ペンは剣よりも強し!   作:みかんフレーク

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第5話 覚悟

 ──夢を見ていた。

 

 あれは京都の小学校に通っていた時の頃、親が居ないという理由だけで虐められていた。

 

 勉強を頑張っていい所に就職するという姉さんとの約束があったけど、実を言うとその頃の俺は学校が死ぬ程嫌いだった。だって、行っても楽しくないから。行ってもつまらないから。行っても皆に虐められるだけだから。

 

 だけど、ある日をきっかけにそんな気持ちは失くなった。俺にも味方が居ると分かったから。何の変哲もない沢山いるクラスメイトの1人。その子のおかげで、俺は学校に行きたいと思える理由が出来た。

 

 俺を庇い、対等に接し、友達の必要性を与えてくれた子。

 

 名前は確か…。

 

 サ…ラ…ヲリ…──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…──どこだここ?」

 

 ぱちくりと瞬きすると、無骨な白い天井が視界に入る。視界の端の方には透明な液体が入ったパックみたいなのが見えた。あ、これ点滴だ。点滴打ってると針が刺さってる所がなんか冷っこいよね。

 

 ん…?点滴打ってるってことはここ病院か…?何で病院なんかに…?と、思った瞬間全身に痛みが走る。それと同時に思い出した、双城との戦いのことを。

 

「シャル…!」

 

 そして思い出す。あのいたいけな少女のことも。シャルが双城に連れて行かれた。ヤツの身勝手な実験の為に。

 

 湧き上がってくるのは自責の念ばかりだった。俺が双城に負けたから。あいつより力が無かったから。だからあの時負けて、シャルを守りきる事が出来なかった。全部俺のせいだ…全部…。

 

「くそ…!こんなの…!」

 

 体に付けられた点滴の針を引き抜き、ベッドから降りようとする。こんな所でダラダラ過ごしている時間なんて無い。今すぐにでもシャルを助けに行かないと。

 

 そこで再び襲い掛かってくる刺すような痛み。それに耐えかね思わず声が漏れる。体が上手く動かない…。双城戦でのダメージがまだ体には充分に残っている。

 

 ──俺の目的にあいつら親子の細胞が必要でな。いくらか肉を切って分けてもらってたんだが…。

 

 戦いの時、双城が言っていたことが思い起こされる。あいつはシャルと、今は亡きシャルの母親の肉体を使って非人道的なことをしている。そんな奴の元にシャルを戻してしまった。痛くて苦しい場所にシャルを追いやってしまった。今この瞬間にも、あの子は苦しんでいるかもしれない。

 

 それと比べると俺の体の痛みなんてどうでもいい。こんなので痛がってる場合じゃない。シャルはもっと辛い目に遭っているんだ。俺が動けないでいてどうする。

 

 フラつく体に鞭打って何とかベッドから降り、手すりを支えに立ち上がる。万全な状態になるまで待つ必要は無い。さっさと椿姫を持って、双城を殺しに行かないと。刀はどこだ?

 

「ちょいちょいちょい!!何してんのキミも!!」

 

 突如として病室の扉が開かれたと思ったら、聞き覚えのある大きな声が室内に轟いた。見ると、そこには右目を前髪で隠した男性が俺に驚愕の表情を向けていた。

 

「ちゃんと寝てなきゃ駄目でしょ!全く最近の若い子らは!ほら、ハウスハウス!」

 

「薊さん…俺は犬じゃないよ…」

 

「知ってますよそんなことは!とにかくお布団の中にお入り!」

 

 いそいそとその人は俺をベッドの中に押し戻す。

 

 "神奈備(かむなび)"の1人、(あざみ)さんはそんな俺を見て深くため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちは分かるけどね、もうミナト君の出番は無いよ」

 

 持ってきてくれたリンゴを剥きながら、薊さんは当て付けるように言った。その物言いに、布団に顔を半分入れながら少しムッとなる。

 

「さっきまでチヒロ君の部屋に居たんだけどね、そっちで今後の動き方はもう決めた。その結果、君はお留守番という役割が与えられたのさ」

 

 今後の動き方というのは次の通りだ。

 

 逃げ遂せた双城の跡をつけた神奈備の人が、奴の居場所を特定したらこちらに知らせる。

 恐らくそこにシャルも居るだろうから、奪還の為にチヒロと柴さんが潜入。シャルを取り戻したら退散。

 双城は1人になった時を見計らい、神奈備の特別部隊が排除にあたる。双城を殺す為の集まりで、薊さんの部下の精鋭たちのようだ。

 

「な?君の仕事は無いだろ?」

 

 綺麗に皮が剥かれたリンゴがお皿に乗って出される。それを受け取り、添えてあったフォークで突き刺し口に放り込んだ。

 

「俺もその特別部隊に入る」

 

「何言ってんの。君を神奈備に入れた覚えは無いよ」

 

「じゃあチヒロ達と一緒に拠点に攻め込む」

 

「攻め込むんじゃない、潜入だ。そんな人数増やしても見つかるリスクが高まるだけ。余計にあの女の子が危なくなるだけだよ」

 

 よく噛んだリンゴをゴクリと飲み込む。薊さんはいつもこうだ。こちらの想いに正面から正論で叩き伏せてくる。反論をしようにも手札が無い。厄介な人だ。

 

「第一、キミ学校は?最近行けてないんだろ?」

 

「ちゃんと空き時間に置いてかれないよう勉強してる。少しくらい平気だよ」

 

「少しくらいだって…?ミナト君、誰がキミの学費払ってると思ってるのさ」

 

 あ、薊さんがキレかけてる。何だかんだで長い付き合いだから、そういうのが分かるようになったんだ。

 

 かく言う薊さんは、俺の保護者的な立ち位置に居る。まだお金を稼ぐ術を持たない俺に生活費を送ってくれていたり、高校に通わせてくれているのはこの人だ。普通、赤の他人にここまでしてくれる人は居ない。俺は恵まれている。だからこそ、刀を握って死地に飛び込もうとする俺に思う所があるんだろう。

 

 そんな訳で、俺は薊さんに頭が上がらないのだ。

 

「やっぱりキミに戦い方を教えたのは間違いだったか…」

 

「え…?」

 

 俺の傷付いた体を眺めながら、薊さんはボソッと呟いた。

 

 玄力の引き出し方、基本的な使い方は柴さんに教えてもらった。それらに加えて、近接格闘術は薊さんに教えてもらっている。剣術と格闘術の複合が今の俺の型なのだけど、その片割れの師匠はこの人なんだ。

 

「妖刀使いと戦ったんだろう?相手は裏社会の大物、長年武器商人として名を馳せてきた、その道の有名人だ。体感したように刀への理解度も深い。正直、生きて帰ってこれただけでも奇跡に近い」

 

「薊さん…」

 

 双城と妖刀である刳雲の威力はとてつもなかった。妖刀が妖術師の間で恐れられている理由がよく分かる。我ながらあんなのと正面からよくやり合えたなと今になって思う程だ。

 

「キミが戦って傷付いたことは、この道に向かって手を引いてしまった僕の責任だ。チヒロ君もそうだけど、もしこれからも戦いに身を投じていくとして、若い身空である君たちが命を落としたら…。そんな罪悪感は要らない…」

 

 床に目を落としながら薊さんは言う。心配をしてくれているんだ、薊さんは優しい人だから。まだ若いんだからと色々な経験をさせてくれる。だけど、薊さんの中の俺にして欲しい経験に戦いや殺し合いは入っていない。そんなの当たり前だ。誰だってそう思う。せっかくこの世に生まれてきた命なのに、それを軽んじるような行動は褒められたものじゃない。

 

『どうせなら楽しんでいかなくちゃ。だって私たちは生きているんだから』

 

 思い出の中の姉さんはいつも笑っている。幸せに包まれている。姉さんも自分と同じように、俺に幸せな日々を送って欲しかったのだろうか。…きっとそうだ、自分の肉親に不幸せになれと願う人なんていない。

 

 じゃあシャルは…?

 

 シャルはいま幸せなのか?実験動物扱いをされ、母親を失い、せっかく手に入れた束の間の平和もすぐに奪われてしまった。悲しみの連鎖の中でもシャルは強く笑っていた。自分は幸せなのだと言い聞かせるように。自身の置かれた境遇にも負けずに。

 

「薊さんの言う通りだよ」

 

 大人の言うことで、薊さんの言うことだ。そこに嘘偽りや間違いはほぼ無い。言われた通りにしていたら、俺はこんな大怪我なんて負わずに幸せに生きていられるかもしれない。学校にも毎日ちゃんと通って、姉さんの言う通りちゃんとした企業に就職をして、幸せな生活を送れていたのかもしれない。

 

 それでも──…。

 

 俺は知ってしまった。大切な人が奪われる悲しみを。会いたくても会えなくなる苦しみを。

 

 俺は見てしまった。大切な人を失った時に人がどんな顔をするのかを。もう取り戻せない命を腕に抱いた時、どんな感情が渦巻くのかを。

 

 そして感じてしまった。その火種を作る人を見て見ぬふりしてはいけないのだと。

 

「烏滸がましい話なのかもしれないけど…。俺に人を助ける力があるのに、何もしなかったら。そのせいで誰かが傷付くことになったら、自分のせいだと思う」

 

「それでキミが傷付くことになっても?キミの身を案じる人のことは無視してもいいのかい?」

 

「それは…」

 

 薊さんの返答に思わず口を噤む。薊さんの言いたいことは凄くよく分かるし、正論だと思う。俺を大事にしてくれているのだ。

 

 それでも…──。

 

 悲しみを振り撒く人がこの世にいるということを知ってしまったのなら。そして、苦しみの渦中から救い出したいと思った人がいるなら。

 

「それでも、俺は託されたんだ」

 

 チヒロのお父さんとチヒロの想いと信念が込められた刀。

 

 椿姫に宿した2人の意志を…責任を…俺は全うしなければならない。

 

 そして、薊さんの気持ちも蔑ろにすることは出来ない。この人の俺を想う気持ちも本物だから。だから──…。

 

「想いを背負う覚悟はある。俺は戦う」

 

 全部…全部だ…。六平親子の想いも、薊さんの気持ちも。全部背負って戦うんだ。何一つ取り零す訳にはいかない。例えそれが子どもじみた絵空事だったとしても。傍から見たら滑稽に写ってしまっても。

 

「ま…ミナト君がそう言うことは分かってたけどね…」

 

 やれやれ、と言わんばかりに薊さんが首を振る。その後小さくため息をつくと、指をビシッと俺の方へ向けてきた。

 

「ただし!絶対に無茶はしないこと!また今みたいな大怪我でもしてみろ、椿姫は没収!キミもう勉強しかさせてやらないからな!」

 

 むん、と鼻を鳴らす薊さん。そんな姿に苦笑する。これは彼なりの譲歩なのだろう。薊さんも俺の考えに寄り添ってくれているんだ。本当にこの人には頭が上がらない。

 

「大丈夫、もう負けないよ」

 

 そうだ、この戦いに負けは許されない。シャルを救うのなら、刳雲を携える双城を超えなければならない。

 

 覚悟は決めた、後は進むだけだ。

 

 あの日あの時覚えた感情は忘れずに、鮮明なまま心の中に置いておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 "妖刀(ようとう)"の本質は使用者の解釈によって異なる。

 

 妖刀の原材料となっている"雫天石(だてんせき)は、莫大な玄力を有した貴重な素材。そのまま使えば妖刀並の玄力を扱えるようになる代わりに、その身は無残に消し飛ぶ。

 

 そいつを刀に入れ込み、安定化に成功させたのはこの世でただ1人だけ。そう、六平国重である。彼の製作した6本の妖刀は、かつて起きた戦争を終結に導く程の威力だった。

 

 そんな素晴らしい人間に近づく為に、俺は雫天石の実験を行っている。目標はそう、雫天石使用時における玄力の安定化。その方法さえ確率出来れば、裏社会どころかこの世界を牛耳れること間違い無しだ。

 

 その為の実験材料として鏡凪一族の体が必要だった。過去に襲撃にあった一族の村から逃げ遂せた1人の少女。そいつが大人になり、人並みの幸せを求めた結果、自身の分身とも言える我が子を人生ハードモードの世界に産み落とすという失態をしでかした。

 

 ま、俺からしたらそいつは好都合なことだったが。

 

 色々あったが、鏡凪の小娘は再度手中に収める事が出来た。実験の日々を繰り返しつつ、たまに街の銭湯に赴く。今日も今日とて、最近できた新しくて綺麗なスーパー銭湯に客を取られている老舗の風呂屋を訪れる。

 

「ババア、こいつ失くしたら殺すどころじゃねぇからな」

 

「そうかい…わかったよ…」

 

 番台のババアに刳雲を預けて風呂に入る。人は俺以外に誰も居ない。最高だ。風呂屋を独り占めするなんて贅沢、想像出来るもんじゃない。

 

 ── 俺が摘んでやる…!!

 

 この前刃を交わしたガキ、ミナトとか言ったか。そいつの言葉が不意に頭をよぎる。綺麗事ばかり並べるお子様って感じだったが、実力と玄力量はピカイチだった。いや、むしろあの若さであの力。そして何より、尋常ならざる玄力を生み出すあの体に着目すべきだ。

 

 "雫天石"を使用した者は漏れなく四肢が爆散する。そんな結末が手招きしているのは、常人では耐えられない程の玄力が雫天石を通して体に流れ込んでくるからだ。一瞬で命を燃やし尽くすような、そんな使い方をすることになる。

 

 けどあのガキはなんだ…。雫天石使用時以上の玄力を纏っても平気な面してやがった…。更には戦闘に活かしてくる。玄力操作にはまだ未熟な点が目立つが、今の時点でアレだ。もし玄力の本質を捉えたら、相当厄介な障壁になるだろう。

 

 特筆すべきは莫大な玄力量に耐えられる体、もしくは特別製の玄力だ。そのどちらか、欲を言えば両方を調べることが出来れば、俺は六平国重に近づく事が出来るはず。

 

 鏡凪の娘とミナトとかいう学ランを着たガキ。この2つのピースが揃えば俺の悲願は成就する。片方は手に入れた。もう一方も取りに行かなければ。

 

「ババア、会計だ」

 

 銭湯の利用料を支払い、靴箱にしまったブーツを履き紐を固く結ぶ。足元は固めておかないとロクなことにならない。俺の持論だ。

 

 湯船に浸かることで体があったまる。体があったまると血流が良くなり、なんかこう色々とプラスの効果が増えていくらしい。深いところまでは知らないが、とにかく体にいいんだろう。まぁ体冷やして良いことなんて何も無いからな。

 

 コンディションも整えた。目標までの道のりも明確になってきている。そうしたら、後は悲願達成の為に動くだけだ。

 

 鏡凪は手に入れた。後は学ランのガキを確保する。計画も大詰めだ。そしてあの7本目の妖刀使い、あいつ六平国重の事を"父さん"と言っていたな…。てことは倅か?

 

 そんなことを考えていると、周囲に複数の玄力を感じられた。囲まれている…何人だ…?数は居るな…奴らが俺の跡を嗅ぎ取って接敵して来やがったな…。

 

「まァそろそろ1回ぶつかっとかねぇとな、テメーら神奈備(かむなび)とはな」

 

「お風呂で温まって準備万端ってとこか?新しい方行けよ」

 

 精鋭が6人…俺を取り囲んでいる…。俺は刳雲にそっと手を置き臨戦態勢をとる。刳雲(こいつ)の慣らしには持ってこいの人材が派遣されてきたな。強いて言うなら、金髪と黒髪の強そうな2人組も居てくれたら良かったんだが。ま、贅沢は言わねぇ。

 

「貸切の良さも知らねぇで」

 

「悪いが潔癖なんでね」

 

 眼鏡を掛けた神奈備が言う。論外。そんなクソしょうもない理由で銭湯に行かないのは人生の大半を損している。よって、分かり合える気がしない。

 

 刳雲を抜き出し、上からこちらを見下ろしてきやがる神奈備どもに目を向ける。多対一、戦況は不利。だがこっちには妖刀もある。負ける気がしねぇ。

 

 "妖刀(ようとう)"の本質は使用者の解釈によって異なる。

 

 刀との親和性、理解度、相性。そのほかあらゆる要因を経て、妖刀は真の力を解放させる。まだ刳雲を手にして数週間だが、その本質に辿り着きつつある。体にどんどん馴染んでいくのだ。

 

 強敵と戦えば戦う程、俺と刳雲は強くなる。戦いの愉悦をより強く味わう事が出来る。今更辞められる訳が無い。

 

 "本領"に辿り着いた妖刀で、六平国重の息子と玄力オバケの学ランを斬る。それが今の目標。

 

「来いよ国の犬ども。俺の愛刀はちっとばかし凶暴だぜ」

 

 俺と刳雲の物語は、まだ始まったばかりだ──!!

 

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