刳雲には"溜め"がある。
最大火力である"鳴"は溜めれば溜めるほど威力が増す。その電荷を内に留めるほどに破壊力を増幅させる。自然現象としての雷を、玄力を通して神速の力へと昇華させるのだ。
相手を倒すにはそれなりの溜めとパワーが必要。それはいま目の前にいる座村さんとて同じこと。だが、大戦の英雄として名を馳せたこの人が、そんな隙を与えてくれるハズも無く……。
「結」
牽制として放つ氷柱は掠りもせず、ただ宙を舞うだけ。さっきからそればかり。そもそものスピードが段違いなのもある、けどそれだけじゃない。飛宗のギミックに翻弄されているんだ。
「鴉」
鴉の羽を周囲に散らすその技は、羽と座村さんの位置を自由自在に入れ替える。瞬間移動ともいえるその動きに、俺はついていけていない。こちらの攻撃はほぼ全て空を切っている状況。
座村さんの攻撃は、体全体に鳴を纏うことでガードしている。常に放電をし続けることで、座村さんを近付けさせないようにする。だけどそれは、玄力を垂れ流しにしていると同じこと。長くは持たないことが確定している。
「刳雲……いつから持ってる?」
不意に、座村さんが刀を構え直して問う。痺れる指先で柄を握り込み、短く応じた。
「ちょっと前」
「そうか。まだ"本領"には至っていないのかもしれないな、その短さじゃ」
本領……?何だそれ……。隠された力……ってこと……?
「まァ、もう関係の無い話だがな」
刹那、視界から座村の輪郭が消失した。
背後からの殺気。
首を捻り右目の端で座村さんを捉えつつ、纏っている鳴の出力を上昇。
全身から青白い光を放出させる範囲攻撃で凌ぐ。
「一本調子じゃ駄目だ、ミナト」
今度は頭の上から声が響く。
声が降った時には、既に死線が首筋に触れていた。確認する暇なんてない。脊髄反射で体を捩り、土を舐めながら天からの斬撃を回避する。着地と同時に「降」で路面に薄い水の膜を張り、摩擦を殺してシームレスに立ち上がる。
「……それインチキじゃない?」
「──あ?飛宗か?」
座村さんが首を傾げる。
「そうだよ、さっきからヒュンヒュン飛び回って。こっちの攻撃が当たんないじゃん」
「そういうモンだから仕方ねぇだろ。俺だって使いこなすのに苦労したんだ。お前のとは年季が違うんだよ」
納得だ。座村清市はベテランの剣士であり、この国を救った救世主。十代の剣技が届かないのは当たり前。
──だから何だ?
奥歯を噛み締める。そんなのはただの言い訳だ。長い間、座村さんは磨き続けてきたんだ。座村さんの実力の裏には、途方もない程の時間と努力が積み重ねられている。だけど、だからって……。
背後をチラリと見やる。倒れ伏している漆羽さんやハクリたち……。絶対何か理由があるはずなんだ。こんなことするような人じゃないと思うから、座村さんは。それを聞かないと、座村さんの意図を理解しないと……。
「それを理由に負けてやる訳にはいかないんだ……」
「来いよ雛鳥」
玄力を再解放しつつ、考えていたプランを実行に移す。座村さんは目が見えない代わりに、その他の感覚が獣並みに優れている。プラス、この周りに舞い散る黒い羽で敵の位置を知覚している。それが飛宗の能力だとチヒロから聞いたことがある。
さっきから瞬間移動ばかりされてうんざりしていたところだ。この絶え間なくヒラヒラしている羽をどうにかしないと、俺が負ける。
ならこの羽を使い物にならなくしてやるだけ。
「突発的な大雨にご注意を」
椿姫を天に掲げる。
鳴と違い、降の溜めにそう時間はかからない。
天気を司るこの力で、俺はある物を創り出す。
「……雨雲」
「大正解ッ」
俺の玄力を含ませた雨雲が頭上に浮かび上がる。そこから降り注ぐのは大粒の雨。
「考えたな……」
座村さんが静かに呟く。そう、この雨の狙いは鴉の羽を地に堕とすこと。宙に舞う羽と自身の位置の入れ替えを行うのなら、鬱陶しいその羽たちを地面に落としてやればいい。雨に濡れ飛べなくなった羽は、パラパラと俺たちの足元を黒く染めていく。
「これでもう瞬間移動出来ないよね」
「ああ……してやられたよ……」
感服したような呟きと共に、座村が地を蹴った。
対抗するようにこちらも椿姫を抜き、刃と刃をぶつけ合わせる。
「こっからは能力便りじゃねぇ、マジモンの実力勝負だ」
「それはそっちの話でしょ」
飛宗を弾き上げ、重心を落とした足払いで体勢を崩す。
横一文字に流れた座村の胴体へ、活性化させた足筋で回し蹴りを叩き込んだ。
「体術もあんのか……」
「薊さん直伝だよ」
「良い大人に囲まれたなァ」
「……座村さんもその内の1人に入ってる」
鳴を発動。
本来、人は脳からの電気信号で筋肉を動かす。しかし、"こう動かす"と脳が判断し実行に移すまでにはどうしてもタイムラグが発生してしまう。
より疾く、より鮮明に肉体を動かす為に、鳴の電流を使って直接的に筋肉を動かす。脳を介さない伝達指令で、身体の活性化を行う。
これには明確なデメリットがある。出力を間違えると自分の筋力で骨折など招いてしまうんだ。だから調整は慎重に、体を壊さない程度に。これを戦いながらやるんだ。
座村さんの背後へ肉薄し、白刃を振り下ろす。
しかし、座村さんは独楽のように回転しながらその一撃をいなし、返しの刃で俺の喉笛を狙う。
即座に降で水泡を顕現させ、飛宗の衝撃を吸収。
「そんなことも出来んのか」
「思いつきだよ」
活性化させた身体能力で放つ、刃の嵐。
しかし、座村さんはその全てを予知しているかのように鮮やかに捌いてくる。
何だこの人……一体どれだけの時間を剣に割いてきたんだ……。
刀を交えれば交えるほど理解出来る……分からされる……。
俺と座村さんの実力差を。
飛宗の斬り払いを椿姫で受け止めるが、後方へ大きく吹っ飛ばされてしまう。
鳴でバフをかけてもまだ押される……これじゃとても……。
「そろそろ終わらせる」
そんな言葉と共に示された、座村さんの抜刀術の構え──。
彼が放つのは、最速の剣術。
目にも止まらぬ速さで敵を切りつけ──。
気付いた時には既に、俺の体に斬撃が刻まれていた。
遅れてやってくる刃の味と感触。
腹部を綺麗に斬られていた。
「が……はぁ……!」
「悪いな……ミナト……」
背後から座村さんの声がする。
足に力が入らない……座村さんの方を向くことすら……。
聞かないといけないのに……座村さんがこんなことをする意味を……。
ここで俺が倒れたら……誰が座村さんに寄り添える……?
硬い地面の感触が、頬に伝わった──。