ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第35話 刀は抱いて寝ろ

 雷鳴が木霊する──。

 

 双城の咆哮に応じるかのように、俺たちの頭上には積乱雲が発生していた。

 

(ちょっと、あんま無茶しないでよ。ただでさえヤバい状態なんだから)

 

 現状、俺の体は座村さんに斬りつけられて血がドバドバ出ている状態だ。何でこんな状態で動けているかは分からんけど、あんまり無理するとホントに死ぬ。さっき一瞬死を覚悟してたけど、それがいよいよ本格的になる。

 

(大丈夫だ、俺は気にしない)

(俺が気にすんだよ!!)

 

 体の主導権を握った双城が言う。駄目だこいつ……自分がもう死んでるからって好き放題やろうとしてんじゃないのか?自分の体じゃないからって……。双城にずっと体を明け渡しておくのもマズイよな……。

 

「チヒロ……これって……」

「……はい、あいつはミナトじゃない。双城っていう"刳雲"の前の契約者です」

「ってことは、巳坂の後任か。毘灼に取られてからはそいつが握ってたんだな」

「元は裏社会の商人でした。だけど刀の扱いには慣れてる。俺とミナトで倒したけど、2人がかりでやっとでした」

「僅差だ僅差。次やったら負けねえ」

 

 血を垂らしながら、双城は椿姫を抜く。それを見て座村さんも飛宗を鞘から取り出した。

 

「死人か……そんな奴と斬り合うのは初めてだな……」

「飛宗……実物を見るのは初めてだが、この体でどこまでやれるか……」

 

 一瞬の静寂。

 

 宙を舞う木の葉が地面に降り立つのと同じタイミングで、座村さんと双城はその場から姿を消した。

 

 上空で雷が爆ぜる。

 

 椿姫と飛宗がぶつかり合い、火花が散った。

 

「黒い鴉の羽は死の予兆……そう言い伝えられてきたんだがな。うちの悪ガキにイタズラされたか」

「躾がなってないな、双城とやら。……俺が言えたことじゃないが」

「反抗期ってやつさ」

 

 互いが互いの刀を弾き、寺の屋根に降り立つ。双城は座村さんを一瞥した後、椿姫に目を落とした。

 

「俺を斬った刀を使うのは変な気分だな」

(確かにね。でも良い刀でしょ)

「ああ……これも六平国重が鍛造したのか?」

(そうだよ。だからまた折ったら承知しないから)

「皮肉か」

(前科持ちだからねあんたは)

 

 その通り。双城は過去に刳雲をチヒロに折られている。それを椿姫でもやられたらたまったもんじゃない。忠告はしておかないと。それに相手は座村さんだ、どういう手段でこちらを無力化してくるか分からない。

 

「刀もそうだが、備え付けられた玄力量も相当なもんだな。力が溢れてくる」

(戦闘狂かよ。ま、それだけが取り柄なもんで)

「だが……この学ランってのは動きにく過ぎる……」

(……まぁ、基本固めの素材で作られてるし。──っておい!無理やり引きちぎろうとすな!原始人か己は!)

「チッ……」

 

 焦った……超焦った……。何でこの人急に学ラン破こうとした?普通に脱いで近くに置いておいてくれたらいいだろに……。

 

「ぐちゃぐちゃうるせぇなぁ……はぁ……」

 

 なんの溜め息だそれ。溜息つきたいのはこっちだっての。駄目だ、やっぱこんな奴に体を明け渡すのは駄目だ。今すぐ取り戻してやらないと。

 

 ……──あれ?そもそもどうやって入れ替わるんだ?

 

「無駄な努力はよせ。今のお前じゃ、俺から体を奪い返せねぇよ」

(な、なんで……?俺の体だよ……?)

「詳しいことは俺も知らん……満足したら返してやらんでもない」

(んで主導権そっちが握ってんだよ。満足したらって何したら満足すんだあんたは)

「風呂屋に行く!」

 

 言いながら地を蹴る双城。相対する座村さんも、飛宗を構え直した。……そーいや俺、この人と風呂屋で会ったことあるな……。風呂好きなのかなぁ。

 

「緊張感の無いやつだ」

 

 椿姫と飛宗がぶつかり、火花が舞い散る。使っている俺の体はボロボロのはずなのに、何で双城は座村さんの力に押し負けていないんだろう。

 

「そればっかりは日を重ねるしかねぇ。刳雲の力を引き出すには、いついかなる時も肌身離さず抱えてろ。大事な女を傍に置いておくみたいにな」

(……まだビミョーに分かりづらい例えを)

「居ねぇのか?そーゆー女」

(……ほっとけ)

「けっ、童貞が……」

 

 は……はぁ……!?べ、別に童貞なんかじゃねーし!お前なんかに言われたくねーし!意味わからんし!はー?つーかそれと刳雲の力がなんの関係があるんだよ!?

 

「……俺は結婚してる。病で妻は失ったが……」

 

 座村さんが反応しちゃった。てっきり自分に言われたと思ったんだよね?

 

 ──座村さん、奥さん亡くしてるんだ。

 

 そこで浮かび上がったきた1つの疑問。座村さんの奥さん、つまりイヲリの母親は既に亡くなっている。なら彼女は、一体今どこで誰と生活しているんだ……?

 

「同情でも誘おうってか?無駄無駄ァ!!」

 

 繰り出したミドルキックで座村さんの胴体を穿つ。地面を滑りながら、座村さんは後方へ。

 

「……さて、どう対処する?」

 

 双城が静かに呟いた。どういう意味だそれ……。

 

 強引に距離を取らせた座村さんを見据える。……何だ?何か違和感が……。座村さんが、なかなかその場から動こうとしない。それに、体の動きがピッタリと止まっているような気も……。

 

「搦め手か……素行に合わないことしやがって……」

 

 座村さんが呻く。搦め手……?どういうことだ?

 

「いま座村清市に起きていることを教えてやる。例えば右手を動かそうとしても、別の部位が動いちまうようになってんだ」

(──電気信号を狂わせたのか?)

「ご名答、学校で習ったことあったか?」

 

 人の体という生体マシンを動かしているのは微弱な電気信号。活動電位と呼ばれるこの現象によって、俺たちは筋肉を動かしたり五感で感じた情報を脳へ送っている。

 

 刳雲の電力を使って自身の身体能力を上昇させることは出来ていた。いま、双城はその逆を座村さんにやってみせたのだ。刳雲で座村さんの電気信号を狂わせることで、体を動かしたいと思っても普段のように動かせないようにした。

 

(座村さんの体の中はパニック状態って訳だ。刳雲にこんな使い方が……)

「バカ正直にブッパするのも悪かねぇが、せっかくなら賢く使ってみるのもアリだぞ」

 

 学校の先生みたいだなこいつ。悔しいが学びにさせてもらおう。

 

「ちっ……慣れるのに時間がかかっちまうか──ッ!?」

 

 勝手に双城に感心したのも束の間、いきなり座村さんが遥か遠くへ吹っ飛んで行った。妙に生臭い匂いをその場に残して。

 

(な、なに……!?今度は何したんだ……!?)

「そう驚くこたねぇよ。ただ空気を電圧で膨張させて破裂させただけだ。加熱させられた空気は膨張して爆発するからな、それであいつが飛んでった」

 

 理科の実験か?

 

 いよいよ学校の授業じみてきたぞ。もしかして、刳雲を極める術は意外と身近にある……?理科の教科書とか読んどけばいいのか?

 

「刳雲は自然現象を力にする。そしてそれらのほとんどは既に解明され、世に公表されている。学ぶ機会は山ほどあるんだ、勤勉な学生にはピッタリな力だな」

 

 ……高みにいる、俺なんかよりもずっと。

 

 確かに刳雲を握った日数は俺よりも双城の方が多い。それでもそんなに長い間、双城の元にあった訳じゃない。それなのにこの理解度……双城の介錯の深さに悔しいが感心してしまう。

 

(勉強頑張ります)

「おう。そんじゃ今のうちにあいつ殺りに行くか」

(殺しは駄目だぞ、殺しは!)

 

 跳躍して座村さんが飛んでった方へ駆ける。チヒロが呆然としたような表情で俺たちを見上げていた。薄々勘づいているとは思うけど、後でちゃんと説明しよう。

 

「見つけたぞ」

「やっぱり追ってくるか……」

 

 仙沓寺の裏の林の中に座村さんはいた。まだ体がロクに動かせないのか、俺たちを見ても直ぐに攻撃をしてこようとしない。今なら無力化して、話を聞くことが出来るか……?

 

「オラぁ!!!」

 

 体をコマのように回転させながら、座村さんへ肉薄する。鉄が弾ける音が数回聞こえた後、前蹴りが座村さんの腹部に突き刺さる。

 

「お釣りだ」

 

 併せて放った結の氷柱が、座村さんに追撃を仕掛ける。まだ体が上手く動かせないのか、その攻撃は座村さんの肉体に傷を増やしていった。

 

「この程度かァ!英雄って奴はァ!」

 

 鳴を体に纏い、雷の如き速度で背後に回り込む。俺が扱う時なんかより格段に速い……体に流す鳴の出力が段違いなんだ……。

 

「ぐ……がはぁ……!」

 

 座村さんの口から痛々しい声と鮮血が溢れ出る。斬撃と雷が同時に浴びせられ、流石の座村さんも地面に倒れ込んだ。その背にはたったいま双城が付けた傷と……メラメラと揺らめく炎が見える……。

 

「慈悲の炎か……斬られると同時……いや直前から発動していたな……。便利な刀……だ……」

(?)

 

 双城の言葉が途切れ途切れになっていた。と思った次の瞬間、とてつもない勢いで双城は口から血を吹き出した。そのまま大の字に地面に倒れ込む。

 

「……やり過ぎたか?急に体が動かなく……」

(そりゃそーでしょ!既に瀕死だったんだから!)

「そんな状態でも、鳴を使えばある程度の間だけ体を動かせる。無理をさせるなんてレベルじゃねーが、死んでも体を動かさねーといけない時くらいにとっとけ」

 

 ドクンと心臓が強く跳ねる。意識がぼんやりとしてきた。

 

「いいかガキ……お前はまだ刳雲のくの字も知らねぇ……。また情けねぇ戦いなんてしてみろ、今度は完全に乗っ取ってやるからな……」

 

 覚悟しておけ……双城は最後にそう言い残した。最後まで勝手な奴だったな。

 

 そしてこのタイミングで体の主導権が返ってくる。最低なタイミングだよ。体は痛いわ血は出てるわで、本当にこのまま死ぬんじゃないかと思うほど。

 

「……ミナト、お前いまの……何だったんだ……?」

 

 近くから座村さんの声が聞こえてきた。頭を動かす体力もないから、この状態のままで返すことにする。

 

「亡霊……としか……言いようが……ない……」

「奇天烈な奴だったな……背中が痛てぇ……」

「ごめん……俺のせいだ……」

 

 駄目だ……意識が遠のく……気を保っていられない……。

 

 変な感覚だ……人が死ぬ時は体が冷たく感じるとか、体温が失われていくのが分かるとか言うのに……。今の俺の体は……仄かに暖かい……。

 

 まるで小さな焚き火に照らされているような、そんな感覚を味わいながら、俺は意識を手放した。

 

 座村さんに聞かなきゃいけないこと……いっぱいありそうなのにな……。

 

 色々頭に巡ってきたけど、最後に浮かんできたのは1人の少女。座村さんの娘であるイヲリの事だった。

 

 今どこで何をしているのか……元気でやっているのか……今の俺にはそれを知る由もなかった。

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