メイド服に着替え終わったミナトは、店の扉を入ってすぐのところに立っていた。
「や、やっぱり駄目だって……失敗だよぉ……」
ミナトは弱々しい声を出す。
「そんなことないわ、すっごく似合ってるわよ!」
ツキホが言う。
「あぁ、どっからどう見ても本物の女の子だな」
サクヤも言った。
「えぇっ、ふたりともぉ……そんなぁ……」
それからミナトはクチートに目を向けた。
「クチートは、似合ってないって思うよね? ね?」
「クチ?」
クチートはミナトの様子を頭からつま先までじっくりと観察した。そして満足気に頷いた。
「えぇ!? 今の首肯は何!?」
その時、店の扉が開いた。そして男女四人組の一団が入ってくる。
「ミナト、客だ」
サクヤは小声で言い、ミナトから離れた。
「え、えっと……」
ミナトは深呼吸をする。駄目だ……ここで中途半端な接待をしたら、それこそ店長さんを裏切ることに、ええい、こうなったら……!
ミナトはにこりと笑って言った。
「おかえりなさいませ♡ご主人様……♡」
そして両手でハートを作り、ウインクをする。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
客から歓声が上がった。
「かっ、可愛いっ! この店に来るのは二回目だけど、前までここまでかわいい女の子、いたっけか!?」
「え……ウケてる……」
ミナトは目を丸くした。それから首を振って、気を取り直すと、客を店の奥に案内した。
「それでは、ご主人様のお席に案内しますね♡」
「もしかしてこれって……ミナトの天職だったり?」
ツキホは言う。
次第に、メイド喫茶は繁盛し始めた。
「それでは一緒に『美味しくなーれ』の呪文を唱えちゃいましょう。美味しくなーれ♡萌え萌えきゅんっ♡」
ミナトは喫茶メニューに向かってハートマークを作った。
「おおぉ、可愛いよぉ。君……名前はなんて言うんだ?」
「え……えっと……ミナ……」
言いかけてミナトは口を噤む。駄目だ……みんな僕のことを女の子だと思っている。こうなったら、女の子として押し通さなくては……!
「ミナコですっ、きゅるるるん♡」
「プロ意識の塊だな」
サクヤが感心したように言った。
*
メイド喫茶の店の前ではパッチールが幟を振って宣伝をしていた。
そんな店の前の歩道で、ひとりの女が足を止めた。
「あのパッチール……」
とその女、ヤマブキジムのジムリーダー、ナツメは目を細める。
「妙に情けないオーラね……。まるで……」
とナツメの脳裏にこの前、共にエーフィを追った少年の姿が思い浮かんだ。
「あいつにそっくりじゃないの」
ナツメはその幟に書かれた字をじっくりと読んだ。
「メイド喫茶……ねぇ。今まで入ったことなかったけど……入ってみようかしら」
そして扉に手をかけて開く。
「おかえりなさいませ、ご主人さ……」
そこまで言いかけて、ミナトは固まった。
「ミナトく……っ」
ナツメも驚いた表情になる。
「あっ、えーっと、違うんです、これは……深いわけがあって! えっとえっと……」
「別に恥ずかしがることはないわ。ミナトくんがどんな趣味をしてようと、私は別に……」
「だっ、だから冷静に言わないでくださいっ! 僕は好き好んでこんな格好をしてるわけじゃ……あっ、ナツメさん、エスパーでしたよねっ、僕の心を読めば……」
「そこまでする必要ないわ」
ナツメは言った。
「そ、そこまでしてくださいよぉ……」
ナツメは精神を統一してミナトの心の中を覗き込んだ。なるほど……「自分から着た」というよりも「着せられた」という状況なのね。でも……。
「ねぇ、ミナトくん、どうして私がミナトくんのためにそこまでする必要があるのかしら」
「えっ、だ、だってこれは僕の名誉に……」
「私、ミナトくんがどんな格好をしていようと、それを否定するつもりはないわ」
「いや、だからナツメさん、これは……」
「邪魔をしたわね」
ナツメはくすくすと笑うと店を出ていった。
「今のって……ジムリーダーのナツメさんよね」
ツキホとサクヤが顔を見合せた。
「ミナト……どこでそんな人脈を築いてきたのかしら」
*
ナツメは店を出ると、思いっきり伸びをして言った。
「あー、面白かった」
ナツメは向かい側の歩道に、メイド服を着た一団が立っているのに気がついた。
「あのメイドさんたち……」
とナツメは呟く。
*
メイド喫茶は賑わっていた。ミナトが接客をし、クチートやロコン、コジョンドたちがメニューを運ぶ。店長、ツキホ、サクヤ、そしてコクーンはそんな店の様子を見守っていた。
「素晴らしい……あのミナトという少年、是非ともうちで雇いたいくらいだ」
店長は言った。
その時だった。店の扉が開いた。
そして現れた者たちに店長は目を丸くする。
「お前たちは……!」
現れたのは五人のメイドたちであった。
「店長!」
緑髪のメイドが言った。
「お店が賑わっているのを見て……私たち、戻ってきてしまいました!」
「そうです!」
と青い髪のメイドが言う。
「私……大事なことを忘れていたんだわ。本当はこの『メイド』という仕事が大好きだったということを! だから……」
それから五人は声を合わせて言った。
「私たちを、もう一度ここで働かせてください!」
だがその時だった。
「ちょっと待ったぁ!」
メイド喫茶の扉が大きく開かれる。
「それはこの僕、ルミエール・ド・ローズの審査なくして店を再開するということかい?」
ルミエールは口に赤い薔薇を咥えている。
「うわ、出たよ……」
ツキホが顔を背けた。
「ルミエールさん」
と緑髪のメイドは言う。
「あなたの思う『萌え』と私たちのそれは違うのかもしれません。でも、メイドを続けたいんです!」
「甘い!」
ルミエールは言い返す。
「いいかね? 萌えとは自分ひとりで完結するものではない、相手が『萌え』を感じて初めて成立するものなのだ。お前たちはそれがなっていない! この『萌え』の評論家……ルミエール様に認められぬメイド喫茶など……!」
「待ってください!」
ここでミナトが前に進み出た。
「あなたの言う『萌え』っていうのはなんなんですか? ここのメイドさんたちは決して仕事を疎かにしていたわけではなかったと思います。それなのに難癖をつけて……。だから、僕でも、これだけはわかります。あなたは『萌え』の敵であると!」
「君は……」
ルミエールは言った。
「この僕に、萌えの評論家たるこの僕に意見をするというのかね」
それから彼はモンスターボールを取り出した。
「いいだろう、かくなる上はポケモンバトルで決めようではないか……」