"巻墨"──その正体は代々神奈備に仕えてきた忍びの一族。かなり長い間国の為に働いてきたようで、その末裔が今は座村さん護衛部隊として抜擢されている。
「座村さんってさ、匂いや音に反応して斬りかかってくんの。だから普通の人じゃ共闘は出来ない。けど俺たちは匂いから音まで全てを削ぎ落としている」
「へえ〜、それで座村さんの邪魔にならないように戦えるんだ〜」
"巻墨"の1人、杢さんが隣を歩きながら教えてくれる。現代の巻墨の構成員は3名。そのうちの1人である杢さんは、中でも大柄で気さくな年上の男性。他人との距離感が分かっているというか、話しやすい雰囲気を持つ人だ。
「でもさ、お風呂とか入ってシャンプーの匂いとか残っちゃう時もあるんじゃないの?それに、ご飯食べたら髪に食べ物の匂いとか付く時あるじゃん」
「私達は特殊な訓練を受けているから」
会話に入り込んできたのはもう1人の巻墨メンバーである炭さん。黒髪の綺麗なお姉さんだ。
「訓練でどうにかなるんだ」
「忍の家系だからな、体質とかもあるんだよ」
杢さんが付け加えるように言った。家系……か。氷の肌を持つ姉の弟の俺は平熱が低い……みたいなものね。
「──で、これから何するんだっけ?」
俺のその質問に、体調である郎さんがタバコ?のようなものを咥えながら答える。いやあれタバコじゃないわ、シガレットだわ。カリって音がしてモグモグし始めたからただのお菓子だわ。
「女子高生を拉致するのさ」
そしてそう平然と唱えた。この人、自分でなに言ってるのか分かってんのかな?堂々と犯罪しますよって言ってるようなものなんだけど。もしかして見た目が子どもに見えるから罪に問われないって勘違いしてる?上手いこと誤魔化して、「まぁ子どもだからな……」で済まされようとしてない?
「主犯はアンタでいいんだよね?何かあったら警察とかにはアンタを突き出すことにするけど。ああ、忍者だからそういう時も上手く雲隠れ出来るのか。そういう忍術とかありそうだもんね。忍法・犯罪逃れの術とか」
「いやねーよ。何だよその意味分からない術名。そんなもの継承させるな」
じゃあどうするのさ。女子高生を拉致するって、相当の覚悟がないとできっこないよ。皆その辺わかってるのかな。チヒロとか相変わらずボケーッと空眺めてるし。もうコイツにやらしときゃいんじゃないかな。
「座村さんに娘がいるって話したろ?弱点として毘灼はその子を確実に狙ってくる。手元に置いておくことで、座村さんをコントロールしたいのさ。そうなると実質こちらとしても動きづらくなっちゃうから」
「その前にイヲリをこっちサイドに置いておくって寸法ね」
郎さんが少しだけ目を丸くさせた。そして二本目のシガレットを口に運ぶ。
「名前……知ってたのか……」
「かくかくしかじかで。思い出したのは割と最近」
「へぇ……。それなら向こうもお前のこと知ってるな。よしミナト、イヲリちゃんを攫ってくるのはお前の任務にしよう」
名案!とばかり郎さんが指をパチンと鳴らした。こいつ、上手い具合に責任をこっちに擦り付けてきたな。
「ちょうど学ランも着てることだし、転校生っていうテキトーな設定で入り込めないかな?」
「テキトー過ぎるでしょ……。そんなのPTAが黙っちゃいないよ……」
「いいんだよPTAのことは。てかこの期に及んで何でPTAの心配してんの」
「いやいやPTA舐めちゃダメだよ。あの毘灼もPTAは敵に回したくないって言ってたよ」
「じゃあもうPTAに毘灼の相手させよう。そしたら全部丸く収まりそうだし」
三つ巴からPTAという第4勢力が入り込んできた。
その下りは一旦そこまでにし、俺達は頭上を見上げて首を傾げる。
「空が暗い問題はどうする?まだ早朝だよね?」
病院で目を覚ました時からそうだった。どういう訳か、空が一日中真夜中の様に黒い。周りが見えない程の暗闇という訳じゃないけど、それでも青空が広がっていないと気分も晴れやかにはならない。
「あれは座村さんの"梟"だな。俺達を見張ってる」
「見張ってどうすんの?」
「妖刀の玄力反応が出てきたら、一瞬で駆けつけて来るぞ」
「なにそれ……こわ……」
もはや刀の域を超えてるだろ……と思ったけど刳雲も大概なのでぐっと飲み込んでおく。郎さんが言うには、座村さんは全ての因果に一人で決着をつけようとしているらしい。そのために振るう妖刀は自身の飛宗だけで良いとのこと。妖刀の玄力反応があると座村さんが飛んでくるんだから、毘灼も同様に簡単に刀を抜けない。牽制しあっているこの状況的に、安易に妖刀を使うのは控えた方が良さそうだ。
「ウンコ中でも来るの?」
杢さんに尋ねる。一瞬困った顔をしていた。
「ウンコ中でも来るぞ」
「ズボンは下ろしたままかな?それともちゃんと履き直してからっていう倫理観はありそう?」
「ギリギリの線だな……。腹の玄力反応の方が勝ってたら、そっちを処理してからの来訪になるかもしれん……」
「なるほどね。鴉の羽でちょっとは誤魔化せそうだから、ズボン半脱ぎの状態でも飛んでくるかもよ」
「お、そうだな。試してみるか」
「逆にビックリさせちゃうかもね。え?もう妖刀抜いちゃったの!?って」
そうして椿姫を抜いて刳雲の能力を発動させようとしたら、郎さんに静かに止められた。炭さんは俺の頭をストレスを発散するように引っぱたいてきた。チヒロは棒付きキャンディーを舐めながら俺の方を見てほくそ笑んでいた。この子怖い。
〇
「という訳で、久々にやって来たぜ京都」
古風な建物が立ち並ぶ家々を見て、思わず思い出に浸る。小学生の時の修学旅行で京都には来たことがある。その時からあんまり変わってない風景に、国の進歩の無さを感じた。
──今回の作戦はこうだ。その1、学ランを着る。その2、休み時間とかテキトーな時間に校内に忍び込む。その3、座村さんの子供を見つける。以上。
「もしかして巻墨ってバカなのかな?」
郎さんに伝えられた作戦を思い返す。やっぱり見た目は子ども、頭脳も子どもみたいだった。今度あのサングラス隠しといてやる。
「まぁ奇跡的にイヲリの学校の男子生徒は学ラン着用みたいだし、生徒が1人増えたくらいセンコーにはバレないだろ。お、予鈴がなったな。時間的に昼休みだからここがチャンスだ」
全校生徒が一斉に動くこのタイミングを待っていた。どうせ購買やら何やらでぐちゃぐちゃになるんだろ?その隙に忍び込んで、イヲリの1人や2人見つけてやるさ。陽気に鼻歌を歌いながら校内に侵入した。
「お前!!何だそのパーカーは!!何年生だ!?」
ソッコーで先生に見つかった。どうやら学ランの下にパーカーはNGらしい。情報戦で負けたのだ。
「不法侵入の罪で警察に連絡しました。そうしたら取り調べを受けて、家に帰してくれるようです」
職員室。メガネの女教師の人がクールに言った。冷たい目でこちらを見ている。怖い。
「あのチビ……絶対に許さん……。何がパーペキなタクティクスだ」
「何をブツブツ言ってるの!?この不審者!!」
散々な言われようだ、正論なのでぐうの音も出ない。流石にもうちょっと巻墨側で学校について調べておいて欲しかったな。これからはあんまり頼らないようにしよう。
「あの〜……ちょっとお聞きしたいのですが……」
「……なんですか?学校のことは話せませんよ」
「学校のことではないんですけど、ここに座村イヲリという女子生徒はいませんか?」
「学校のことじゃないですか!!」
「その子に用があって、何とかして連れ去りたいんですよ」
「校長ーッ!!この子は危険ですーッ!!」
その時だった──。
校庭の端っこ、校門の所から何かを感じ取る。邪悪な気配……玄力の反応……。俺はこの玄力を知っている。
「生徒を教室から出さないようにして」
「な、何を言っているの……?」
「いいから」
椅子から立ち上がり、窓から見える校庭に目を向ける。背中に何かを背負っている男に、先生らしき人が1人で近付いていく。
次の瞬間、その教師は血飛沫を上げながら地面に横たわることになった。
「ひっ……!」
「死にたくなかったら大人しくしてて」
教師を早業で斬りつけたその男は、地面を踏みしめ校舎の上の方へ飛んで行った。俺も職員室から飛び出し、階段を駆け上がる。
「あの玄力、めんどくさい奴が来やがったな」
〇
Side : イヲリ
非日常が怒涛の勢いでやってきた。
数日前から空は暗い、それには慣れた。だけど、教室の窓ガラスを割りながら人が入ってくるとは予想もつかなかった。
「だ……誰だお前は……ッ!!」
「不審者……」
見たら分かる。背中に大きな荷物を背負っている。そしてそれが楽器とかそんな楽しい物じゃないことも。
「座村っていう子はいる?」
「居たら手を挙げてほしい」
扉から小さな女性も入ってきた。不審者その2。さっきから一体どうなってるのか、脳の処理が追いつかない。座村……?って人を探してるの……?誰なのそいつは。
ああ、授業が退屈な時に妄想する不審者を撃退するやつって、本当にその時が来たら何の意味も持たないんだな……。
そんなことを思いながら、足を震わせることしか出来ない自分がいた。
「挙げる訳ないでしょ、バカなの?もういいよ、血の味で確かめるから」
女性が友達の首筋に爪を立てそこから流れる血液を舐めていく。どういう調べ方なのそれは。
「うん、この子は違う。次」
「ちょっと待て、それ全員にやるのか?このクラスの女子の」
「当たり前でしょ。味は分かってるんだから、後はアタリを引くまでガチャを回し続けるだけ」
「このクラスに居なかったら?」
「そりゃ他のクラスに行くだけよ」
「ウソだろ……」
男がわなわなと震え始めた。
「気が遠くなる……斬欲が……」
聞いたことのない言葉に眉を顰める。斬欲?じっと見ていると、その男と目が合ってしまう。
「斗斗、こいつだ」
「え?」
「ターゲット。こいつな気がする」
心臓が跳ね上がる音がした。冷や汗が背中をなぞる。なんで?なんでこんな感情が湧き上がってくる?私は"座村"なんて名前じゃないのに。
「どういう勘?」
「斬欲の勘」
「訳わかんない、病院行ってきなよ」
言いながら女の人もこちらに近付いてくる。その真っ黒な瞳は、私を捉えて離さなかった。
「まぁ早いか遅いかだけだから。サクッと済ませちゃおうか。座村の可能性も0じゃないしね」
震えて声が出ない。血を取られて、もし私がこいつらのターゲットだったら、一体何をされるの?怖い、怖い、怖い。
「俺を信じろ」
「全然カッコよく無いんだけど。それじゃあごめんね、ちょっとチクッとするから」
チクリと首筋に針が刺さったような痛みが走った。女の人はそのまま、自分の手に着いた私の血を口に運び……。
「ビンゴ。やるじゃん久々李」
「ミッションコンプリート。直ちに帰投する」
嬉しそうな声を上げた。私だった……こいつらの狙いは……なんで……?私が何をしたの……。
「丁重にね。大丈夫だよ、危害は加えないから」
信じられる訳がない。今は大丈夫でも、後々なにをされるのか。心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
「じゃ、行こうか」
手が差し伸べられる。この手を取ってはいけない。でも取らなければ、もしかしたらクラスの皆に危害を加えるかもしれない。そんなことあってはならない。私が狙いなら、皆は無関係。それなら……。この先に何が待ち受けていようと……。
──困ったら俺を呼べ、助けに来るから。
脳裏に走った一言。
幼い頃の曖昧な記憶。
何故いまそんなことを思い出すのかは分からない。
だけど怖い時、不安な時、傍にいてくれた男の子がいた。
あの時の男の子の声だった。
「助けて……ミナト……」
「失礼しまーす」
教室の扉が開かれる。
そこに居たのは、学ランの下に白いパーカーを着た男子生徒……。
彼の顔を見たとき、点と点が線で繋がった。
「──ッ!!あの子は……!!」
「刳雲の……!!」
「大正解ッ!!」
次の瞬間、私の前にいた2人がまた別の窓ガラスを割りながら校庭の方へ吹っ飛んでいった。
そして気が付けば、さっきまで入口扉の所にいたその人が、目の前にいる。
「久しぶり、元気してたか?イヲリ」
「ミナト……」
ニコリと笑ったその顔は、昔から何一つ変わっていなかった。