その日、ポケモンサービスの事務所を訪れたのは、ひとりの中年の女性だった。彼女はソファーとテーブルのある応接室へと通される。
ふたりの向かい側にツキホとサクヤが座った。サクヤの膝の上に、イーブイ所長が飛び乗る。
「で、今日はどのようなご依頼ですか」
ツキホが訊く。
「うちのキノココちゃんが……」
と女性はその場で泣き崩れる。
「キノココちゃんが……三日前から帰ってこないんです」
「迷子のポケモンってことですか」
サクヤが言う。
「えぇ、そうです」
「でも確か……それなら、警察に迷子ポケモンの届出を出せば……」
「もちろん、出しました。ただ、私だけでも何かできることをしたいんです。だから、お願いします。キノココちゃんを連れ戻してきてください」
「ブイ」
イーブイ所長がサクヤの膝の上で立ち上がった。
「所長」
サクヤは言う。
「この依頼、受けられるんですか?」
「ブイッ!」
イーブイは頷いた。
「まぁ、ポケモンが所長だなんて」
依頼人は息を飲む。
「所長は依頼を受けると言ってますよ」
サクヤが言った。
「そうですか、ありがとうございます」
「では、あなたのキノココが居なくなった時の様子を詳しく教えてください」
ツキホが言う。
「えぇ、あれは三日前の午後でした。私はいつもの通り、窓辺の草花に水をあげていて……キノココちゃんは傍のテーブルの上からいつものようにその様子を見守ってくれていました。でも、私が何気なく振り返ったその瞬間には、キノココちゃんの姿はまるで煙か何かのように消え失せてしまったんです」
「煙のように……?」
ツキホが聞き返した。
「どこかへひとりで出かけたということは考えられませんか?」
サクヤが訊く。
「いいえ、キノココちゃんは、初めて家に来た時からもうずっと、私から少しも離れたことはなくって……」
「あの」
とツキホが手を挙げる。
「それで……あなたのキノココが行方不明になったその時、周りでなにか変なこととかはありませんでした?」
「変なこと……ですか?」
「えぇ、どんな些細なことでも構いません。普段と違ったこととか……あるいは、あなた自身が普段はあまりしなかった行動を……」
「その日はちょっと暑かったので、前日までとは違って、窓を開けていました。でもまさかその窓からキノココちゃんが逃げ出すなんて、有り得ません。今までだって、たまに窓を開けることはありましたけど、そこからあの子が逃げ出すことなんて、一回もなかったんですから」
「そこまで言うのなら、きっとキノココは自分の意思ではなく……逃げ出したんでしょうね」
「自分の意思ではなく……?」
依頼人は聞き返す。
「えぇ、例えば窓から出ていったのではなく、窓から別の何かが入ってきて、キノココをさらい、去っていったということも考えられるんじゃないでしょうか。あくまでも仮定の話ですけど」
「でも一体誰が私のキノココちゃんを?」
「そこまではまだ、わかりません。調べてみない限りは」
「ありがとうございます。うちのキノココちゃんを……必ず家に返してあげてください」
依頼人は言った。
「約束します」
ツキホは頷いた。
依頼人は事務所を出ていく。
「ところでツキホ。今日……ミナトはどうしたんだ?」
依頼人の姿がなくなると、サクヤは訊いた。
「ん? あぁ、この前自転車、壊しちゃったから、新しいのを買いに行ってるってさ」
「そうかよ。でもあいつのことだから、また何かに巻き込まれて帰り、遅くなるだろうな。ツキホ、捜査を開始しよう」
「あー……」
とここでツキホはメモ帳を取り出した。
「実は……この前、ジュンサー様から聞いたんだけど……」
「何をだ?」
「街で人やポケモンか行方不明になってるって話。依頼人さんのキノココもそれなんじゃないかなって思って……」
「そうなのか?」
「うん、最近二週間ぐらいで、ポケモンが十二匹、それから子供が五人も忽然と姿を消してしまったって」
ツキホはメモを見ながら言った。
「じゃあ、誰かがポケモンや子供たちをさらっているっていうのか? うーん」
サクヤの肩に、イーブイ所長が移動した。サクヤは腕を組んだ。
「ポケモンだけってのはよくわかる。ポケモンを狙った犯罪っていうのは、昔から後を絶たないからな。それに子供だけ誘拐するっていうのもわかる。そういう事件だって昔からあった。しかしポケモンと子供、その両方を誘拐するってなるとどうだ? 今まであんまり聞いたことがない話じゃないか?」
「うん、それは私も思ったわ。これが『事件』だと仮定すると、動機みたいなものが一切見えないのよ」
「まぁいいさ、とにかく初めは捜査の基本、聞き込みからだな。俺、出かけてくるよ。キノココの住んでいた家の周りにいる人たちに話を聞けば、もしかしたら何か見てるかもしれないしな」
「ブイッ!」
イーブイ所長はツキホの胸元に飛び移った。
「うん、気をつけるのよ。あなたまで誘拐されたら元も子もないから……」
「大丈夫だって、俺にはジグザグマやサンダースがついてる」
「三人まとめて誘拐されることだって……」
「ふ、不安にさせるなよ!」
サクヤはそう言うと事務所を出ていった。
*
ミナトは自転車屋から、一台の青い自転車を買い、押しながら出てきた。後部にはクチートが座っている。
「じゃ、クチート、帰ろっか」
ポケモンサービスの事務所方面へと歩き始めた時だった。
ミナトの前に、ジュンサーさんが現れ、立ち止まった。
「あっ、あなたはこの前の……」
ジュンサーさんは言う。
「えぇ、ヤマブキシティの便利屋です。困ったことがあればなんでも言ってください」
「困ったこと、ねぇ」
ジュンサーさんは言う。
「今はあなたたちが困ったことに巻き込まれないかどうか、心配よ」
「どういう意味ですか?」
「クチ?」
クチートもジュンサーさんに顔を向ける。
「ツキホちゃんには言ったんだけど、この街で、子供たちやポケモンたちが人知れず行方不明になるっていう事件が起きているの。だから、例えばそのクチートとふたりきりで寂しい路地裏なんかを歩く時は気をつけてねって」
「はい、わかりました。でも変ですね……子供とポケモンばっかりが行方不明になるなんて……」
「変って?」
「普通、誘拐犯ならそれ専門の分野みたいなものがあるはずでしょう? 例えば、子供専門に人をさらうやつとか、逆にポケモン泥棒みたいな人たちとか」
「確かに、それもそうねぇ」
ジュンサーさんは考え込む。
「あっ、僕たちで調査のお手伝い、しましょうか? もしかしたら、力になってあげられるかも。僕たち『便利屋』なので!」