そのお屋敷は、ヤマブキシティの郊外にあった。やや小高い丘を車が登っていき、ドラゴンタイプのポケモンたちが意匠された黒い鉄の門を抜けて、庭園を抜けていく。花が咲き乱れる庭園を、バタフリーの群れが飛んでいた。
そして未舗装の道を車が進んでいくと、やがて白く巨大な建物が見えてきた。
「あれが私のご主人様が住んでいる家だ」
執事は言った。
「うわぁ、すっごいお屋敷ですね」
ミナトは建物を見上げて言う。
「クチ〜」
クチートも圧倒されたように口を開けた。
やがて車は車寄せへとたどり着いた。扉が開き、執事とミナトは地面へと降り立った。クチートはミナトに抱えられる。
「ご主人様たちだ」
執事は扉を開け、そう言った。
そこには豪奢な衣裳に身を包んだ夫婦が立っていた。
「ご主人様、この方がご主人様の秘宝を怪盗エックスの手から守ってくれるそうでございます」
執事は自らの主人夫婦にそう伝える。
「まぁ、この子が?」
夫人は笑った。
「この方の実力は本物でございます。先程、街で泥棒を捕まえるところを目撃しまして……」
「泥棒を? それは頼もしい」
夫は言った。
「い、いや……そんな大したことは……」
ミナトは少し照れながら言った。
「でも、秘宝『王の石』ってなんなんですか?」
夫婦は顔を見合せた。
「君を秘宝の場所まで案内しよう。守ってもらうのに、その守るべきものを知らないのでは元も子もないからな」
そして夫婦はホールに直結している階段を上がり始めた。
「ついてきたまえ」
夫が言った。
「は、はい」
ミナトはその言葉に従い、階段を上がっていく。執事は階下に残った。
やがて夫婦とミナト、そしてクチートは無数のガラスケースが並んだ部屋へとたどり着いた。
「うわぁ……」
ミナトはその部屋を見回し、息を飲む。
「クチ〜……」
クチートも同様だった。ガラスケースの中には、ミナトがまだ雑誌の写真などでしか見たことがないようなアクセサリーや、調度品類が並んでいた。
「すごい…………本物の金や銀に……ルビー、サファイア、エメラルドに……ダイヤモンドにパールにプラチ……」
「全部言わなきゃ駄目かね、君」
夫がミナトの言葉を遮った。
「そしてこれが……『王の石』ですわ」
夫人は部屋の真ん中にでんと置かれたショーケースを示して言った。
「これが……」
とミナトはショーケースを覗き込む。そこにあったのは、青色のようにも、赤色のようにも、緑色のようにも見える大きな丸い宝石だった。大きさはちょうど手のひらサイズくらい。その奥をじっと見つめていると、まるで吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「クチー……」
クチートも目をぱちくりとさせた。
「綺麗だ……。一体なんなんですか? この石は」
「カロス地方にあるさる王家に伝わっていたものだ」
夫が説明を開始する。
「これがこのカントー地方のある列島にもたらされたのは、おおよそ今から四年前のことだった。ジョウトにあるとあるミュージアムに収蔵されていてな。決してメインの展示物ではなかったが……それでも多くの観光客の目を集めていた」
「あれっ、ミュージアムに収蔵されたってことは……んん、なんでそんなものがここに……」
「その後、この石はひと波乱に巻き込まれてな」
「ひと波乱……ですか」
「姉妹怪盗のザンナーとリオンの名を聞いたことはあるかね」
「あぁ、えっと……ニュースで見たことあるような見たことないような……」
「神出鬼没、捕まえてもすぐに脱獄してしまう。盗みの世界ではトップに君臨すると言ってもいいふたりだ」
「へぇ、怪盗って色んなのがいるんですね」
「あぁ、そして彼女たちはミュージアムから石を盗み出すことに成功した。石はある日突然、まるで煙のようにミュージアムから消え失せてしまった」
「えぇっ、で、どうしたんですか? 取り返すことができたからここにあるんですよね」
「それから、おおよそ一年が経った頃だった。ジョウト地方にあるアルトマーレという街で、ふたりは捕まったんだ。そして警察の手によって彼女たちのアジト内が捜索された。すると見つかる見つかる、これまで様々なミュージアムや、名家から忽然と姿を消してしまった宝物が至るところから……な。その中に、この『王の石』もあったんだ」
「へぇ、じゃあ、石もミュージアムへ戻って、めでたしめでたし……ですね」
ミナトはにこりと笑った。
「めでたし? めでたしなものか。ミュージアムに展示されたとて、ふたたび同じことが起こるだけだ。大勢の人のまるで価値も分からない曇った双眸に汚されて、挙句には怪盗などという犯罪者に盗み出される。ならば石はその価値を真にわかっている者だけが所有すべきだ。だから私は多額のお金を出してミュージアムから宝石を買い取った」
「えぇ……買い取ったんですか?」
「そうだ。どうしたんだね、そんな顔をして……」
「えっ、あっ、いや……」
ミナトは夫妻から顔を逸らした。
「クチ?」
クチートがミナトの顔を見上げる。
「だって、真に価値を知っている者だけが所有するべき……なんて、そんな考え方、まるで……」
「まるで……なんだね」
ミナトはその先の言葉が言えずに口を詰まらせた。
「いいかね、君。大人になればわかる。この世には絶対不変のルールというものがある。人は一生をそのルールに即して生きていかねばならない。強き者は強き者として、弱き者は弱き者として……」
ミナトは夫妻に石を見せてもらった後、屋敷の庭園を歩いていた。
クチートもそんなミナトについて歩いてくる。
「うん、事務所に電話をかけないとだねぇ、クチート。広告を配ってるだけのはずが、予想外に依頼人さんが現れて、そのお屋敷まで行くことになっちゃいましたって」
「クチ……」
クチートは立ち止まったミナトを見上げた。
庭にある池のほとりだった。池の中には、何匹ものコイキングたちが泳いでいる。
ミナトは携帯電話を取り出した。そして電話番号を押し、かける。
しばらくして電話に出たのは、サクヤだった。
「おう、ミナトか。どうした?」
「実は僕、依頼を受けちゃって……」
「依頼? 依頼人は一旦事務所に連れてきてから話を聞いて、それからイーブイ所長の判断で依頼を受けるかどうか決めるって話だっただろ?」
「で、でもでも!」
とミナトは言う。
「はぁ……」
サクヤはあからさまにため息をついた。
「お前のことだからどうせまた『お願い』とかなんとかって言われて、断れなくなって、そのまま流されるがままに……」
「ぎくり」
「なんだ。図星かよ」
「うん……」
ミナトは芝生の上に座った。
「で、どんな依頼だ?」
「悪い人を捕まえて欲しいって……」