人は生まれながらにして善人だという説のこと。
どんな悪人でも、産声を上げてこの世に生誕した時から悪の思想を持っていた訳では無いことから、この説は唱えられている。
だから、どんな人にも善い心というものは備わっている。
例えどれだけ悪行を重ねた人がいたとしても。
人を人とも思わない残酷な人だとしても。
その心のどこかには、生まれてきた時から備わっている善性の欠片が漂っているはずなんだ。
それを探して拾い集めることも大事だろう。
誰だって好き好んで悪の道を進み始めた訳じゃない。
何かしらの理由があったり、そうせざるを得なかったり。
そういう生き方しか知らなかったり。
だけど、踏みとどまれるタイミングはあったはずだ。
これは間違った選択なのだと気付く場面は訪れていたはずだ。
それでも、自分が間違っていると分かっていたとしても。
その道を進み続けると決めたのなら。
その責任は果たさないといけない──。
2つの妖刀と1つの刀。
迸る玄力に遅れをとっているのは、妖刀持ちでは無い俺だった。
ダメージを負っているのは俺達だけではなく、双城の体にも至る所に傷が見える。
恐らく神奈備によって与えられたダメージ。
双城がここに居るということから彼らの結末は予想出来るが、タダでは帰さないということだ。
椿姫を双城の胴体めがけて振るうが、その斬撃は空を切る。
刳雲との親和性を高めた双城は、その身に稲妻を纏いながら地を駆け空を舞う。
まるでその姿は1匹の龍のように見える。
対するチヒロも錦による
妖刀持ちが為せる技…極限の状況下でも最大のパフォーマンスを出せるその力に、俺は悔しさを滲ませていた。
「
木偶の坊になる理由は無い。
体が悲鳴をあげようと、俺は俺の責務を果たす。
悪を滅し、弱者を救う。
理不尽な苦しみを受けている人たちを守る。
──誰かを傷つけるような人は絶対に許すな。
いつだってそうさ、姉さんの教えが。
──君の武器はそのバカみたいな量の玄力や。俺やチヒロ君とは比べ物にならん。しかも底が見えないときてる。有効活用する他ないで。
──凄い奴だったんだな、ミナトは。
皆の支えが。
俺に力を与えてくれる──!!
一撃を確実に当てる為に、狙うは双城の着地の一瞬。
その一瞬を穿つ為に、全身から玄力を捻り出す。
もっと…もっとだ…痛む体は気にするな…震える膝に喝を入れろ…。
決めたはずだ、戦い抜くと。
背負った覚悟を本物にするのは、他の誰でもない俺自身なんだ。
双城の足裏が大地と繋がる。
その瞬間を…見極める…!
…──今!!!
超速を捉える居合術が、白き刀から放たれる。
振りかざした椿姫が双城の肉体に触れるのを感じた。
だが、それだけでは空を舞う龍は落とせない。
「踏み込みがなってねぇな…そのボロボロの体のせいか…?」
バチバチと電気が発する音が聞こえる。
鳴を体に流し込んだ双城は、常人を遥かに超える速度を生み出す。
それはまるで稲妻のように、彼が通った跡には雷の軌跡が残る。
「妖刀使いかそうじゃないかで刀への理解度は異なる。その差がコレだ」
刹那、目の前に現れた双城が刳雲を薙ぎ払うように振るう。
すんでのところで回避するが、胴体を薄く斬りつけられた。
鮮血が宙に舞う。
「足りないんだよ」
放たれる雷撃。
それをモロに喰らい、思わず地面に膝を着く。
その時には既に、双城はチヒロと斬りあっていた。
薄くなっていく視界…手放しかけている意識…。
継戦の負荷が一気に押し寄せてきていた。
駄目だ…倒れるな…今ここで倒れたらチヒロへの負担が大きくなる。
せっかく2人で相手を出来ているんだ…このアドバンテージを失くす訳にはいかない…。
耐えろ…耐えろ…耐えろ…!
このまま倒れていいのか…!?
このまま何も出来ず、地面で寝ているだけの役立たずで終わるのか…!?
そうじゃないだろ…!!
チヒロも頑張っている、俺なんかよりよっぽどしんどいはずのチヒロが。
──父さんの作った妖刀で罪もない人たちの平和を脅かす。そんな奴は許してはおけない。
チヒロの背負っている物は大きい。
俺なんかじゃ理解できない程のものを、チヒロは昔からずっと背負いながら生きてきた。
そんな奴が歯を食いしばって抗っているんだ。
なら俺が倒れてちゃ駄目だろ。
俺が1番背負っていないんだから…!
ダン!と地面に足裏を打ちつけ、感触を確かめる。
大丈夫…感覚は残っている…まだ動ける…。
俺はまだ戦える…!
即座に地を蹴り双城とチヒロが斬り結ぶ場へ乱入。
双城の一太刀からチヒロを守り、椿姫を払って双城を軽く吹っ飛ばす。
「しぶといな…!」
「ミナト、お前…」
「心配するのは後だ!俺が隙を作る!決着をつけに行くぞ!」
その言葉にチヒロが頷く。
一撃の重みは俺よりも淵天を持つチヒロの方が上だ。
なら俺が、その一撃を確実に当てる為の隙を生み出す。
それが最善、それが正攻法。
玄力を解放し、残っている全ての力を全身と刀に回す。
前方には嬉しそうに笑みを浮かべる双城が見えた。
「ハハっ素晴らしいな…!お前のその力も利用出来れば、俺も六平に並べる」
「シャルも助けた!部下も倒してきた!もうここにお前の物なんて、1つも無いんだよ!!」
凛の構えをとり、双城を標的に捉える。
バカの一つ覚えだが、今の俺にはこれしか無い。
たった一つの技術で戦い抜くしか無い。
それが出来ないならもう、死ぬしかない。
「一本調子だな!!テメェの技はもう見飽きた!!」
地面を駆けこちらに肉薄してくる双城。
目にも止まらぬ速度に対し、こちらも同じ速度で対応。
いや、同じじゃ意味は無い。
奴を越えろ…妖刀の力を越えろ…。
勝つか負けるか、生きるか死ぬか。
その瀬戸際でこそ、本領は発揮される。
地面を蹴りあげ宙を駆ける。
雷の速度に追い付ける人間などいやしない。
不可能だって事くらい分かってる。
それでも──…。
──限界を自分で決めるなんて勿体ないこと、しちゃダメだよ?
それでも男には、やらなきゃいけない時がある。
スピードにはスピードを。
刀には刀を。
今この瞬間だけでもいい、双城と刳雲を凌ぐ力が…!
ドクンと心臓が跳ねる。
手のひらから何かが伝わってくる。
いや、正確にはそうじゃない。
手のひらを通して何かが語りかけてくる。
俺がいま強く握り締めているモノ…。
月光を浴びて美しく輝く愛刀と、俺の心臓が。
繋がる。
繰り出される刳雲の刀身に合わせて、椿姫をぶつける。
不思議と刀同士がぶつかる金属音はしなかった。
ただ思った方向に椿姫を動かしただけ。
ただそうしただけで、椿姫は刳雲の刃を落とし、双城の体へと辿り着く。
一撃だけじゃない、たった一度の斬撃では双城を止められやしない。
交錯した瞬刻、その身に5回の斬撃を浴びせる。
「…──!?」
「──チヒロぉ!!」
ぐらつく双城の体。
そこに飛び込んで来るのは、涅い金魚と赤瞳の友達。
信念を纏った刃が、悪を滅する為に振るわれる。
「
逆袈裟に放たれた斬撃が、双城の脇腹から肩にかけて刻まれた。