第8話 ボールは友達
チヒロの放った"
派手に血飛沫を上げながら、双城は背中から地面に崩れ落ちていった。
「ハァ…!ハァ…!終わった…?」
「あぁ…流石にもう…動かないと思いたい…」
絶え絶えの息遣いでチヒロと会話をする。言葉を発するだけでも辛い状況だけど…。ひとまず戦いにケリはついた。
「バカの一つ覚えじゃ…無かったな…」
天を仰ぐ双城が、今にも消え入りそうな声で話しかけてきた。上半身からの出血が酷い。そう長くはもたないのは明白だった。
「前に戦った時、"凛"はあんたに通用しなかった。曲がりなりにも刳雲の真価を引き出してきた奴に、同じ手は通じないと思ったんだ」
チヒロの"涅"を確実に決める為、俺は"凛"を放った。しかし、それはただの"凛"では無い。双城と交錯するその瞬間、俺はその身に5発の斬撃を叩き込んだ。1発じゃ双城は崩れないと思っていたからだ。
「そうか…最初のやつは…俺に前と同じ技だと思わせる為の…ブラフか…」
「…それもあるけどたまたまだよ。最後にあんたと斬り合う直前、声が聞こえたんだ」
「…声…?」
自分でも何を言っているのかよく分かっていない。命のやり取りをした直後で頭が変になっているのかもしれない。だけど、確かにあの時聞こえたんだ。柄を握る手を通して、椿姫の声が。
「そうしたら、椿姫と直接繋がったような感覚がした。土壇場のあのタイミングでいつも以上の力が発揮出来たのは、多分そのおかげだ。だからあんたに一矢報いることが出来た」
「…ハァ、そうか。お前も理解を…深めたんだな…」
最後に小さく言い切ると、双城の眼がそっと閉じられた。それを見て、真にこの戦いに決着が着いたと判断する。ようやく一息つける。
「刳雲、折れちゃったな。ごめんよ」
ドサリと地面に尻もちを着く。そこに刀身が折れてしまった刳雲を握り締めながらチヒロが近付いて来た。
「気にしなくていい…ミナトが無事なら…それでいい…」
え…なにその意味深な発言…。
ちょっと背筋がゾワッとしたんですけど…。
なに?もしかしてチヒロ君、俺のことそういう目で見てる…?
「なんだその目は…」
「いや別に…なんでもないけど…」
「でも、もし
「うっそでしょ」
チヒロの発言に乾いた笑いが出てくる。
俺が刳雲…妖刀と命滅契約?何の冗談ですか?
「俺はお前になら相応しいと思ってる。お前なら妖刀を正しく扱ってくれると信じてる」
嫌に真っ直ぐな瞳でこちらを見てくるチヒロ。おおう…そんな熱い眼差しを向けられても…。思ってるより信頼度高いんだな、チヒロから俺への。
「何とかなったみたいやね」
フッと突然姿を現した柴さんにビクッとなる。この人、瞬間移動の妖術を使えるからいつもいきなり現れてびっくりするんだよね。あ、肩にシャルも乗ってる。
「チヒロ!ミナト!」
満身創痍の俺達の元に、柴さんの肩から降りてきたシャルが駆け寄ってきた。
「ひどいケガ!」
俺達の体を見てシャルが言う。本当ならこんな血生臭い所を見せたくは無かったんだけどね…。
「シャル、お前が左手を治してくれたおかげで勝てた」
「あ、だから淵天振り回せてたのか」
戦いが始まった時から思っていた疑問に納得がいく。確かチヒロは左手の筋繊維がズタボロにされていたハズだった。なのに、さっきの戦いでは淵天をぶんぶん元気に振り回してたから。
双城も狙っていたシャルの治癒能力…あんなに酷かったチヒロの傷も癒せてしまうのなら、悪い奴らの標的にされることも頷ける。
そんなシャルがチヒロに触れると、彼の傷がたちまち綺麗になっていく。う〜ん、目の当たりにするとその力のトンデモさに仰天しちゃうね。
「はい!次はミナト!」
「サンキュー!」
チヒロの次にシャルに触れられた俺の体は、全快とまではいかないが痛みなく動かせるくらいには回復される。こりゃ凄い。シャルが居たら病院要らずじゃないか。
「あれ?そういや双城は?」
ふと、思い出したかのように双城のことを思い出す。あれ?そういやさっき少しだけ会話して、その後眠るように目を閉じたから悟ったんだけど…。辺りをキョロキョロして見ると、嫌な血の跡が地面にこびりついている。まさに血の道だ。その道を辿るように視線を動かすと、案の定そこに双城がムカデのように地面を這っているのが見えた。しぶといやっちゃな〜。
「どーする?」
双城を指さしてチヒロと柴さんに問う。
「わざわざトドメをさす必要も無いかもな」
「せやな、あんだけ内蔵まろび出とったらほかっといても死ぬやろ」
ま、皆の言う通りか。これ以上あいつと話すこともないし。どこに向かってんのか分かんないけど、今更何かをする力も残っていないだろう。
「柴さん、あいつらの持ってた情報とかってのは」
「ああ、ちゃんと聞き出しといたで。ちょっと虐めたらゲロゲロ吐きよったわ」
別行動をしてもらっていた柴さんには、双城の背後にある毘灼や真打に関する情報を探ってもらっていた。まあ柴さんのことだ、しっかりと自分の仕事はやり切ってると思ってたけど。
不意にパン!と柴さんが手を叩いて音を出した。何事かとそちらへ顔を向ける。チヒロも同様だった。
「シャルちゃんも助けたし、情報も抜き取ったし!もうこんな血生臭い所さっさとおいとましようや!ほら、撤収撤収!」
「そうですね」
「は〜…とりあえずお風呂入りたい…」
シャルとチヒロとひとかたまりになって柴さんに引っ付く。柴さんの術で帰還場所までひとっ飛びで行けるのだ。これ凄く便利。
何はともあれ、俺達の目的は無事に達せられた。ひとまず今はそれを喜ぼう。懐に入れた楽座市のパンフレットについて考えるのは、一旦後だ。
○
──あっはは…またこの体質のせいで気味悪がられちゃった…。
記憶の中の姉さんは、いつも困ったような笑顔をしていた。
体から常に冷気を発してしまうという体質の為か、姉さんに物理的に近付ける人はいなかった。そう、唯一の肉親である俺を除いては。
同じ血が流れているからか、俺は氷に対してある程度の耐性を持って生まれた。かと言って、俺は姉さんのように体から冷気を発せる訳じゃ無い。ちょっと冷たさに強い、冬とかあんまり着込まなくても良いとかその程度の物だ。
姉さんはその体質のせいで、ロクに友達がいなかった。本当は寂しい筈なのに、他の子たちと同じように遊びたいと思っていた筈なのに、それでも俺の前でそういう顔は見せなかった。そんな強い人だった。
──うそ…きれいなお姉さん…うらやましい…!
いや、そういえば居たな1人だけ。
姉さんのことを気味悪がらない子が。
名前は…なんだっけ…?
どんな顔してた…?ぼんやりとシルエットだけが…。
駄目だ…これ以上は思い出せない…。
双城との戦いの後、俺達は次の目的の為に動き出すことにした。
"楽座市"──年に1度開催される、闇の
俺にとったら妖刀だけじゃない、実の姉も出品される商品として登録されている。だから、その手掛かりとなる情報はどんな些細な物でも欲しい。本当ならチヒロ達と一緒に裏商売人を相手に過激な聞き込みでもしに行きたいところだった。
しかし──!
「課題が…課題が終わらんぞ…!」
「学生は大変だね〜」
俺は学校の課題に追われていた!
双城一派との戦いもあり、最近学校には行けていなかった。この間久々に登校したら、担任の先生に山ほどの課題を出されたのだ。曰く、学生の本分を見つめ直せとのこと。畜生…だからと言って俺の腰くらいまである量の課題の山を出さなくても…。そんなに長期間休んでたっけ…?休んでたわ、薊さんにもチクチク言われてたわ。
「ま、場所は全然貸せるからいいんだけど。お客さん来なくてヒマだし」
「ヒナオさんマジ感謝。喫茶店はなかなかに集中できるね」
「せっかくなら使ってあげなきゃね〜」
ヒナオさんがコーヒーを出してくれた。課題は専らヒナオさんの経営している喫茶店で行っている。妖術師の依頼も請け負っているこの場所だが、なかなかに客が来ない。だからめちゃくちゃ占領している。課題で出されたプリントはとりあえずここに全部置いてあるんだ。
「てか学校行けよ。また同じ事になるでしょ」
ごもっともな質問来たなコレ。コーヒーをストローで吸い上げてから答える。
「いつ情報が舞い込んでくるか分かんないからね。特に今回は姉さんの事も絡んでる。ホントなら飛び出したいところだけど、俺は薊さんが怖い」
「言えてる」
苦笑するヒナオさん。俺の学費薊さんが払ってくれてるんだけど、当の俺が学校に行ってないと知ると学校よりも先に薊さんから連絡が来るんだ。状況が状況なので許容してくれているところはあるけど、やるべきことはちゃんとやるのが筋。それに、ちゃんと勉強していいところに就職するのが姉さんとの約束でもある。楽座市に関する情報も掴む、勉強もしっかりする。両方やらなくっちゃならないのが、学生兼妖術師の辛いとこだな。
「ミナト、サッカーしよ!」
そんな時、俺の所にちびっ子が現れた。シャルだ。すっかり元気になったシャルが、サッカーボールを抱きながら寄ってきた。こいつ、この前オーバーヘッドキックを見せてからずっとその練習をしてる。だから意外と足には傷が多かったりする。まぁこれはいい傷だ。子どもはこれくらいが丁度いい。
「お、いいね。ちょうど気分転換したかったとこなんだよ」
「ほんと!?」
「おう。今度はドライブシュートを見せてやる」
「どらいぶ!シュート!」
「ちょっと〜学生の本分はど〜した?」
ヒナオさんの言葉を聞き流して、シャルからボールを受け取り外に出ようとする。その時、お店の扉がキィと開いた。
「戻りました」
「あ、チヒロくん。おかえり」
現れたのはチヒロ。楽座市について探る為に、裏世界の人間たちの所へ行っていたんだ。シャルの力のおかげもあり、双城戦の傷はすっかり癒えている。今日も元気に淵天を振り回していたことだろう。そんなチヒロがサッカーボールを抱えた俺を見る。
「ミナト、課題は終わったのか?」
「おう、全然終わってないぜ」
「だよな、そんな気はしてた。シャルと遊びに行くとこだったか」
「そう!ミナトがどらいぶしゅーと見せてくれるって!」
「そうか、ケガしないようにな」
チヒロが優しく微笑みながらシャルを見ていた。
その時、俺はチヒロの後ろに誰かいることに気が付く。白髪に青眼の俺達と同じくらいの年齢の男だ。
「んだよチヒロ、友達も一緒に連れて来たの?てか俺以外に友達いたんだな」
「別に友達じゃないし、お前も友達だとは思ってない」
「えぇ?」
待って普通に傷付いたんだけど?そんな真正面から酷いこと言わなくても良くない?しかもいつもみたいな真顔で言い放ってきた。あの無感情な顔。親父さん、もうちっとこいつに感情表現を教えてあげた方が良かったんじゃ…。
「おぉ…ここが侍のアジトなのか…!?」
チヒロの背後にいた白髪が、ヒナオさんの店を見回し目を輝かせる。何だか少しだけ幼い雰囲気が漂っているなこの人。
「アジトでは無いな。あと名前は…」
チヒロが促すと、白髪は思い出したかのように手をポンと叩いて明るく言い放った。
「
──息が詰まった感覚がした。
漣…今こいつ自分のこと漣って言ったか…?
『へぇ大目玉じゃないか。さすが漣家だな』
双城のアジトで下っ端から聞いたその言葉。
今回の楽座市を主催する一族。
漣家。
人身売買も平気で行う闇オークション。
『君のお姉さんな、"商品"として売りに出されるかもしれへん』
柴さんの言葉。
人身売買。
商品。
姉。
姉さんを商品として売り出そうとしている奴が、いま目の前にいる──。
持っていたボールをヒョイと浮かしながら、右脚に玄力を溜める。
浮かせたボールが丁度いい高さの所まで落ちてきたのを見計らって、俺は全霊をかけて右脚を振るった。
狙いは勿論、漣ハクリだ。
蹴り放たれたボールは吸い寄せられるように漣ハクリの顔面へ飛び込んで行き、ぐしゃりと突き刺さる。
ボールの勢いに負けた漣ハクリは吹っ飛び、お店の壁に激突した。
あんぐりと口を開けるヒナオさんと、冷や汗を垂らすチヒロ。
「ちゃんと見てたかシャル、今のがドライブシュートだ」
反動で返ってきたサッカーボールには、漣家の汚れた血が付着していた。
ミナトにドライブシュートを教えたのは柴さんです。
つまり悪いのは柴さん。