ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第40話 かさなる影

「──何してるの?」

 

 コンコンと部屋がノックされ、入ってきた人物がそう呟く。炭さんはその黒くて大きな瞳をぱちくりとはさせず、少し軽蔑を含ませていた。

 

「脱衣UNOです」

 

「はぁ?」

 

「負けた人から脱いでくんです。今までの結果は見ての通り」

 

 郎さんは上裸、杢さんに至ってはパンイチだ。俺はまだカッターシャツの状態。学ラン様様だ。

 

「少し休もうって話だったのに……。ちっとも休憩出来てないじゃない」

 

「大丈夫だ。フロントの強そうなオッサンがめちゃくちゃ効果のあるエナジードリンクってやつをくれたから。三日三晩寝なくても動き続けられるらしいよ」

 

「それなんて麻薬?海外からの輸入品の話かしら」

 

「このホテル限定の飲み物だって。神奈備にバレたら色々終わるらしいから、口外しちゃダメっぽい」

 

「入るホテル間違えたかしら」

 

 少しして巻墨の3人は屋上へ戻っていった。イヲリの記憶を再封印する術式の締め作業を行うらしい。

 

「……記憶、か」

 

 1人になった部屋でボソッと呟く。イヲリの記憶。日常から非日常に叩き落とされたイヲリの気持ちは、少しは分かるつもりだ。急に悪い奴らから狙われて、命の危機があって。普通の日常を送っていたのなら尚更不安や恐怖が大きいだろう。

 

 このまま俺たちと同じように生きていくのか、あの教室や友達のもとに戻るのか。どちらを選んだとしても、俺のやることは変わらない。

 

「……ミナト、ここにいる……?」

 

 小さな音のノックが響いた。声的にイヲリだ。

 

「いますよ」

 

「開けていい?」

 

「待って、ズボン履く」

 

「……なにしてたの?」

 

「ごめん冗談、いらっしゃい」

 

 あんまり冗談が通じないタイプなのかな……。いや、状況が悪いか。少しでも和やかに雰囲気にしたいところだったんだけど。

 

 怪しまれるのもアレなので、俺は自ら扉を開けに行く。

 

「どした?怖い夢でも見たか?」

 

「……夢より怖いことがあるんだよ」

 

「聞こうか」

 

 イヲリを招き入れて大きなベッドに二人で腰掛ける。二人分の重みでベッドが軋んだ。

 

「記憶のことなんだけどさ、少し前から朧気に蘇ってきたというか……フラッシュバックするようになったっていうか……。たまに夢で見ることもあったんだ」

 

「過去の記憶だな」

 

「そう……。それで……多分お父さんのことや……ミナトのことも段々と思い出すようになってきて……。小学校の時の写真とか引っ張り出したりしてたんだよ」

 

「え?俺の写真あった?」

 

「あったあった。ツーショットとかあった」

 

「記憶にございませんね」

 

「ひどい……。でもそのおかげで、また逢えたから」

 

「だな……」

 

 訪れる静寂。お互い次の言葉に困っている状況。

 

「そ、そうだ!お姉さんは元気?あの綺麗な」

 

「……姉さんは亡くなったよ。ついこの間に」

 

「ウソ……」

 

 イヲリが口にを手を当てる。まぁ当然の反応だとは思う。

 

「ごめんなさい!私、無神経だったね……」

 

「いやいやいや、話してないから知らなくて当たり前だよ。それに大丈夫。寂しくないって言ったら嘘にはなるけど、俺の周りには大事な人がたくさん居るから」

 

 続けて言葉を連ねる。

 

「もちろん、イヲリもそのうちの1人だよ」

 

 言うとイヲリは目を丸くし、気恥しそうに目線を逸らした。

 

「俺もイヲリとまた会えて、こうして話せて嬉しいよ。同年代の友達ってあんまり居ないから。それに俺の小さい頃を知ってる人も」

 

「確かにね……。じゃ、じゃあさ……ミナトにとって私はさ……」

 

「ん?」

 

「と、特別な存在ってこと……?」

 

 垂らしたツインテールの束で、イヲリは口元を隠す。その可愛らしい仕草に少しドキッとしてしまう。

 

 これは──返答に気を付けないといけないところだな。

 

「うん。俺にとっての大切だし、特別でもあるよ」

 

「……そう……なんだ……」

 

 小さく紡がれると、イヲリはプイッとそっぽを向いてしまった。あれ?もしかして返答ミスった?あんまり特別視されたくないタイプだったりする?

 

 ──そんな時だった。

 

 ピンポーンと部屋のベルが鳴る。こちらを向いたイヲリと顔を合わせ、首を傾げる。誰だろう?巻墨やチヒロならわざわざ呼び鈴を鳴らす必要なんて無いはず。ホテルマンの人か……?

 

 次の瞬間、扉はゆっくりと開かれる。失礼にも程があるだろと一瞬思ったが、入ってきた人物の素性の知れなさに息を飲んだ。

 

「座村イヲリ……殺せば大金が貰えるって……電話があったんだ……」

 

 スーツに刀、妖術師。その発せられた言葉からイヲリがターゲットなのは明白。イヲリの身をこちらに引き寄せ背の方へやる。

 

「一応聞くけど知り合い?」

 

 その問いにイヲリは首を激しく横に振った。

 

「OK、後ろに居て」

 

 言いながら玄力を体中に走らせる。イヲリも居るこの室内で椿姫を振り回すのは流石に危ない。脚部と腕部に玄力を集中させた。

 

「俺だけじゃないぞ。この部屋に沢山の妖術師が来ることになる。誰が座村の娘を殺せるか──」

 

 言い終わる前に顔面に拳を入れ込む。勢いよく吹っ飛んだそいつは、綺麗に壁にめり込んでくれた。

 

「残りを片付けてくる。何かあったら大きい声出して」

 

「は……はい……お気を付けて……」

 

 イヲリの言葉を背に受けながら、部屋の扉を開いてホテルの通路に出る。それとほぼ同時にチンとエレベーターの到着音が聞こえた。中から複数人の黒服がゾロゾロとゴキブリのように出てくる。モテモテだなイヲリは。

 

「死にたくなかったらどけ、ガキ」

 

「女の子一人に大の大人がわらわら群がって……。恥ずかしくないのか……」

 

「生意気言ってられるのも今のうちだ。この数相手にお前一人で何が出来る?」

 

「キーキー烏合の衆がうるさいね。多きは善からずなんだよ」

 

 腰に差した椿姫を抜き出し、目の前の敵との距離を一気に詰める。俺の動きに目が追いついていない先頭の男の首を、真下から切り上げた。

 

 舞う血飛沫と動かなくなった胴体を蹴飛ばし後続への妨害をかける。飛んできた死体で体がよろめいたのと同時に、刹那の一閃を繰り出す。

 

「凛」

 

 練り上げられた玄力を一気に解放。ご丁寧に一直線に並んでいた奴らを一瞬のうちに斬り抜ける。通路が一気に真っ赤に染まった。

 

「ひ……ひぃ……!!」

 

 返り血を浴びまくった俺の顔を見て、最後尾に居た男が悲鳴を上げ逃亡していく。そいつの背中にその辺に落ちていた刀をダーツのように投げつけ、中心を射抜くことに成功した。

 

 ふぅとひと息。これでひとまずの危機は去った。だけど次いつ襲撃が来るかは分からない。イヲリはどこに居てもらうべきか。さっきまで居た部屋の中か、それとも巻墨が居る屋上か。どちらが守りやすい……?

 

「ミナト、大丈夫……?」

 

 ギィと小さな音を立てながら、イヲリが部屋から顔を出す。そして目の前の凄惨な光景にギョッとしていた。

 

「ごめんよ、こんなの見せちゃって」

 

「いや……平気……平気……あんまり見ないようにすれば何とか……」

 

 目を細めながら、死体を踏まないようにイヲリがこちらに近づいてくる。

 

「怪我は無い?」

 

「こっちのセリフ」

 

「大丈夫だよ」

 

 言いながらイヲリがスカートのポケットをゴソゴソし始める。

 

「はい、顔こっち向けて」

 

「え……何を……?」

 

「血、付いちゃってるから」

 

 強引に首の向きを変えられる。イヲリと向き合う形になると、彼女は手に持っているハンカチをそっと俺の頬に添えた。

 

『誰かを想って生きなさい、自分じゃない誰かの為に』

 

 重なる……目の前のイヲリと記憶の中の最期の姉さんの姿が……。

 

 俺の頬に優しく触れてくれた姉さんの手と、頬に付いた悪人の血を拭いてくれるイヲリの手……。

 

「──え?ど、どうしたの急に……」

 

 気付けばその手を握ってしまっていた。イヲリの戸惑いの声を受けて我に返る。

 

「ご、ごめん……。なんか無意識のうちに……」

 

「なんで泣いてるの……?」

 

「え……?」

 

 その言葉で初めて、自分の頬を流れ伝う涙を認識する。

 

 何だこれ……どうして……。

 

「へ、変だな……!なんか勝手に出てきたみたいだ……!大丈夫、気にしないで……すぐに止まるから……」

 

「じっとしてて」

 

 イヲリの指が頬を伝う涙を拭い去る。

 

「辛いことがあったから涙が出るんだよ」

 

 震える瞳でイヲリを見据える。それしか今の俺には出来ない。

 

「お姉さんのことだよね……。その人との大切な思い出があればあるほど……」

 

 少し俯きながら、そして顔を上げてまた視線が交差する。

 

「大事にしていかなきゃ……。忘れちゃうなんて……そんな悲しいこと……あっちゃダメなんだよ……」

 

 噛み潰すような声色だった。まるでイヲリが自身に言い聞かせるような。

 

 

 

 

 

「あれ?お邪魔だったかな?」

 

 

 

 聞こえてきた声に対して体がすぐに反応する。椿姫を声のする方へ差し向けると、そこには薄い桃色の長い髪の少年が立っていた。見たところ同い年くらいか。

 

「チヒロは一緒じゃないのか?ミナト」

 

 気安い物言いに眉を顰める。

 

「どこかで会ったことある?記憶力には自信があるんだけど、お前の顔は初めて見る」

 

「いいや初対面で合ってる。チヒロと漣の末っ子には会ったことあるけどね」

 

 そこでようやく、その少年が手に何かを持っていることに気が付く。同じように気付いたイヲリが小さな悲鳴を上げた。

 

 ロビーにいた戦国与次郎……このホテルの支配人の首が、少年の右手からぶら下がっていた。

 

「俺は昼彦っていうんだ。ミナト、お前にも会いたかったよ。周りに同じくらいの歳の子が居ないからね、ぜひ友達になりたい」

 

「その紋様……毘灼の一員だな。ふざけた真似しやがって」

 

「絶妙に会話が噛み合ってないよな。言葉じゃなくて刀で語らうタイプか?」

 

 戦国与次郎の頭部がボトリと音を立てて落ちる。昼彦はゆっくりと刀を抜き出し、それを静かに俺へと向けてきた。

 

「刳雲は使えないよな。酌揺もおんなじ。あの暗い空のせいさ。歯痒いよな〜」

 

「──ッ!!漆羽さんの……人の命をなんだと思ってる……!!」

 

「それ……この通路をこんなにした奴が言えることか?」

 

 足下に広がる血みどろの光景。昼彦が言っていることは間違ってはいない。だけど、こいつらと俺の刀を振るう理由は根っこの部分から違う。

 

 同じにされてたまるか……利己的な理由で命を奪う奴らなんかと……。

 

「俺はお前が嫌いだ。だから友達にはならない」

 

「俺、一回振られただけじゃ諦めない男なんだよね」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべる昼彦。丁度いい、毘灼のメンバーならどちらにせよ探していたんだ。

 

 ここでコイツを斬る。今はそれだけだ。

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