ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

34 / 35
第34話 再雷

 目の前の事態に俺──六平千鉱はただ目を疑っていた。

 

 車内で昼彦と名乗った男と劇場で斬り合い、腕を斬り飛ばすことに成功した。それまでは良かった。だが、奴の元に届けられた1本の刀……その存在が俺の頭をこれでもかと言う程に困惑させた。

 

「酌揺」

 

 手が無いので口で柄を噛み締め、昼彦はその名を呼んだ。現れたのは顔のないのっぺらぼうの花魁。それは淵天の金魚に対する、酌揺の玄力反応だった。

 

 酌揺自体は毘灼の手に渡っている。折鶴のような物が見えたから、昼彦自身の妖術で運んできたのだろう。問題はその後だ。昼彦は確かに酌揺を発動させている。これが意味することは──。

 

 現・妖刀契約者である漆羽洋児の他界。

 

「そんなハズは……」

 

 認めたくない事実、だが目の前の現実は俺の願望を打ち砕くには十分すぎる。漆羽さんはハクリ達と座村さんの元へ向かっていたはずだ。その先……もしくは道中で何かあったのか?ミナトは?あいつは何をしている……。

 

「俺もお前と同じ舞台に立てたよ、チヒロ。同じ役者……主演にな」

「黙れ……!それはお前が触れていい物じゃない……!漆羽さんは……」

「死んだんじゃない?俺がコレを使えるってことは」

 

 何の重みも感じない発言だった。こいつは人の命を軽んじる。そういう目線で生きてきている。一番許せない人種だ。

 

 冷静になれ。確かに漆羽さんは亡くなったのかもしれない。だが、もっと駄目なのは、このまま毘灼に酌揺を使用可能状態のままにさせてしまうこと。昼彦の手で自由に使わせてしまうことは避けなくてはいけない。

 

 律しろ……自分の心を……。感情に左右されすぎるな……。必要な怒りと憎悪は、目の前の敵を殺せる分だけでいい……。視界を濁らせるな……。

 

 新鮮な殺意──毎朝自分の顔の傷を見て思い出しているその感情。今の俺に必要なのはそれだけだ。

 

「お前を殺すぞ、昼彦」

「そう来なくちゃ!──ッ!?」

 

 直後、昼彦が目を見開く。何だ……?何か起こったのか……?

 

 その疑問は直ぐに解消された。俺の全身に黒い泡がポコポコと沸き立ってくる。身に覚えのあるこの感じ……楽座市でも味わったことがある。

 

 ハクリによる転送──あいつが俺を呼び寄せている。

 

 漆羽さんが死亡とその傍に居たであろうハクリによる転送。ハクリがまだ生きていることは確定したが、向こうで何かが起きていることは確かだ。

 

「行っちゃうのか?せっかくこれからだってのに」

「一旦お前は後回しだ。だが必ず斬ってやる」

 

 昼彦にそう言い残し、俺の視界は黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その出血量じゃ苦しいだろ、ミナト」

 

 ぼんやりとしてきた意識の中で、座村さんの声が聞こえた。顔をつけている地面は冷たい。ドクドクと流れ続ける血液の感覚。このまま放っておいたら不味いことになるのは明白だった。

 

「そう思うなら……助けてくれてもいいよ……」

「……お前が刀を置くならな」

 

 俺の手には未だに椿姫が握られている。体に上手く力が入らなくても、椿姫の柄だけは握り締めて放してはいけない。まだだ……まだ意識を手放しちゃいけない……。

 

「刳雲を持たなくてもその力を使える……今までに無い事実だ。それに……お前を元気なままにしておくと、追っかけて来そうだしな」

「好奇心旺盛だからね……よく分かってんじゃん……」

 

 何で俺が斬られたのか、何で漆羽さんが殺されたのか。その理由は座村さんしか知らない。理由も無くこんなことをする人じゃないから、何かを抱え込んでいるとしか思えない。

 

「あんたの事だ……自分にしか出来ない使命……だとか……カッコつけてるだけなんでしょ……」

「やけに知ってる風な口をきくな。お前とはそんなに関わった覚えは無いが」

「いいや……俺がまだ小学生の頃……あんたと一緒に過ごした時期が……ある……」

 

 記憶の混濁──。

 

 座村さんと再会し、思い出したことがある。それは幼い日の記憶。まだ俺がランドセルを背負っていた頃、確かに座村さんと同じ時間を過ごした記憶がある。

 

 何で今になってそんなことを思い出したのかは分からない。だけど、確かに俺の頭に蘇ってきたのは今よりも少し若い時の座村さん。家にも何度か遊びに行ったことがある。

 

 そして、その時間を共に過ごした人物がもう1人いる。

 

 無茶苦茶に縛られた紐が丁寧に解かれていくように、封じ込められていた記憶が少しずつ思い起こされていく。

 

 小学校。同じクラス。隣の席。理不尽な理由でいじめを受けていたあの女の子の名前は。

 

「イヲリ……は、元気でやってるの……?」

 

 こちらに歩を進めていた座村さんの足音が止む。座村さんの顔は見えない。だけど、今どんな感情でいるかある程度の検討はついていた。

 

「あんたの娘さ……よく一緒に遊んでいた……あんたの家にも行ったことがある……。あの子はいま……どこに……」

「……お前が知る必要は無い」

 

 鉛のように重い体を引っ張りあげるようにして起き上がる。両手と両膝をつきながら、首だけは座村さんの方へ向けた。

 

 その時、視界の奥に見覚えのある黒い泡が現れ始めた。目だけをハクリの方へ向ける。……ピクリともしていないけど、恐らくこれはあいつがまだ生きている証拠だ。

 

「……?」

 

 俺の視線に気付いたのか、座村さんが後ろを振り返る。そのまま静かに"飛宗"を構え直した。

 

「随分と血生臭くなっちまったなァ……チヒロ……」

 

 仙沓寺に現れたのはチヒロだった。全身に傷が目立つが、致命傷にはなっていない。どこかで戦ってきた後なんだろう。

 

「ミナト……座村さん……これは……!?」

 

 想像通りの反応だ。それもそのはず、妖刀契約者の護衛に向かった俺たちが軒並みやられてるんだから。そして、チヒロの目の前には……。

 

「漆羽さん……座村さんがやったのか……?」

 

 地面に横たわり動かなくなっている漆羽さんを見て、チヒロが声を震わせた。何も飲み込めていない。動揺だけが加速していく。声をかけようにも、思うように言葉が出てこない。

 

「お前は知らなくていい」

「何が……!?こんなことをして……父さんを殺した奴らに妖刀を握らせていい理由って……そんなのあるんですか……!?」

 

 毘灼のことを言っているんだ。そうなると、チヒロはさっきまで毘灼と戦っていたんだろう。そしてその毘灼が妖刀を使用した。使われた妖刀は……漆羽さんが契約していた酌揺か……。

 

 出来すぎているな……何もかもが……。そうか……座村さんはいま毘灼と何かしらの繋がりがあるんだな。ということは、座村さんの目的は毘灼絡みか。

 

 体を支えていた腕に力が入らなくなり、ドサッと地面に再び倒れ込む。不味い……本格的に不味い気がしてきた。それにこの状況……多分チヒロも斬られる。

 

 座村さんには毘灼絡みでの何かしらの考えがある。それを言わないってことは、たった一人でそれをやり遂げようとしているってことだ。

 

「地獄には行くのは俺だけでいいんだ。チヒロもミナトも……全部を忘れて刀を置いてくれればそれで……」

 

 地獄……自分を罪人だとでも思っているのか。それが座村さんの行動原理。

 

 ……駄目だ、頭が回らなくなって……きた……。ここまでか……。

 

 段々と瞼が重くなっていき、俺の視界は真っ暗闇に陥る。不思議と恐怖は無かった。姉さんと同じ場所に行けると思ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう簡単に死ねると思うなよ?」

 

 やけにハッキリと響く声に、思わず肩がビクつく。思わず周りを見渡すと、視線の先にはちょっと前にも出てきたあの男が立っていた。

 

「双城……またあんたか……」

「なに勝手にくたばろうとしてんだ?」

 

 思わず首を傾げる。

 

「状況わかってる?俺死にかけてんの。いや……もう死んでるのかも。まさか天国への案内人があんただとは思ってなかったけど」

「人を殺した人間が天国にいけると思うなよ。お前の行く先は地獄さ」

「……まぁ少しはそう思ってたけど」

 

 ごもっともな意見を真っ向から突きつけられて思わず視線が落ちる。俺は人を殺してきた。例えそれが悪人であっても、人の命を奪うことは正当化できない。あわよくば天国に行って姉さんと会えるのかと思っていたけど、そんなに甘くはない。

 

「──で、双城……あんたが俺を地獄まで案内してくれるの?」

「それもいいが、お前はまだ死んじゃいない。というか死なせない」

「……?よく意味が……?」

 

 双城がこちらに歩み寄ってくる。何だこいつ……一体なに考えてる……?てかここってあれだ。前にも来たことのある精神世界的なとこだ。刳雲の力を手に入れたから、前契約者の双城が出てきた世界だ。

 

「ここはあの世じゃない……」

「正解だ。そして俺はお前がこのまま死ぬのを許す訳にはいかない」

「何で……?」

「お前にはまだやるべき事が残っているからだ。それをやり遂げるまで死ぬことは許さん」

 

 訳がわからないよ。一体どういうこと?微妙に会話が出来ていないと思うのは俺だけ?もうちょっとコミュニケーションというものを意識して欲しいよこのおっさん。

 

「でも……俺の体はもう死にかけだよ?血もいっぱい出てるし、何より体が動かん。ここから入れる保険ってあるんですか?」

「……黙って見ておけ、勉学少年」

 

 トン……と双城の手が俺の肩に置かれる。なんか今までとキャラ違くない?そんなことするような人だったっけ?

 

「体で覚えるんだ、"刳雲"の使い方を」

 

 ドクンと心臓が跳ねる音がする。

 

 今度は視界が白く濁っていき、気付けば意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ一体どういうことだ……?」

「ミナト……?お前まだ……」

 

 チヒロと座村さんの言葉には同意しかない。なぜなら、さっきまで地面で横たわっていた俺の体がゆっくりと起き上がったからだ。当の本人の俺にも何が起こっているのか分からない。ただ、俺の体を動かしているのは俺じゃないのは確かだ。

 

 何だこの感覚……俺の中に……別の誰かが入っているような……。

 

「六平千鉱……生きていたか……」

「は……?」

 

 勝手に口が動いた。いま言葉を並べたのは俺じゃない。何だよこれ……体のコントロール権が、誰かに奪われている……?

 

 ……まさか。

 

『体で覚えるんだ、"刳雲"の使い方を』

 

 先刻の双城の言葉を思い出す。ひとりでに動く体……そしてチヒロの呼び方……別の誰かが体の中に入っているような感覚……。

 

(そのまさかだ。少しばかり体を借りるぞ)

 

 双城の言葉が頭に直接響く。嘘だろ……こんなことある……?いくら刳雲の力と契約者の思念が刻まれたからといって、こんなオカルトみたいな展開……。

 

「その風貌……座村清市だな?英雄様に会えるとは光栄だな」

「テメェ……ミナトじゃないな……誰だ……?」

「俺か?俺は──」

 

 

 椿姫が白く光る。

 

 

 

 全身に雷が走る。

 

 

 

 天候を司る妖刀の力が、再び顕現される。

 

 

 

 

 

「六平国重の理解者だッ!!!」

 

 

 

 俺の体を乗っ取ったかつての敵──双城厳一が吠えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。