

 

「……お前達は何がしたい?」

 

「命滅契約の解除。その為には契約者に死んでもらわないと」

 

「妖刀の力を振るうためか?」

 

「ご名答」

 

 昼彦が軽快に手を叩く。

 

血鶴(ちづる)

 

 流れるように腕を開くと、そこから白い紙切れが溢れ出した。

 それらは空中で意志を持つかのように、瞬時に形を変えていく。

 

「飛べ」

 

 鮮やかな折鶴へと変貌した紙切れが、銃弾以上の速度で加速する。

 だが見切れない速さじゃない。

 

「"錦"」

 

 淵天を抜き放ち、五感を研ぎ澄ます。

 視覚に恩恵を齎し、鶴の軌道を一本の線として捉える。

 避ける選択肢はない。背後のハクリに当てるわけにはいかないからだ。

 全ての羽を、一瞬で斬り落とすことだけに集中する。

 

 淵天の刃が折鶴と接触。

 玄力で硬質化されているようだが、所詮は紙。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 鶴の弾幕を盾に、昼彦自身が肉薄してくる。

 飛来する千羽の隙間から、奴の刀が喉元へ迫った。

 硬質な金属音が車内に響く。

 

「同年代の奴と遊ぶのは初めてなんだよ」

 

「……遊んでるつもりは無い」

 

「つれないね、何でそんなこと言うのかな」

 

 何だ……コイツ……。

 

「俺とお前は友達なんかじゃない」

 

 刀の押し合い。

 膂力は互角──。

 

「……!そうだな、友達を超えた理解者だもんな」

 

 背後から空気を切り裂く音。

 昼彦の刀を弾き、即座に重心を落とす。

 

「うおっと!」

 

 俺の頭上を通過した折鶴を、昼彦は体を反らして軽々と回避した。

 

「流石に自滅なんてカッコ悪い真似できないからね」

 

「"涅"」

 

 空いた距離を潰すように、漆黒の斬撃を放つ。

 が、昼彦は笑いながらそれを正面から叩き斬った。

 

 戦いづらい。列車という閉鎖環境に、囲まれているこの状況。

 

「チヒロ!」

 

 背後から、ハクリの鋭い声が飛ぶ。

 

「こっちは何とかする!お前は目の前の奴()()に集中してくれ!」

 

 迷いのない、芯の通った声。

 そうだ。ハクリはもう守るだけの対象じゃない。

 背中を預け、肩を並べて戦える仲間だ。

 漆羽さんも後ろで親指を立てている。

 

「頼んだ……!」

 

 錦を纏い、超速で昼彦の懐へ。

 狙いは斬ることじゃない。

 

「途中下車するぞ」

 

 昼彦の腹部に蹴りを叩き込み、列車の窓際へと追いやる。

 勢いのまま、割れたガラスを突き破って外の世界へ飛び出した。

 

 高度はあるが、着地には問題ない。

 

「はっ!良いのか?契約者から離れて」

 

「ハクリがいる。お前の心配なんて要らない」

 

 空中、淵天を叩きつけるように振り下ろす。

 地面へ叩き落とそうとしたが、昼彦は驚異的な体幹で受身をとり、平然と着地してみせた。

 

「分散作戦ね。お前らの向かってる先……仙沓寺にも刺客は送ってるぞ」

 

「……バラしてもいいのか?」

 

「友達に隠し事なんてしちゃダメだろ。かなりの数と実力者を送ってるからな、妖刀持ちのお前がいないとだいぶキツいんじゃないかな。本領を発揮出来ない契約者と、優秀とは言え少数の護衛。凌ぎ切れるか心配だ」

 

「お前に心配されるほど、皆は弱くない。それに──」

 

 ……戦力なら問題ない。

 俺たちには、もう一人。

 

「こっちにはミナトと刳雲がいる」

 

「……そういえば聞いてるな。刳雲の能力を扱う子どもがいると」

 

「自分達の心配をした方がいいんじゃないのか?」

 

 淵天に玄力を込める。

 金魚たちが、静かに、だが激しく俺の周囲を泳ぎ始めた。

 

 ここで斬る。絶対に、これ以上先へは行かせない。

 

 昼彦はここで斬る。

 間違っても皆の元へは行かせない。

 

 契約者殺しを実行する意味──それは殺せる算段があるということ。

 毘灼構成員と奴らの手中にある雫天石……それらで使ってくることは間違いない。

 

 なら、いま俺がやるべきことは。

 

「余計なことはいいさ、チヒロ。今は2人だけで楽しもう」

 

「悪いな、友達は選ぶタイプなんだ」

 

 目の前の悪人を斬る。

 

 それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side : ハクリ

 

 バリン! と鼓膜を突く音と共に、車内に突風が吹き込む。

 一瞬目を向ければ、チヒロとあの男の姿が消えていた。

 

「おし、これでいくらか広く使える」

 

 刀を握り直した漆羽さんが、敵を睨む。

 

 ……見くびっちゃいけない。

 

 隣にいる人は、斉廷戦争を生き抜いた強者。

 妖刀の契約者として国を守った人。

 この人がいなければ、もしかしたら今の日本は無かったのかもしれない。

 間接的な恩人──。

 

 たとえ妖刀を失っていても、その実力は並の妖術師を遥かに凌駕する。

 

 それでも。

 俺が退がっていい理由にはならない。

 

「2人で乗り越えましょう、漆羽さん!」

 

「もちろんだ、期待してるぞ"天才"」

 

 その言葉に胸の奥が熱くなる。

 この人も、チヒロと同じだ。

 俺を一人の戦力として認めてくれている。

 

 虐げられてきた過去は乗り越えた。

 

 もう俺に迷いは無い──。

 

「威葬や蔵の使用はリスキー。シンプルな玄力と身体操作でやってやる」

 

 敵の数は5人。

 全員が刀持ちであるのに対し、俺は丸腰。

 漆羽さんは刀を持っているが、護衛対象である彼に前衛を任せる訳にもいかない。

 俺が前に出るんだ。

 

 威葬……衝撃波を司る漣家の十八番。

 

 今までは手のひらから放出することしか考えていなかった。

 だが、天理や宗也兄さんは違った。もっと自由で、もっと苛烈に。

「手」に頼るのは、使い慣れているからに過ぎない。

 その先へ行け。優秀だった兄弟たちのように。

 

 ようやく掴んだ玄力の核心。

 自分が誰かの役に立てる、自分にも特別な力がある。

 その高揚感から、俺は『威葬』を「必殺技」として扱いすぎていた。

 認識を改めろ。

 チヒロやミナト、あの兄弟たちのように。

 解釈を広げ、体の一部として呼吸するように扱うんだ。

 

 ようやく掴めた玄力の核心──。

 

「出力は最小限に……スペース意識しろ……絶対にぶっ倒れるな……」

 

 イメージするのは「脚力」の増強。

 足裏から放った微細な『威葬』が、爆発的な推進力を生む。

 予想外の踏み込みに、毘灼の雇われ妖術師が目を見開く。

 その顔面に、再び『威葬』で回転力を高めた蹴りを叩き込んだ。

 

「がはっ!?」

 

「せーの!!」

 

 続けざま、宙に浮いた腹部へ。

 脚を食い込ませると同時に、『威葬』を炸裂させる。

 砲弾のように吹き飛んだ敵は、連結扉を粉砕して動かなくなった。

 

「やるなぁ、ハクリくん!威葬の扱いがバッチリじゃないか!」

 

「ありがとうございます!!」

 

 手応えがあった。

 自分が強くなっていることの手応えが。

 

 あまり多用は出来なさそうだけど、最低限の戦いはできる。

 

「俺には良いお手本があったから」

 

 兄弟たちの顔が自然と思い浮かぶ。

 まだまだ彼らには遠く及ばないと思うけど、あいつらの姿は長いこと見てきた。

 少しづつ、だけど確実に強くなっていくんだ。

 

 俺の中に流れる血筋を活かせるのは、俺だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side : ???

 

「あった……!昔のアルバム……!」

 

 押し入れの奥から引っ張り出してきた一冊。

 指先に触れる感触と共に、微かな懐かしさが蘇る。

 埃を払い、ゆっくりとページを捲った。

 

「げ……なにこれ……」

 

 思わず声が漏れた。

 そこに並ぶ写真の多くが、無残に切り裂かれ、あるいは黒いペンで執拗に塗りつぶされていた。

 誰がこんなことを──いや、私の物なのだから、やったのは当時の私なのだろう。

 

「ストレス溜まってたのかな、当時の私……」

 

 過去の自分に困惑しながら、さらにページを捲る。

 惨状の中でも、母親と写った写真だけは綺麗に残っていた。

 女手一つで育ててくれた、大好きなお母さん。

 

「これって……」

 

 その中に、一枚だけ。

 まるで宝物のように、丁寧に保存されている写真があった。

 ランドセルを背負った、幼い頃の私。

 そしてその隣で、元気よくピースサインを作っている男の子。

 名前は思い出せない。けれど、なぜか胸の奥がざわつく。

 

「夢で見た子って……こんな感じの子だったような……」

 

 じっと目を凝らす。

 思い出せそうで、指の間をすり抜けていく記憶。

 それなのに、視線が離せない。

 これほど綺麗に残しているのなら、きっと仲が良かったはずだ。それなのに、なぜ名前の一文字も出てこないのか。

 

 言いようのない不安が、背筋を這い上がる。

 

 ふと、写真の中の二人が名札をつけていることに気づいた。

 昔の小学校は、胸に名札をつけるのが当たり前だった。

 解像度は低い。

 けれど、目を凝らせば読める。

 

「みな……と……?」

 

 辛うじて読み取れたその名を、唇に乗せてみる。

 だが、記憶の霧が晴れることはなかった。

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