「何で急にあんなことすんのもーっ!!」
喫茶ハルハル、別室。
俺はその場で床に正座させられ、ヒナオさんの説教を受けていた。さっきからガミガミと色々言ってる。まるでお母さんみたいだった。俺お母さんの顔みたこと無いけど。
「シャルにドライブシュート見せてやりたくて」
「あんな怨みの込められたシュートがあるか!」
ヒナオさんのチョップが脳天に突き刺さる。痛い。と言うかこの説教タイムはいつまで続くんだ?
「ヒナオさん、俺学校の宿題やんなきゃ」
「こんな時だけ……!可愛くない奴だな……!」
説教から逃れる言い訳の為に学校から出された課題を使う。ヒナオさんはプルプル震えた後に、ハァとどデカい溜息を吐いた。怒りを通り越して呆れたんだろう。うし、作戦は成功だ。
「ミナト……居るか……?」
立ち上がって部屋から出ようとすると、ガチャリと扉を開けてチヒロが中に入って来た。俺の顔を見るとチヒロは、少しだけ申し訳なさそうな顔になった。何だよ、何か言いたそうな顔だな珍しく。
「ヒナオさんの次は己かチヒロ」
「そうだな……ハクリの事なんだが……」
ハクリ……さっきチヒロが連れて来た漣家の奴のことだ。顔面におもっくそドライブシュートを決め込んでやったんだよな。
「うん、あいつがなに?」
ちょっと威圧的に声を出すと、チヒロがゴクッと息を飲んだのが分かった。
「そのだな……お前の事情も分かるし……こう……空気の読めないことをしたとも思ってる……」
「空気の読めないこと?」
「ハクリをお前に会わせることで、何となくこうなるんじゃないかとは思っていた」
……ま、そうだよな。今回の楽座市と漣家のこと。それに俺の姉さんのことを把握しているチヒロは、俺と漣家の人間を会わせるとどうなるかは大体予想出来ていたんだろうな。
「まだ会って間もないけど俺には分かる。ハクリは悪い奴じゃない。だから連れて来たんだ」
嫌に真っ直ぐな目で語るね、チヒロ。何故かモヤッとしつつ、言葉を並べる。
「分かってるよ、お前の考えてる事は。俺の漣家や楽座市への想いを知ってるけど、だからこそ1番情報を持ってそうな人を連れて来たんだ。それに関しちゃ有難いことだし、聞けることは全部聞きだした方が良いさ」
チヒロの取った行動は大正解、100点満点なのだ。チヒロはもちろん俺の過去を知っているし、俺が姉さんを大切にしていること。今まで長い間探してきたことも全部知っている。そこで最近、その姉に繋がる手掛かり──楽座市と漣家というのが出てきた。俺にとって許しちゃおけない一族と、そいつらに関わる大事な情報を持ってそうなハクリ。まぁ生まれる矢印は相当複雑なモノになるよね。
ハクリは悪い奴じゃない……か。確かにそうかもしれない。もしかしたらあのハクリって奴は楽座市に直接関与とかはしてなくてとか、そういう奴なのかもしれない。それでも……。
「それでも、今の俺が漣家の人間と顔を合わせるのはちょっと苦しいかな。次はサッカーボールじゃ済まない気がする」
次はボールじゃなくて、直接顔面にサッカーボールキックをかましてしまう自信はある。それ程までに俺の中の憎しみは大きい。そりゃそうだろ、唯一の肉親をモノ扱いにされて他の人に売りつけようとしてるんだ。
『ちょっと優しくしてやったらすぐに信用してたよ、お前のねーちゃん。あの体質のせいか、今までロクな人間関係を作れなかったんだろうな』
『高く買い取ってくれる奴がいたからな、そいつに売った』
蘇ってくるのは姉さんを漣家に売った男の顔と言葉。今ですら思い出すだけで腸が煮えくり返る。
何で……何でだ……。
優しくて面倒見のいい人だった。俺なんかとは違って良く出来た人間で、人として大切な事をたくさん俺に教えてくれた。今の俺が在るのは間違いなく、近くに姉さんがいたからだ。
花のように笑い、慈雨のように周りの人に接する。そんな人が……何も悪いことなどしてきたことの無い人が……何でこんな目に遭わなきゃいけない……。
考えれば考えるほど、憎しみの炎は強くなっていく。それを発散する為の方法は……いや、よそう。そんなことを考えるのは。これはそういう問題じゃない気がする。
はぁ……駄目だ……。いざ仇敵を前にすると、いてもたってもいられなくなる。外の空気でも吸いに行こうか。
扉の方へ進むとチヒロは何も言わずに道を開けてくれた。
「楽座市に繋がりそうな事が分かれば教えて」
「ミナト……」
「頼むわ」
それだけ言い残して、俺は喫茶店を後にした。
漣家、楽座市、姉さん。目標に繋がる為のピースは揃いつつある。
『人には優しくしなきゃ駄目よ。それがいつか自分に、より大きな優しさになって返ってくるんだから』
「優しく……ね」
どうしようもないくらい黒い感情を抱いていても、姉さんは同じことを言うのだろうか?
空は晴天だったけど、俺の心の中には雲が陰っている。
そんな状態で適当に街をぶらついていた時だった。
「あ、そこのキミ」
チョンチョンと肩を叩かれる。何事かと思って振り返ると、そこには髪の毛で輪っかを作っているパッチリとした目が特徴的な長髪の女性が立っていた。黒い肌着のの上に短ラン位の長さの上着を重ねている。首元を隠すように襟は伸びていた。
「甘味処探してるんだけど、どっかいいトコ知らない?」
凛とした瞳に、俺の暗い顔が反射していた。
〇
「大丈夫だった……?お前の友達……」
部屋に戻ると、ベッドに寝かされているハクリがそう聞いてきた。ミナトにサッカーボールをぶち込まれたハクリだったが、今はシャルの治療で特に目立った外傷は無くなっている。何なら、俺と出会った時にやられてた怪我も一緒に治っていた。
「平静を装ってたけど、乱心してるのが丸分かりだった」
「乱心……そっか……」
それを聞いたハクリは、暗い顔をして俯いていた。
ミナトの事情はざっくり話してある。それもそれでハクリにとったら酷なことかもしれないが、何も知らないままただ理不尽な暴力を受けたことの方が納得がいかないだろうと判断した。
ミナトのお姉さんと楽座市、そしてハクリの家系の話。一部始終を聞いたハクリの顔には、申し訳なさが滲んでいた。
「……実際どうなんだ?ハクリは今回の楽座市について、どこまで関与してる?」
聞くとハクリは中々に難しい顔をして見せた。それを見て一瞬で理解する。関与してないことは無いけど、あまり重要なところまでは頭を突っ込んでいないということを。
「俺のやってたことは商品の管理くらいだよ。そこら中からかき集めた珍しい物や……人たちを保管してある場所があるんだ。それの見張り」
苦虫を噛み潰したような顔で話してくれるハクリ。話すのだけでも辛そうに見える。
「あ、あのさ……。初対面の俺にあんだけ全力でぶっぱなしてくるってことは、相当の恨みとかがあるってことだよな……?」
ミナトのことか。まぁ実際にそうなんだろう。あいつが姉を大切に想っていることは間違いないし、今回は商品……つまりモノとして売られることに怒りを覚えていない訳が無い。
双城のアジトで見つけた楽座市のパンフレットを手に取る。ミナトが持って帰ってきた物だ。そしてそこには、ミナトの姉が出品一覧の中の1つとして記載されている。"氷の肌の女"、この世に2人といない人間だろう。
「この紙を見た時から……いやもっと前か……。あいつの中には行き場の無い怒りが渦巻いていた。そして今回、あいつの姉に繋がる手掛かりがようやく見つかって、それが無防備な状態で目の前にやってきた。見つけた怒りの矛先がハクリだっただけだ」
唇を固く結ぶハクリ。こいつもこいつで思うところがあるのだろうか。生まれ育った家系が主催している闇取引。それを当然の事だと理解しているのか、それとも人道から外れたものだと認識しているのかで、こちら側の対応も変わる。変えざるを得ない。ハクリの言動から性根が悪だとは思わないが、こっちにはミナトがいる。これから一緒に動いていくのなら、そこはクリアにしておきたい。
「心の中ではちゃんと思ってたんだ」
ぽつりとハクリが漏らした。
「俺が……俺たち漣家がやってることで悲しい思いをしている人がいるって……。でも、出来損ないの俺が家族に認められるには、必要とされるにはそれしか方法が無かった。俺には力が無いから……。他の誰かでも出来るようなことをして、家族の力になってると思い込みたかったんだ……」
椅子を座り直して真剣にハクリの話を聞く。嘘をついているとは思えないし、そんな器用な奴にも見えない。ここにハクリの本心が在ると思える。
「ボールを喰らった時にミナト……?の顔が見えたんだ。凄く怒ってた……当然だよな。今更ながら、殺されなかったのはあいつの優しさなんだって思うよ。あいつには俺を殺す権利があるんだから」
「ミナトはそんなこと……」
制止するようにハクリは手を出し、首を振ってみせた。
「目の当たりにして改めて思った。俺たち家族がやってきたことは間違ってたんだって。それなら俺は、家族を止めなくちゃいけない。楽座市なんて間違った催しをぶっ潰さないと」
……──ハクリには覚悟が宿っている。それを言葉と表情から理解出来た。これがハクリの本音。
「持ってる情報は全部話すよ。俺なんかが役に立てるとしたら、それしか無さそうだから」
「家族を敵に回すことになるぞ」
「分かってる……。だけどもう見過ごすことは出来ない。あの家に生まれてきたなら、これはやり通さないといけないことなんだ」
ハクリの瞳が俺をまっすぐ貫く。そこに迷いなど感じられなかった。
『刀は人を傷つけるモノ。だけどそれは逆に人を守るモノにもなるんだ。チヒロも刀匠を目指すのなら、それだけは忘れちゃいけない。俺達は刀に込めた想いや責任を、他の誰かに背負わせる。だったら俺達がブレてちゃいけない』
父の言葉が、教えが。じんわりと胸の中で広がっていく。
『刀に刻んだ想いは一生をかけて貫き通せ。それが刀を作る俺達の責務だ』
そうだよな、父さん。自分の想いを貫く、やり通すのは難しいことだ。だからこそ、そう在り続ける人は尊敬に値するし見習いたいと思う。
そして、そう在ろうとする者もまた──。
椅子から立ち上がり、ハクリに手を差し出す。やることは決まった。後は全力を尽くすだけだ。
「俺はハクリを信じるよ。一筋縄じゃいかないと思うけど、俺達を助けて欲しい。お前の力が必要だ」
ハクリの持つ情報はかなり重要だ。それを活かし尽くすことで、楽座市や漣家に対して大きなアドバンテージを取ることが出来る。俺達の目的を達成する為に必要なものだ。
「──ッ!!おう!!」
ハクリの大きな声が部屋に鳴り響いた。
ハクリの持つ情報と、こちら側の戦力。使える手札は全て用いて、俺達は俺達の目的を完遂させる。
楽座市の崩壊、ミナトの姉、そして妖刀"真打"──。
各々の想いを胸に、俺達は本格的に動いていくことになった。