Side : チヒロ
「俺は昼彦。……六平千鉱、仲良くしよう」
自らを昼彦と名乗る男の顔には、歪な笑みが刻まれていた。
その手は、赤黒い血で汚れている。駅のホームに並べられた死体──漆羽さんの護衛たちの命を奪ったのは、コイツか。
そしてその手には、"毘灼"の紋。
父さんが殺された時には見なかった顔だ。
あの後に毘灼に加入した人間。
一体なぜ……何が目的でそんなことを……。
「……お前達は何がしたい?」
「命滅契約の解除。その為には契約者に死んでもらわないと」
「妖刀の力を振るうためか?」
「ご名答」
昼彦が軽快に手を叩く。
「
流れるように腕を開くと、そこから白い紙切れが溢れ出した。
それらは空中で意志を持つかのように、瞬時に形を変えていく。
「飛べ」
鮮やかな折鶴へと変貌した紙切れが、銃弾以上の速度で加速する。
だが見切れない速さじゃない。
「"錦"」
淵天を抜き放ち、五感を研ぎ澄ます。
視覚に恩恵を齎し、鶴の軌道を一本の線として捉える。
避ける選択肢はない。背後のハクリに当てるわけにはいかないからだ。
全ての羽を、一瞬で斬り落とすことだけに集中する。
淵天の刃が折鶴と接触。
玄力で硬質化されているようだが、所詮は紙。
「そうこなくっちゃ」
鶴の弾幕を盾に、昼彦自身が肉薄してくる。
飛来する千羽の隙間から、奴の刀が喉元へ迫った。
硬質な金属音が車内に響く。
「同年代の奴と遊ぶのは初めてなんだよ」
「……遊んでるつもりは無い」
「つれないね、何でそんなこと言うのかな」
何だ……コイツ……。
「俺とお前は友達なんかじゃない」
刀の押し合い。
膂力は互角──。
「……!そうだな、友達を超えた理解者だもんな」
背後から空気を切り裂く音。
昼彦の刀を弾き、即座に重心を落とす。
「うおっと!」
俺の頭上を通過した折鶴を、昼彦は体を反らして軽々と回避した。
「流石に自滅なんてカッコ悪い真似できないからね」
「"涅"」
空いた距離を潰すように、漆黒の斬撃を放つ。
が、昼彦は笑いながらそれを正面から叩き斬った。
戦いづらい。列車という閉鎖環境に、囲まれているこの状況。
「チヒロ!」
背後から、ハクリの鋭い声が飛ぶ。
「こっちは何とかする!お前は目の前の奴
迷いのない、芯の通った声。
そうだ。ハクリはもう守るだけの対象じゃない。
背中を預け、肩を並べて戦える仲間だ。
漆羽さんも後ろで親指を立てている。
「頼んだ……!」
錦を纏い、超速で昼彦の懐へ。
狙いは斬ることじゃない。
「途中下車するぞ」
昼彦の腹部に蹴りを叩き込み、列車の窓際へと追いやる。
勢いのまま、割れたガラスを突き破って外の世界へ飛び出した。
高度はあるが、着地には問題ない。
「はっ!良いのか?契約者から離れて」
「ハクリがいる。お前の心配なんて要らない」
空中、淵天を叩きつけるように振り下ろす。
地面へ叩き落とそうとしたが、昼彦は驚異的な体幹で受身をとり、平然と着地してみせた。
「分散作戦ね。お前らの向かってる先……仙沓寺にも刺客は送ってるぞ」
「……バラしてもいいのか?」
「友達に隠し事なんてしちゃダメだろ。かなりの数と実力者を送ってるからな、妖刀持ちのお前がいないとだいぶキツいんじゃないかな。本領を発揮出来ない契約者と、優秀とは言え少数の護衛。凌ぎ切れるか心配だ」
「お前に心配されるほど、皆は弱くない。それに──」
……戦力なら問題ない。
俺たちには、もう一人。
「こっちにはミナトと刳雲がいる」
「……そういえば聞いてるな。刳雲の能力を扱う子どもがいると」
「自分達の心配をした方がいいんじゃないのか?」
淵天に玄力を込める。
金魚たちが、静かに、だが激しく俺の周囲を泳ぎ始めた。
ここで斬る。絶対に、これ以上先へは行かせない。
昼彦はここで斬る。
間違っても皆の元へは行かせない。
契約者殺しを実行する意味──それは殺せる算段があるということ。
毘灼構成員と奴らの手中にある雫天石……それらで使ってくることは間違いない。
なら、いま俺がやるべきことは。
「余計なことはいいさ、チヒロ。今は2人だけで楽しもう」
「悪いな、友達は選ぶタイプなんだ」
目の前の悪人を斬る。
それだけだ。
〇
Side : ハクリ
バリン! と鼓膜を突く音と共に、車内に突風が吹き込む。
一瞬目を向ければ、チヒロとあの男の姿が消えていた。
「おし、これでいくらか広く使える」
刀を握り直した漆羽さんが、敵を睨む。
……見くびっちゃいけない。
隣にいる人は、斉廷戦争を生き抜いた強者。
妖刀の契約者として国を守った人。
この人がいなければ、もしかしたら今の日本は無かったのかもしれない。
間接的な恩人──。
たとえ妖刀を失っていても、その実力は並の妖術師を遥かに凌駕する。
それでも。
俺が退がっていい理由にはならない。
「2人で乗り越えましょう、漆羽さん!」
「もちろんだ、期待してるぞ"天才"」
その言葉に胸の奥が熱くなる。
この人も、チヒロと同じだ。
俺を一人の戦力として認めてくれている。
虐げられてきた過去は乗り越えた。
もう俺に迷いは無い──。
「威葬や蔵の使用はリスキー。シンプルな玄力と身体操作でやってやる」
敵の数は5人。
全員が刀持ちであるのに対し、俺は丸腰。
漆羽さんは刀を持っているが、護衛対象である彼に前衛を任せる訳にもいかない。
俺が前に出るんだ。
威葬……衝撃波を司る漣家の十八番。
今までは手のひらから放出することしか考えていなかった。
だが、天理や宗也兄さんは違った。もっと自由で、もっと苛烈に。
「手」に頼るのは、使い慣れているからに過ぎない。
その先へ行け。優秀だった兄弟たちのように。
ようやく掴んだ玄力の核心。
自分が誰かの役に立てる、自分にも特別な力がある。
その高揚感から、俺は『威葬』を「必殺技」として扱いすぎていた。
認識を改めろ。
チヒロやミナト、あの兄弟たちのように。
解釈を広げ、体の一部として呼吸するように扱うんだ。
ようやく掴めた玄力の核心──。
「出力は最小限に……スペース意識しろ……絶対にぶっ倒れるな……」
イメージするのは「脚力」の増強。
足裏から放った微細な『威葬』が、爆発的な推進力を生む。
予想外の踏み込みに、毘灼の雇われ妖術師が目を見開く。
その顔面に、再び『威葬』で回転力を高めた蹴りを叩き込んだ。
「がはっ!?」
「せーの!!」
続けざま、宙に浮いた腹部へ。
脚を食い込ませると同時に、『威葬』を炸裂させる。
砲弾のように吹き飛んだ敵は、連結扉を粉砕して動かなくなった。
「やるなぁ、ハクリくん!威葬の扱いがバッチリじゃないか!」
「ありがとうございます!!」
手応えがあった。
自分が強くなっていることの手応えが。
あまり多用は出来なさそうだけど、最低限の戦いはできる。
「俺には良いお手本があったから」
兄弟たちの顔が自然と思い浮かぶ。
まだまだ彼らには遠く及ばないと思うけど、あいつらの姿は長いこと見てきた。
少しづつ、だけど確実に強くなっていくんだ。
俺の中に流れる血筋を活かせるのは、俺だけだ。
〇
Side : ???
「あった……!昔のアルバム……!」
押し入れの奥から引っ張り出してきた一冊。
指先に触れる感触と共に、微かな懐かしさが蘇る。
埃を払い、ゆっくりとページを捲った。
「げ……なにこれ……」
思わず声が漏れた。
そこに並ぶ写真の多くが、無残に切り裂かれ、あるいは黒いペンで執拗に塗りつぶされていた。
誰がこんなことを──いや、私の物なのだから、やったのは当時の私なのだろう。
「ストレス溜まってたのかな、当時の私……」
過去の自分に困惑しながら、さらにページを捲る。
惨状の中でも、母親と写った写真だけは綺麗に残っていた。
女手一つで育ててくれた、大好きなお母さん。
「これって……」
その中に、一枚だけ。
まるで宝物のように、丁寧に保存されている写真があった。
ランドセルを背負った、幼い頃の私。
そしてその隣で、元気よくピースサインを作っている男の子。
名前は思い出せない。けれど、なぜか胸の奥がざわつく。
「夢で見た子って……こんな感じの子だったような……」
じっと目を凝らす。
思い出せそうで、指の間をすり抜けていく記憶。
それなのに、視線が離せない。
これほど綺麗に残しているのなら、きっと仲が良かったはずだ。それなのに、なぜ名前の一文字も出てこないのか。
言いようのない不安が、背筋を這い上がる。
ふと、写真の中の二人が名札をつけていることに気づいた。
昔の小学校は、胸に名札をつけるのが当たり前だった。
解像度は低い。
けれど、目を凝らせば読める。
「みな……と……?」
辛うじて読み取れたその名を、唇に乗せてみる。
だが、記憶の霧が晴れることはなかった。