「う、うーん……」
ミナトは険しい表情をしていた。彼の手には二枚のトランプが握られている。
「ほらよ」
サクヤがそのうちの一枚を抜き取った。
「あぁーっ!」
ミナトは悲鳴に近い声を上げた。その手にはジョーカーのカードが握られていた。
「うぅ……」
そしてテーブルの上に崩れ落ちる。
「これで十五敗目だよぉ……」
「クチ?」
「エリキ?」
クチートとエリキテルが首を傾げた。
「お前はわかりやすすぎるんだって」
サクヤは言った。
「あーぁ、もっと勝負しがいのあるやつと戦いたかったなー」
「チラシ配りに行ってるツキホが帰ってくれば、まだマシな戦いになるかもしれないけど……」
とミナトは言った。
「ブイ?」
イーブイ所長が首を傾げる。
「あっ、そうだ! ポケモンたちにもやらせてみようよ、ババ抜き。ひとりくらいは僕より弱いポケモンがいても……」
「そう簡単にいるもんかよ」
サクヤはコッペパンをどこからともなく取り出すとミナトの口に押し込んだ。
「なんへほんなほほを……あ、美味しい」
ミナトはコッペパンを食べきる。
その時、事務所の扉が開いた。
「銀河の美少女、名はツキホ! ただいま帰還しました!」
ツキホは敬礼のようなポーズを取った。
「だから銀河は言いすぎだっての……」
「なんか今日はいつも以上に上機嫌だね、どうしたの?」
ミナトはトランプを片付けながら言った。
「じゃーん、見て見て! 今日、ジュンサー様からこんなチラシを貰っちゃった!」
ツキホは一枚の紙をミナトとサクヤに見せる。
「ん? なになに?」
サクヤはそれを受け取った。
「『一日警察官体験』?」
「そうそう! これもあの憧れのジュンサー様とお近付きになれるチャンス! ジュンサー様のような素敵な大人への第一歩!」
「でもこれ、抽選でしょ? 当たるの?」
ミナトもサクヤが見ているチラシを覗き込んだ。
「当たる。ううん、当ててみせるわ! もう応募済み、あとは当選結果を待つだけよ! そして当選したあかつきにはあのジュンサー様と同じ職場でお仕事ができるという貴重な体験が! さらにさらに、景品として、ヤマブキシティのジュンサー様サイン入りプレミアボールをプレゼント! あぁ、私のシャワーズをこのプレミアボールに移し替えて……!」
「プレミアボールってあれだろ? あの白いモンスターボール……」
「確かに、色からしてサインは書きやすそうだね」
「あぁ……ジュンサーさ♡ま♡」
ツキホは恍惚とした表情で隣の部屋へと消えていった。
「大丈夫かな……なんか普段の仕事に身が入らなさそうなんだけど……」
「ほっとけほっとけ、どうせ抽選に落ちりゃ、目が覚めるっての」
しかしサクヤの予想は外れた。数日後、事務所でパソコンをいじっていたツキホはガッツポーズをした。
「やった! やったわ!」
「なんだ? サイホーンレースが当たったか?」
「だれも賭けてないわよ! 未成年だし」
計算機をいじりながら言ったサクヤに対し、ツキホは言い返した。
「じゃあどうしたの? あっ、仕事してるふりしてパソコンでゲームをしてたとか!」
食器洗いから戻ってきたミナトが言う。ミナトについて、クチートも歩いてきた。
「違うわよ、一日警察官体験が当たったの! な、なんとその倍率は……倍率は……」
「倍率は?」
サクヤが訊く。
「一倍……。私しか応募者、いなかったみたい」
「大丈夫なのかな、この街の警察……」
「ブイ……」
イーブイ所長もため息混じりに鳴いた。
「何はともあれ! 私にジュンサーさんとお近付きになるチャンスが巡ってきたことに間違いはないわ! そう、これは大いなる正義のための第一歩なのよ」
ツキホの目にメラメラと炎が燃え上がる。
「うわぁ……ほのおタイプみたいに熱いねぇ」
ミナトは扇子を取り出すとパタパタと扇いだ。
「クチ……」
「あ、でもどうしてツキホはそんなにジュンサーさんのことが……?」
「そういえば、まだ話してなかったわね……。そう、あれはまだ私が六歳か七歳か八歳の頃だったわ……」
「妙にアバウトだな」
「昔の記憶だから曖昧なのよ!」
サクヤに対し、ツキホは言い返した。
「とにかく……私の家には、一匹のププリンがいたの。私のププリンは何をするにも一緒、遊ぶ時も、食事の時も、夜寝る時もずっと一緒だったわ。でも、ある時……そのププリンは行方不明になったの」
「えぇっ、行方不明に……」
ミナトは言う。
「私は泣いたわ。それこそ、食事も睡眠も忘れて、一日中泣き続けたわ。でも、そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのがジュンサー様だったの。ジュンサー様は私と一緒にププリンを探してくれて……ププリンがポケモン泥棒に誘拐されていたということを突き止めてくれた。その後のジュンサー様の活躍はとにかく凄かったわ……。あっという間にポケモン泥棒たちを倒して、ププリンを私のところに返してくれたのよ。その姿が本当にかっこよくて……だから私、大きくなったらジュンサー様のような女になろうって心に決めたの」
「うわぁんっ、いい話だよぉ、サクヤぁ……」
ミナトはサクヤに泣きついた。
「うわっ、やめろっ! くっつくな、気持ち悪い!」
「あれっ、でも……」
とミナトは顔を上げる。
「今、ツキホの手持ちにはププリンもプリンもプクリンもいないよね」
「ヤマブキに来る時に……実家に置いてきたのよ。小さかった頃、私にププリンが必要だったように、きっと私の妹たちにもププリンが必要だろうって思ったから」
「うわぁんっ、やっぱりいい話だよぉっ!」
「だーかーら、くっつくな!」
「ツキホ、僕、応援してるよ」
ミナトはツキホの手を握った。
「一日警察官体験、頑張って行っておいで。ツキホだってきっと、ジュンサーさんみたいな立派な正義の味方になれるって信じてるからさ!」
「ちぇっ、この前まで『普段の仕事が』とかなんとかって言ってたくせに」
サクヤは悪態をついた。
そして、ツキホの一日警察官体験の日がやってきた。
ツキホは事務所の出入口に向かう。
「頑張ってきてね、ツキホ」
ミナトは火打石で切り火をした。
「ったく、どうせ行くんなら思いっきり活躍してこいよな」
サクヤも言う。
「うん、ありがとう、ふたりとも!」
「ブイ!」
イーブイ所長はサクヤの頭の上に乗って言った。
「じゃ、私、行ってくるね!」
ツキホは事務所を出ていった。
「でも、大丈夫かな。警察の仕事とか、結構危ないこともしてそうだから……」
ツキホの姿が見えなくなると、ミナトは呟いた。
「いや、民間人にそんな危ない仕事はさせないだろうさ。多分仕事場を見学したり、簡単なパトロールを手伝ったりするだけだろうよ」
「クチ……」
クチートも鳴いた。